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11話 ゲーム
しおりを挟む「蓮君」
バイトの日に定食屋に入ろうとすると、駅の方から歩いて来たやつに声をかけられる。焦点を当てれば、大和が控えめに手を上げて近づいてきていた。
俺は足を止めて、大和が追いついてくるのを待ってから店に入る。梅雨明けで暑くなってきた外の空気に比べて、店内は涼しい。
「今日は塾の日じゃないのか?」
「先生の都合で休み。その代わり明日は遅くなるんだ」
「へぇーお疲れ。今日はゆっくりしろよ」
大和は泊まった日を境に、躊躇なく声をかけてくるようになった。驚いたのは最初だけで、すぐに慣れた。俺から声をかけることもあるけど、それはまだものすごく緊張する。
でも声を掛けてしまえば、大和とは普通に会話できるようになってきた。
大和と共に店の奥の居住スペースの方に入って、和室に荷物を置いて着替えをする。
本来のバイトってこんな感じじゃないんだろうけど、スタッフルームみたいなのがないからってこんな形になった。
Tシャツとジーンズに制服のエプロンをつけて部屋を出ると、すでにエプロン姿の大和が立っていて俺は目を見開く。
「今日は俺がいるから店の手伝いは」
「人数多い方が楽でしょ?」
それはそうだけど、いつも勉強で忙しいから休めばいいのに。
「働き者だな」
「まぁ、うん……」
大和がいて困ることは一切ないから、俺はそれ以上何も言わずに店に向かう。後ろを歩いていた大和だったが、指先で肩をツンツンと叩いてきた。
「あの、さ」
「ん?」
「バイト終わった後、少し部屋でゲームしない?」
抑揚のない声だったけど、言葉尻から少し緊張しているのが伺えた。
すぐに返事をしないといけないのに、誘われ慣れていない俺の脳はたったこれだけのことでフリーズしてしまう。
足を止めて大和を見上げている俺は、相当困った顔をしていたんだろう。
大和が無表情のまま早口になった。
「時間があったらでいいんだ。30分くらい。たまにやってるスマホのゲームが、コンビでプレイするミッションがあってそれで」
懸命に捲し立てる大和の言葉を処理しきれない。
でもこの返事を間違うと、絶対に後悔することは確信できた。
「バイト終わり、二人で、ゲーム」
緊張のあまり、情報入力を繰り返すロボットみたいになってしまった。そんなんでも、大和は真面目な顔で頷いてくれる。
「そう……迷惑でなければ」
「する」
そういうわけで、俺は大和と一緒にゲームをすることになった。ゲームはたまにするけど、誰かとの協力プレイなんて初めてかもしれない。
バイトが終わったのが夜の8時。居住スペースのダイニングで大和とまかないをいただいて、ゲームすることになった。
俺は今、大和本人の言ってた「距離の近さ」っていうのを実感してる。
リビングのソファーに並んで座ってるんだけど、本当に近い。二人で座ってても余裕がある大きさのソファーなのに、ずっと肩や腕が触れ合っている。
現在進行形で、分からないところを教えてくれるために大和が俺のスマホを覗き込んでいるわけだが。
ちょっとでも動くと頬と頬が掠める。
(でも、別に嫌じゃないな)
新発見だ。
俺は人と話すのは大嫌いだが、体が触れ合っているのは平気らしい。
風呂で急に顔が近づいたのは流石にびっくりしたけど、楽しそうにしている大和の体温を感じるのは抵抗が全くなかった。
他人と関わることがなかったから気がつかなかったんだな。
「なるほどな」
「再開しよ……っ!」
「いっっ!」
俺が理解したので離れようとした大和が顔を顰める。ほぼ同時に俺も耳に痛みが走って奥歯を噛み締めた。ピアス飾りに大和の髪が絡まってしまったのだ。
離れると痛い。二人して顔が離せなくなって焦る。
「どうなってるこれ」
「蓮君のピアスのどれかに絡まってる」
「それは分かる」
「ハサミは、危ないか。引っ張って髪を引きちぎるしか」
大和の提案は解決は早そうだが、既に痛いのにソレは怖い。
「待て。俺がピアスとったらいいんだよ」
三つあるピアスの内のどれが原因か分からなかったから、俺は当てずっぽうでゆっくり留め具を外した。大和が手を差し出してくれたから、その上にピアスを置く。
一つ目は、外れ。
大和の息が手や頬に当たってこそばゆい。でも離れすぎると痛いから、くっついといて貰わないと。
二つ目も、外れ。
勘が当たらないけど、これで最後だ。
何となく息が浅くなる。慎重に、そーっと手を動かす。大和の呼吸音が静かになった。
頭がくっついてると腕が動かしにくかったけど何とか三つ目も無事にとれた。
大和の手に三つ目を置くと、耳の違和感がなくなる。フーッと二つ分のため息が重なった。
顔を離して確認するように髪を触った大和は、じっと俺の方を見てるみたいだった。俺はなんだろうと思いつつも聞かず、大和の手のひらからピアスを摘んだ。
「気になってたこと聞いていい?」
「なんだ?」
耳にピアスを当てようとしたところで低い声に話しかけられて、手が止まる。普段、つける時は鏡を見てるから集中してないと穴に通せる気がしない。
大和の視線は、真っ直ぐに俺のピアス穴に向けられている。
「ピアスって痛くない?」
「女将さんと同じことを……」
「経験ないと、ついつい聞いちゃうんだよな」
真顔の大和は興味津々のようで、穴が開くほど見てくる。もう開いてるけど、穴。
「俺は意外と大丈夫だった。怖いのは最初だけだよ」
大和の表情に乏しい顔が少し緩む。自分の耳たぶに触れて、手の中のピアスへ視線を落とした。
「大学になったらやってみようかな。髪も染めて」
「意外だ」
「何が?」
「そういうのしたいと思うのか」
生真面目な性格だとは思わないけど、てっきり外見に無頓着なのかと思っていた。校則を守ってるから髪もメガネもおしゃれとは言い難い感じにしているのかもしれない。
「ん、まぁ……似合わないかもしれないけど」
言葉を濁すのは、「おしゃれ」という未知な者に対する恐怖というか畏怖みたいなのがあるからだろうか。
今でこそ慣れたけど、初めは俺も派手な格好にしてソワソワしたしな。
大和ならツラもスタイルもいいし、何をしても似合いそうだと個人的には思った。
「やるならコンタクトにしろよ」
「眼鏡だとダサい?」
「ん、いや……そうじゃないけど」
ちょっとした軽口のつもりだったけど、すごく悪い方に受け取られてしまった。
ダサくはなくてごく普通なんだけど、外したらすごく良くなると思うともったいなくて。でもそれは俺の主観で、余計なお世話だったかもしれない。
俺は上手く話を続けられなくて、誤魔化すように言葉を切る。白々しくピアスをつけることに集中し始めた風を装った。
大和は特に追及してこなかったけど、気分を害してしまったかと思うと指先が震える。
「んー……」
「難しそうだね」
なかなか穴に入らない。見たところリビングに鏡はないし、大和が手鏡を持ってるとは思えない。洗面所に行かせてもらうしかないか、と諦めかけて下ろそうとした手を掴まれた。
「もうちょっとこっちだよ」
大和が俺の手を微調整して、ピアスが定位置に戻される。更に、手のひらに乗っていた部品の中から正しい留め具までしてくれた。
「これ、左右対象になるようにつければいいの?」
「あ、え、う」
俺はというと、想定外の大和の動きに大混乱していた。
前言撤回だ。
触れられるのは平気だと勘違いしたけど、手を掴まれたくらいで心臓が止まりかけた。かと思えば、今は引くほどの勢いでバクバク動いてる。
「蓮君……あ」
質問に答えなかったから覗き込んできた大和は、俺の顔を見て小さく息を飲んだ。血の循環が良すぎて顔が熱い。
「ごめん、急に触って。蓮君、いつも優しいから気が抜けて、気をつけるの忘れてた。苦手だったよね、本当にごめん」
よく舌が回るようになった大和が体ごと離れていく。顔には出てないけど、こいつがよく喋る時は焦ってる時だ。
(違うって言わないと。嫌なわけじゃなくて、急に手を握られたからびっくりしただけって。そんで、ピアスつけてくれてありがとうって言って、それから……)
頭の中まで熱くなって、真っ白というよりは真っ赤だ。何から言ったら良いのか分からない。唇が動くことすらせずに固まっている。
動け、俺の口。
「えっと……いつの間にか9時になってるね」
大和、俺を帰らせようとしてる。気まずいからって完全に帰らせようとしてる。いつもなら俺もさっさと帰りたいと思うところだけど、今は帰っちゃダメな気がする。
「頼む」
「え? 何を?」
ようやく口が動いた。ずっと閉じてたのに、何故かカラカラだ。喉が痛い気すらしながら、俺は耳たぶのピアス穴に触って大和に少しだけ顔を寄せた。
「これ、頼む」
なんて言葉が下手なんだ俺は。でももうそれ以上言葉が出てこなくなってて、嫌じゃなかったと伝われって祈るしか出来ない。
大和は何も言わなかった。
何も言わないってことは、冷静に考えられる状況なんだと思う。多分だけど。
顔が見れなくて自分の膝を見つめていると、大きな手が俺の手を下ろさせた。
「動かないでね」
耳たぶに指が控えめに触れて、他のところが触れ合うより高く感じる体温が心地いい。
慣れない手つきだし、緊張してるのも伝わってきて俺も肩に力が入ったけど。
三つ目がつけ終わってやり切ったって顔してる大和に、ちゃんと笑ってありがとうって言えたんだ。
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