公爵令嬢の辿る道

ヤマナ

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いつか見た夢の世界で

ワーカホリック・エリーナ その3

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ナイフを構えて突進して来る悪漢の姿に、私は隣を歩くお守りすべき方を庇ってその身で凶刃を受けた。
腹部に感じる衝撃に短く息を漏らし、その鈍い痛みにその場で身を崩す。 刃先が身体の深い所まで突いたのか、呼吸が酷く乱れて噎せ返り、咳が止まらない。
背を丸めて咳を繰り返す様は、とても人に見せられるような姿ではなく、しかし乱された呼吸を整えて立ち上がるだけの気力も無い。
そんな、みっともなく咳を繰り返して腹部を抑えたままのたうつ私の背を、誰かの手が優しく摩ってくれた。

「申し訳ありません、ユースクリフ公爵令嬢様! 加減が効かずにこのような……! すぐに手当を」

「いいえ……平気、です。 それよりも続きを」

「なりません! 休憩にいたしましょう。 無理が祟ってお身体を壊されては元も子もありませんから。 御身は大事な存在なのですから、どうかご自愛くださいませ!」

ジークを守るための体術訓練で、初日から私に指導してくれている女性騎士のターシャ・レイルマンは本日5度目の休憩を提案してきた。
私としては、もっと確実にジークを守れるようになるために訓練を積みたいのだけれど、いかんせん進捗はよろしくない。 
私はただの貴族令嬢に過ぎず、付け焼き刃も同然の如く体術をこの身に叩き込もうとしているのだから、仕方がない事だとは思う。
けれど、だからと言って、仕方がないと諦める事はまた別。 私は、ジークを死なせるわけにはいかないのだから。
だからこそ、たとえ付け焼き刃であれども、万一に備えて一つでも多くを学ばなければならない。

「殿下をお守りするためです。 この程度で休んでなどいられません!」

「ですから、主な警備は我ら王国騎士が担いますので、ユースクリフ公爵令嬢様にはここまで根を詰めていただく事はないのです! 私が指導するよう仰せつかったのは最低限の体術だけで」

「王国騎士の方々を信頼していないわけではありませんが、万が一の場合もございます。 その時のために殿下の最後の盾として私が選ばれたのですから、私自身がただ殿下の隣にいるだけの非力な令嬢であるという訳にはまいりません!」

たとえ私が物理的な壁としての役目になったとしても、簡単に蹴散らされ、挙句ジークが害されては無意味な事だ。
せめて、突き飛ばされようとも刺されようとも、一矢報いてジークに害を為そうとする不埒者を止められるようにならなければ……!
だというのに、もうパーティーの開催までそう時間も無いのに、私の身体なんかを気にしている場合ではないだろう。 
ターシャは王国騎士で、だからこそ優先すべきは王太子の身の安全に他ならない。 私一人を使い潰せば、微力ではあっても、それだけジークの身の安全に対する備えとなる筈なのに。

「とにかく、本日はここまでにいたしましょう! ジェンキンス 殿を呼んでまいりますので、暫くお待ちくださいませ」

結局、強引に話を終わらせたターシャに逃げられて、今日の指導は終わってしまった。 


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「私は殿下を守るための盾としてもっと力をつけたいのに、レイルマン様は無理はいけないと言って訓練を中断するのです。 私のような非力な者では、殿下を守る盾としてまだまだ不十分だというのに」

「失礼ながらエリーナ様、俺もレイルマン殿の意見に賛成です。 貴女が怪我をするほどに無理をする事はありません。 それに此度のパーティーでは普段より王国騎士による警備が徹底され、また一部の者は一般貴族やウェイターに扮して怪しい動きをする者がいないか監視する手筈となっています。 ですから、そう易々と殿下とエリーナ様に害為す事は不可能でしょう。 それに」

最近では学園での生徒会活動中のみならず、王城で体術の指導中にターシャと、そして護衛のアルダレートにさえも、今のように私が無理をしているなどと指摘をし始めた。
何度も言うけれど、私自身に無理をしているつもりは無くて、自らの出来る範囲ですべき事に着手しているだけなのだ。 だから、周囲がここまで私に対して過保護になる理由がまるで分からない。
今だって、指導を受けてすぐアルダレートに連れられてジークの元へと向かっている途中で、なぜその間にターシャに言われたのと同じような事を言われているのか。
加えて言うと、姿を隠している状況にあるジークの元へ訪れるその本来の目的はパーティーの打ち合わせや襲撃への対策などを話し合うべき機会だと私は考えているのだけれど、いつも何故かジークからの雑談に始まり、最終的には茶会の如く落ち着いた空気になり、最近ではそこに無理はするなというジークからのお小言も追加されはじめて、正直もう訳が分からない。
そして今日もまた、いつもと同じようにジークの元を訪れて挨拶を済ませ、素朴な造りではあるが所々に細やかな装飾の施された王城の客室にてその対面の席に腰掛けた。
私が一口茶を啜って人心地ついた後、今日は開幕からジークのお小言が飛んできた。
内容はついさっきのターシャとの一悶着。  
けれど、私としても考えあっての事ゆえ、ハッキリと言い返す事にした。

「学園の書類仕事程度ならば多少の妥協も許されましょう。 けれど、今は御身の危機的状況下にあり、私は殿下の盾となる役目を拝命いたしました。 であれば、手を抜く事などあり得ません」

「だから、君のは過剰だといつも言っているだろう。 だいたい、生徒会でだって手なんか抜いた事など無いし、言わなければ休みもしないじゃないか君は。 前にも言ったが、無理をして倒れてしまっては元も子も無いんだぞ」

「重々承知しております。 無理をしているつもりはありませんし、体調管理には気を付けていますから」

以前、熱を出して商店での新商品開発会議に出席出来ずに迷惑をかけてから、体調不良にならないよう最低限の注意を払って生活しているつもりだ。
日を跨いでからも書類仕事をしていたのを日が回る前に作業終了したり、日中でも一時間程度の仮眠をとるようにしている。 他にも健康に良いという食材や、作業の片手間にできる簡易な運動法など、色々と私生活の中に取り入れている。
病に罹ったり、倒れたり、他に迷惑を掛けるような事にならなければ良い。 その基準でしっかり体調管理をしているため、問題は無い。
だというのに、なぜ皆して私に休め休めと言うのか。

「君の体調管理云々はあまり信用出来ないけれど、今は一旦保留としておくほか無いのだろうな………。 だが、これだけは肝に銘じておけ、休める時に休め!」

「はい、勿論。 私とて、無為で無益な事はいたしません。 それに、必要とあらば休みますとも」

もっとも、オーバーワークではないから今の所は休暇など必要無いのだけれど。 

「…………ああ、うん。 そうだったなぁ。 君は言わなきゃ休まない人間だった。 よしエリーナ嬢、来週は丸々休め。 生徒会業務も、体術の指導訓練もだ。 異論は認めないからな」

なぜか、唐突に休暇を発生させられてしまった。 話の脈絡からこの流れはおかしい事この上ない。
挙句、「動けない俺に代わってアルダレートとライアスに監視してもらうから。 隠れて仕事とかしないように」などと良い笑顔で言われてしまう始末。
結果として、ジークの意見に抗う事叶わず、私は一週間もの休暇を与えられる羽目となったのだった。 ………なぜ、考えてる事がバレているのかしら。
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