勝負如此ニ御座候(しょうぶかくのごとくにござそうろう)

奇水

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(一)

勝負如此ニ御座候

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   十.




 浦屋敷というのは、厳延の叔父御である浦連也斎が晩年に住んでいた屋敷のことである。

 元々はこの地には小林城があったという。城趾であったということもあってかなり広大であり、屋敷には多くの使用人がいたが、叔父御は庭造り以外はほとんど贅沢をしなかった。庭造りというだけで大変なものであったというのもあるが、それ以外は生半の僧侶などよりも清浄な生活をしていたということもあり、世の人は別に叔父御を「小林和尚」とも呼んでいた。

 そのことを久々に訪れて厳延は思い返していた。

 今やこの屋敷は柳生家との直接の関係はない。

 叔父御は遺言で、この屋敷を殿と御隠居様のため、外出に際してのお弁当場にでも使ってくださいと徳川家へと返したからである。

 その後は時折に殿の外出に随行してこの屋敷に来ることはあったが、厳延はほとんどこの屋敷には関わっていない。

 そのような事情もあって、この屋敷に彼が単身で乗り込むためには殿の許可が必要なのであった。

「これはまた、随分と……」

 天井裏に隠されていた櫃は、思っていたよりも大きかった。

 叔父御が密かにしていたものを従僕たちに見せるわけにはいかず、彼らには台所に行かせて飯の用意をさせていた。この屋敷を管理する使用人たちの賄いを分けてもらえと命じてある。櫃をどう処分するかはまだ決めてなかったが、まず自分の目で確認しなくてはならない。

 しかし、清秀老の言葉どおりに叔父御の部屋の天井裏にあった櫃は、かなり大きい。天板を二つ外さなくては下ろせなかった。従僕たちに手伝って貰えばよかったと後悔する。

(果たしてこれを、どうして叔父御は処分しなかったのか)

 忘れていたとは思えないが。

 箱を開けると、丁寧に畳まれた包み紙と、幾つもの小箱が入っていた。箱にはそれぞれ何が入ってるのかの紙が貼られている。何事も細かいところまで気配りする叔父御らしいと思った。

(この紙は裃を包んでいたものかな)

 清秀老の言葉が正しいのなら、であるが。

 もしかしたら嶋家に関わるものは他にあるものかと思っていたが、小箱を出して畳の上に並べてみたが、それらしいものはなかった。

 あるいは、清秀老が持ち帰ったのかもしれない。

 すぐ解るものは、新陰流の技法解説の他に、円明流、外他流についての覚え書きのようなものが多かった。

(と言っても、そうたいしたものが書かれているわけでもないか)

 懐かしい叔父御の手跡を読みながら、厳延はだいたいこの櫃の中身がどういう性格のものなのかを察していた。

 これは、浦連也という人物が考えをまとめるために出力した覚書、それを保存した櫃なのだ。

(几帳面な叔父御らしい)

 恐らくは弟子に示すために色々と考え、そのための走り書きなどを書き損じも含めて捨てずに保存していたのだろう。一時の思いつきのような、彼の目からしても適当なものもあれば、熟考を重ねたものもあった。

(上泉武蔵守様の伝書に対する疑問から、天狗抄と天狗勝はどちらが正しいのかなどというような、どうでもいいようなことも書いてある)

 とにかく兵法に関係して書いたものを、端から収納したというように思える。

 しかし新陰流についてのそれの後に、外他流のものを見るとそれもまた少し違うと改めた。

(他流については、俺たちにはほとんど考えを見せなかったものであるが)

 外他流については、清秀老の言葉を裏付ける内容ではあった。

 外他流の中核を成す、上極意五点などの解説が何枚も書かれている。これは流儀の詳細を深く学んだ者だけができることだ。

(いや、しかしこれは…………?)

 よく読んでいくと、外他流の解説というのとはやや違っているように思えてきた。

 外他流の理念の解説――から、個々の技を破るための勝口かちぐちの詳細が書かれていたのだ。何枚も。何枚も。一つの技に対して、微妙に内容の異なるものが幾毎となく重ねられている。

(新しい工夫を思いついては、改めていたのだろうな。だが、なんという執拗な…………)

 これは、違う。

 これは外他流の解説書ではない。

 いかに外他流に勝つか、



 ドクン、と胸が鳴った。



(外他流……一刀流は、かつて将軍家御指南の役を担っていた……という意味で、我が新陰流にとって重要な研究対象であったのは、解るが……)

 かつて叔父御は、江戸詰めしていた頃に一刀流の剣士たちと試合をさせられたという話がある。

 その尽くに勝利したというが、そのような仕合をさせられたということそのものが、世情ではいずれの流儀が優るのかというのは興味の的であったということを反映していたに違いなく、叔父御はこれらの研究をしていたからこそ、危なげなく勝ち抜けたのかもしれない。

 書付は古い順から新しく並べてあったようであるが、最終的にはどの解説も新陰流に云うどれそれに似て、これこれの工夫で対処すべし、となっているのを見るに、要は新陰流についての深い理解と修行を積めばどうにかなるのだという結論に落ち着いたものに思えた。

 叔父御の新陰流に対しての深い理解と自負、自信が感じられた。

(いかにも叔父御らしいが……)

 ふと見ると、



〝兄者之一ツ勝〟 



 と書かれた束が一番厚かった。

 最初の紙には小転とだけ書いてあったが、大転となり、その次にまた小転とあり、やがて合撃にて工夫、というのが現れた。

「これは……」

 思わず、声にしていた。

(叔父御が苦慮なさっている……)

 一ツ勝――切り落としとは、一刀流、外他流の根本理念である。厳延は当然知らないが、後世、小野家の流れから出た中西家に学び、北辰一刀流を創始する千葉周作は「剣法秘訣」で、

 

 小野一刀斎にて最も初めの組太刀一つ勝。切落しの意味一本発明すれば今日入門したる者も明日必ず皆伝を渡すべしと申し教ふるなり。



 ……と述べている。

 最初に学ぶ一ツ勝を会得できたということは、それは皆伝を得たも同然であるとのことである。

 天保の頃の評価などを厳延が知ることはありえないが、その類の言葉が出るほどに、この技は一刀流の根本として位置づけられてるということだった。

(それほどの技だ。叔父御が苦慮されているというのも当然か)

 しかし……。

 紙束をめくっていくうちに、厳延は覚書に違和感を覚える。

「そういえば……一ツ勝にだけ、兄者とあるな……」

 何気なくそう言ってから、ふっと思い至る。

(兄者とは、清秀老のことか)

 他に考えようはない。

 浦連也の身近で一刀流の使い手と言える人間は嶋清秀ただ一人しかおらず、清秀老は十歳も年上だった。

 嶋家の相続の件で揉めたとはいえ、叔父御にとっては血縁でもあり、ちょうど清厳伯父も亡くなった直後に出会った仲でもある。

 そうと考えれば、清秀老を兄と慕っていたとしても、さほど不思議ではない。

「ああ、そうか――」



「これは、の覚書なのだ」



 何か、腑に落ちた。

 まったくその理由は見当もつかなかったが、剣術についての研究は生半ではなかった叔父御のことである。

 身近にいた他流の、恐らくは当時は地力では自分に優る腕前であったろう嶋清秀の剣に勝つ方法を模索していたとして、さほどに不思議なことでもない。

 それよりも「兄者之」とわざわざつけているからには、一ツ勝の技、世上に伝えられるそれとは違うものなのだろう。小野家に伝わる前の形態なのか、あるいは当人の独自の工夫か。

 剣の技などというものが一世代で激変することがあるとは、厳延は知っている。

 元の一刀流の技を直接見たことがないし、清秀老の使ったのも、上段へと振りかぶってからの打ち込み――恐らくは、あれが一ツ勝――だけしか知らない。

 何がどう違うのかなどは解らないのだが、叔父御はあの技を破る工夫が立たず、こうしてあれこれと試行錯誤をしていたのだろう。

(果たして、清秀老はこれらのものはみたのだろうか)

 浦屋敷に裃の男が現れたという噂は、何月のものであったろうか。

 恐らくは櫃を開けて裃を取り出してから自分に合うものかをその場で着てて確認し、そこを誰かに目撃されたということだろう。

 迂闊なことこの上ないが、状況が異常といえば異常である。

 この浦屋敷は主家に返還されたものであり、そこに無断で侵入するというのがまずあり得ない。

 そこに隠された櫃を確認するというのが、さらにおかしな話なのだ。

(清秀老は大曽根の御隠居と懇意にしていたようだから、そちらから話を通せば堂々と入り込めただろうに)

 あるいは、この中身を一人で確認したかったのかもしれないと、そうも思った。

(あの叔父御の、浦連也斎が残した櫃などというものがあれば、大曽根の御隠居も中身を見たくなるものだ)

 もしも自分にとって都合の悪いものがあれば、困ると、そう考えたとしても不思議ではない。彼自身もここに来る口実として、正月からのありえない失態を恥じて自ら省みるため、亡き叔父御を偲び云々……などと適当なことを口上を述べていた。

 そういう仮定に立てば、清秀老にとって困るようなものはもう入っていないのかもしれない。

 あって確認する時間があれば、取り除いただろうし、こうして自分に櫃の所在を知らせることもなかっただろう。

 多分。

(まあ別に、弱みを握りたいなどと考えてきたわけでもない)

 そう自分に言い聞かせながら、外他流についての覚書を改めていく。

「どの道、これは叔父御の工夫だ……俺がどうやったところで、清秀老に勝てる手立てが身につくわけもない……」

 そう口にしてみた。

 あくまでも、ここに着たのは叔父御の遺品を改めて確認するのが目的であって、こうして清秀老の使い技について書かれていることなど、まったく想定もしていなかった。

(あの打ち込みに合撃にてどうにかできるとしたら、それこそ叔父御くらいのものだろう)

 そう思いながら、最後の一枚をめくって。

 様子が違うことに気づき、眉をひそめる。



 火乱坊



 とあり、それに斜線が引かれていた。

「火乱坊……二刀打ち物? なんで一ツ勝に対して、そんなものがでてくるのだ……?」

 思わず声に出た。

 二刀打ち物というのは、打太刀に二刀流の使い手を配置し、その逆二刀からの小太刀の投擲を回避、仕太刀が打つという天狗抄の一手である。

 古くより二刀使いは小太刀打ちをするのが常道であるとされ、かの宮本武蔵も小太刀を投げ打つのに長けていたという。

 しかしこれは一ツ勝の勝口を追求したもののはずだ。

(別に書いたものが混じったか)

 そう思うのが順当であるが、どうにも何か引っかかるものがあった。他の文書と違い、斜線が引いてあるというのも気になる。思いついて書いてはみたが、即座に、あるいは考えた末に駄目だと否定したものなのだろうか。

(どういうことだ?)

 しばし紙束を床に起き、腕を組んで考えてみたが、上手く考えがまとまらなかった。

 そんなことをしているうちに、寒さに身震いする。

 いつまでも時間があるわけでもない。

「わからぬことを、いつまでも考えても仕方がないか……」

 櫃をどう処分するにしても、いちいち引っかかっていてはどうにもならない。というよりも、寒さのあまり、さっさと火鉢にでもあたりたい気分だ。もう少し確認してから、従者たちの待つだろう台所にでも行こう。

 そうして外他流以外の文書を確認していく。

 意外なのは、円明流についての多さだ。

(寺尾殿を経由したものかな)

 清秀老が言っていた、宮本武蔵と関わりがあったという寺尾長政は元々は彼の祖父である如雲斎の弟子であったが、いつの頃からか二十も年下の彼の叔父、連也斎の指導を受けるようになっていたらしい。

 義直公に殉死するに際して、介錯し、片手打ちにてその首を刎ねたのも叔父御だ。

 新陰流の両刀の工夫も円明流に関係するという話を聞くが、どういう経緯で入ったものかは実は厳延もよく知らない。

 彼の師匠たちはそのことについては特段に解説しなかったし、彼自身もさしてそれを求めなかったからだ。

 ただ武蔵がしばらく尾張に逗留していたというのは聞いていたので、そこから何かしらの交流があって伝わったものだと思っていたが――

(叔父御の両刀についての研究は、思っていた以上に深かったのか)

 あるいは、先程の火乱坊と書かれた文面も、本来はこちらのものであったのかもしりれないと思う。

 叔父御とて、整理を間違えることもたまにはあるだろう。

 そう思って手早く確認し、櫃の中身は大方確認できた厳延は、蓋を手にとってから、指がかじかんでいたために上手くつかめず、取り落してしまった。

「あ――――――」

 と思った時には、蓋が櫃の角に当たり、思ったより大きな音を立てた。

(なんたる無様だ)

 と蓋を改めて手にとって、今度は落とさないように裏側にも手を伸ばして挟み込み――

「なんだ?」

 指先に、紙の感触があった。

 すぐさまひっくり返してみると、蓋の裏側に封書が糊付けしてあるのが見つかった。

(こんなものが、こんなところに……)

 隠されていたのだろうか、と思ってから、それにしては無防備ではないかと思い直す。

 何か、色々と中途半端だ。

 簡単に見つけてほしくはないが、別に見つかったとしてもいいか、くらいの投げやりな態度が伝わってきた。

 叔父御のやってることとは、思えない。

「これは……」

 とりあえず封書をぺりぺりと剥がし、中身を確認した。



「入門誓詞?」



 それは「嶋新六」という名で、二天一流の新免武蔵守藤原玄信しんめんむさしのかみふじわらのはるのぶに入門したことを記したものであった。




   

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みんなの感想(2件)

2021.07.02 ユーザー名の登録がありません

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深澤惟住
2021.03.01 深澤惟住

素晴らしい手練れによる時代小説。元禄という、剣豪剣客の世が終わった時代に生きる尾張柳生の跡継ぎが、突然突きつけられる「剣」の理とは?続きが楽しみです!

解除

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