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第2章 魔術師アレイスの望み
第54話 迷惑な訪問者・1
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曇り空の下、私は市場へと急ぐ。
市場へ買い物に行くのは早朝と決まっている。野菜に卵や牛乳など、何でも新鮮な状態で手に入るのはやっぱり朝だ。昼を過ぎると徐々に店を閉めるところが出始め、夕方には一部を除いてほとんどが店じまいとなる。ちなみに夕方になると、エールやワインを安く飲ませてくれる屋台が何軒か開くので、それ目当てに訪れる客が少し増える。
そういえば、初めてアレイスさんとちゃんと話をしたのは市場でエールを飲んだ時だった。あの時は私が受注書をラウロに盗まれ、落ち込んでいた時だ。アレイスさんは落ち込む私を見て、一杯飲もうと誘ってくれたのだ。
今更だけど、どうしてあの時アレイスさんは私に声をかけてくれたんだろう。ただの気まぐれ? それとも……なんて、つい余計なことを考えてしまう。アレイスさんはいつも私に優しいけど、勘違いしないように気をつけないと。
街の広場を通り抜けた先に、ミルデンの市場がある。細い通りにぎっしりと並ぶ屋台。早朝から人でごった返していて、あちこちから呼び込みの声が響いてくる。
「いらっしゃい! 今日はトウモロコシが安いよ!」
「ビーツはいかが? こっちにはナスもあるよ」
「新鮮な卵はいかがですかー?」
目移りするほどの野菜や果物。大きな籠にどっさりと積まれた野菜を、店主が乱暴に掴んで客が持ってきた籠や袋に詰め込む。私もお手頃な野菜を選んで買った。ナスとトマト、じゃがいもにトウモロコシも買っておこう。
「はいよ、エルナ!」
「ありがとう」
店主にお金を渡し、次は肉だ。朝食用のベーコンと鶏肉を買えば、籠の中はもういっぱいだ。二人分だから大量に買う必要はないけど、あれこれ目についたものを買っていたら、籠がずっしり重くなってしまった。早く自宅に戻ろう。
自宅に戻った頃には、空の雲がますます厚くなっていた。台所に入ると、母が食事をしたらしく空の食器が置きっぱなしになっていた。もう出かけたのかな? 家の中は静かだけど、まさかまだ温室にいるんじゃないだろうか。心配になって温室を覗いてみたけど、そこに母はいなかった。どうやら今日は遅刻せずに家を出たらしい。
買ってきた肉は保存庫へ入れる。この保存庫は優れもので、氷の力が宿った魔石を利用しているため、中は常に冷え冷えなのだ。保存庫がなかった時代は、家で肉や魚を食べる習慣があまりなかったと聞いた。昔の人は大変だったのだろう。
残りの野菜は調理台の上にある籠へ入れる。これで買い物は済んだから、あとは支度をして仕事へ行くだけだ。
部屋で着替えと化粧を済ませる。今日はリリアにもらった口紅を使ってみた。貰い物らしいけど、好みじゃないからと私にくれたのだ。せっかくなので有り難く使わせてもらおう。
口紅はオレンジがかったピンク色だった。リリアははっきりした色が好きだから、好みじゃなかったらしい。この口紅、誰にもらったものなんだろうか。あまり詮索はしないでおこう。
化粧を終え、髪をいつものように高い位置で結ぶ。栗色の髪は自分でも気に入っている。最後にアレイスさんからもらったリボンを結んで完成。遅刻しないよう急がないと。
「行ってきます、お父さん」
父の絵に挨拶をして家を出た。少し歩いたところで傘を持ってくるのを忘れたことに気づいたけど、この雲の様子なら大雨にはならなそうだ。傘を取りに戻るのはやめ、そのまま仕事場へ急いだ。
いつもの通りを抜け、坂道を上っていた時、思っていたよりも早く雨粒が落ちてきた。
「えー? こんなに早く降ってくるなんて……」
私は駆け足で坂道を上った。今思えば、この雨は後で訪れる大騒ぎの前兆だったのかもしれない。
♢♢♢
「おはよう、リリア」
「おはよう! エルナ。あ、私があげた口紅付けてきたの? 凄く似合ってる!」
リリアはすぐに私の化粧の変化に気づいた。
「うん、変じゃないかな?」
「全然変じゃないよ! むしろ可愛い!」
「ありがとう」
こうやって真っすぐに気持ちを伝えてくれるのが、リリアの好きなところだ。
「そういえば、さっき雨が降ってきてたよ。少し濡れちゃった」
「そうなのー? 夜まで持つかと思ったのに」
「ミルデン周辺に向かう討伐者さんには、雨の対策をお願いしないといけないかな」
「うーん……大雨じゃなきゃ大丈夫だと思うけど……」
私達が窓の外を見ながら話していたその時、飛行船乗り場へ通じる扉が突然、大きな音を立てて開いた。
音に驚いて振り返ると、そこには身なりの良い格好をした若い女性が立っていた。女性の後ろにはもう一人、同じ年頃の女性がいる。こちらの女性はシンプルだが仕立ての良い服を着ていて、大きな四角い鞄を持っていた。飛行船乗り場から来たということは、二人は飛行船に乗ってきた乗客なのだろう。
「おはようございます」
私はとりあえず二人に声をかけた。こんな朝早くに飛行船が到着するなんて珍しい。飛行船は主に討伐者が利用するものだけど、時々貴族が使うこともある。二人の身なりからして、彼女たちも貴族なのだろうか。
先頭を歩く若い女性は、芝居でも観に行くような華やかなワンピース姿だった。彼女は私の声掛けを無視し、後ろの女性となにやら言葉を交わした後、くいっと顎を上げて私達に言った。
「アレイス様が来るまで、ここで待たせていただくわ!」
その言葉に、私とリリアはポカンとしてしまった。
市場へ買い物に行くのは早朝と決まっている。野菜に卵や牛乳など、何でも新鮮な状態で手に入るのはやっぱり朝だ。昼を過ぎると徐々に店を閉めるところが出始め、夕方には一部を除いてほとんどが店じまいとなる。ちなみに夕方になると、エールやワインを安く飲ませてくれる屋台が何軒か開くので、それ目当てに訪れる客が少し増える。
そういえば、初めてアレイスさんとちゃんと話をしたのは市場でエールを飲んだ時だった。あの時は私が受注書をラウロに盗まれ、落ち込んでいた時だ。アレイスさんは落ち込む私を見て、一杯飲もうと誘ってくれたのだ。
今更だけど、どうしてあの時アレイスさんは私に声をかけてくれたんだろう。ただの気まぐれ? それとも……なんて、つい余計なことを考えてしまう。アレイスさんはいつも私に優しいけど、勘違いしないように気をつけないと。
街の広場を通り抜けた先に、ミルデンの市場がある。細い通りにぎっしりと並ぶ屋台。早朝から人でごった返していて、あちこちから呼び込みの声が響いてくる。
「いらっしゃい! 今日はトウモロコシが安いよ!」
「ビーツはいかが? こっちにはナスもあるよ」
「新鮮な卵はいかがですかー?」
目移りするほどの野菜や果物。大きな籠にどっさりと積まれた野菜を、店主が乱暴に掴んで客が持ってきた籠や袋に詰め込む。私もお手頃な野菜を選んで買った。ナスとトマト、じゃがいもにトウモロコシも買っておこう。
「はいよ、エルナ!」
「ありがとう」
店主にお金を渡し、次は肉だ。朝食用のベーコンと鶏肉を買えば、籠の中はもういっぱいだ。二人分だから大量に買う必要はないけど、あれこれ目についたものを買っていたら、籠がずっしり重くなってしまった。早く自宅に戻ろう。
自宅に戻った頃には、空の雲がますます厚くなっていた。台所に入ると、母が食事をしたらしく空の食器が置きっぱなしになっていた。もう出かけたのかな? 家の中は静かだけど、まさかまだ温室にいるんじゃないだろうか。心配になって温室を覗いてみたけど、そこに母はいなかった。どうやら今日は遅刻せずに家を出たらしい。
買ってきた肉は保存庫へ入れる。この保存庫は優れもので、氷の力が宿った魔石を利用しているため、中は常に冷え冷えなのだ。保存庫がなかった時代は、家で肉や魚を食べる習慣があまりなかったと聞いた。昔の人は大変だったのだろう。
残りの野菜は調理台の上にある籠へ入れる。これで買い物は済んだから、あとは支度をして仕事へ行くだけだ。
部屋で着替えと化粧を済ませる。今日はリリアにもらった口紅を使ってみた。貰い物らしいけど、好みじゃないからと私にくれたのだ。せっかくなので有り難く使わせてもらおう。
口紅はオレンジがかったピンク色だった。リリアははっきりした色が好きだから、好みじゃなかったらしい。この口紅、誰にもらったものなんだろうか。あまり詮索はしないでおこう。
化粧を終え、髪をいつものように高い位置で結ぶ。栗色の髪は自分でも気に入っている。最後にアレイスさんからもらったリボンを結んで完成。遅刻しないよう急がないと。
「行ってきます、お父さん」
父の絵に挨拶をして家を出た。少し歩いたところで傘を持ってくるのを忘れたことに気づいたけど、この雲の様子なら大雨にはならなそうだ。傘を取りに戻るのはやめ、そのまま仕事場へ急いだ。
いつもの通りを抜け、坂道を上っていた時、思っていたよりも早く雨粒が落ちてきた。
「えー? こんなに早く降ってくるなんて……」
私は駆け足で坂道を上った。今思えば、この雨は後で訪れる大騒ぎの前兆だったのかもしれない。
♢♢♢
「おはよう、リリア」
「おはよう! エルナ。あ、私があげた口紅付けてきたの? 凄く似合ってる!」
リリアはすぐに私の化粧の変化に気づいた。
「うん、変じゃないかな?」
「全然変じゃないよ! むしろ可愛い!」
「ありがとう」
こうやって真っすぐに気持ちを伝えてくれるのが、リリアの好きなところだ。
「そういえば、さっき雨が降ってきてたよ。少し濡れちゃった」
「そうなのー? 夜まで持つかと思ったのに」
「ミルデン周辺に向かう討伐者さんには、雨の対策をお願いしないといけないかな」
「うーん……大雨じゃなきゃ大丈夫だと思うけど……」
私達が窓の外を見ながら話していたその時、飛行船乗り場へ通じる扉が突然、大きな音を立てて開いた。
音に驚いて振り返ると、そこには身なりの良い格好をした若い女性が立っていた。女性の後ろにはもう一人、同じ年頃の女性がいる。こちらの女性はシンプルだが仕立ての良い服を着ていて、大きな四角い鞄を持っていた。飛行船乗り場から来たということは、二人は飛行船に乗ってきた乗客なのだろう。
「おはようございます」
私はとりあえず二人に声をかけた。こんな朝早くに飛行船が到着するなんて珍しい。飛行船は主に討伐者が利用するものだけど、時々貴族が使うこともある。二人の身なりからして、彼女たちも貴族なのだろうか。
先頭を歩く若い女性は、芝居でも観に行くような華やかなワンピース姿だった。彼女は私の声掛けを無視し、後ろの女性となにやら言葉を交わした後、くいっと顎を上げて私達に言った。
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その言葉に、私とリリアはポカンとしてしまった。
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