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生きているこの世界で
暗く根付く過去
しおりを挟む舞台で舞うは燃ゆるが如き赤髪。
そして煌めく黄金色の瞳が軌跡を描くように動いたかと思えば、次の瞬間にはその騎士と対面する者は地に伏して、赤髪の騎士に剣の切っ先を向けられて勝敗が決する。
剣に関しては素人で、動体視力もさほど良くない私には描写できてこの程度のものなのだけれど。
見て、感じたそれは電光石火そのもので、瞬きの刹那に終わる様は一幕の瞬間だけを切り取られてしまったかのように観測できないものだった。 それだけでも、あの赤髪の騎士は相当に腕の立つ御人だと理解できる。
この剣術大会は、学園の敷地内で開催される行事の一つではあるが、あくまで出場資格がある者は学園生のみに限らず、騎士団の駆け出し騎士なども参加している。 故に、事実上の『王国騎士団新人戦』のような扱いで、学園生の参加者は殆どいない。
ごく稀に学園卒業後に騎士団へと志願する生徒が参加する程度であり、わざわざ鍛えられた騎士達の中へと飛び込んでいく者はそういない。
例外としてジークがいるけれど、彼は前回大会で優勝するほどの実力の持ち主であるのだから納得である。
しかし、今年はどうだろうか。 あの赤髪の騎士は相当の実力者のように見えるし、案外ジークを倒して優勝してもおかしくはない。
そうすれば、ジークに吹っ掛けられた賭けも成立しなくなるし、代わりにサリーを当てがう算段も整えられる。 ぜひとも、あの赤髪の騎士にはジークを退けて優勝してほしいものだ。
肝心のジークはといえば、こちらも順調に勝ち上がっている。
前回優勝者の面目躍如と言ったところか。 一分の隙も無いように見える防御から、隙を見て攻めに転じる流れは美しく、無駄無く洗練されている。
ジークも赤髪の騎士も、一体どれだけの研鑽の果てにあんな動きを会得したのだろうか。
剛の剣と技の剣、そのどちらが勝るのかと、個人的にも興味深かった。
けれど、意外と乗ってきた興に反して、何故だか非常に気分が悪い。 疾る悪寒とフラッシュバックする誰かの『手』の映像、そして心の底から湧き立つ恐怖心に視界が黒く塗り潰されていく。
平衡感覚すら怪しくなり、ついには倒れそうになる。 しかし、既の所を隣の席に座るサリーが支えてくれた。
「お姉様!? お顔が真っ青です! 大丈夫ですか!?」
「あ………キリ、エル嬢……」
「待っててください。 すぐに冷たい物を……これを」
「ひゃあっ!」
首筋に何か冷たい物が当てられて、変な声が出てしまった。 私としては恥ずかしかったのだけれど、それでもお構いなしにサリーは首筋に冷たいのを押し付け続ける。
少しずつ鮮明になってくる視界の景色。 悪寒はまだ治らないけれど、少しだけ体調が良くなったように思う。
「よかった、顔色が戻ってきた。 お姉様、大丈夫ですか? これ、飲めますか?」
首筋の冷たいのが離れたかと思えば、サリーが先程まで当てていた冷たいのを差し出してくる。
冷たいのの正体は飲料携帯用のボトルだったらしい。 表面に水滴の貼ったそれはよく冷えているようで、サリーから受け取って中身を口内に流し込む。 一気に飲み込んだせいで、冷たい物の急激摂取によって起こる頭がキーンとなるあの現象に襲われたけれど、それでも先のような気分の悪さは緩和されていた。
「ありがとう、キリエル嬢。 おかげで助かりました」
「ほんと、ビックリしましたよ! 血の気の通った健康的なお姉様のお顔が急に真っ青になっていくんですもの。 熱中症にはお気を付けくださいね!」
「え、ええ……そうね。 気を付けるわ」
サリーの発言は純粋に私を心配してのものなのでしょうけれど、なんだかとても不穏な要素があるのよね。
「健康的なお顔が急に真っ青に」って、いったいいつから私の顔を見ていたというのかしら。 なぜ、肝心の剣術大会の方を見ていないのよ……。
そんなサリーの不穏な部分はひとまず目を瞑るとして、やはりまだ気分は悪い。
鳴り響く剣のぶつかる音が耳に響き、気迫のこもった選手達の大きな掛け声に心臓の動悸が速くなる。 そして、脳裏には先程よりもはっきりとあの『手』が映し出されている。
もう駄目だ……一刻も早く、ここを離れなければ………。
「私は、少しお花を摘みに行ってくるわ」
「それならご一緒します。 お姉様、まだ体調が悪そうに見えますし」
「いいえ、もう平気だから。 それに、せっかく殿下からお誘いを受けて来たというのに、2人とも殿下のご活躍を観ていないだなんて失礼でしょう? ね、私なら大丈夫。 だからキリエル嬢は待っていて」
サリーに心配させないために、つとめて笑顔を浮かべ、もう体調は大丈夫だと安心させられるよう張りのある声で言葉を発する。
そうすると、多少不満そうにしているがサリーは納得してくれた。
「む~~~……お姉様がそこまで仰るなら。 でも、無理はなさらないでくださいよ!」
「お花を摘みに行くだけで無理をする事なんて無いわ。 まったく、心配性なんだから。 じゃあ、行ってくるわね」
そうして私は、ふらつく足取りを、せめてサリーから離れるまでは律して歩を進める。 せめて誰の目にも留まらない場所まではと、頭痛まで発症して悪化していく体調に構わず歩き続けた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
サリーに心配させないためにああ言ったけれど、自分で思っているよりも体調は悪かったらしい。
あのままあそこにいたら、今度は意識まで失ってしまいそうだったから、サリーに嘘まで吐いて会場から出てきた。 外にある、誰も来ないであろう木陰のあるベンチで休もうと思ったのだ。
これまで、外面だけは乱されぬよう心掛けて日々を営んできた。 時間を繰り返し、犯した罪を贖う愚かな女の本当の姿を見せないよう気を付けてきた。 誰にも胸の内を明かさず、悟らせず、そう心掛けてきた。
だというのに、ここにきてそれは破綻した。 どうしても呑み込めない、理性ではどうにもならない問題に直面してしまった。
脳裏に浮かぶのは『手』の映像。
それが迫ってきて、逃れようとも逃れようともあの『手』がどんどん迫ってくる。
あの『手』には見覚えがあった。
忌むべき記憶。 罪を犯して繰り返した世界の中で、最も醜悪で嫌悪している、私に残った全てを奪った3つ目の世界での経験だ。
ゴロツキに拐われて、どこかの伯爵に売られて、その伯爵の手によって殺された。
殺される直前、何度も何度も甚振られた。 叩かれ、殴られ、痛めつけられたかと思えば壊れ物を扱うように身体を粘着質な手付きで撫で回したり。
フラッシュバックする『手』の映像は、首を絞められる瞬間なのだろう。
男性の大きくてゴツゴツとした、力強さを持つ手。
狂ったように自らの欲求を吠え続ける、低く野太い声。
力と暴力が私を支配した。 私はあの伯爵に、屈辱と怨み、そして恐怖を植え付けられたのだ。
だからか、男性の理性的でない大きな掛け声や、暴力のぶつかり合いである剣術の闘いに、あの時の恐怖が呼び起こされた。
まったく、あの豚伯爵め……。 奪うのみでは飽き足らず、こんな面倒事まで植え付けるだなんて。
豚伯爵に募る怒りと怨みは増せども、トラウマは強く、恐怖はそう易々と乗り越えられるものではない。 とりあえず、今は休息が必要だ。
あと少し、ほんの少し歩けば目的のベンチに辿り着く。
体調はさらに悪化して、もう足取りも覚束ない。 今にも転んでしまいそうなほどに視界は揺れて、限界は近い。
あと少し、あと少し。 ほんの少しだけ歩けばベンチに………その既の所で足がもつれて体制が崩れた。
このまま転んで、私に起き上がれるだけの気力はあるだろうか。 それともいっそ、倒れたまま気絶でもできたら楽だろうか。
薄ぼんやりと、靄がかかったような思考の中でこのまま倒れる事を受け入れていた。 ついでに意識でも手離せられないものかと思っていたけれど、いつまでもこの身が地に倒れ伏せる事はなかった。
「大丈夫ですか! しっかり。 ほら、こちらにお掛けください」
抱き上げる姿勢で私を支える誰かは、私をベンチに座らせてくれた。
霞んだ視界では顔まではっきりとは見えないけれど、薄ぼんやりと燃えるような赤は見えた。
「貴方、殿下の所にいた騎士様……?」
「ええ、そうです。 気分はいかがですか。 それと、さっき倒れた際にどこか痛めたりなどはされていませんか?」
「いえ。 気分はとても悪いけれど、貴方が受けとめてくれたからどこも痛くはありません」
「そうですか。 それは良かった」
赤髪の騎士は、心底安心したように息を吐いた。
ふとそこで、私は彼の名前を知らないという事に気付いた。
せっかく助けてもらって、お世話になっているのだ。 お礼をするためにも、そして礼儀としても彼の名前は知らなければならない。
「申し遅れました。 私はユースクリフ公爵家の娘、エリーナ・ラナ・ユースクリフです。 よろしければ、貴方の名前をお教えいただけますか?」
礼節に習うならば、この後は彼が名乗るべきである。 しかし、彼からの返事は無い。
ようやく回復してきた視界に彼を映せば、なぜか絶句したように私を見ている。
「エリーナ様、もしや俺の事をお忘れで? ……いや、長い間離れていたのだから、仕方がない事か」
赤髪の騎士は1人、どこか合点がいったように私を見てくる。 少し不躾な気もするが、何か訳ありのようにも見える。
どうしたものかと考えていると、赤髪の騎士は私の前に跪き、忠を示す礼をとった。
突然の事に呆気に取られる私を他所に、赤髪の騎士はその正体を明かし、名乗った。
「俺と貴女は既に出会っています。 けれど、貴女は俺の事を忘れてしまわれたようだ。 だから、改めて名乗らせていただきます ーーージェンキンス子爵家が嫡男、アルダレート・ジェンキンス。 過去に貴女と出会い、そして貴女を守ると誓った、貴女の騎士です」
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