45 / 139
いつか見た夢の世界で
停滞
しおりを挟む階段から突き落とされた日から2日ほど寝込んでしまったものの、熱自体はそう大した事もないまま快方に向かっていた。
もう既に花を摘みに行く程度ならば苦にもならないほど体調が戻ってきている事をアリーは安堵と共に喜んでいる風であったけれど、私はそこまで喜ばしく思っていない。
頭痛は治らず、まだ打ち付けた体中が痛む。
そして何よりも、これからまた学園に通う事に不安を感じている。
公爵令嬢が階段から突き落とされたなんて程々に大きな事件は、第三者からすれば格好の話の種であろう。 きっと、気遣いの裏に潜む好奇の視線に苛まれるのだ。
最近はあまり起こらなかった頭痛も再発してきたせいで思考も定まらず、熱が完治して学園に戻ってからどう振る舞うべきかと、考えを纏められずにいるのだ。
幸い、これまではどんな小さな嫌がらせをされようと周りに気付かれないよう隠し通せはしてきた。
いついかなる時であれ、何事も無かったように振る舞い、周囲との不和を起こさぬよう取り繕うのは貴族としてよく行う事。 小さな嫌がらせくらい、ほんの些事であるように扱って、処理してきた。
気付かれそうになったと言えば、せいぜい指を切ってしまったあの時くらいか。
机の引き出しにしまい込んだ筆記具に仕込まれていた嫌がらせの品も、どう処理したものかと悩んだ挙句、結局放置してしまっているし……。
「あぁ……。 もうダメ、無理……」
考えて考えて、現状に対する解を求めようと思考を回せば回すほどに、頭痛は悪化していく。 今だってガツガツと頭を殴られているように痛むのだ。
そんな時は寝るに限るのだけれど、それでは何も進展はしない。 結局は、問題を先送りにしているだけの事。
けれど、無理だ。
何も考えられない。
……この、ズブズブと沼に沈んでいくような怠惰な療養生活はいったいどれだけ続けられるのだろうか。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「お客様? 私に?」
本来であれば、学園が明日から休日となるはずの週末。
療養中の私は、ベッドの上で本を読んでいるところにアリーからの報せを聞いて、そしてその内容を訝しんだ。
「………お客様、本当に私を訪ねてこられたのかしら? 公爵様と勘違いなさっているなんて事は」
「いえ、間違いなくお嬢様を訪ねて来られたと。 ……背の高い赤髪の騎士の男性と、フードを目深に被られた身なりの良い男性なのですが、心当たりはございますか?」
アリーの言う人物像は、フードの方は知らないけれど、背の高い赤髪の騎士には心当たりがあった。
けれど、なぜ私を訪ねて来るのか。 先日、階段から落ちた時の事情聴取だろうか。
とりあえず、知っている人間が訪ねて来たのだから、どんな事情があるか不明瞭であるとはいえ出迎えないわけにはいかないだろう。
「騎士の方には心当たりがあるわ。 身なりを整えるから少しお待ちいただくよう伝えに行ってきて」
「かしこまりました」
アリーが部屋を出てから、髪と服装を整え、軽く化粧をして人前に出られる姿になってから客間へと向かう。
客間には、アリーの言っていたようにフードを目深に被った怪しげな雰囲気の方と、背の高い赤髪の騎士と聞いて真っ先に思い浮かんだ人物、アルダレートが茶を飲みながら待っていた。
「突然押し掛けてしまい申し訳ありません、エリーナ様」
「いえ。 ようこそおいでくださいました、アルダレート様と……その、そちらの方も。 それで、本日は私にどのようなご用件で?」
尋ねると、アルダレートはなぜか気まずそうに視線を逸らして頭を掻いた。
「その、不要かと思いましたが、階段から落ちたと聞いたので見舞いに」
「まあ! それは、ありがとうございます。 それと、ご心配をおかけしました」
「いえ……それで、熱もあると聞いてフルーツなんかをいくつか持参したので、よければ後でお召し上がりください。 ………本当は、花と迷ったのですが、病人に花を送って何になるのかと実利を取った見舞いの品となってしまったので」
「いえ、ちょうどよかったですわ。 実は少し食欲がなくて、あまり食べていなかったのです。 フルーツなら、何とか食べられそうですから」
夜毎、週明けからまた学園に通わなければならない現実と、学園でまた公爵令嬢として上手くやっていけるのかというプレッシャーに苛まれてあまり眠れず、それに伴って食欲不振が続いていたのだ。
軽いものや胃に優しいものならば少量ではあるが食べられたから、どうしても何も食べられない時にちょうど良い。
「そうですか、それは良かった。 では俺の用事はこれまでという事で………エリーナ様の侍女の方。 これより先は内密の話がありますので、部屋から出ていただけますか」
先程までのぎこちない柔らかさを持った態度から一変、アルダレートは事務的で丁寧でありながらも、底冷えするような雰囲気を感じさせる声音で、部屋の隅で気配を消して控えていたアリーに退室を要求した。
唐突に指名されたアリーは、どうすればいいかと視線がアルダレートと私の間をオロオロと彷徨っている。
本来ならばお客人の命令に従う事もないのだけれど、アリーはアルダレートの雰囲気に呑まれて正常な判断をできないでいた。
「アリー。 お茶が冷めてしまったみたいだから、替えを淹れてきてくれるかしら」
だから、私はアリーにそう指示をした。
優秀な侍女であるアリーなら、それだけの言葉でも私の意図は伝わる。
「かしこまりました。 只今、茶葉を切らしておりますので、少々お時間がかかります事をご容赦下さいませ」
そう言って退室していくアリーを尻目に、アルダレートの方へと視線を移す。
「私の侍女を追い出してまで何をお話しするのですか? 一介の侍女にすら聞かれるといけない話なのかしら?」
「申し訳ありません、エリーナ様。 それは俺の口からではなく、こちらの方から」
そう言って、今まで一言も喋っていないフードの人物の背後にまわるアルダレート。 その立ち姿は、突然の襲撃にも対応できるよう備えている護衛騎士そのものに見える。
「……失礼ながら、貴方はいったいどちら様でしょうか? 顔も見せず、挨拶の一つも無いだなんて不躾ではなくて?」
「ああ、そうだな。 そろそろ俺も、ただ黙ってアルダレートとエリーナ嬢の会話を聞いているのにも飽きていたんだ」
突然の言葉に、思わず表情が引き攣ったような感覚が顔中に走った、
ただし、これまで無言だった目の前の不審な人物が急に話し始めた事に対するではない。 彼の発した声自体に驚いての事だった。
なぜならその声は、とても聞いた事のある人物のものだったから。
「久し振りだな、エリーナ嬢」
「殿下……」
フードを外して晒されたその顔は紛れもなくジークだった。
そんな急展開に、まるで頭が追い付かない。
いったいなぜ彼がここにいるのかとか、なぜ変装なんてしていたのかとか、意味不明な事が多過ぎて多量の疑問符が私の中に浮かんでいた。
45
あなたにおすすめの小説
愛し子は自由のために、愛され妹の嘘を放置する
紅子
恋愛
あなたは私の連理の枝。今世こそは比翼の鳥となりましょう。
私は、女神様のお願いで、愛し子として転生した。でも、そのことを誰にも告げる気はない。可愛らしくも美しい双子の妹の影で、いない子と扱われても特別な何かにはならない。私を愛してくれる人とこの世界でささやかな幸せを築ければそれで満足だ。
その希望を打ち砕くことが起こるとき、私は全力でそれに抗うだろう。
完結済み。毎日00:00に更新予定です。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました
ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。
このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。
そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。
ーーーー
若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。
作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。
完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。
第一章 無計画な婚約破棄
第二章 無計画な白い結婚
第三章 無計画な告白
第四章 無計画なプロポーズ
第五章 無計画な真実の愛
エピローグ
【完結】婚約破棄に祝砲を。あら、殿下ったらもうご結婚なさるのね? では、祝辞代わりに花嫁ごと吹き飛ばしに伺いますわ。
猫屋敷むぎ
恋愛
王都最古の大聖堂。
ついに幸せいっぱいの結婚式を迎えた、公女リシェル・クレイモア。
しかし、一年前。同じ場所での結婚式では――
見知らぬ女を連れて現れたセドリック王子が、高らかに宣言した。
「俺は――愛を選ぶ! お前との婚約は……破棄だ!」
確かに愛のない政略結婚だったけれど。
――やがて、仮面の執事クラウスと共に踏み込む、想像もできなかった真実。
「お嬢様、祝砲は芝居の終幕でと、相場は決まっております――」
仮面が落ちるとき、空を裂いて祝砲が鳴り響く。
シリアスもラブも笑いもまとめて撃ち抜く、“婚約破棄から始まる、公女と執事の逆転ロマンス劇場”、ここに開幕!
――ミステリ仕立ての愛と逆転の物語です。スッキリ逆転、ハピエン保証。
※「小説家になろう」にも掲載。(異世界恋愛33位)
※ アルファポリス完結恋愛13位。応援ありがとうございます。
邪魔者はどちらでしょう?
風見ゆうみ
恋愛
レモンズ侯爵家の長女である私は、幼い頃に母が私を捨てて駆け落ちしたということで、父や継母、連れ子の弟と腹違いの妹に使用人扱いされていた。
私の境遇に同情してくれる使用人が多く、メゲずに私なりに楽しい日々を過ごしていた。
ある日、そんな私に婚約者ができる。
相手は遊び人で有名な侯爵家の次男だった。
初顔合わせの日、婚約者になったボルバー・ズラン侯爵令息は、彼の恋人だという隣国の公爵夫人を連れてきた。
そこで、私は第二王子のセナ殿下と出会う。
その日から、私の生活は一変して――
※過去作の改稿版になります。
※ラブコメパートとシリアスパートが混在します。
※独特の異世界の世界観で、ご都合主義です。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。
死を望まれた王女は敵国で白い結婚を望む。「ご安心ください、私もあなたを愛するつもりはありません」
千紫万紅
恋愛
次期女王として王位継承が内定していたフランツェスカ。
だが戦況の悪化を理由に父王に争いの最前線に送られた。
それから一年、命からがら王都へ戻った彼女を待っていたのは労いの言葉ではなく、敵国・シュヴァルツヴァルトの王太子への輿入れ命令。
しかも父王は病弱な異母妹アリーシアを王妃に据え、フランツェスカの婚約者レナードを王にするという。
怒りと絶望の中フランツェスカはかつて敵将であったシュヴァルツヴァルト王太子・フリードのもとへお飾りの妻として嫁ぐことを決意する。
戦地での過去を封じ、王族としての最後の務めを果たすために。
妹に一度殺された。明日結婚するはずの死に戻り公爵令嬢は、もう二度と死にたくない。
たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
恋愛
婚約者アルフレッドとの結婚を明日に控えた、公爵令嬢のバレッタ。
しかしその夜、無惨にも殺害されてしまう。
それを指示したのは、妹であるエライザであった。
姉が幸せになることを憎んだのだ。
容姿が整っていることから皆や父に気に入られてきた妹と、
顔が醜いことから蔑まされてきた自分。
やっとそのしがらみから逃れられる、そう思った矢先の突然の死だった。
しかし、バレッタは甦る。死に戻りにより、殺される数時間前へと時間を遡ったのだ。
幸せな結婚式を迎えるため、己のこれまでを精算するため、バレッタは妹、協力者である父を捕まえ処罰するべく動き出す。
もう二度と死なない。
そう、心に決めて。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる