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3話 精一杯
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知らなければただの風景なのに、知っているとそれは「人」になる。
例えば学校の近くのコンビニの買い物客。
基本的にはただの風景だ。前に引くほどデカい声でクレーム入れてたとか、何かよっぽどインパクトがないと覚えてなんかいない。
でも一回顔を合わせて会話したことのある相手なら、ただそこにいるだけで脳が勝手に「知り合いである」と知らせてくることがある。
何が言いたいかと言うと、エリート校の制服を着た背の高い眼鏡が目の前にいる。
すっかり忘れていた今日が期限の宿題を放課後に終わらせて、小腹が空いたからお菓子とコーラを買おうと思ってちょっとコンビニに寄っただけなのに。
昨日会話した、と言って良いのかすら微妙なやつがどうして目の前にいるんだ。
絶対に声なんか掛けないし、向こうも要らないと思う。
でも、目が合ったら会釈くらいはするべきだろうか。
そんなことをモヤモヤ考えながら、目が合わないように下を向いて買うものを選ぶ。
滞りなくコーラとチョコをレジに通せたから後は帰るだけだとホッとしていると、店員が二種類のクリアファイルを目の前に差し出してきた。
「この組み合わせで買うと、期間限定でクリアファイルがついてくるんです。お選びください」
(要らねぇ)
即座にそう思ったが、言えなかった。
よく見れば、赤色のファイルには濃い赤で、青色のファイルには濃い青で、何かイラストが描いてある。
アニメっぽい絵であることは分かったが、俺は全く知らないキャラクターだった。
「……これ」
どうせゴミ箱行きだ。どっちでも一緒だろうと青い方を指差した。赤はどうも、自分の情けない記憶がチラつくから。
すると、店員の声のテンションが上がった。
「これ、青は最後の1枚なんです! ラッキーですね!」
すこぶるどうでもいい。
きっと、俺がこのアニメかなんかを好きなやつだと思っているんだろう。
偶然コラボレーション中のメーカーのコーラとチョコを買うなんて、不必要な奇跡を起こしただけだとは思われるわけがない。
俺は肩に掛けた白いトートバッグにファイルとチョコを突っ込み、すぐに飲む予定のコーラだけ手に持って出口に向かった。
すると、後ろの客の会話が聞こえてきた。
「あの……えっと……もう青いのはないですか……?」
「すみません、もう一種類だけなんです」
「そ、そうですよね。すみませんありがとうございます。赤ください」
感情が乗った声だが、大和の声で間違いない。
気まずそうな早口を耳に入れながら、俺はカバンから少しはみ出たクリアファイルを見る。
青じゃなくて赤を選べば良かった。
コンビニを出て、すぐに振り返れば青いファイルが渡せる。
(これ、やるよって言えたら良いんだろうけど)
俺が向かう駅と、大和が向かっているであろう爺さんの定食屋は同じ方向にある。
つまり、俺の後ろを大和は歩いてるんだ。なんだかカバンに視線を感じる気がしてしまう。
はっきり言って気まずくてしょうがない。気まずすぎて、コーラもチョコも口に入れる気にならない。
でも俺は何も言わないし、当然向こうも何も言わない。
向こうから「それください」って言ってくれないもんかとも思うがそんなことする奴はいない。
せめて「そのアニメ好きなのか」と聞いてくれれば、「好きじゃないから、やるよ」って言えるのに。
まぁ俺なら天地がひっくり返っても無理だけどな。
「あらー! 蓮くん!」
モヤモヤ考えていると、昨日散々聞いた明朗な声が名前を呼んできた。
こんなに気安く俺のことを呼ぶ他人は、この世にこの婆さんだけだと思う。
いつの間にか、昨日の定食屋の前まで進んでいたらしい。
いつもなら声を掛けられても無視するのだが、ここまで親しげにされると返事せざるを得ない。
俺は小さく息を吸い、肩にかけたバッグをグッと握りしめた。
「ども」
小さくなってしまった声を気にすることなく、婆さんは歳の割にふっくらとした手を合わせた。
「昨日は手伝わせちゃったのに、ちゃんとさよならできなくてごめんねー!」
「忙しそうだったから」
「大和が気づいてくれて良かった……あら、帰ってきたのね! おかえりー!」
「ただいま」
やはり、大和は俺のすぐ後ろを歩いていたようだ。婆さんが肩を叩いて出迎えているのに、チラリと顔を向けただけで店の中に入っていった。
もちろん、俺の方なんて見向きもしない。
気になって仕方ないかと思っていたが、クリアファイルなんてそんなもんなのかもしれない。
「一緒だったの?」
「いえ、気づきませんでした」
大嘘を吐くために思わず敬語になってしまった。婆さんはムーッと唇を尖らせて、揺れる暖簾を睨んだ。
「もー! 大和ったら声くらい掛ければ良いのに! 後ろをのっしのっし歩いてただけなんて!」
「気づかなかったんじゃないっすか。じゃぁ……」
こんな目立つ金髪は他にあまり居ないからありえないだろうけど、適当なことを言って俺は立ち去ろうとする。
でも、そこでふと青いクリアファイルが目に入った。
「あの、これ……」
考えるより先に俺はカバンからクリアファイルを引き抜き、婆さんに差し出す。
当然ながら、婆さんは目を丸くしてクリアファイルを見た。
「なぁに、これ?」
「俺、要らないんで」
これが精一杯だった。
婆さんの手にクリアファイルを押し付けた俺は、急いでその場を駆け出す。
背中で何か言っているのが聞こえたけど、無視して地面を蹴り続けた。
体育以外で走るのは久しぶりだ。
心臓がバクバクいってる。
全然動かない眼鏡の奥の瞳が、もしかしたら笑ったりするんだろうかと。
想像してみたけれど、確認する術はない。
例えば学校の近くのコンビニの買い物客。
基本的にはただの風景だ。前に引くほどデカい声でクレーム入れてたとか、何かよっぽどインパクトがないと覚えてなんかいない。
でも一回顔を合わせて会話したことのある相手なら、ただそこにいるだけで脳が勝手に「知り合いである」と知らせてくることがある。
何が言いたいかと言うと、エリート校の制服を着た背の高い眼鏡が目の前にいる。
すっかり忘れていた今日が期限の宿題を放課後に終わらせて、小腹が空いたからお菓子とコーラを買おうと思ってちょっとコンビニに寄っただけなのに。
昨日会話した、と言って良いのかすら微妙なやつがどうして目の前にいるんだ。
絶対に声なんか掛けないし、向こうも要らないと思う。
でも、目が合ったら会釈くらいはするべきだろうか。
そんなことをモヤモヤ考えながら、目が合わないように下を向いて買うものを選ぶ。
滞りなくコーラとチョコをレジに通せたから後は帰るだけだとホッとしていると、店員が二種類のクリアファイルを目の前に差し出してきた。
「この組み合わせで買うと、期間限定でクリアファイルがついてくるんです。お選びください」
(要らねぇ)
即座にそう思ったが、言えなかった。
よく見れば、赤色のファイルには濃い赤で、青色のファイルには濃い青で、何かイラストが描いてある。
アニメっぽい絵であることは分かったが、俺は全く知らないキャラクターだった。
「……これ」
どうせゴミ箱行きだ。どっちでも一緒だろうと青い方を指差した。赤はどうも、自分の情けない記憶がチラつくから。
すると、店員の声のテンションが上がった。
「これ、青は最後の1枚なんです! ラッキーですね!」
すこぶるどうでもいい。
きっと、俺がこのアニメかなんかを好きなやつだと思っているんだろう。
偶然コラボレーション中のメーカーのコーラとチョコを買うなんて、不必要な奇跡を起こしただけだとは思われるわけがない。
俺は肩に掛けた白いトートバッグにファイルとチョコを突っ込み、すぐに飲む予定のコーラだけ手に持って出口に向かった。
すると、後ろの客の会話が聞こえてきた。
「あの……えっと……もう青いのはないですか……?」
「すみません、もう一種類だけなんです」
「そ、そうですよね。すみませんありがとうございます。赤ください」
感情が乗った声だが、大和の声で間違いない。
気まずそうな早口を耳に入れながら、俺はカバンから少しはみ出たクリアファイルを見る。
青じゃなくて赤を選べば良かった。
コンビニを出て、すぐに振り返れば青いファイルが渡せる。
(これ、やるよって言えたら良いんだろうけど)
俺が向かう駅と、大和が向かっているであろう爺さんの定食屋は同じ方向にある。
つまり、俺の後ろを大和は歩いてるんだ。なんだかカバンに視線を感じる気がしてしまう。
はっきり言って気まずくてしょうがない。気まずすぎて、コーラもチョコも口に入れる気にならない。
でも俺は何も言わないし、当然向こうも何も言わない。
向こうから「それください」って言ってくれないもんかとも思うがそんなことする奴はいない。
せめて「そのアニメ好きなのか」と聞いてくれれば、「好きじゃないから、やるよ」って言えるのに。
まぁ俺なら天地がひっくり返っても無理だけどな。
「あらー! 蓮くん!」
モヤモヤ考えていると、昨日散々聞いた明朗な声が名前を呼んできた。
こんなに気安く俺のことを呼ぶ他人は、この世にこの婆さんだけだと思う。
いつの間にか、昨日の定食屋の前まで進んでいたらしい。
いつもなら声を掛けられても無視するのだが、ここまで親しげにされると返事せざるを得ない。
俺は小さく息を吸い、肩にかけたバッグをグッと握りしめた。
「ども」
小さくなってしまった声を気にすることなく、婆さんは歳の割にふっくらとした手を合わせた。
「昨日は手伝わせちゃったのに、ちゃんとさよならできなくてごめんねー!」
「忙しそうだったから」
「大和が気づいてくれて良かった……あら、帰ってきたのね! おかえりー!」
「ただいま」
やはり、大和は俺のすぐ後ろを歩いていたようだ。婆さんが肩を叩いて出迎えているのに、チラリと顔を向けただけで店の中に入っていった。
もちろん、俺の方なんて見向きもしない。
気になって仕方ないかと思っていたが、クリアファイルなんてそんなもんなのかもしれない。
「一緒だったの?」
「いえ、気づきませんでした」
大嘘を吐くために思わず敬語になってしまった。婆さんはムーッと唇を尖らせて、揺れる暖簾を睨んだ。
「もー! 大和ったら声くらい掛ければ良いのに! 後ろをのっしのっし歩いてただけなんて!」
「気づかなかったんじゃないっすか。じゃぁ……」
こんな目立つ金髪は他にあまり居ないからありえないだろうけど、適当なことを言って俺は立ち去ろうとする。
でも、そこでふと青いクリアファイルが目に入った。
「あの、これ……」
考えるより先に俺はカバンからクリアファイルを引き抜き、婆さんに差し出す。
当然ながら、婆さんは目を丸くしてクリアファイルを見た。
「なぁに、これ?」
「俺、要らないんで」
これが精一杯だった。
婆さんの手にクリアファイルを押し付けた俺は、急いでその場を駆け出す。
背中で何か言っているのが聞こえたけど、無視して地面を蹴り続けた。
体育以外で走るのは久しぶりだ。
心臓がバクバクいってる。
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想像してみたけれど、確認する術はない。
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