公爵令嬢の辿る道

ヤマナ

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生きているこの世界で

兆し

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花香る庭園があった。
そこは城壁に囲まれ、そして広大な敷地内の片隅で、余人には認知されないであろうほど奥深くに、まるで隠されているかのように存在している庭園だ。 
しかし日の当たりは良い場所で、そこには多くの花々 ーーーー薔薇に百合、ガーベラ、コスモスなどと、この世のあらゆる種類がそこには咲いている。
年中咲く花と季節限りに咲く花とが現実の時間の流れなど関係ないとばかりに咲いているその庭園は、花を識る人が見れば奇妙かつ、その不可思議な光景に思わず見入ることだろう。
そんな不思議な庭園の主は、貴人ではあるものの煌びやかな装いを好む女性ではなく、その身なりは質素なサンライトイエローのワンピースを「気も身も楽だから」と普段から着用しているものだった。
女性は貴人でありながら、供を付けず、テーブルセットを用意することもなく、煉瓦造りの花壇にハンカチを敷いて、その上に座ってティータイムを楽しんでいた。

「今日もいいお天気だわ。 お花達も日の光を浴びて元気そうだし………はぁ」

紅茶の淹れてあるティーカップを傍らに置いて、女性は小さくため息を吐いた。
この庭園には、彼女以外誰もいない……ずっと、ずっと、彼女以外の誰かが咲き誇る花々を見て感動を覚えたり、彼女のティータイムを共にする事もない。 
彼女は、この庭園のさらに片隅に与えられた宮に1人で暮らしていて、もう数年間も同じ生活を繰り返している。
食料は届くし、不便があれば日に1度訪れる伝書鳩の足に手紙を括り付ければすぐに解消される。 
生活は保障されていて、しかし彼女の側には誰もいない。 
広い庭園の中で、嫁いできた時からずっと、ひとりぼっちのまま生きてきた。

「あの方は、次はいついらっしゃるのかしらね」

花を愛する彼女だが、毎日毎日数時間も愛でて見続けるような退屈な生活を続けていれば飽きもする。 
1人でいる事に慣れはすれども、それはとても退屈でつまらない。 
だから伝書鳩が来た時、たまに本を頼む事もある。 退屈なだけの時間を凌ぐための娯楽なのだが、そもそも元より何もしなくても生きていける環境に閉じ込められた彼女にとって退屈は飢えと同義で、与えられれば貪欲に取り込む。 つまりは、暇潰しに手をつければ、有り余る時間をかけてすぐに読み終えてしまうのだ。
宮の一室にはこれまで送られてきた読破済みの本が本棚から溢れて天井近くまで積み重なるほど押し込まれている。 いくら読み返しても、いくら本を頼んでも足りないほどの時間を、彼女は持て余している。
煌びやかな花園を見るのに完全に飽きた彼女が見上げると、その視線の先には青く澄みわたるどこまでも高い空が広がっている。 
流れる雲の形を見比べたり、青と白と日照が浮かべる色の違いを探したり、風に流れる雲と雲との速さ比べをしたり、目を閉じて風を感じたり、ただ空を見上げるだけでもこれだけ多くの暇潰しがあった。
退屈で退屈で退屈で、暇潰しをしていなければいっそ狂う事さえも許されないであろう停滞の中に取り込まれそうになる。 ……とても、不安になる。
だから暇潰しを模索して、探求して、思案して、彼女は自らを暇潰しの名手と自負するほど多くの暇潰しで日々を生きていた。

彼女しかいない宮だけれど、たまにやって来る者は1人だけいた。
彼女はその者の訪れを待っているのだ。
 花にとっての水のような、日照のような貴方の訪れを。 
停滞と忘却の果てにある庭園で、彼女は今日も待ち続けるのだ。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「………ゆ、め?」

目が覚めて、先程まで居たはずの庭園が夢の産物であると悟った私は、自らの睡眠からの目覚めを自覚した。
起床時刻はいつもと同じく日の昇る前で、今日も私はいつものように朝早くから生徒会室に詰めて仕事に取り掛かる。 
たまに私よりも早く来ているジークと作業をこなす事もあるが、大抵の場合は1人である。
ジークが居ると、自らも同じ立場であるというのに「働き過ぎだ」と小言をもらって、また休暇を言い渡されそうになる。 
それも個人的には問題だが、それよりも公儀的にはいくら生徒会長と副会長という立場と生徒会が忙しいという大義名分があろうとも、男女が同じ空間に2人きりというのは宜しくない。 
当然やましい事など何も無いし、私とジークはそういった関係ではない。 それでも、口さがない者が湧かないとも限らないし、そうなれば私の贖罪 ーーージークとサリーの仲を取り持ち、運命の2人を結ぶという目的の達成が難しくなる。
当然、私自らがジークと結ばれるという未来なんて見ていないし、見ようとも思わない。 ジークを求めたその末路を知っているのだから当然の事だ。
私はこの贖罪を果たし、自らの犯した罪の果てで赦される事を望んでいて、この身が朽ちようとも一生を繰り返して苦しみ続けるという呪いから解放されて、早く楽になりたいのだ。
エリーナ・ラナ・ユースクリフという存在の消滅が、私の望みの終着点。
だからこそ、その望みの過程にある運命の2人を結び付けるという贖罪が上手く進まず、こうしてやきもきしているのだ。

いっその事、サリーとジークが2人きりで行動する事になるような状況でも作ってしまおうか。

そう思案しながら、とりあえず起きて身支度を済ませようと身体を起こした時、両頬を伝う違和感が流れていった。
何事かと拭ってみれば、それは何の事のないただの涙の雫だ。 しかし、常の起床で流れるそれとはまるで比較にならない量の涙が流れていた。

「私、泣いていたのかしら」

考え至った結論に、思い当たる節はあった。
つい先程まで見ていた夢。
内容は覚えているものの、いったいあの夢のどこに涙を流す要素があったというのか。 そもそもあの夢は何だったのか。
少し考えて、考えても仕方がないと思考を切り替える。
今朝もジークが生徒会室に居たならば、男女2人きりの状況はいけないと忠言しよう。 そう思い直して、次いで昨日の作業の残りは何だったかと記憶を探る。
身支度を済ませて、指示通りに待機していた馬車に乗って通学する。
もはやルーチンワークと化した行動に一切の疑念なく務める私は、ジークの指摘通りワーカホリックに片足を突っ込んでいるのかもしれない。
いつもならば、そんな事は考えもしないまま仕事仕事と他の事など思考に挟まれないくらいにのめり込んでいる。
けれど、今朝は少し違った。
振り払うように、意識的に仕事の事ばかりを考えている。
それと言うのも、今朝見た夢が忘れられなくて、なぜかそれを意識したくなくて、無理矢理別の事を考えるようにしている。
今朝流した涙の意味も分からず、ひたすら不気味なあの夢を忘れるために、私は開いた手帳の一節に目を走らせる。
それは、ユースクリフ領における新たな事業の提案について簡潔に纏めたものである。 きちんとした資料は別にあり、ここに書いてあるものは概要のみではあるが、今の気分を払拭するにはちょうどいい内容だった。
今日、学園から帰ったらユースクリフ家の家長である公爵に談判するつもりだ。
正直、あの公爵に対面するのは考えるだけでも億劫だが、この提案が上手くいけば多くの生活保護に頼らざるを得ない貧しい領民達が救われるのだ。 
必ず成功させなければならない。 そう意気込み、まずはすぐ目前に迫る学園での1日をこなす事からだ。
いくら罪に塗れた罪人であろうとも、未来を夢想して行動する事はできる。
最終的に自らの贖罪のため、安らかな終わりを得るためのエゴイズムだとしても、私は自らの手が届く範囲の事を良くしていきたい。 
それが、私の考える贖罪の形であり、私の考えなのだ。

私の未来がいかに絶望的なものであれ、今この時は希望的な未来の構想をイメージしていた………だからもう、この時は今朝の不気味な気分はどこかに去っていた。



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