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(一)
勝負如此ニ御座候
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宮本武蔵がなごやへ来りしを召され、於御前兵法つかひ仕合せし時、相手すつと立合と、武蔵くみたる二刀のまゝ、大の切先を相手の鼻のさきへつけて、一間のうちを一ぺんまわしあるきて、勝負如此ニ御座候と申上し。又一人立合しも、これにも手もなく勝ちぬ。此仕合の御座席、さだかならず。虎の間共云。
近松茂矩著 『昔咄』より。
一.
「少し、早く来すぎたか」
柳生兵庫厳延は籠から出て、自身の吐いた白い息を見て頭かぶりを振った。
言葉にするまでもなく解っていたことだ。
出掛けるに際して家人にも言われていたし、自身でも刻限のことは解っていた。
時は元禄十年の正月、場所は名古屋城。二之丸南側。
正月恒例の稽古始の日、剣術指南役であった厳延はいつもより早くに出て、当然のようにいつもより早くに城にたどり着いていた。
雪こそは降っていないが、冬の早朝の空気は冷たく、乾燥している。髭を剃ったばかりの肌には痛いほどだった。
(ゆっくりきてもよかったな)
頬を撫でながら、そんなことを思う。
出仕してから今まで、ここに来るまでの道のりは何百回と繰り返していたのだ。いつ頃に出ていけばどう辿り着くのかくらい、兵法者として不出来と言われている彼であっても見誤ることはない。
……そうでありながらも早出をしていつもどおりの調子で来たのは、近頃の彼が抱えなければならない問題の多さのあまりか、すっかり眠りが浅くなってしまったせいだ。
(家にいても手持ち無沙汰であるからな)
かといって稽古にやってきたとしても、やることがないのには違いない。
厳延が予定の刻限よりも早く家を出たのは、早起きしたということもあるが、できるだけ雑務のことから遠ざかりたかったからだ。
早くに来すぎて、何をするかできるかということは考えてなかった。
(さて、どうしたものか……)
冷えた身体を動かしたい気分だった。
こういう時、打太刀を任せられる相手がいれば三学、燕飛を打つところであるが、生憎と今連れてきている従僕たちは若く、打太刀を任せられるほどの腕前はない。
そもそもからして、打太刀は上位者が務めるものだ。世に不出来の評ありといえど、今の柳生家に形式上、彼の上位者はいない。せめて叔父たる浦連也斎うられんやさいの高弟たちにいて欲しいところであるが、早すぎる刻限だけあってまだ誰ひとりとして来ていない。
いや、見回せばぽつぽつと人の姿は見える。二之丸は北側に『御城』と言われる藩主の住居兼藩庁機能があるので、早朝でも人の出入りはあるのだ。
二之丸の南側では馬場や弓道場があり、正月はこの馬場で稽古始をするのが毎年のことだった。
だが、人がいないことには始まらぬ。
「御城に顔を出しておくか……」
そう呟くと、従僕たちも安堵したかのような顔をしたのが見えた。
このまま稽古始めまで寒さの中で立ち尽くすよりも、御城の何処かで火鉢でも囲んで暖を取りながら待っていた方がよいに決まっている。
(身体がかじかんだままでは、稽古にもならんからな)
厳延はそうと決めると、足早に北側の『御城』に向かった。
ほどなくして幾人もの武士たちとすれ違いになった。その都度軽く新年の挨拶などを交わしつつ離れていくのであるが、ふと足を止めた。
「うん…………?」
見慣れぬ老人だ――と思ってから、厳延は眉をひそめる。
老人であるのは間違いない。その顔を見れば明らかだ。面貌は老齢であることを示す皺が深く刻まれ、染みも多い。髭も、薄くなった頭にある髪の毛も白かった。
だが、よく見るとその頬にはまだ張りがある部分があり、冬の乾いた空気の中でも照りがみてとれたし、皺の重ねられた瞼の隙間から見える眼差しは炯々と鋭い光をたたえているようだ。
そして何よりも。
(大きい)
丸に三つ柏の家紋を入れた裃に包まれた体は見るからに肉厚で、高い。恐らくは五尺六、七寸はある。厳延よりも目の位置が高く、若い頃ならばさらにもう二寸ほどは背丈はあったに違いない。堂々たる体躯だ。そしてそうでありながらも歩む様は流水の如きであった。
かなりの使い手だと、直観した。
さらによく見ると、身体から湯気が沸き立つが如く白いものがあった。暖かい息を白くするように、この老人より発する体温を冬の寒さ冷やしているのだろう。
(何処かで兵法の稽古をしていたのか?)
だが、見た限りは老人は『御城』の方から歩いてきたはずだった。
どうにもよく解らない。
「………………」
「………………」
立ち止まり、お互いに僅かに頷き、目礼を交わした。
視線が交差した刹那に、老人は微かに目を細めていた。
厳延は訝るのをかろうじて顔に出さなかった。
(何か値踏みをされたかの、ような……)
もしかすると、剣士としての腕前を量られたのかもしれない。柳生家の者であるのは、裃の家紋を見れば知れることだ。兵法使いであることもその運足からは容易に解るだろう。
尾張の地で兵法に関わるのならば、自分に興味を持つのは当然である。
もしかすると、今の老人は何処かの高名な兵法者で、殿に召されて上覧の栄誉を賜って――
(……こんな早くに?)
ありえるのだろうか。
とはいえ、当代の尾張藩主、徳川綱誠公は精力絶倫にして大食漢として世に知られてはいるが、好奇心旺盛で興味の幅は広い。諸学を学び、推奨し、尾張の地誌編纂を命じられたりもされている。そして新陰流七世を先代の藩主である光友公……大曽根のご隠居様より学び譲られたという兵法の達者でもある。
よくわからぬ食材を試したりするように、何やら興味がでれば知らない兵法者を密かに招き、一手二手と業前のほどを見てやろうなどと考えることも、ありえることだ。その時が、予定が詰まっていたせいで正月のこんな時刻だった――
などと、辻褄が合うように話を捻り出すが、どうにも厳延はしっくりこなかった。
(まあ、俺にはどうでもいいことだ)
決して軽んじられているわけではないが、殿にとっては自分は興味がある兵法者ではない。
その程度の自覚はある。
仮に、一時何処かの兵法上手を招いたとしても、柳生家の、自分の指南役としての立場が危うくなるようなこともない。
他に考えなければならぬことは多いのだ。
厳延は頭を振った。
「…………いかがなされました?」
従僕の一人に、心配そうに声をかけられた。
「いや、今のご老人、只者ではなさそうだったのでな」
「はあ」
「確かに――」
もう一人が、声を継いだ。
「我らでも、解ります。相当に使う方ですね」
「うむ」
一応は柳生家に仕える者達だ。当主である厳延の護衛でもある。それなりの者たちではあるのだ。
「しかし、あのような御方は、まるで聞いたことがありません。いずれのご家中の方なのでございましょうな」
「新陰流に連なる者ならば、聞こえてくるはず」
「すると、八田家が招いた外部の兵法者か――」
「あるいは、猪谷家か福留家か」
彼らも気になっていたのか、口々に囁きあう。
八田にしても、猪谷、福留も、尾張徳川家中にあって柳生家の新陰流とは異なる剣流を伝え、栄える者たちだ。
彼らの勢力の台頭は近頃の厳延を悩ませていたが、それらともあの老人は関わりがないということも、彼には解っていた。
(殿に覚えめでたくしようと思えば、自らの技を磨くはず。わざわざ、よその兵法者を招くこともないだろう)
縁あって招いて滞在した者の話聞き及び、殿が呼び出したなどということはあるかもしれないが。
気にするまいとしているのに、どうしてもあの老人のことを考えてしまう。
(何が引っかかっているのだ、俺は……)
もどかしい。
言葉にならない何かが胸の奥にあった。喉元にまで出てきているのに、上手く吐出すことができないものがあった。
従僕たちも、彼ほどではないがやはり気になっているようだった。
「しかし、あの丸に三つ柏の御家紋は――」
「あれは確か、――」
「丸に、三つ柏……?」
足を止め、厳延は振り返る。遠くに老人の背中が見え、曲がり角で消えたところだった。
(いや、あの老人は――――)
唐突に、思い出した。
何かが繋がった、という感覚だった。
「お前たちだけで、御城に行っておれ!」
駆け出し、振り向きもせずに厳延はそう言い捨てる。
従僕たちは何か答えたはずであるが、それはもう彼の耳には届かなかった。
(そうだ、あの老人は、叔父御の葬儀の時に……!)
見覚えがあったのだ。
近松茂矩著 『昔咄』より。
一.
「少し、早く来すぎたか」
柳生兵庫厳延は籠から出て、自身の吐いた白い息を見て頭かぶりを振った。
言葉にするまでもなく解っていたことだ。
出掛けるに際して家人にも言われていたし、自身でも刻限のことは解っていた。
時は元禄十年の正月、場所は名古屋城。二之丸南側。
正月恒例の稽古始の日、剣術指南役であった厳延はいつもより早くに出て、当然のようにいつもより早くに城にたどり着いていた。
雪こそは降っていないが、冬の早朝の空気は冷たく、乾燥している。髭を剃ったばかりの肌には痛いほどだった。
(ゆっくりきてもよかったな)
頬を撫でながら、そんなことを思う。
出仕してから今まで、ここに来るまでの道のりは何百回と繰り返していたのだ。いつ頃に出ていけばどう辿り着くのかくらい、兵法者として不出来と言われている彼であっても見誤ることはない。
……そうでありながらも早出をしていつもどおりの調子で来たのは、近頃の彼が抱えなければならない問題の多さのあまりか、すっかり眠りが浅くなってしまったせいだ。
(家にいても手持ち無沙汰であるからな)
かといって稽古にやってきたとしても、やることがないのには違いない。
厳延が予定の刻限よりも早く家を出たのは、早起きしたということもあるが、できるだけ雑務のことから遠ざかりたかったからだ。
早くに来すぎて、何をするかできるかということは考えてなかった。
(さて、どうしたものか……)
冷えた身体を動かしたい気分だった。
こういう時、打太刀を任せられる相手がいれば三学、燕飛を打つところであるが、生憎と今連れてきている従僕たちは若く、打太刀を任せられるほどの腕前はない。
そもそもからして、打太刀は上位者が務めるものだ。世に不出来の評ありといえど、今の柳生家に形式上、彼の上位者はいない。せめて叔父たる浦連也斎うられんやさいの高弟たちにいて欲しいところであるが、早すぎる刻限だけあってまだ誰ひとりとして来ていない。
いや、見回せばぽつぽつと人の姿は見える。二之丸は北側に『御城』と言われる藩主の住居兼藩庁機能があるので、早朝でも人の出入りはあるのだ。
二之丸の南側では馬場や弓道場があり、正月はこの馬場で稽古始をするのが毎年のことだった。
だが、人がいないことには始まらぬ。
「御城に顔を出しておくか……」
そう呟くと、従僕たちも安堵したかのような顔をしたのが見えた。
このまま稽古始めまで寒さの中で立ち尽くすよりも、御城の何処かで火鉢でも囲んで暖を取りながら待っていた方がよいに決まっている。
(身体がかじかんだままでは、稽古にもならんからな)
厳延はそうと決めると、足早に北側の『御城』に向かった。
ほどなくして幾人もの武士たちとすれ違いになった。その都度軽く新年の挨拶などを交わしつつ離れていくのであるが、ふと足を止めた。
「うん…………?」
見慣れぬ老人だ――と思ってから、厳延は眉をひそめる。
老人であるのは間違いない。その顔を見れば明らかだ。面貌は老齢であることを示す皺が深く刻まれ、染みも多い。髭も、薄くなった頭にある髪の毛も白かった。
だが、よく見るとその頬にはまだ張りがある部分があり、冬の乾いた空気の中でも照りがみてとれたし、皺の重ねられた瞼の隙間から見える眼差しは炯々と鋭い光をたたえているようだ。
そして何よりも。
(大きい)
丸に三つ柏の家紋を入れた裃に包まれた体は見るからに肉厚で、高い。恐らくは五尺六、七寸はある。厳延よりも目の位置が高く、若い頃ならばさらにもう二寸ほどは背丈はあったに違いない。堂々たる体躯だ。そしてそうでありながらも歩む様は流水の如きであった。
かなりの使い手だと、直観した。
さらによく見ると、身体から湯気が沸き立つが如く白いものがあった。暖かい息を白くするように、この老人より発する体温を冬の寒さ冷やしているのだろう。
(何処かで兵法の稽古をしていたのか?)
だが、見た限りは老人は『御城』の方から歩いてきたはずだった。
どうにもよく解らない。
「………………」
「………………」
立ち止まり、お互いに僅かに頷き、目礼を交わした。
視線が交差した刹那に、老人は微かに目を細めていた。
厳延は訝るのをかろうじて顔に出さなかった。
(何か値踏みをされたかの、ような……)
もしかすると、剣士としての腕前を量られたのかもしれない。柳生家の者であるのは、裃の家紋を見れば知れることだ。兵法使いであることもその運足からは容易に解るだろう。
尾張の地で兵法に関わるのならば、自分に興味を持つのは当然である。
もしかすると、今の老人は何処かの高名な兵法者で、殿に召されて上覧の栄誉を賜って――
(……こんな早くに?)
ありえるのだろうか。
とはいえ、当代の尾張藩主、徳川綱誠公は精力絶倫にして大食漢として世に知られてはいるが、好奇心旺盛で興味の幅は広い。諸学を学び、推奨し、尾張の地誌編纂を命じられたりもされている。そして新陰流七世を先代の藩主である光友公……大曽根のご隠居様より学び譲られたという兵法の達者でもある。
よくわからぬ食材を試したりするように、何やら興味がでれば知らない兵法者を密かに招き、一手二手と業前のほどを見てやろうなどと考えることも、ありえることだ。その時が、予定が詰まっていたせいで正月のこんな時刻だった――
などと、辻褄が合うように話を捻り出すが、どうにも厳延はしっくりこなかった。
(まあ、俺にはどうでもいいことだ)
決して軽んじられているわけではないが、殿にとっては自分は興味がある兵法者ではない。
その程度の自覚はある。
仮に、一時何処かの兵法上手を招いたとしても、柳生家の、自分の指南役としての立場が危うくなるようなこともない。
他に考えなければならぬことは多いのだ。
厳延は頭を振った。
「…………いかがなされました?」
従僕の一人に、心配そうに声をかけられた。
「いや、今のご老人、只者ではなさそうだったのでな」
「はあ」
「確かに――」
もう一人が、声を継いだ。
「我らでも、解ります。相当に使う方ですね」
「うむ」
一応は柳生家に仕える者達だ。当主である厳延の護衛でもある。それなりの者たちではあるのだ。
「しかし、あのような御方は、まるで聞いたことがありません。いずれのご家中の方なのでございましょうな」
「新陰流に連なる者ならば、聞こえてくるはず」
「すると、八田家が招いた外部の兵法者か――」
「あるいは、猪谷家か福留家か」
彼らも気になっていたのか、口々に囁きあう。
八田にしても、猪谷、福留も、尾張徳川家中にあって柳生家の新陰流とは異なる剣流を伝え、栄える者たちだ。
彼らの勢力の台頭は近頃の厳延を悩ませていたが、それらともあの老人は関わりがないということも、彼には解っていた。
(殿に覚えめでたくしようと思えば、自らの技を磨くはず。わざわざ、よその兵法者を招くこともないだろう)
縁あって招いて滞在した者の話聞き及び、殿が呼び出したなどということはあるかもしれないが。
気にするまいとしているのに、どうしてもあの老人のことを考えてしまう。
(何が引っかかっているのだ、俺は……)
もどかしい。
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従僕たちも、彼ほどではないがやはり気になっているようだった。
「しかし、あの丸に三つ柏の御家紋は――」
「あれは確か、――」
「丸に、三つ柏……?」
足を止め、厳延は振り返る。遠くに老人の背中が見え、曲がり角で消えたところだった。
(いや、あの老人は――――)
唐突に、思い出した。
何かが繋がった、という感覚だった。
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駆け出し、振り向きもせずに厳延はそう言い捨てる。
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