公爵令嬢の辿る道

ヤマナ

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いつか見た夢の世界で

停滞

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階段から突き落とされた日から2日ほど寝込んでしまったものの、熱自体はそう大した事もないまま快方に向かっていた。
もう既に花を摘みに行く程度ならば苦にもならないほど体調が戻ってきている事をアリーは安堵と共に喜んでいる風であったけれど、私はそこまで喜ばしく思っていない。
頭痛は治らず、まだ打ち付けた体中が痛む。
そして何よりも、これからまた学園に通う事に不安を感じている。
公爵令嬢が階段から突き落とされたなんて程々に大きな事件は、第三者からすれば格好の話の種であろう。 きっと、気遣いの裏に潜む好奇の視線に苛まれるのだ。
最近はあまり起こらなかった頭痛も再発してきたせいで思考も定まらず、熱が完治して学園に戻ってからどう振る舞うべきかと、考えを纏められずにいるのだ。
幸い、これまではどんな小さな嫌がらせをされようと周りに気付かれないよう隠し通せはしてきた。 
いついかなる時であれ、何事も無かったように振る舞い、周囲との不和を起こさぬよう取り繕うのは貴族としてよく行う事。 小さな嫌がらせくらい、ほんの些事であるように扱って、処理してきた。
気付かれそうになったと言えば、せいぜい指を切ってしまったあの時くらいか。  
机の引き出しにしまい込んだ筆記具に仕込まれていた嫌がらせの品も、どう処理したものかと悩んだ挙句、結局放置してしまっているし……。

「あぁ……。 もうダメ、無理……」

考えて考えて、現状に対する解を求めようと思考を回せば回すほどに、頭痛は悪化していく。 今だってガツガツと頭を殴られているように痛むのだ。 
そんな時は寝るに限るのだけれど、それでは何も進展はしない。 結局は、問題を先送りにしているだけの事。
けれど、無理だ。 
何も考えられない。
……この、ズブズブと沼に沈んでいくような怠惰な療養生活はいったいどれだけ続けられるのだろうか。 


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「お客様? 私に?」

本来であれば、学園が明日から休日となるはずの週末。 
療養中の私は、ベッドの上で本を読んでいるところにアリーからの報せを聞いて、そしてその内容を訝しんだ。

「………お客様、本当に私を訪ねてこられたのかしら? 公爵様と勘違いなさっているなんて事は」

「いえ、間違いなくお嬢様を訪ねて来られたと。 ……背の高い赤髪の騎士の男性と、フードを目深に被られた身なりの良い男性なのですが、心当たりはございますか?」

アリーの言う人物像は、フードの方は知らないけれど、背の高い赤髪の騎士には心当たりがあった。 
けれど、なぜ私を訪ねて来るのか。 先日、階段から落ちた時の事情聴取だろうか。
とりあえず、知っている人間が訪ねて来たのだから、どんな事情があるか不明瞭であるとはいえ出迎えないわけにはいかないだろう。

「騎士の方には心当たりがあるわ。 身なりを整えるから少しお待ちいただくよう伝えに行ってきて」

「かしこまりました」

アリーが部屋を出てから、髪と服装を整え、軽く化粧をして人前に出られる姿になってから客間へと向かう。
客間には、アリーの言っていたようにフードを目深に被った怪しげな雰囲気の方と、背の高い赤髪の騎士と聞いて真っ先に思い浮かんだ人物、アルダレートが茶を飲みながら待っていた。

「突然押し掛けてしまい申し訳ありません、エリーナ様」

「いえ。 ようこそおいでくださいました、アルダレート様と……その、そちらの方も。 それで、本日は私にどのようなご用件で?」

尋ねると、アルダレートはなぜか気まずそうに視線を逸らして頭を掻いた。

「その、不要かと思いましたが、階段から落ちたと聞いたので見舞いに」

「まあ! それは、ありがとうございます。 それと、ご心配をおかけしました」

「いえ……それで、熱もあると聞いてフルーツなんかをいくつか持参したので、よければ後でお召し上がりください。 ………本当は、花と迷ったのですが、病人に花を送って何になるのかと実利を取った見舞いの品となってしまったので」

「いえ、ちょうどよかったですわ。 実は少し食欲がなくて、あまり食べていなかったのです。 フルーツなら、何とか食べられそうですから」

夜毎、週明けからまた学園に通わなければならない現実と、学園でまた公爵令嬢として上手くやっていけるのかというプレッシャーに苛まれてあまり眠れず、それに伴って食欲不振が続いていたのだ。
軽いものや胃に優しいものならば少量ではあるが食べられたから、どうしても何も食べられない時にちょうど良い。

「そうですか、それは良かった。 では俺の用事はこれまでという事で………エリーナ様の侍女の方。 これより先は内密の話がありますので、部屋から出ていただけますか」

先程までのぎこちない柔らかさを持った態度から一変、アルダレートは事務的で丁寧でありながらも、底冷えするような雰囲気を感じさせる声音で、部屋の隅で気配を消して控えていたアリーに退室を要求した。
唐突に指名されたアリーは、どうすればいいかと視線がアルダレートと私の間をオロオロと彷徨っている。 
本来ならばお客人の命令に従う事もないのだけれど、アリーはアルダレートの雰囲気に呑まれて正常な判断をできないでいた。

「アリー。 お茶が冷めてしまったみたいだから、替えを淹れてきてくれるかしら」

だから、私はアリーにそう指示をした。 
優秀な侍女であるアリーなら、それだけの言葉でも私の意図は伝わる。 

「かしこまりました。 只今、茶葉を切らしておりますので、少々お時間がかかります事をご容赦下さいませ」

そう言って退室していくアリーを尻目に、アルダレートの方へと視線を移す。

「私の侍女を追い出してまで何をお話しするのですか? 一介の侍女にすら聞かれるといけない話なのかしら?」

「申し訳ありません、エリーナ様。 それは俺の口からではなく、こちらの方から」

そう言って、今まで一言も喋っていないフードの人物の背後にまわるアルダレート。 その立ち姿は、突然の襲撃にも対応できるよう備えている護衛騎士そのものに見える。

「……失礼ながら、貴方はいったいどちら様でしょうか? 顔も見せず、挨拶の一つも無いだなんて不躾ではなくて?」

「ああ、そうだな。 そろそろ俺も、ただ黙ってアルダレートとエリーナ嬢の会話を聞いているのにも飽きていたんだ」

突然の言葉に、思わず表情が引き攣ったような感覚が顔中に走った、
ただし、これまで無言だった目の前の不審な人物が急に話し始めた事に対するではない。 彼の発した声自体に驚いての事だった。 
なぜならその声は、とても聞いた事のある人物のものだったから。

「久し振りだな、エリーナ嬢」

「殿下……」

フードを外して晒されたその顔は紛れもなくジークだった。
そんな急展開に、まるで頭が追い付かない。
いったいなぜ彼がここにいるのかとか、なぜ変装なんてしていたのかとか、意味不明な事が多過ぎて多量の疑問符が私の中に浮かんでいた。
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