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1話 コミュ障
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人に話しかけるってのは難しい。
俺はとにかく人と話すのが苦手だ。
例えば小学生の時。
公園で一人、壁に向かってボールを蹴っていると、隣で同じことをしている同い年くらいの奴がいた。
住んでる場所が学区の境目あたりだから違う学校のやつだったけど、公園でよく見る顔だった。
俺たちはお互いにチラチラと顔を見ながら壁にボールをぶつけ続けた。
赤いボールを蹴るそいつも、同じタイプのやつだったんだろう。
次の日も、その次も。たまにボールがあっちに飛んでって拾ってくれたり、その逆もあったけど。
結局一ヶ月くらいあったのに互いの名前も知らないまま、そいつはパッタリ来なくなった。
ほんのちょっと話しかければ、多分、俺たちはボールを蹴り合っていたのに。
赤色を見ると、いつも思い出すくらい脳に刻み込まれたしょっぱい思い出。
その「ほんのちょっと」が俺にとっては空よりも高い壁なんだ。
だから、その壁をぶち破ってくるやつは宇宙人だと思う。
「いやああありがとう!! 助かったよ! もう年でねぇええ」
そう、こういう馴れ馴れしい爺さんとかな!
初対面でなんで肩組んでくるんだよ。見事なロマンスグレーの髪の爺さんには、パーソナルスペースってものがないらしい。
梅雨を目前にしたジメジメした日の放課後。
俺は背中で冷や汗をかきながらもなんとか無表情を貫いて、こじんまりとした飲食店の出口の暖簾に顔を向けた。
「大したことしてないんで。じゃあ」
「孫が手伝ってくれる時もあるんだけどねぇ。今日はまだ学校で。あ、高校何年生?」
「二年です。それじゃ俺は」
「おお! 孫と一緒だ! おい! 大和と同い年だぞ!」
帰ろうとしてるのが分からないのか?
分からないことがあるのか?
爺さんは嬉しそうに、カウンターの向こうにいる婆さんに声を掛けた。
「そうなのー?」
暖簾と同じ濃紺のエプロンをした婆さんは、ニコニコとふくよかな体を揺らしてやってくる。
その手にはお盆に乗ったカステラらしきものがあって、正直嫌な予感しかしない。
「まぁまぁ、偶然ねー! あ、お礼にこれ食べてってちょうだいな。デザートの新作なのよ」
「いや、俺は」
「お兄さんおしゃれねぇ! ピアス痛くないの?」
どうやらこの夫婦は人の話を聞かないらしい。
年季の入ったカウンターテーブルに、陶器の皿を置いた婆さんが覗き込んでくる。
(ジジババが一番嫌がるカッコしてんのに)
婆さんがおしゃれだと言った俺の格好といえばだ。
肩まである金髪を前髪ごとハーフアップにして、眉毛を短く整えているため人相が悪い。両耳に三つずつ銀のピアスを付けてるし、首にもネックレスが光っている。
白いYシャツは鎖骨が丸見え状態になるまで開けて……ここまで言えばわかるだろうか。
完全にドラマとかで見る、不良である。
弁解しておくが、別に俺はグレているわけではない。
この格好をしていれば、人が勝手に避けてくれるのだ。
声を掛けられて返事をしなくても、違和感がないんだ。そして二度と話しかけてこないんだ。
それなのに、通学路で通る商店街の小さな店の爺さん婆さんは全く気にせずに距離を詰めてくる。
子供の頃から知っているかのように親しげに。
帰りたい。
ちゃんと「帰ります」と言い切れない俺も俺だけど、分かるだろう。帰ろうとしていることが何故伝わらないんだ。
「ピアスは……慣れれば大丈夫……」
爺さんに椅子に座らされながら、俺は10分くらい前の自分の行動を呪った。
ちょっとした親切心だった。いや、親切心というか普通のことをしただけだ。
いつも通り商店街を歩いて駅に向かっていたら、目の前で茶色い米袋を乗せた台車が倒れてしまった。車道が近くて危ないし、一番近くにいたのが俺だったから、乗せ直すのを手伝っただけだ。
重い台車を押しているのが爺さんだったから大変かと思って、乗せた米袋を支えて店までやってきただけなんだ。
それがなんで俺は、婆さんが作ったデザートの新作を試食させられてるんだ。
ため息を飲み込んで皿に目を落とす。改めて見ると、カステラだと思ったものはパウンドケーキだった。茶色っぽいが、チョコにしては色が薄いような気がする。
香ばしい匂いが鼻をくすぐり、うんざりとした気持ちとは裏腹に口の中が潤ってきてしまう。
(まぁ……ここまでされて食わないのもな)
要らない、と拒否するのも気まずい。さっさと食ってとっとと帰ろう。
俺はフォークを掴んでパウンドケーキに突き刺した。
「うまい、です……」
目を輝かせて隣に立っている婆さんの圧に負けて、俺は感想を言ってしまった。
もちろん、嘘はついていない。
口の中に広がった甘すぎずさっぱりとした味は、おそらくほうじ茶だ。自分からわざわざ買うことはないが、母親が気に入って冷蔵庫にストックしているほうじ茶ラテの味に似ている。
とても食べやすい味だった。
「おー! 良かったな! ほら、茶も飲め」
料理の仕込みをするためか、カウンターの向こう側へと行った爺さんが湯呑みを置いた。湯気がはっきりと立っていて、すぐに触ると火傷しそうだ。
パウンドケーキはすぐに食べられるが、これを飲み干すためには少し時間がかかる。
もうしばらく滞在する羽目になりそうで、俺は遠い目をしてしまった。
俺はとにかく人と話すのが苦手だ。
例えば小学生の時。
公園で一人、壁に向かってボールを蹴っていると、隣で同じことをしている同い年くらいの奴がいた。
住んでる場所が学区の境目あたりだから違う学校のやつだったけど、公園でよく見る顔だった。
俺たちはお互いにチラチラと顔を見ながら壁にボールをぶつけ続けた。
赤いボールを蹴るそいつも、同じタイプのやつだったんだろう。
次の日も、その次も。たまにボールがあっちに飛んでって拾ってくれたり、その逆もあったけど。
結局一ヶ月くらいあったのに互いの名前も知らないまま、そいつはパッタリ来なくなった。
ほんのちょっと話しかければ、多分、俺たちはボールを蹴り合っていたのに。
赤色を見ると、いつも思い出すくらい脳に刻み込まれたしょっぱい思い出。
その「ほんのちょっと」が俺にとっては空よりも高い壁なんだ。
だから、その壁をぶち破ってくるやつは宇宙人だと思う。
「いやああありがとう!! 助かったよ! もう年でねぇええ」
そう、こういう馴れ馴れしい爺さんとかな!
初対面でなんで肩組んでくるんだよ。見事なロマンスグレーの髪の爺さんには、パーソナルスペースってものがないらしい。
梅雨を目前にしたジメジメした日の放課後。
俺は背中で冷や汗をかきながらもなんとか無表情を貫いて、こじんまりとした飲食店の出口の暖簾に顔を向けた。
「大したことしてないんで。じゃあ」
「孫が手伝ってくれる時もあるんだけどねぇ。今日はまだ学校で。あ、高校何年生?」
「二年です。それじゃ俺は」
「おお! 孫と一緒だ! おい! 大和と同い年だぞ!」
帰ろうとしてるのが分からないのか?
分からないことがあるのか?
爺さんは嬉しそうに、カウンターの向こうにいる婆さんに声を掛けた。
「そうなのー?」
暖簾と同じ濃紺のエプロンをした婆さんは、ニコニコとふくよかな体を揺らしてやってくる。
その手にはお盆に乗ったカステラらしきものがあって、正直嫌な予感しかしない。
「まぁまぁ、偶然ねー! あ、お礼にこれ食べてってちょうだいな。デザートの新作なのよ」
「いや、俺は」
「お兄さんおしゃれねぇ! ピアス痛くないの?」
どうやらこの夫婦は人の話を聞かないらしい。
年季の入ったカウンターテーブルに、陶器の皿を置いた婆さんが覗き込んでくる。
(ジジババが一番嫌がるカッコしてんのに)
婆さんがおしゃれだと言った俺の格好といえばだ。
肩まである金髪を前髪ごとハーフアップにして、眉毛を短く整えているため人相が悪い。両耳に三つずつ銀のピアスを付けてるし、首にもネックレスが光っている。
白いYシャツは鎖骨が丸見え状態になるまで開けて……ここまで言えばわかるだろうか。
完全にドラマとかで見る、不良である。
弁解しておくが、別に俺はグレているわけではない。
この格好をしていれば、人が勝手に避けてくれるのだ。
声を掛けられて返事をしなくても、違和感がないんだ。そして二度と話しかけてこないんだ。
それなのに、通学路で通る商店街の小さな店の爺さん婆さんは全く気にせずに距離を詰めてくる。
子供の頃から知っているかのように親しげに。
帰りたい。
ちゃんと「帰ります」と言い切れない俺も俺だけど、分かるだろう。帰ろうとしていることが何故伝わらないんだ。
「ピアスは……慣れれば大丈夫……」
爺さんに椅子に座らされながら、俺は10分くらい前の自分の行動を呪った。
ちょっとした親切心だった。いや、親切心というか普通のことをしただけだ。
いつも通り商店街を歩いて駅に向かっていたら、目の前で茶色い米袋を乗せた台車が倒れてしまった。車道が近くて危ないし、一番近くにいたのが俺だったから、乗せ直すのを手伝っただけだ。
重い台車を押しているのが爺さんだったから大変かと思って、乗せた米袋を支えて店までやってきただけなんだ。
それがなんで俺は、婆さんが作ったデザートの新作を試食させられてるんだ。
ため息を飲み込んで皿に目を落とす。改めて見ると、カステラだと思ったものはパウンドケーキだった。茶色っぽいが、チョコにしては色が薄いような気がする。
香ばしい匂いが鼻をくすぐり、うんざりとした気持ちとは裏腹に口の中が潤ってきてしまう。
(まぁ……ここまでされて食わないのもな)
要らない、と拒否するのも気まずい。さっさと食ってとっとと帰ろう。
俺はフォークを掴んでパウンドケーキに突き刺した。
「うまい、です……」
目を輝かせて隣に立っている婆さんの圧に負けて、俺は感想を言ってしまった。
もちろん、嘘はついていない。
口の中に広がった甘すぎずさっぱりとした味は、おそらくほうじ茶だ。自分からわざわざ買うことはないが、母親が気に入って冷蔵庫にストックしているほうじ茶ラテの味に似ている。
とても食べやすい味だった。
「おー! 良かったな! ほら、茶も飲め」
料理の仕込みをするためか、カウンターの向こう側へと行った爺さんが湯呑みを置いた。湯気がはっきりと立っていて、すぐに触ると火傷しそうだ。
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