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(一)
勝負如此ニ御座候
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十.
浦屋敷というのは、厳延の叔父御である浦連也斎が晩年に住んでいた屋敷のことである。
元々はこの地には小林城があったという。城趾であったということもあってかなり広大であり、屋敷には多くの使用人がいたが、叔父御は庭造り以外はほとんど贅沢をしなかった。庭造りというだけで大変なものであったというのもあるが、それ以外は生半の僧侶などよりも清浄な生活をしていたということもあり、世の人は別に叔父御を「小林和尚」とも呼んでいた。
そのことを久々に訪れて厳延は思い返していた。
今やこの屋敷は柳生家との直接の関係はない。
叔父御は遺言で、この屋敷を殿と御隠居様のため、外出に際してのお弁当場にでも使ってくださいと徳川家へと返したからである。
その後は時折に殿の外出に随行してこの屋敷に来ることはあったが、厳延はほとんどこの屋敷には関わっていない。
そのような事情もあって、この屋敷に彼が単身で乗り込むためには殿の許可が必要なのであった。
「これはまた、随分と……」
天井裏に隠されていた櫃は、思っていたよりも大きかった。
叔父御が密かにしていたものを従僕たちに見せるわけにはいかず、彼らには台所に行かせて飯の用意をさせていた。この屋敷を管理する使用人たちの賄いを分けてもらえと命じてある。櫃をどう処分するかはまだ決めてなかったが、まず自分の目で確認しなくてはならない。
しかし、清秀老の言葉どおりに叔父御の部屋の天井裏にあった櫃は、かなり大きい。天板を二つ外さなくては下ろせなかった。従僕たちに手伝って貰えばよかったと後悔する。
(果たしてこれを、どうして叔父御は処分しなかったのか)
忘れていたとは思えないが。
箱を開けると、丁寧に畳まれた包み紙と、幾つもの小箱が入っていた。箱にはそれぞれ何が入ってるのかの紙が貼られている。何事も細かいところまで気配りする叔父御らしいと思った。
(この紙は裃を包んでいたものかな)
清秀老の言葉が正しいのなら、であるが。
もしかしたら嶋家に関わるものは他にあるものかと思っていたが、小箱を出して畳の上に並べてみたが、それらしいものはなかった。
あるいは、清秀老が持ち帰ったのかもしれない。
すぐ解るものは、新陰流の技法解説の他に、円明流、外他流についての覚え書きのようなものが多かった。
(と言っても、そうたいしたものが書かれているわけでもないか)
懐かしい叔父御の手跡を読みながら、厳延はだいたいこの櫃の中身がどういう性格のものなのかを察していた。
これは、浦連也という人物が考えをまとめるために出力した覚書、それを保存した櫃なのだ。
(几帳面な叔父御らしい)
恐らくは弟子に示すために色々と考え、そのための走り書きなどを書き損じも含めて捨てずに保存していたのだろう。一時の思いつきのような、彼の目からしても適当なものもあれば、熟考を重ねたものもあった。
(上泉武蔵守様の伝書に対する疑問から、天狗抄と天狗勝はどちらが正しいのかなどというような、どうでもいいようなことも書いてある)
とにかく兵法に関係して書いたものを、端から収納したというように思える。
しかし新陰流についてのそれの後に、外他流のものを見るとそれもまた少し違うと改めた。
(他流については、俺たちにはほとんど考えを見せなかったものであるが)
外他流については、清秀老の言葉を裏付ける内容ではあった。
外他流の中核を成す、上極意五点などの解説が何枚も書かれている。これは流儀の詳細を深く学んだ者だけができることだ。
(いや、しかしこれは…………?)
よく読んでいくと、外他流の解説というのとはやや違っているように思えてきた。
外他流の理念の解説――から、個々の技を破るための勝口の詳細が書かれていたのだ。何枚も。何枚も。一つの技に対して、微妙に内容の異なるものが幾毎となく重ねられている。
(新しい工夫を思いついては、改めていたのだろうな。だが、なんという執拗な…………)
これは、違う。
これは外他流の解説書ではない。
いかに外他流に勝つか、対外他流の研究をまとめたものだ。
ドクン、と胸が鳴った。
(外他流……一刀流は、かつて将軍家御指南の役を担っていた……という意味で、我が新陰流にとって重要な研究対象であったのは、解るが……)
かつて叔父御は、江戸詰めしていた頃に一刀流の剣士たちと試合をさせられたという話がある。
その尽くに勝利したというが、そのような仕合をさせられたということそのものが、世情ではいずれの流儀が優るのかというのは興味の的であったということを反映していたに違いなく、叔父御はこれらの研究をしていたからこそ、危なげなく勝ち抜けたのかもしれない。
書付は古い順から新しく並べてあったようであるが、最終的にはどの解説も新陰流に云うどれそれに似て、これこれの工夫で対処すべし、となっているのを見るに、要は新陰流についての深い理解と修行を積めばどうにかなるのだという結論に落ち着いたものに思えた。
叔父御の新陰流に対しての深い理解と自負、自信が感じられた。
(いかにも叔父御らしいが……)
ふと見ると、
〝兄者之一ツ勝〟
と書かれた束が一番厚かった。
最初の紙には小転とだけ書いてあったが、大転となり、その次にまた小転とあり、やがて合撃にて工夫、というのが現れた。
「これは……」
思わず、声にしていた。
(叔父御が苦慮なさっている……)
一ツ勝――切り落としとは、一刀流、外他流の根本理念である。厳延は当然知らないが、後世、小野家の流れから出た中西家に学び、北辰一刀流を創始する千葉周作は「剣法秘訣」で、
小野一刀斎にて最も初めの組太刀一つ勝。切落しの意味一本発明すれば今日入門したる者も明日必ず皆伝を渡すべしと申し教ふるなり。
……と述べている。
最初に学ぶ一ツ勝を会得できたということは、それは皆伝を得たも同然であるとのことである。
天保の頃の評価などを厳延が知ることはありえないが、その類の言葉が出るほどに、この技は一刀流の根本として位置づけられてるということだった。
(それほどの技だ。叔父御が苦慮されているというのも当然か)
しかし……。
紙束をめくっていくうちに、厳延は覚書に違和感を覚える。
「そういえば……一ツ勝にだけ、兄者とあるな……」
何気なくそう言ってから、ふっと思い至る。
(兄者とは、清秀老のことか)
他に考えようはない。
浦連也の身近で一刀流の使い手と言える人間は嶋清秀ただ一人しかおらず、清秀老は十歳も年上だった。
嶋家の相続の件で揉めたとはいえ、叔父御にとっては血縁でもあり、ちょうど清厳伯父も亡くなった直後に出会った仲でもある。
そうと考えれば、清秀老を兄と慕っていたとしても、さほど不思議ではない。
「ああ、そうか――」
「これは、清秀老の外他流に勝つための覚書なのだ」
何か、腑に落ちた。
まったくその理由は見当もつかなかったが、剣術についての研究は生半ではなかった叔父御のことである。
身近にいた他流の、恐らくは当時は地力では自分に優る腕前であったろう嶋清秀の剣に勝つ方法を模索していたとして、さほどに不思議なことでもない。
それよりも「兄者之」とわざわざつけているからには、一ツ勝の技、世上に伝えられるそれとは違うものなのだろう。小野家に伝わる前の形態なのか、あるいは当人の独自の工夫か。
剣の技などというものが一世代で激変することがあるとは、厳延は知っている。
元の一刀流の技を直接見たことがないし、清秀老の使ったのも、上段へと振りかぶってからの打ち込み――恐らくは、あれが一ツ勝――だけしか知らない。
何がどう違うのかなどは解らないのだが、叔父御はあの技を破る工夫が立たず、こうしてあれこれと試行錯誤をしていたのだろう。
(果たして、清秀老はこれらのものはみたのだろうか)
浦屋敷に裃の男が現れたという噂は、何月のものであったろうか。
恐らくは櫃を開けて裃を取り出してから自分に合うものかをその場で着てて確認し、そこを誰かに目撃されたということだろう。
迂闊なことこの上ないが、状況が異常といえば異常である。
この浦屋敷は主家に返還されたものであり、そこに無断で侵入するというのがまずあり得ない。
そこに隠された櫃を確認するというのが、さらにおかしな話なのだ。
(清秀老は大曽根の御隠居と懇意にしていたようだから、そちらから話を通せば堂々と入り込めただろうに)
あるいは、この中身を一人で確認したかったのかもしれないと、そうも思った。
(あの叔父御の、浦連也斎が残した櫃などというものがあれば、大曽根の御隠居も中身を見たくなるものだ)
もしも自分にとって都合の悪いものがあれば、困ると、そう考えたとしても不思議ではない。彼自身もここに来る口実として、正月からのありえない失態を恥じて自ら省みるため、亡き叔父御を偲び云々……などと適当なことを口上を述べていた。
そういう仮定に立てば、清秀老にとって困るようなものはもう入っていないのかもしれない。
あって確認する時間があれば、取り除いただろうし、こうして自分に櫃の所在を知らせることもなかっただろう。
多分。
(まあ別に、弱みを握りたいなどと考えてきたわけでもない)
そう自分に言い聞かせながら、外他流についての覚書を改めていく。
「どの道、これは叔父御の工夫だ……俺がどうやったところで、清秀老に勝てる手立てが身につくわけもない……」
そう口にしてみた。
あくまでも、ここに着たのは叔父御の遺品を改めて確認するのが目的であって、こうして清秀老の使い技について書かれていることなど、まったく想定もしていなかった。
(あの打ち込みに合撃にてどうにかできるとしたら、それこそ叔父御くらいのものだろう)
そう思いながら、最後の一枚をめくって。
様子が違うことに気づき、眉をひそめる。
火乱坊
とあり、それに斜線が引かれていた。
「火乱坊……二刀打ち物? なんで一ツ勝に対して、そんなものがでてくるのだ……?」
思わず声に出た。
二刀打ち物というのは、打太刀に二刀流の使い手を配置し、その逆二刀からの小太刀の投擲を回避、仕太刀が打つという天狗抄の一手である。
古くより二刀使いは小太刀打ちをするのが常道であるとされ、かの宮本武蔵も小太刀を投げ打つのに長けていたという。
しかしこれは一ツ勝の勝口を追求したもののはずだ。
(別に書いたものが混じったか)
そう思うのが順当であるが、どうにも何か引っかかるものがあった。他の文書と違い、斜線が引いてあるというのも気になる。思いついて書いてはみたが、即座に、あるいは考えた末に駄目だと否定したものなのだろうか。
(どういうことだ?)
しばし紙束を床に起き、腕を組んで考えてみたが、上手く考えがまとまらなかった。
そんなことをしているうちに、寒さに身震いする。
いつまでも時間があるわけでもない。
「わからぬことを、いつまでも考えても仕方がないか……」
櫃をどう処分するにしても、いちいち引っかかっていてはどうにもならない。というよりも、寒さのあまり、さっさと火鉢にでもあたりたい気分だ。もう少し確認してから、従者たちの待つだろう台所にでも行こう。
そうして外他流以外の文書を確認していく。
意外なのは、円明流についての多さだ。
(寺尾殿を経由したものかな)
清秀老が言っていた、宮本武蔵と関わりがあったという寺尾長政は元々は彼の祖父である如雲斎の弟子であったが、いつの頃からか二十も年下の彼の叔父、連也斎の指導を受けるようになっていたらしい。
義直公に殉死するに際して、介錯し、片手打ちにてその首を刎ねたのも叔父御だ。
新陰流の両刀の工夫も円明流に関係するという話を聞くが、どういう経緯で入ったものかは実は厳延もよく知らない。
彼の師匠たちはそのことについては特段に解説しなかったし、彼自身もさしてそれを求めなかったからだ。
ただ武蔵がしばらく尾張に逗留していたというのは聞いていたので、そこから何かしらの交流があって伝わったものだと思っていたが――
(叔父御の両刀についての研究は、思っていた以上に深かったのか)
あるいは、先程の火乱坊と書かれた文面も、本来はこちらのものであったのかもしりれないと思う。
叔父御とて、整理を間違えることもたまにはあるだろう。
そう思って手早く確認し、櫃の中身は大方確認できた厳延は、蓋を手にとってから、指がかじかんでいたために上手くつかめず、取り落してしまった。
「あ――――――」
と思った時には、蓋が櫃の角に当たり、思ったより大きな音を立てた。
(なんたる無様だ)
と蓋を改めて手にとって、今度は落とさないように裏側にも手を伸ばして挟み込み――
「なんだ?」
指先に、紙の感触があった。
すぐさまひっくり返してみると、蓋の裏側に封書が糊付けしてあるのが見つかった。
(こんなものが、こんなところに……)
隠されていたのだろうか、と思ってから、それにしては無防備ではないかと思い直す。
何か、色々と中途半端だ。
簡単に見つけてほしくはないが、別に見つかったとしてもいいか、くらいの投げやりな態度が伝わってきた。
叔父御のやってることとは、思えない。
「これは……」
とりあえず封書をぺりぺりと剥がし、中身を確認した。
「入門誓詞?」
それは「嶋新六」という名で、二天一流の新免武蔵守藤原玄信に入門したことを記したものであった。
浦屋敷というのは、厳延の叔父御である浦連也斎が晩年に住んでいた屋敷のことである。
元々はこの地には小林城があったという。城趾であったということもあってかなり広大であり、屋敷には多くの使用人がいたが、叔父御は庭造り以外はほとんど贅沢をしなかった。庭造りというだけで大変なものであったというのもあるが、それ以外は生半の僧侶などよりも清浄な生活をしていたということもあり、世の人は別に叔父御を「小林和尚」とも呼んでいた。
そのことを久々に訪れて厳延は思い返していた。
今やこの屋敷は柳生家との直接の関係はない。
叔父御は遺言で、この屋敷を殿と御隠居様のため、外出に際してのお弁当場にでも使ってくださいと徳川家へと返したからである。
その後は時折に殿の外出に随行してこの屋敷に来ることはあったが、厳延はほとんどこの屋敷には関わっていない。
そのような事情もあって、この屋敷に彼が単身で乗り込むためには殿の許可が必要なのであった。
「これはまた、随分と……」
天井裏に隠されていた櫃は、思っていたよりも大きかった。
叔父御が密かにしていたものを従僕たちに見せるわけにはいかず、彼らには台所に行かせて飯の用意をさせていた。この屋敷を管理する使用人たちの賄いを分けてもらえと命じてある。櫃をどう処分するかはまだ決めてなかったが、まず自分の目で確認しなくてはならない。
しかし、清秀老の言葉どおりに叔父御の部屋の天井裏にあった櫃は、かなり大きい。天板を二つ外さなくては下ろせなかった。従僕たちに手伝って貰えばよかったと後悔する。
(果たしてこれを、どうして叔父御は処分しなかったのか)
忘れていたとは思えないが。
箱を開けると、丁寧に畳まれた包み紙と、幾つもの小箱が入っていた。箱にはそれぞれ何が入ってるのかの紙が貼られている。何事も細かいところまで気配りする叔父御らしいと思った。
(この紙は裃を包んでいたものかな)
清秀老の言葉が正しいのなら、であるが。
もしかしたら嶋家に関わるものは他にあるものかと思っていたが、小箱を出して畳の上に並べてみたが、それらしいものはなかった。
あるいは、清秀老が持ち帰ったのかもしれない。
すぐ解るものは、新陰流の技法解説の他に、円明流、外他流についての覚え書きのようなものが多かった。
(と言っても、そうたいしたものが書かれているわけでもないか)
懐かしい叔父御の手跡を読みながら、厳延はだいたいこの櫃の中身がどういう性格のものなのかを察していた。
これは、浦連也という人物が考えをまとめるために出力した覚書、それを保存した櫃なのだ。
(几帳面な叔父御らしい)
恐らくは弟子に示すために色々と考え、そのための走り書きなどを書き損じも含めて捨てずに保存していたのだろう。一時の思いつきのような、彼の目からしても適当なものもあれば、熟考を重ねたものもあった。
(上泉武蔵守様の伝書に対する疑問から、天狗抄と天狗勝はどちらが正しいのかなどというような、どうでもいいようなことも書いてある)
とにかく兵法に関係して書いたものを、端から収納したというように思える。
しかし新陰流についてのそれの後に、外他流のものを見るとそれもまた少し違うと改めた。
(他流については、俺たちにはほとんど考えを見せなかったものであるが)
外他流については、清秀老の言葉を裏付ける内容ではあった。
外他流の中核を成す、上極意五点などの解説が何枚も書かれている。これは流儀の詳細を深く学んだ者だけができることだ。
(いや、しかしこれは…………?)
よく読んでいくと、外他流の解説というのとはやや違っているように思えてきた。
外他流の理念の解説――から、個々の技を破るための勝口の詳細が書かれていたのだ。何枚も。何枚も。一つの技に対して、微妙に内容の異なるものが幾毎となく重ねられている。
(新しい工夫を思いついては、改めていたのだろうな。だが、なんという執拗な…………)
これは、違う。
これは外他流の解説書ではない。
いかに外他流に勝つか、対外他流の研究をまとめたものだ。
ドクン、と胸が鳴った。
(外他流……一刀流は、かつて将軍家御指南の役を担っていた……という意味で、我が新陰流にとって重要な研究対象であったのは、解るが……)
かつて叔父御は、江戸詰めしていた頃に一刀流の剣士たちと試合をさせられたという話がある。
その尽くに勝利したというが、そのような仕合をさせられたということそのものが、世情ではいずれの流儀が優るのかというのは興味の的であったということを反映していたに違いなく、叔父御はこれらの研究をしていたからこそ、危なげなく勝ち抜けたのかもしれない。
書付は古い順から新しく並べてあったようであるが、最終的にはどの解説も新陰流に云うどれそれに似て、これこれの工夫で対処すべし、となっているのを見るに、要は新陰流についての深い理解と修行を積めばどうにかなるのだという結論に落ち着いたものに思えた。
叔父御の新陰流に対しての深い理解と自負、自信が感じられた。
(いかにも叔父御らしいが……)
ふと見ると、
〝兄者之一ツ勝〟
と書かれた束が一番厚かった。
最初の紙には小転とだけ書いてあったが、大転となり、その次にまた小転とあり、やがて合撃にて工夫、というのが現れた。
「これは……」
思わず、声にしていた。
(叔父御が苦慮なさっている……)
一ツ勝――切り落としとは、一刀流、外他流の根本理念である。厳延は当然知らないが、後世、小野家の流れから出た中西家に学び、北辰一刀流を創始する千葉周作は「剣法秘訣」で、
小野一刀斎にて最も初めの組太刀一つ勝。切落しの意味一本発明すれば今日入門したる者も明日必ず皆伝を渡すべしと申し教ふるなり。
……と述べている。
最初に学ぶ一ツ勝を会得できたということは、それは皆伝を得たも同然であるとのことである。
天保の頃の評価などを厳延が知ることはありえないが、その類の言葉が出るほどに、この技は一刀流の根本として位置づけられてるということだった。
(それほどの技だ。叔父御が苦慮されているというのも当然か)
しかし……。
紙束をめくっていくうちに、厳延は覚書に違和感を覚える。
「そういえば……一ツ勝にだけ、兄者とあるな……」
何気なくそう言ってから、ふっと思い至る。
(兄者とは、清秀老のことか)
他に考えようはない。
浦連也の身近で一刀流の使い手と言える人間は嶋清秀ただ一人しかおらず、清秀老は十歳も年上だった。
嶋家の相続の件で揉めたとはいえ、叔父御にとっては血縁でもあり、ちょうど清厳伯父も亡くなった直後に出会った仲でもある。
そうと考えれば、清秀老を兄と慕っていたとしても、さほど不思議ではない。
「ああ、そうか――」
「これは、清秀老の外他流に勝つための覚書なのだ」
何か、腑に落ちた。
まったくその理由は見当もつかなかったが、剣術についての研究は生半ではなかった叔父御のことである。
身近にいた他流の、恐らくは当時は地力では自分に優る腕前であったろう嶋清秀の剣に勝つ方法を模索していたとして、さほどに不思議なことでもない。
それよりも「兄者之」とわざわざつけているからには、一ツ勝の技、世上に伝えられるそれとは違うものなのだろう。小野家に伝わる前の形態なのか、あるいは当人の独自の工夫か。
剣の技などというものが一世代で激変することがあるとは、厳延は知っている。
元の一刀流の技を直接見たことがないし、清秀老の使ったのも、上段へと振りかぶってからの打ち込み――恐らくは、あれが一ツ勝――だけしか知らない。
何がどう違うのかなどは解らないのだが、叔父御はあの技を破る工夫が立たず、こうしてあれこれと試行錯誤をしていたのだろう。
(果たして、清秀老はこれらのものはみたのだろうか)
浦屋敷に裃の男が現れたという噂は、何月のものであったろうか。
恐らくは櫃を開けて裃を取り出してから自分に合うものかをその場で着てて確認し、そこを誰かに目撃されたということだろう。
迂闊なことこの上ないが、状況が異常といえば異常である。
この浦屋敷は主家に返還されたものであり、そこに無断で侵入するというのがまずあり得ない。
そこに隠された櫃を確認するというのが、さらにおかしな話なのだ。
(清秀老は大曽根の御隠居と懇意にしていたようだから、そちらから話を通せば堂々と入り込めただろうに)
あるいは、この中身を一人で確認したかったのかもしれないと、そうも思った。
(あの叔父御の、浦連也斎が残した櫃などというものがあれば、大曽根の御隠居も中身を見たくなるものだ)
もしも自分にとって都合の悪いものがあれば、困ると、そう考えたとしても不思議ではない。彼自身もここに来る口実として、正月からのありえない失態を恥じて自ら省みるため、亡き叔父御を偲び云々……などと適当なことを口上を述べていた。
そういう仮定に立てば、清秀老にとって困るようなものはもう入っていないのかもしれない。
あって確認する時間があれば、取り除いただろうし、こうして自分に櫃の所在を知らせることもなかっただろう。
多分。
(まあ別に、弱みを握りたいなどと考えてきたわけでもない)
そう自分に言い聞かせながら、外他流についての覚書を改めていく。
「どの道、これは叔父御の工夫だ……俺がどうやったところで、清秀老に勝てる手立てが身につくわけもない……」
そう口にしてみた。
あくまでも、ここに着たのは叔父御の遺品を改めて確認するのが目的であって、こうして清秀老の使い技について書かれていることなど、まったく想定もしていなかった。
(あの打ち込みに合撃にてどうにかできるとしたら、それこそ叔父御くらいのものだろう)
そう思いながら、最後の一枚をめくって。
様子が違うことに気づき、眉をひそめる。
火乱坊
とあり、それに斜線が引かれていた。
「火乱坊……二刀打ち物? なんで一ツ勝に対して、そんなものがでてくるのだ……?」
思わず声に出た。
二刀打ち物というのは、打太刀に二刀流の使い手を配置し、その逆二刀からの小太刀の投擲を回避、仕太刀が打つという天狗抄の一手である。
古くより二刀使いは小太刀打ちをするのが常道であるとされ、かの宮本武蔵も小太刀を投げ打つのに長けていたという。
しかしこれは一ツ勝の勝口を追求したもののはずだ。
(別に書いたものが混じったか)
そう思うのが順当であるが、どうにも何か引っかかるものがあった。他の文書と違い、斜線が引いてあるというのも気になる。思いついて書いてはみたが、即座に、あるいは考えた末に駄目だと否定したものなのだろうか。
(どういうことだ?)
しばし紙束を床に起き、腕を組んで考えてみたが、上手く考えがまとまらなかった。
そんなことをしているうちに、寒さに身震いする。
いつまでも時間があるわけでもない。
「わからぬことを、いつまでも考えても仕方がないか……」
櫃をどう処分するにしても、いちいち引っかかっていてはどうにもならない。というよりも、寒さのあまり、さっさと火鉢にでもあたりたい気分だ。もう少し確認してから、従者たちの待つだろう台所にでも行こう。
そうして外他流以外の文書を確認していく。
意外なのは、円明流についての多さだ。
(寺尾殿を経由したものかな)
清秀老が言っていた、宮本武蔵と関わりがあったという寺尾長政は元々は彼の祖父である如雲斎の弟子であったが、いつの頃からか二十も年下の彼の叔父、連也斎の指導を受けるようになっていたらしい。
義直公に殉死するに際して、介錯し、片手打ちにてその首を刎ねたのも叔父御だ。
新陰流の両刀の工夫も円明流に関係するという話を聞くが、どういう経緯で入ったものかは実は厳延もよく知らない。
彼の師匠たちはそのことについては特段に解説しなかったし、彼自身もさしてそれを求めなかったからだ。
ただ武蔵がしばらく尾張に逗留していたというのは聞いていたので、そこから何かしらの交流があって伝わったものだと思っていたが――
(叔父御の両刀についての研究は、思っていた以上に深かったのか)
あるいは、先程の火乱坊と書かれた文面も、本来はこちらのものであったのかもしりれないと思う。
叔父御とて、整理を間違えることもたまにはあるだろう。
そう思って手早く確認し、櫃の中身は大方確認できた厳延は、蓋を手にとってから、指がかじかんでいたために上手くつかめず、取り落してしまった。
「あ――――――」
と思った時には、蓋が櫃の角に当たり、思ったより大きな音を立てた。
(なんたる無様だ)
と蓋を改めて手にとって、今度は落とさないように裏側にも手を伸ばして挟み込み――
「なんだ?」
指先に、紙の感触があった。
すぐさまひっくり返してみると、蓋の裏側に封書が糊付けしてあるのが見つかった。
(こんなものが、こんなところに……)
隠されていたのだろうか、と思ってから、それにしては無防備ではないかと思い直す。
何か、色々と中途半端だ。
簡単に見つけてほしくはないが、別に見つかったとしてもいいか、くらいの投げやりな態度が伝わってきた。
叔父御のやってることとは、思えない。
「これは……」
とりあえず封書をぺりぺりと剥がし、中身を確認した。
「入門誓詞?」
それは「嶋新六」という名で、二天一流の新免武蔵守藤原玄信に入門したことを記したものであった。
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またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。
漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。
「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。
この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。
それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。
読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。
作家 蔵屋日唱
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
【読者賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜
旅する書斎(☆ほしい)
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞(読者投票1位)受賞】
文化文政の江戸・深川。
人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。
暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。
家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、
「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。
常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!?
変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。
鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋……
その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。
涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。
これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
仇討浪人と座頭梅一
克全
歴史・時代
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。
旗本の大道寺長十郎直賢は主君の仇を討つために、役目を辞して犯人につながる情報を集めていた。盗賊桜小僧こと梅一は、目が見えるのに盗みの技の為に盲人といして育てられたが、悪人が許せずに暗殺者との二足の草鞋を履いていた。そんな二人が出会う事で将軍家の陰謀が暴かれることになる。
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素晴らしい手練れによる時代小説。元禄という、剣豪剣客の世が終わった時代に生きる尾張柳生の跡継ぎが、突然突きつけられる「剣」の理とは?続きが楽しみです!