「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!

野生のイエネコ

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4話

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 なんだか寒気がする。

 闇精霊の森で暮らし始めてはや数ヶ月。定期的にリュクス王国のパン屋さんにも連れていってもらい、私は楽しく日々を過ごしていた。
 今日もまた、焼きたてのパンを買いに出てきた日である。本来なら楽しいはずのお買い物。なのになぜか今日は、嫌な予感がして止まらない。

 「む、良からぬ目線があるな」

 「どういうことですか、ヨアル様?」
 
 ちらりと周囲を見渡して、眉間に皺を寄せるヨアル様に尋ねる。

 「どうもルメント王国の連中らしき気配があるぞ。そなたを追ってきたのだろう」

 「そんな、私を忌み嫌っていたのに、わざわざなんで追ってきたのでしょうか」

 あれだけ私を邪険にし、忌み嫌っていたのだから、放っておいてくれればいいのに。唯一現王陛下だけは王太子と私を娶せたがっていたけれど、それだって公爵家にとって厄介者である私を引き取れば、公爵家が後ろ盾についてくれるという目論見が故だろう。特に王家派よりも貴族派の方が派閥争いで優勢だったから、私を利用しようとしていただけ。出奔して公爵家の邪魔者である私がいなくなれば、わざわざ結婚する益もないはずなのに。

 一体誰が、私を追わせたのだろう?

 不思議に思っていると、広場の片隅に、護衛たちに囲まれて見慣れた顔があるのが見えた。

 「王太子殿下……」

 どうして殿下がここに。まさか、私を追ってきたのが殿下だというの? お前と結婚するなど側室でも嫌だと言っていたのに、どうして?

 「どうする? 消すか?」

 「いえ、向こうが何を考えているのかわからないまま追い返すのも不安です。それに……決別するなら、黙っていなくなるのではなくきちんと決別したいです」

 あの時の私は心が弱っていたから、何も言わずに国を去った。

 怒りも恨みも悲しみもあったけれど、全てを飲み込んで。

 でも、言ってやりたい言葉だってあるのだ。特に王太子殿下には。

 私がそう言うと、ヨアル様は何かを手繰り寄せるように指先を動かした。

 護衛に囲まれていた殿下が、見えない力に引き寄せられるように、こちらへと飛んでくる。広場の人たちはその光景が見えていないのか、まるで動じている様子はなかった。これもヨアル様のお力なのだろうか。

 「うわぁっ、なんだ!? あっ、魔女……じゃない。ネロリア。こんなところにいたのか」

 飛ばされてきた殿下が、動揺しながらも、私を視認する。

 「殿下、一体何しに来たのですか? わざわざリュクス王国まで」

 「出奔したお前を迎えに来てやったんだ。お前は闇精霊の愛し子とやららしいな。お前がいなくなったせいで、国は精霊が去り、災害が多発して大荒れなんだぞ」

 「そうですか」

 「そうですかとはなんだ! 民に申し訳ないと思わないのか!」

 「民に、申し訳ない……? そもそも私が出奔する原因を作ったのは殿下ではありませんか。それに、私はルメント王国の民には特になんの情もありません。リュクス王国ならともかく」

 慈善活動で訪問した孤児院では「卑しい闇の魔女の施しなんて受けない!」と石を投げられた。
 私が父母から「なぜ闇の加護など受けたのだ」と殴られている時、使用人たちはそれを笑って見ていた。
 家族には豪華な食事が供される一方で、屋敷の料理人は、私には腐りかけた野菜の入った粗末なスープを作ってきた。

 貴族も、平民も関係ない。ルメント王国の国民は、闇属性そのものを見下し、差別しているのだ。

 なぜ、そんな国に戻らなければならないと言うのか。

 「私はルメント王国に戻るつもりは一切ありません。精霊の加護を無くして苦労しているならば、きちんと精霊を敬って一から加護を受けられるように努力してはいかがですか? 加護を当たり前のものだと思って、感謝もせず利用してきただけのあなたたちに、精霊が応えるかは分かりませんが」
 
 「全く以て、その通りだよ」

 突然、空中から声が降ってきた。そちらを見上げると、八歳ぐらいの子供に見える、光り輝くような美少年が宙にふよふよと浮いている。

 「光の精霊王か。何をしにきた」

 ヨアル様が尋ねる。この少年が、光の精霊王……?

 「光の精霊王様!? なんと、このような場所でお会いできるとは。私はルメント王国の王太子ルモアールでございます! どうか末永き加護を……」

 王太子が光の精霊王に平伏して挨拶の口上を述べるが、光の精霊王はそれを一顧だにしない。
 
 「闇の精霊王。君はずいぶんその人間に肩入れしているみたいだね。君に釣られて、ルメントに嫌気の差していた他の精霊たちも、加護を引き上げたみたいだし。僕はずっとルメントでは崇められていたけれど、その状況を苦々しくは思っていたんだ。僕だけがルメントに加護を残している状況だと、均衡が崩れてしまう。この際僕もルメントから加護を引き上げるよ。今日はその報告」

 「なっ、どう言うことですか光の精霊王様!」

 王太子が激昂して尋ねるが、光の精霊王はそれを無視した。

 「そうか。承知した。我が望むのは愛し子の平穏のみだ」

 「うん。それじゃあね。闇の愛し子も、元気で」

 「あ、はい。光の精霊王様」

 「お待ちください! 光の精霊王様! 光の精霊王様!?」

 一度も王太子の方を見やることなく、光の精霊王は去っていった。

 「さて、愛し子よ。他に何かこいつに言っておきたいことはあるか?」

 「いえ、特には」

 私がそう応えると、ヨアル様はまた指をちょいちょいと動かした。王太子は闇に包まれ、スッと消える。どうやらルメント王国に飛ばしたらしい。ついてきた護衛たちも、まとめてルメント王国に帰されている。 

 「これまで通りリュクスでの買い物を楽しめるように、もう二度とあれが近寄ってこないように手配しておこう」

 「ありがとうございます……」

 「どうした? 愛し子よ、浮かない顔をして」
 
 「いえ、ヨアル様は闇の精霊王様だったんですね」

 一体正体は何なんだろうと不思議には思っていたけれど、まさか人間ではなく精霊王様だったなんて。
 正直、ヨアル様のもとで暮らしている間に、だんだん惹かれていく気持ちがあったから、その分ショックも大きい。
 闇の精霊王様からしたら、人間の小娘なんて眼中にないだろうな。

 「何だ、私が人間ではないことを気にしているのか? そなたとは仲良くなれたと思っていたが、人間ではないことを気にされると、哀しいな」

 「そ、そんな! ヨアル様はヨアル様です! 精霊王様だからって私の感謝の気持ちが変わるわけではありません」

 「ふ、冗談だ」

 「なっ。もう!」
 
 ヨアル様はくつくつと笑うと、私の髪を優しく撫でて、その髪をひと掬い取るとそこへ口づけた。

 「なに、種族が違えど愛し子は愛し子だ。そなたが飽きるまで、共にいてやる」

 顔が真っ赤になってしまった私は、「飽きる日なんて永遠に来ないだろうな」と思いながら、恥ずかしさで固まってしまった。
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