ギルド受付嬢は今日も見送る~平凡な私がのんびりと暮らす街にやってきた、少し不思議な魔術師との日常~

弥生紗和

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第1章 ギルド受付嬢の日常

第5話 帰ってきた!

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 受付の仕事は大体夕方まで。交代の受付嬢が来たら今日の仕事は終わりだ。リリアはこの後セスと会うから、ずっとソワソワしていて明らかに機嫌がいい。

 今日はあまり忙しくなかったから、時間通りに帰れそうだ。仕事が終わったらいつもの酒場に行こうか…なんて考えながら働いていたら、受注担当官のバルドさんが頭をかきながらカウンターまでやってきた。

「二人とも、ちょっといいかい? 実は交代のシェリーが具合悪いらしくて、今日は来られないんだ。悪いんだけどどちらか、夜も残ってもらえないか?」

 ああ、バルドさんが交代時間近くに私達のところにやってくるなんて、いい話じゃないと思ったんだ。ちらりと横を見ると、リリアは明らかに顔が青ざめている。そりゃそうだよね、この後セスとデートなんだから。

「私、残りますよ」
「おお、いいのかい? エルナ」

 バルドさんはホッとしたように笑う。リリアは困ったような顔を浮かべ、私を見た。

「……いいの? エルナ」
「大丈夫だよ」
「ありがとう! 助かる!」

 リリアは胸の前で手を組み、嬉しそうに笑った。こういう時はお互い様だ。私は夜まで働くのがそんなに嫌ではない。夜のギルドは空いてるから忙しくもないし、お給料もちょっと増えるからむしろ有難いくらいだ。

「気にしないで。今日のギルドは暇そうだし、平気だよ」

 私はリリアに微笑んで見せる。今日のことはリリアに一つ貸しだ。


 ♢♢♢


 日が落ちて街に明かりが灯る頃、討伐者ギルドは訪れる人も減り、落ち着いた空気に包まれている。私は家で待つ母に伝言をしようと思い、職員食堂の中に入った。
 食堂の中には遠くの人と連絡を取る為の『伝話でんわ』が置いてある。二枚貝を開いたような形をしていて、貝殻の中には水晶みたいな綺麗な石が入っている。私はその石に手をかざし、連絡を取りたい場所の名前を告げる。

「サンドラ家を」

 自宅の名前を告げると石が光った。しばらく待っていたけど応答はない。母はまだ帰宅していないんだろう。

「お母さん、今日は夜も仕事だから先に休んでてね」

 伝言を残して通信を切る。伝話はとても便利なもので、私の小さい頃はなかったけどここ十年くらいで普及してきた。水晶のように見える透明な丸い石は魔石で、遠くの魔石と会話をやり取りできるし、伝言を残すこともできる。最近はあちこちに置かれるようになって、ちょっとした連絡が取りやすくなった。ギルドはもちろん、街の食堂とか酒場とかにも置いてある。この魔石を持つのはまるで貝のような姿をした魔物だ。魔物は広い海の中で、お互いに連絡を取り合っているみたい。世の中には色々な魔物がいるのだ。

 母に伝言を残しておかないと、母は私のことをとても心配する。私はもう大人だから放っておいてくれてもいいんだけど、昔から母の心配性は変わらない。父を亡くしてから、母の心配性がより酷くなったことを知っているから、私はできるだけ母に心配をかけないようにしている。


 ♢♢♢
 

 夜も更けてきて、ギルドを訪ねる討伐者は誰もいなくなった。夜はあまり混雑しないので受付は一人で担当する。がらんとしているギルドを見回しながら、私はカウンターに肘をついてぼんやりとしていた。ちょっとお行儀が悪いけど、討伐者は誰もいないんだし構わないだろう。

 その時、奥にある飛行船乗り場と繋がる扉がバタンと開く音がした。慌てて顔を上げると、そこにいたのは、足元まであるマントが優雅に揺れるアレイスさんの姿だった。

「あ、お……お帰りなさいませ!」

 だらしなく肘をついていた顔を見られていないだろうかと焦りながら、私はアレイスさんに笑顔で声をかけた。

「ただいま、エルナ。今日は夜の担当なの?」
「いえ、本当は夕方までだったんですけど、今日は休んだ子の代わりで……」
「そうなんだ。大変だね」

 アレイスさんは相変わらず穏やかに微笑みながら、私に話しかける。彼はちゃんと私の名前を覚えていて、いつも受付嬢の私を気遣ってくれる。でもこれは私だけに特別というわけじゃない。他の受付嬢にもアレイスさんは優しい。だから受付嬢の間でアレイスさんは大人気なのだ。

「受注書を確認しますね」
「ああ、そうだったね」

 アレイスさんが出した受注書を受け取る。確かに回収班のサインも書いてあるのを確認し、バルドさんの所へ向かう。なんとなく自分の足が弾んでいるような気がして、バルドさんに浮かれているのを気づかれないように、私は一度呼吸を整えてから彼の前に立つ。

「確認お願いします」
「こんな遅くに戻って来たのかい。どれどれ……アレイスじゃないか。今回の討伐はだいぶ手こずったみたいだねえ。いつもはすぐに戻ってくるのに」
「そうですね……」

 バルドさんの言う通り、今回アレイスさんが戻ってくるのはいつもよりも遅かった。依頼先の『嘆きの谷』は別名魔物の巣と呼ばれるほど多くの魔物が生息している。群れをつくる魔物もいて、集団で襲われるとやっかいだ。

「アレイスは元気そうだったかい?」
「はい、見た所怪我もなさそうでしたし、元気そうでしたよ」
「そうか。さすがは『アインフォルドの一級討伐者』だった男だな。心配には及ばないってことか」

 バルドさんは笑いながらサインを書き、私に受注書を戻した。アレイスさんは元々アインフォルドという町のギルドに所属していて、ここミルデン支団に移ってきたのは一か月前のこと。討伐者の階級はギルドを移るとリセットされてしまうので、いくら他のギルドで階級が上だったとしても、ここでは新人と同じだ。アレイスさんはあっという間にここでも一級になってしまうだろうけど。
 アインフォルドという町はミルデンよりもずっと大きく、討伐者のレベルも高いと言われている。そんなところで一級だったアレイスさんはきっと凄く強いはずだ。彼みたいな人がどうしてミルデンみたいな田舎に来たのか不思議だけど、こういうことは詮索しちゃいけない。

 受注書を受け取り、金庫室で冷たい目の金庫番から報酬を受け取った私は、いそいそとカウンターに戻る。アレイスさんはカウンターのそばにある待合用のテーブルに座って顎に肘をついていた。どうやら居眠りしているみたいだ。私と話した時は元気そうだったけど、やっぱり凄く疲れているのかもしれない。

 アレイスさんが眠っている姿を見た私は、ふと思いついてカウンターを出ると、受付の隣にある食堂に走った。ここは討伐者の為の食堂となっていて、今は誰も客がいないので料理人達は既に片づけに入っている。食堂には私の母が作ったハーブティーが置いてある。討伐者の為にブレンドされたもので、体力、魔力、気力全てを回復させるものだ。時々私は疲れがひどい討伐者に、ハーブティーをお勧めすることがあった。
 お茶を乗せたトレイを持ってカウンターに戻ると、アレイスさんはまだ眠っているようだった。恐る恐るテーブルに近づき、起こさないようにそっとカップと熱々のポットを置く。

 その場から離れようとした私は、ついアレイスさんが目を閉じている顔をじっと見てしまう。近くで見ても整っていて綺麗な顔立ちだ。耳につけられたピアスが、壁掛けランプの灯りを反射してキラキラしている。何の石なのかな? 魔術師は魔石を身に着けて魔術の力をより高めると言われているから、これも魔石だろうか。

 すぐに目を離さなきゃいけないのに、何故か目を離せない。アレイスさんが身に着けている装備品はどれも高価なものだということが分かる。マントの下に身に着けている革の防具も、椅子に立てかけている長杖も、よく磨かれた艶のあるブーツも、どれもミルデンではあまり見かけないものだ。

 その時、パッとアレイスさんの目が開いて私を見上げ、ニヤリと笑った。

「……見てた?」
「あ、いえ、あの! すみません! お疲れのようでしたので、良かったらこちらのハーブティーをどうぞ! 薬師の母がブレンドしたもので、疲れが取れますので!」
「ハーブティー?」

 アレイスさんは不思議そうな顔でテーブルの上を見た。

「どうぞごゆっくり! 報酬はお預かりしておきますので! それでは!」

 私は早口でまくし立て、小走りでカウンターに戻った。どうしよう、彼の顔を見ていたのがばれてしまった。気持ち悪いと思われていなければいいけど。

 恥ずかしくて、アレイスさんの顔を見ることができない。でもハーブティーのいい香りが私の鼻をくすぐったので、アレイスさんがハーブティーを飲んでいることは分かった。


 
 気まずい時間の後、アレイスさんはカウンターに戻って来た。

「ご馳走様。実は今回の依頼、結構大変で疲れていたんだ。助かったよ」
「……そうですか、良かったです!」

 アレイスさんはいつも通りの笑顔だ。良かった、さっきのことは気にしてなさそうだ。

「お疲れ様でした。またよろしくお願いします」
「ありがとう、エルナ。またね」

 アレイスさんは笑顔で去って行った。再び静かになったギルドの中は、ほのかにハーブのいい香りが残っていた。
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