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第1章 ギルド受付嬢の日常
第6話 小さな討伐者?
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ギルド内にある職員用の食堂で、私は遅いお昼ご飯を食べている。今日は忙しくてなかなかお昼の休憩に行けなかったので、お腹はぺこぺこだ。ギルドの食堂で食べる食事はどれも美味しい。今日はふわふわのオムレツに、こんがり焼いたベーコンと焦げ目がついたカリフラワー。スープはセロリやニンジンなどの野菜を細かく切って煮込んだもので、それにパンがつく。私は食堂の野菜スープが大好きだ。家でも作るけど、食堂の方が美味しい。やっぱり大量に作るからなのかな。
今日はデザートに新鮮なイチゴもあった。イチゴは欲張ってちょっと多めに盛り付けてもらう。この豪華な食事はもちろん、ぜーんぶタダだ。親しみを込めてみんなから「アメリアさん」と呼ばれているミルデン支団長は、私達職員のことをとても大切にしてくれる。彼女は貴族で、領主様の親戚でもあるけど決して偉ぶらない人だ。
そう言えば、アメリアさんは王都に呼ばれて出かけて行ったけど、そろそろ戻ってくるのかな? そんなことを思っていたら、食堂が急に賑やかになった。振り返るとアメリアさんが立っていて、同僚達が彼女を出迎えている。
「お帰りなさい、アメリアさん!」
「王都はどうでしたか?」
「いつもと変わらないわ。陛下の長話もいつも通りよ」
アメリアさんが冗談ぽく笑うと、周囲が一斉に笑う。彼女は四十五歳だというけど、実際の年齢よりも若々しい。背も高いし、美人だし、優しくて明るい。私が憧れる人なのだ。
「少しお腹がすいちゃったから何か食べようと思って来たの。スープでもいただこうかしら」
「すぐにご用意しますよ!」
慌ててスープをもらいに行く人、アメリアさんの為に席を用意する人、周囲は俄かに騒がしくなった。アメリアさんはこちらに向かって歩いてきて、私に気づくと笑顔を向けて来た。
「エルナ、昨日は遅くまで残ってくれたそうね。いつもありがとう」
「と、とんでもない! アメリアさん」
私は慌てて立ちあがり、彼女に向かって片膝を下げて挨拶をした。アメリアさんは私が昨夜残っていたことを知っていた。細かいことにも目を配ってくれる人だけど、そんなことまで知っているのかと驚く。
「うちのギルドは人手が足りなくて、いつも面倒かけるわね」
「私は平気です! お気遣い感謝します」
私の返答に笑顔で頷いたアメリアさんは、そのまま別のテーブルに座った。アメリアさんは今までずっと独身らしい。ギルドの仕事に夢中になっていたらこうなったと彼女は笑う。私達職員のことをまるで自分の家族のように愛してくれる人だ。
♢♢♢
昼食を終え、私は仕事に戻る。相棒のリリアは代わりに昼食へ。今日のリリアは一段と機嫌がいい。セスと過ごせて楽しかったんだろうな。討伐者と付き合うということは、常に『永遠のお別れ』を意識せざるを得ない。魔物と戦い、命を落とす討伐者は残念ながらいるのだ。リリアはいつもセスを見送った後、少しだけ元気がなくなる。普段から明るい彼女だけど、どこか不安なんだろう。だからセスが戻って来た後のリリアには、できるだけ笑顔でいて欲しいと思っているし、一緒に過ごして欲しい。
なぜなら、私の父も討伐者だったから。父はドラゴンとの戦いで命を落としたのだ。
「次の方、どうぞー」
私は順番待ちの討伐者を呼ぶ。カウンターテーブルに目を落としながら、次の討伐者を待っていたけどなかなか来ない。顔を上げ、今度は少し大きな声を出す。
「次の方、どうぞ!」
それでも誰も来ない。変だなと思っていると、突然小さい手がカウンターににゅっと伸びてきた。
驚いて体を乗り出してみると、カウンターの向こうに小さな男の子が立っていた。
「えーと……あなたが、受付に?」
「そう」
男の子は私を睨みながら、ぶっきらぼうに言う。私は困ってしまった。討伐者というのは十八歳以上じゃないとなれない決まりがある。十五歳になったら希望者は訓練学校に入学し、三年間みっちりと魔物討伐について学び、試験をクリアしないと討伐者にはなれない。つまり、目の前にいるどうみても子供に見える彼が討伐者のわけがないのだ。
「あの……申し訳ないんですが、あなたは討伐者じゃないですよね? 依頼は討伐者じゃないと受けられないんです。もしも討伐者になることがご希望でしたら、十五歳まで待って……」
「俺は討伐者だよ! いいから、早く依頼を見せろよ」
細くて小さな腕を目いっぱい伸ばし、彼は私に受注書を見せろと言う。だがそんなことできるわけがない。
「でもあなた、討伐者ギルドに所属してないでしょう? ギルド登録の証はお持ちですか?」
困ったなと思いながら彼に尋ねる。ギルド登録している証となる登録者バッジは、登録している討伐者なら全員必ず持っていて、すぐ分かるように服のどこかにつける決まりがある。階級も分かるし、支団によって紋章も違うので、どこの支団に所属しているかもすぐに分かる。
「……忘れたんだよ! 後で持ってくるからさ、早く受注書見せろよ」
「それはできません。申し訳ありませんが、お帰り下さい」
私は毅然として男の子に言い放つ。おかしな訪問者は時々現れるものだけど、こんな小さな男の子が受注書を見たいだなんんて、一体何が目的なんだろう。
「なあ、頼むよ。ちょっとだけでいいからさ」
「えっと……失礼ですが、あなたのお名前と年齢を教えてもらえますか?」
「俺? 俺はラウロ。十八だよ!」
イライラした顔でラウロと名乗った男の子は答える。どう見てもその顔は十八歳とは思えない。見たところ十五歳にもなっていないだろう。
「お前受付嬢だろ? 討伐者のことをギルドから追い出すのかよ!」
ラウロは小さな体で私に凄んで見せたので、仕方ない、とため息をつく。
「では……ラウロさん。ちょっと確認してきますので、こちらでお待ちください」
私はラウロさんをその場で待たせ、急いでバルドさんの所へ向かった。バルドさんに事情を説明して、彼にラウロさんと話してもらうしかない。
「討伐者希望なのかねえ、その子は。ちょっとここへ連れてきてくれるかい? 彼と話してみるよ」
「ありがとうございます。すぐに連れてきますね」
バルドさんに相談して良かった。急いでカウンターに戻り、あの子を連れて……。
だけど、少年は既にその場にいなかった。
「帰っちゃった……?」
討伐者でないことがバレたと思い、帰ったのだろうか。それならそれで仕方ない、そう思った私は仕事に戻ろうとテーブルの上に目をやる。
その時、身体じゅうにぞわぞわと嫌なものが流れた。私がさっき見ていた景色と違う。右側に置かれた受注書の山。私は綺麗に揃えて置いていたはず。なのに受注書が崩れている。
まさか――嫌な予感がして、私は受注書を確認した。そしてその嫌な予感が当たってしまったことに気づき、身体が動かなくなった。
受注書が一枚、無くなっていた。その重大さを私はよく知っている。
今日はデザートに新鮮なイチゴもあった。イチゴは欲張ってちょっと多めに盛り付けてもらう。この豪華な食事はもちろん、ぜーんぶタダだ。親しみを込めてみんなから「アメリアさん」と呼ばれているミルデン支団長は、私達職員のことをとても大切にしてくれる。彼女は貴族で、領主様の親戚でもあるけど決して偉ぶらない人だ。
そう言えば、アメリアさんは王都に呼ばれて出かけて行ったけど、そろそろ戻ってくるのかな? そんなことを思っていたら、食堂が急に賑やかになった。振り返るとアメリアさんが立っていて、同僚達が彼女を出迎えている。
「お帰りなさい、アメリアさん!」
「王都はどうでしたか?」
「いつもと変わらないわ。陛下の長話もいつも通りよ」
アメリアさんが冗談ぽく笑うと、周囲が一斉に笑う。彼女は四十五歳だというけど、実際の年齢よりも若々しい。背も高いし、美人だし、優しくて明るい。私が憧れる人なのだ。
「少しお腹がすいちゃったから何か食べようと思って来たの。スープでもいただこうかしら」
「すぐにご用意しますよ!」
慌ててスープをもらいに行く人、アメリアさんの為に席を用意する人、周囲は俄かに騒がしくなった。アメリアさんはこちらに向かって歩いてきて、私に気づくと笑顔を向けて来た。
「エルナ、昨日は遅くまで残ってくれたそうね。いつもありがとう」
「と、とんでもない! アメリアさん」
私は慌てて立ちあがり、彼女に向かって片膝を下げて挨拶をした。アメリアさんは私が昨夜残っていたことを知っていた。細かいことにも目を配ってくれる人だけど、そんなことまで知っているのかと驚く。
「うちのギルドは人手が足りなくて、いつも面倒かけるわね」
「私は平気です! お気遣い感謝します」
私の返答に笑顔で頷いたアメリアさんは、そのまま別のテーブルに座った。アメリアさんは今までずっと独身らしい。ギルドの仕事に夢中になっていたらこうなったと彼女は笑う。私達職員のことをまるで自分の家族のように愛してくれる人だ。
♢♢♢
昼食を終え、私は仕事に戻る。相棒のリリアは代わりに昼食へ。今日のリリアは一段と機嫌がいい。セスと過ごせて楽しかったんだろうな。討伐者と付き合うということは、常に『永遠のお別れ』を意識せざるを得ない。魔物と戦い、命を落とす討伐者は残念ながらいるのだ。リリアはいつもセスを見送った後、少しだけ元気がなくなる。普段から明るい彼女だけど、どこか不安なんだろう。だからセスが戻って来た後のリリアには、できるだけ笑顔でいて欲しいと思っているし、一緒に過ごして欲しい。
なぜなら、私の父も討伐者だったから。父はドラゴンとの戦いで命を落としたのだ。
「次の方、どうぞー」
私は順番待ちの討伐者を呼ぶ。カウンターテーブルに目を落としながら、次の討伐者を待っていたけどなかなか来ない。顔を上げ、今度は少し大きな声を出す。
「次の方、どうぞ!」
それでも誰も来ない。変だなと思っていると、突然小さい手がカウンターににゅっと伸びてきた。
驚いて体を乗り出してみると、カウンターの向こうに小さな男の子が立っていた。
「えーと……あなたが、受付に?」
「そう」
男の子は私を睨みながら、ぶっきらぼうに言う。私は困ってしまった。討伐者というのは十八歳以上じゃないとなれない決まりがある。十五歳になったら希望者は訓練学校に入学し、三年間みっちりと魔物討伐について学び、試験をクリアしないと討伐者にはなれない。つまり、目の前にいるどうみても子供に見える彼が討伐者のわけがないのだ。
「あの……申し訳ないんですが、あなたは討伐者じゃないですよね? 依頼は討伐者じゃないと受けられないんです。もしも討伐者になることがご希望でしたら、十五歳まで待って……」
「俺は討伐者だよ! いいから、早く依頼を見せろよ」
細くて小さな腕を目いっぱい伸ばし、彼は私に受注書を見せろと言う。だがそんなことできるわけがない。
「でもあなた、討伐者ギルドに所属してないでしょう? ギルド登録の証はお持ちですか?」
困ったなと思いながら彼に尋ねる。ギルド登録している証となる登録者バッジは、登録している討伐者なら全員必ず持っていて、すぐ分かるように服のどこかにつける決まりがある。階級も分かるし、支団によって紋章も違うので、どこの支団に所属しているかもすぐに分かる。
「……忘れたんだよ! 後で持ってくるからさ、早く受注書見せろよ」
「それはできません。申し訳ありませんが、お帰り下さい」
私は毅然として男の子に言い放つ。おかしな訪問者は時々現れるものだけど、こんな小さな男の子が受注書を見たいだなんんて、一体何が目的なんだろう。
「なあ、頼むよ。ちょっとだけでいいからさ」
「えっと……失礼ですが、あなたのお名前と年齢を教えてもらえますか?」
「俺? 俺はラウロ。十八だよ!」
イライラした顔でラウロと名乗った男の子は答える。どう見てもその顔は十八歳とは思えない。見たところ十五歳にもなっていないだろう。
「お前受付嬢だろ? 討伐者のことをギルドから追い出すのかよ!」
ラウロは小さな体で私に凄んで見せたので、仕方ない、とため息をつく。
「では……ラウロさん。ちょっと確認してきますので、こちらでお待ちください」
私はラウロさんをその場で待たせ、急いでバルドさんの所へ向かった。バルドさんに事情を説明して、彼にラウロさんと話してもらうしかない。
「討伐者希望なのかねえ、その子は。ちょっとここへ連れてきてくれるかい? 彼と話してみるよ」
「ありがとうございます。すぐに連れてきますね」
バルドさんに相談して良かった。急いでカウンターに戻り、あの子を連れて……。
だけど、少年は既にその場にいなかった。
「帰っちゃった……?」
討伐者でないことがバレたと思い、帰ったのだろうか。それならそれで仕方ない、そう思った私は仕事に戻ろうとテーブルの上に目をやる。
その時、身体じゅうにぞわぞわと嫌なものが流れた。私がさっき見ていた景色と違う。右側に置かれた受注書の山。私は綺麗に揃えて置いていたはず。なのに受注書が崩れている。
まさか――嫌な予感がして、私は受注書を確認した。そしてその嫌な予感が当たってしまったことに気づき、身体が動かなくなった。
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