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(一)
勝負如此ニ御座候
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六.
「――――――」
嶋清秀老の語りを聞き終えた厳延は、息をするのも忘れていたかのようだった。
清秀老はその様子を少し眺めていたが。
「……今思えば、武蔵殿は儂の驕りも読み取っておられたのだろうな」
到底、座興などとは言えぬ。相手に花をもたせようなどとは欠片も考えてない、圧倒的な力による――それは蹂躙と呼ぶに足りた。
光義公を諌めるためであるだけでは、ここまではすまい。
老齢であることを侮っていたのを察していたに違いなく、俗っぽい振る舞いを小馬鹿にしていたのも伝わっていたのかもしれぬ。
「それにしても、やりすぎでは……」
そう口にしてしまったのも無理もないことではある。
武蔵の御前仕合は、あくまでも作り話と思っていたから聞けたというところがあった。
本当にそんなことをしてしまえるということがまず考えられず、できたとしてもそれをやってしまうというのが想像の拉致外であった。
「死道におゐてハ、武士ばかりに限らず、出家にても女にても、百姓以下に至迄、義理をしり、恥をおもひ、死する所を思ひきる事は、其差別なきもの也」
――義理を知り、恥辱を恐れて死ぬことを選ぶのは、武士だけではない、出家から女から、全ての者がそうである。
とは、当の宮本武蔵が自ら書いたことである。
恥をかかされれば死をもってそれを晴らすしかない――という気風は、元禄の頃には薄れていたが、ないでもなかった。
武士以外は昔ほど面子に拘ることはないが、武士が面子を重んじることは今も昔も変わらない。
ましてこれは元禄ではなく、寛永の時代の話だ。
武蔵が勝つと思っていた人間がその場にどれだけいたのかは不明であるが、ここまでの一方的な勝ち方をしてしまうなどと予想した人間は、一人としていまい。
それをあえてやったということは、武蔵はこの時、彼を殺すつもりであったと見做してもそう間違いではないだろう。
それとも、そこまでの意図はなかったのだろうか。
今となっては解らない。
そのあまりにもな結末に誰一人として声も出せず、庭にいる二人を観ているしかなかったという。
これが今に伝わる、宮本武蔵の徳川義直公の御前仕合の真相であった――
いや。
「話によるならば、武蔵殿が仕合した相手はもう一人いたはず武蔵殿が仕合した相手はもう一人いたはず……」
伝え聞いた話であるから、何かしら何処かで歪んでしまっているのかもしれない。
「お主は、気が付かないでいいことに気づく」
清秀老はあからさまに眉をひそめたが。
やがて。
諦めたように溜め息を吐いた。
「儂が為すすべなく敗れたのを見て、なお挑もうなどと思うような恐れ知らずは滅多におらぬ。だが、客人の恥は柳生の恥と、すわ仇討ちとばかりに高田三之丞殿が挑まんとされた」
「高田のお爺が!」
祖父である柳生如雲斎の第一の高弟と謳われた使い手だ。叔父御に剣の手ほどきをした一人でもあり、彼自身も幼少の頃に稽古をつけてもらったことがある。その時にはすでに高齢であったが、気性は剛情で、往来の兵法者が道場を訪ねてきた折りは、自らが立ち合うことこそなくなっていたものの必ずその場にいて目を光らせていた。万が一門弟が負ける時があれば自分の番だ――と、晩年までそのような態度のままであった。
(確かに、高田の爺がその場にいたのならば……)
武蔵に挑むなどということも、ありえる話であるが。
だが聞くところによると、二人目も同様に負けたという。
いかに武蔵といえども、そんなことがあり得るのだろうか、と思う。
厳延の記憶にある高田三之丞は、叔父御にも劣らぬ凄まじい名人であった。若き日のこととはいえ、武蔵にむざといいようにされるとも思えない。
それとも武蔵とは、あの爺ですらも子どものように手玉に取るほどのものだったのだろうか。
「急くな」
と清秀老は嗜める。
「高田殿が挑もうとされたが、それも如雲斎様に止められた。なんと言っても柳生第一の高弟である御方には違いない。それこそ面子に関わる」
それは。
「……武蔵殿とは、それほどのものだったのですか!?」
目の前の老人がかなり使うとは言っても、その業前を目撃したわけではない。だが、高田三之丞は彼の師の一人でもある。どれほどの使い手かも具体的に知っているのだ。
あの人が負けると、そう思わせるほどのものだったのか。
「儂の未熟を勘案しても、隔絶された腕前であったよ。天下無双とはまさにあのこと。二刀が一刀でも同様に負けていたに違いない」
それでも……高田殿や如雲斎様の如き柳生のお歴々ならば、むざと敗れることはなかったろうが。
そう言い添えてから。
「高田殿が止められ、そこで立ち上がったのが、連也斎殿よ」
「叔父御が――――」
その場にいたのか。
そして武蔵に挑んだというのか。
いや、しかし。
「その頃は、叔父御はまだ十三、四であったはず……」
聞くところによるならば、十三にして如雲斎の口述を筆記して兵法書を書いたというが、それにしても武蔵と対峙するには若すぎるのではないか。
清秀老は「うむ」と言った。
「皆が止めたが、連也斎殿、頭を巡らせたか――『これは座興なれば』というた」
あくまでもお遊びである、と強調した。
その言葉を向けられた義直公は「座興か」となにかに気づいたように頷き、武蔵と如雲斎を見る。
武蔵は如雲斎と視線を交わしてから、僅かに頷いた……ように、清秀老には見えたという。
『よい座興であった』
と義直公は告げ、清秀老に下がるように促し、若き連也斎が代わりに庭に降りた。
「あくまでも座興のこととして、貴方の面子を立ててくださったのですか――」
「……その後のことは、同じことの繰り返しであった」
さすがに十四歳では、後の柳生きっての名人であろうとも、天下無双の宮本武蔵を相手にして敵うはずもない。
結末は話に伝わっていたのと同じだった。
二人目もまた、ほぼ同様の展開で仕合は進んだ。
「いや、」
「連也斎殿は打ち込んだ」
「―――――――――ッ」
「当然、留められたが」
清秀老は、遠くを見つめながら言った。茫洋たる眼差しは、どうしてか剣呑な光をたたえていた。
――十字に組み合わされた二刀は、連也斎の打ちを留めた。
そのままに武蔵は進み、どういうわけか連也斎は留められた袋撓を引くこともせず、全身から汗を滴らせて武蔵に追い回されるに任せた。
自分もこんな風に負けたのか、と清秀老はその時思った。
先の仕合と同じ位置にて立ち止まった武蔵は、しかし連也斎には何も声をかけず、そのまま義直公に一礼した。
その後は、武蔵は何事もなかったかのように宴の席に戻り、如雲斎と何か言葉を交わしていたようであったが、さすがにそれは聞こえなかった。
そして宴の後、光義公は清秀老を呼び出して「すまなんだ」と直接の声をかけた。
「大曽根のご隠居御自ら……」
さすがに、自らのしでかしたことを反省したということなのだろうか。
清秀老は「さて」と呟く。
「後で聞いた話であるが、儂の顔は、死人の如く青くなっていたそうだが……」
「それは……」
無理からぬ話だ。
厳延は想像してみる。御歴々の御前にて意気揚々として挑んだ仕合で、相手があの宮本武蔵とはいえ、軽く追い回されて無様に負けてしまったなどと。
その後、十歳も年下の叔父御にかばわれるようにされてしまったこと。
恥辱のあまり、死んでしまいたくなるだろう。
清秀老は。
「死人の如くなどと言われてもな」
「すでに死人であったのにな。兵法者としての儂は、その時に死んだのだ」
死にたいではなく。
自分は、もうすでに死んでいるのだと言った。
「――――――」
嶋清秀老の語りを聞き終えた厳延は、息をするのも忘れていたかのようだった。
清秀老はその様子を少し眺めていたが。
「……今思えば、武蔵殿は儂の驕りも読み取っておられたのだろうな」
到底、座興などとは言えぬ。相手に花をもたせようなどとは欠片も考えてない、圧倒的な力による――それは蹂躙と呼ぶに足りた。
光義公を諌めるためであるだけでは、ここまではすまい。
老齢であることを侮っていたのを察していたに違いなく、俗っぽい振る舞いを小馬鹿にしていたのも伝わっていたのかもしれぬ。
「それにしても、やりすぎでは……」
そう口にしてしまったのも無理もないことではある。
武蔵の御前仕合は、あくまでも作り話と思っていたから聞けたというところがあった。
本当にそんなことをしてしまえるということがまず考えられず、できたとしてもそれをやってしまうというのが想像の拉致外であった。
「死道におゐてハ、武士ばかりに限らず、出家にても女にても、百姓以下に至迄、義理をしり、恥をおもひ、死する所を思ひきる事は、其差別なきもの也」
――義理を知り、恥辱を恐れて死ぬことを選ぶのは、武士だけではない、出家から女から、全ての者がそうである。
とは、当の宮本武蔵が自ら書いたことである。
恥をかかされれば死をもってそれを晴らすしかない――という気風は、元禄の頃には薄れていたが、ないでもなかった。
武士以外は昔ほど面子に拘ることはないが、武士が面子を重んじることは今も昔も変わらない。
ましてこれは元禄ではなく、寛永の時代の話だ。
武蔵が勝つと思っていた人間がその場にどれだけいたのかは不明であるが、ここまでの一方的な勝ち方をしてしまうなどと予想した人間は、一人としていまい。
それをあえてやったということは、武蔵はこの時、彼を殺すつもりであったと見做してもそう間違いではないだろう。
それとも、そこまでの意図はなかったのだろうか。
今となっては解らない。
そのあまりにもな結末に誰一人として声も出せず、庭にいる二人を観ているしかなかったという。
これが今に伝わる、宮本武蔵の徳川義直公の御前仕合の真相であった――
いや。
「話によるならば、武蔵殿が仕合した相手はもう一人いたはず武蔵殿が仕合した相手はもう一人いたはず……」
伝え聞いた話であるから、何かしら何処かで歪んでしまっているのかもしれない。
「お主は、気が付かないでいいことに気づく」
清秀老はあからさまに眉をひそめたが。
やがて。
諦めたように溜め息を吐いた。
「儂が為すすべなく敗れたのを見て、なお挑もうなどと思うような恐れ知らずは滅多におらぬ。だが、客人の恥は柳生の恥と、すわ仇討ちとばかりに高田三之丞殿が挑まんとされた」
「高田のお爺が!」
祖父である柳生如雲斎の第一の高弟と謳われた使い手だ。叔父御に剣の手ほどきをした一人でもあり、彼自身も幼少の頃に稽古をつけてもらったことがある。その時にはすでに高齢であったが、気性は剛情で、往来の兵法者が道場を訪ねてきた折りは、自らが立ち合うことこそなくなっていたものの必ずその場にいて目を光らせていた。万が一門弟が負ける時があれば自分の番だ――と、晩年までそのような態度のままであった。
(確かに、高田の爺がその場にいたのならば……)
武蔵に挑むなどということも、ありえる話であるが。
だが聞くところによると、二人目も同様に負けたという。
いかに武蔵といえども、そんなことがあり得るのだろうか、と思う。
厳延の記憶にある高田三之丞は、叔父御にも劣らぬ凄まじい名人であった。若き日のこととはいえ、武蔵にむざといいようにされるとも思えない。
それとも武蔵とは、あの爺ですらも子どものように手玉に取るほどのものだったのだろうか。
「急くな」
と清秀老は嗜める。
「高田殿が挑もうとされたが、それも如雲斎様に止められた。なんと言っても柳生第一の高弟である御方には違いない。それこそ面子に関わる」
それは。
「……武蔵殿とは、それほどのものだったのですか!?」
目の前の老人がかなり使うとは言っても、その業前を目撃したわけではない。だが、高田三之丞は彼の師の一人でもある。どれほどの使い手かも具体的に知っているのだ。
あの人が負けると、そう思わせるほどのものだったのか。
「儂の未熟を勘案しても、隔絶された腕前であったよ。天下無双とはまさにあのこと。二刀が一刀でも同様に負けていたに違いない」
それでも……高田殿や如雲斎様の如き柳生のお歴々ならば、むざと敗れることはなかったろうが。
そう言い添えてから。
「高田殿が止められ、そこで立ち上がったのが、連也斎殿よ」
「叔父御が――――」
その場にいたのか。
そして武蔵に挑んだというのか。
いや、しかし。
「その頃は、叔父御はまだ十三、四であったはず……」
聞くところによるならば、十三にして如雲斎の口述を筆記して兵法書を書いたというが、それにしても武蔵と対峙するには若すぎるのではないか。
清秀老は「うむ」と言った。
「皆が止めたが、連也斎殿、頭を巡らせたか――『これは座興なれば』というた」
あくまでもお遊びである、と強調した。
その言葉を向けられた義直公は「座興か」となにかに気づいたように頷き、武蔵と如雲斎を見る。
武蔵は如雲斎と視線を交わしてから、僅かに頷いた……ように、清秀老には見えたという。
『よい座興であった』
と義直公は告げ、清秀老に下がるように促し、若き連也斎が代わりに庭に降りた。
「あくまでも座興のこととして、貴方の面子を立ててくださったのですか――」
「……その後のことは、同じことの繰り返しであった」
さすがに十四歳では、後の柳生きっての名人であろうとも、天下無双の宮本武蔵を相手にして敵うはずもない。
結末は話に伝わっていたのと同じだった。
二人目もまた、ほぼ同様の展開で仕合は進んだ。
「いや、」
「連也斎殿は打ち込んだ」
「―――――――――ッ」
「当然、留められたが」
清秀老は、遠くを見つめながら言った。茫洋たる眼差しは、どうしてか剣呑な光をたたえていた。
――十字に組み合わされた二刀は、連也斎の打ちを留めた。
そのままに武蔵は進み、どういうわけか連也斎は留められた袋撓を引くこともせず、全身から汗を滴らせて武蔵に追い回されるに任せた。
自分もこんな風に負けたのか、と清秀老はその時思った。
先の仕合と同じ位置にて立ち止まった武蔵は、しかし連也斎には何も声をかけず、そのまま義直公に一礼した。
その後は、武蔵は何事もなかったかのように宴の席に戻り、如雲斎と何か言葉を交わしていたようであったが、さすがにそれは聞こえなかった。
そして宴の後、光義公は清秀老を呼び出して「すまなんだ」と直接の声をかけた。
「大曽根のご隠居御自ら……」
さすがに、自らのしでかしたことを反省したということなのだろうか。
清秀老は「さて」と呟く。
「後で聞いた話であるが、儂の顔は、死人の如く青くなっていたそうだが……」
「それは……」
無理からぬ話だ。
厳延は想像してみる。御歴々の御前にて意気揚々として挑んだ仕合で、相手があの宮本武蔵とはいえ、軽く追い回されて無様に負けてしまったなどと。
その後、十歳も年下の叔父御にかばわれるようにされてしまったこと。
恥辱のあまり、死んでしまいたくなるだろう。
清秀老は。
「死人の如くなどと言われてもな」
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