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四話
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(……キス、したんだよなぁ)
次の日の昼休み。
俺は定位置になっている図書室のすみっこの席に座っていた。
昨日はあれからずっと、椿のことしか考えられない。何をしてても、
「キスしたよなぁ」
「椿、なんでキスしたんだろう」
「俺......抱きしめ返しちゃったなぁ」
そんなことばかり考えている。
授業も頭に入ってこないし、教科書を見ても目が滑るし、家族に話しかけられても反応が鈍かった。
そのくらい、頭の中が椿で支配されていた。
だというのに、当の椿はというと。
「幸哉先輩幸哉先輩。俺、筆箱に入れてたシャーペンが全滅しちゃったんで貸してください」
と、俺の隣からヒソヒソと話しかけてくる。
すごく普通だ。
俺は昼ごはんが喉を通らなかったっていうのに、椿はいつも通り教室に迎えに来て、こうしていつも通り一緒に図書室に来た。
(昨日のキス……こいつにとってなんでもないことだったのか?)
椿の胸ぐらを掴んで詰め寄りたいけど、生憎と俺にはそんな勇気はない。
だから仕方なく、俺もこれまで通り接するしかない。
筆箱を開いて、中のシャーペンを見せてやる。
「何をどうしたらシャーペンが全滅するんだよ。三本あるけどどれがいい?」
「今、幸哉先輩が使ってるやつがいい」
「いいけど……これ、名前書いてあるぞ」
俺は手元のシャーペンを顔の前に持ち上げた。
中学卒業の時に全員に配られた記念品だ。
なんの変哲もない黒いシャーペンに、俺のフルネームが銀で刻まれている。
なんとなく使ってただけで思い入れはないけどさ。
筆記体のアルファベットとはいえ、他人の名前が書いてあるシャーペンを使うのはどうなのか。
そう思って渋っていると、机に頬をつけた椿が大きな目がじっと見つめてきた。
「ダメですか? それ、大事なやつ?」
わざわざ下から見上げる角度でおねだりしてくるの、かわいいな。イケメンってずるい。
俺の気持ちはあっさり「椿がいいならいいか」って方向に切り替わった。
「壊したら弁償だぞ。どこに売ってるか知らねぇけど」
なんて言いながら、今日もおしゃれにセットされた髪をシャーペンでツンツン突っついてやる。
椿は嬉しそうに口元をほころばせた。
「大丈夫大丈夫! 大事にしますから」
シャーペンを受け取ろうとした椿が、頭に手を伸ばした直後のことだ。
俺の手が、大きな手に包まれた。
「……っ」
その温もりに、俺は悲鳴を上げそうになった。
実際には唇を噛んで耐えたので、今こそ誰か褒めてくれ。
椿は体を起こし、俺の手を握ったままふわりと微笑む。
「ありがとうございます」
「う……あ……」
俺は人の言葉を話せなくなってしまったらしい。呻き声みたいな音しか口から出てこない。
身体中の血液が沸騰してるみたいだ。熱くて、眩暈がして、すごく緊張してる時みたいだ。
……でも、嫌な感じじゃない。
むしろ嬉しいっていう俺の気持ちが、椿には全部お見通しなんだろう。
俺の手のひらを親指でそっと撫でて、少し開いた隙にシャーペンを抜き取った。
視線を離さないまま、机に俺の手を戻してくれる。
それから、シャーペンにチュッとキスをした。
「……っ!」
目にした光景に驚いて、俺は椅子から立ち上がった。静かな図書室に、ガタガタッとパイプ椅子の音が鳴り響く。
「お、お、おま、お前……」
「シーッ、幸哉先輩。図書室だから、ね」
唇に人差し指を当てた椿が、ウィンクして囁いてきた。
(原因はお前だろうが!)
と、怒鳴ってやりたいが、俺は思いとどまった。
まばらに座っている周りの生徒たちが、こちらを気にし始めたからだ。居たたまれなくてすごすごと座り直し、机の下で椿の足を思いっきり踏んでやる。
椿の端正な顔が痛みで歪んだ。
「……イッ」
「図書室では静かにな、椿」
フンッと鼻を鳴らし、俺は改めて机の参考書に目を向けた。隣から「ひどいー」と小さな文句が聞こえるが、知ったこっちゃない。
俺は頬杖をつき、できるだけ顔を隠す。
自分が今、どんな顔をしているのか全くわからなかった。
椿の気持ちも、行動の意味もわからない。
参考書みたいに答えがどこかに書いていればいいのに。残念ながら、人間の行動に関する答えなんて本人しか知らない。
わかっているのは、俺は椿に触られるとドキドキするってこと。
甘えてお願いされるのも、手を握られるのも、キスされるのも。
びっくりするくらい嫌じゃないこと。
こんな気持ちは初めてだ。
今の感情に名前をつけるなら、俺が知っている言葉はひとつしかない。
(これは……これはさすがに……あれしか……)
参考書に書かれている数字も文章も、頭に入ってこない。
少しずらせば手が触れ合う距離にいる椿が気になって仕方がない。
脳みそを埋め尽くす漢字一文字。
ひらがな二文字。
アルファベット四文字。
認められなくてガシガシと髪を乱していると、不意に椿が口を開いた。
「コイですね」
「ひへっ?」
心臓が胸から飛び出たかと思った。
変な声を出した俺は、目線を上下左右に動かしてから椿を見る。
明らかに挙動不審な俺を気にする様子もなく、椿はシャーペンをノートに走らせていた。
「シャーペンの文字が濃いなって。俺、いっつもHBなんですけど、違うの使ってます?」
「あ、ああ。うん。な、なんか書きやすい気がして......B使ってる……」
コイって色んな意味があるなぁ。
遠い目をした俺は、ビビりすぎて色々限界突破したらしい。
その後からは、逆に勉強が頭に入るようになった。
次の日の昼休み。
俺は定位置になっている図書室のすみっこの席に座っていた。
昨日はあれからずっと、椿のことしか考えられない。何をしてても、
「キスしたよなぁ」
「椿、なんでキスしたんだろう」
「俺......抱きしめ返しちゃったなぁ」
そんなことばかり考えている。
授業も頭に入ってこないし、教科書を見ても目が滑るし、家族に話しかけられても反応が鈍かった。
そのくらい、頭の中が椿で支配されていた。
だというのに、当の椿はというと。
「幸哉先輩幸哉先輩。俺、筆箱に入れてたシャーペンが全滅しちゃったんで貸してください」
と、俺の隣からヒソヒソと話しかけてくる。
すごく普通だ。
俺は昼ごはんが喉を通らなかったっていうのに、椿はいつも通り教室に迎えに来て、こうしていつも通り一緒に図書室に来た。
(昨日のキス……こいつにとってなんでもないことだったのか?)
椿の胸ぐらを掴んで詰め寄りたいけど、生憎と俺にはそんな勇気はない。
だから仕方なく、俺もこれまで通り接するしかない。
筆箱を開いて、中のシャーペンを見せてやる。
「何をどうしたらシャーペンが全滅するんだよ。三本あるけどどれがいい?」
「今、幸哉先輩が使ってるやつがいい」
「いいけど……これ、名前書いてあるぞ」
俺は手元のシャーペンを顔の前に持ち上げた。
中学卒業の時に全員に配られた記念品だ。
なんの変哲もない黒いシャーペンに、俺のフルネームが銀で刻まれている。
なんとなく使ってただけで思い入れはないけどさ。
筆記体のアルファベットとはいえ、他人の名前が書いてあるシャーペンを使うのはどうなのか。
そう思って渋っていると、机に頬をつけた椿が大きな目がじっと見つめてきた。
「ダメですか? それ、大事なやつ?」
わざわざ下から見上げる角度でおねだりしてくるの、かわいいな。イケメンってずるい。
俺の気持ちはあっさり「椿がいいならいいか」って方向に切り替わった。
「壊したら弁償だぞ。どこに売ってるか知らねぇけど」
なんて言いながら、今日もおしゃれにセットされた髪をシャーペンでツンツン突っついてやる。
椿は嬉しそうに口元をほころばせた。
「大丈夫大丈夫! 大事にしますから」
シャーペンを受け取ろうとした椿が、頭に手を伸ばした直後のことだ。
俺の手が、大きな手に包まれた。
「……っ」
その温もりに、俺は悲鳴を上げそうになった。
実際には唇を噛んで耐えたので、今こそ誰か褒めてくれ。
椿は体を起こし、俺の手を握ったままふわりと微笑む。
「ありがとうございます」
「う……あ……」
俺は人の言葉を話せなくなってしまったらしい。呻き声みたいな音しか口から出てこない。
身体中の血液が沸騰してるみたいだ。熱くて、眩暈がして、すごく緊張してる時みたいだ。
……でも、嫌な感じじゃない。
むしろ嬉しいっていう俺の気持ちが、椿には全部お見通しなんだろう。
俺の手のひらを親指でそっと撫でて、少し開いた隙にシャーペンを抜き取った。
視線を離さないまま、机に俺の手を戻してくれる。
それから、シャーペンにチュッとキスをした。
「……っ!」
目にした光景に驚いて、俺は椅子から立ち上がった。静かな図書室に、ガタガタッとパイプ椅子の音が鳴り響く。
「お、お、おま、お前……」
「シーッ、幸哉先輩。図書室だから、ね」
唇に人差し指を当てた椿が、ウィンクして囁いてきた。
(原因はお前だろうが!)
と、怒鳴ってやりたいが、俺は思いとどまった。
まばらに座っている周りの生徒たちが、こちらを気にし始めたからだ。居たたまれなくてすごすごと座り直し、机の下で椿の足を思いっきり踏んでやる。
椿の端正な顔が痛みで歪んだ。
「……イッ」
「図書室では静かにな、椿」
フンッと鼻を鳴らし、俺は改めて机の参考書に目を向けた。隣から「ひどいー」と小さな文句が聞こえるが、知ったこっちゃない。
俺は頬杖をつき、できるだけ顔を隠す。
自分が今、どんな顔をしているのか全くわからなかった。
椿の気持ちも、行動の意味もわからない。
参考書みたいに答えがどこかに書いていればいいのに。残念ながら、人間の行動に関する答えなんて本人しか知らない。
わかっているのは、俺は椿に触られるとドキドキするってこと。
甘えてお願いされるのも、手を握られるのも、キスされるのも。
びっくりするくらい嫌じゃないこと。
こんな気持ちは初めてだ。
今の感情に名前をつけるなら、俺が知っている言葉はひとつしかない。
(これは……これはさすがに……あれしか……)
参考書に書かれている数字も文章も、頭に入ってこない。
少しずらせば手が触れ合う距離にいる椿が気になって仕方がない。
脳みそを埋め尽くす漢字一文字。
ひらがな二文字。
アルファベット四文字。
認められなくてガシガシと髪を乱していると、不意に椿が口を開いた。
「コイですね」
「ひへっ?」
心臓が胸から飛び出たかと思った。
変な声を出した俺は、目線を上下左右に動かしてから椿を見る。
明らかに挙動不審な俺を気にする様子もなく、椿はシャーペンをノートに走らせていた。
「シャーペンの文字が濃いなって。俺、いっつもHBなんですけど、違うの使ってます?」
「あ、ああ。うん。な、なんか書きやすい気がして......B使ってる……」
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遠い目をした俺は、ビビりすぎて色々限界突破したらしい。
その後からは、逆に勉強が頭に入るようになった。
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