49 / 139
いつか見た夢の世界で
ワーカホリック・エリーナ その3
しおりを挟むナイフを構えて突進して来る悪漢の姿に、私は隣を歩くお守りすべき方を庇ってその身で凶刃を受けた。
腹部に感じる衝撃に短く息を漏らし、その鈍い痛みにその場で身を崩す。 刃先が身体の深い所まで突いたのか、呼吸が酷く乱れて噎せ返り、咳が止まらない。
背を丸めて咳を繰り返す様は、とても人に見せられるような姿ではなく、しかし乱された呼吸を整えて立ち上がるだけの気力も無い。
そんな、みっともなく咳を繰り返して腹部を抑えたままのたうつ私の背を、誰かの手が優しく摩ってくれた。
「申し訳ありません、ユースクリフ公爵令嬢様! 加減が効かずにこのような……! すぐに手当を」
「いいえ……平気、です。 それよりも続きを」
「なりません! 休憩にいたしましょう。 無理が祟ってお身体を壊されては元も子もありませんから。 御身は大事な存在なのですから、どうかご自愛くださいませ!」
ジークを守るための体術訓練で、初日から私に指導してくれている女性騎士のターシャ・レイルマンは本日5度目の休憩を提案してきた。
私としては、もっと確実にジークを守れるようになるために訓練を積みたいのだけれど、いかんせん進捗はよろしくない。
私はただの貴族令嬢に過ぎず、付け焼き刃も同然の如く体術をこの身に叩き込もうとしているのだから、仕方がない事だとは思う。
けれど、だからと言って、仕方がないと諦める事はまた別。 私は、ジークを死なせるわけにはいかないのだから。
だからこそ、たとえ付け焼き刃であれども、万一に備えて一つでも多くを学ばなければならない。
「殿下をお守りするためです。 この程度で休んでなどいられません!」
「ですから、主な警備は我ら王国騎士が担いますので、ユースクリフ公爵令嬢様にはここまで根を詰めていただく事はないのです! 私が指導するよう仰せつかったのは最低限の体術だけで」
「王国騎士の方々を信頼していないわけではありませんが、万が一の場合もございます。 その時のために殿下の最後の盾として私が選ばれたのですから、私自身がただ殿下の隣にいるだけの非力な令嬢であるという訳にはまいりません!」
たとえ私が物理的な壁としての役目になったとしても、簡単に蹴散らされ、挙句ジークが害されては無意味な事だ。
せめて、突き飛ばされようとも刺されようとも、一矢報いてジークに害を為そうとする不埒者を止められるようにならなければ……!
だというのに、もうパーティーの開催までそう時間も無いのに、私の身体なんかを気にしている場合ではないだろう。
ターシャは王国騎士で、だからこそ優先すべきは王太子の身の安全に他ならない。 私一人を使い潰せば、微力ではあっても、それだけジークの身の安全に対する備えとなる筈なのに。
「とにかく、本日はここまでにいたしましょう! ジェンキンス 殿を呼んでまいりますので、暫くお待ちくださいませ」
結局、強引に話を終わらせたターシャに逃げられて、今日の指導は終わってしまった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「私は殿下を守るための盾としてもっと力をつけたいのに、レイルマン様は無理はいけないと言って訓練を中断するのです。 私のような非力な者では、殿下を守る盾としてまだまだ不十分だというのに」
「失礼ながらエリーナ様、俺もレイルマン殿の意見に賛成です。 貴女が怪我をするほどに無理をする事はありません。 それに此度のパーティーでは普段より王国騎士による警備が徹底され、また一部の者は一般貴族やウェイターに扮して怪しい動きをする者がいないか監視する手筈となっています。 ですから、そう易々と殿下とエリーナ様に害為す事は不可能でしょう。 それに」
最近では学園での生徒会活動中のみならず、王城で体術の指導中にターシャと、そして護衛のアルダレートにさえも、今のように私が無理をしているなどと指摘をし始めた。
何度も言うけれど、私自身に無理をしているつもりは無くて、自らの出来る範囲ですべき事に着手しているだけなのだ。 だから、周囲がここまで私に対して過保護になる理由がまるで分からない。
今だって、指導を受けてすぐアルダレートに連れられてジークの元へと向かっている途中で、なぜその間にターシャに言われたのと同じような事を言われているのか。
加えて言うと、姿を隠している状況にあるジークの元へ訪れるその本来の目的はパーティーの打ち合わせや襲撃への対策などを話し合うべき機会だと私は考えているのだけれど、いつも何故かジークからの雑談に始まり、最終的には茶会の如く落ち着いた空気になり、最近ではそこに無理はするなというジークからのお小言も追加されはじめて、正直もう訳が分からない。
そして今日もまた、いつもと同じようにジークの元を訪れて挨拶を済ませ、素朴な造りではあるが所々に細やかな装飾の施された王城の客室にてその対面の席に腰掛けた。
私が一口茶を啜って人心地ついた後、今日は開幕からジークのお小言が飛んできた。
内容はついさっきのターシャとの一悶着。
けれど、私としても考えあっての事ゆえ、ハッキリと言い返す事にした。
「学園の書類仕事程度ならば多少の妥協も許されましょう。 けれど、今は御身の危機的状況下にあり、私は殿下の盾となる役目を拝命いたしました。 であれば、手を抜く事などあり得ません」
「だから、君のは過剰だといつも言っているだろう。 だいたい、生徒会でだって手なんか抜いた事など無いし、言わなければ休みもしないじゃないか君は。 前にも言ったが、無理をして倒れてしまっては元も子も無いんだぞ」
「重々承知しております。 無理をしているつもりはありませんし、体調管理には気を付けていますから」
以前、熱を出して商店での新商品開発会議に出席出来ずに迷惑をかけてから、体調不良にならないよう最低限の注意を払って生活しているつもりだ。
日を跨いでからも書類仕事をしていたのを日が回る前に作業終了したり、日中でも一時間程度の仮眠をとるようにしている。 他にも健康に良いという食材や、作業の片手間にできる簡易な運動法など、色々と私生活の中に取り入れている。
病に罹ったり、倒れたり、他に迷惑を掛けるような事にならなければ良い。 その基準でしっかり体調管理をしているため、問題は無い。
だというのに、なぜ皆して私に休め休めと言うのか。
「君の体調管理云々はあまり信用出来ないけれど、今は一旦保留としておくほか無いのだろうな………。 だが、これだけは肝に銘じておけ、休める時に休め!」
「はい、勿論。 私とて、無為で無益な事はいたしません。 それに、必要とあらば休みますとも」
もっとも、オーバーワークではないから今の所は休暇など必要無いのだけれど。
「…………ああ、うん。 そうだったなぁ。 君は言わなきゃ休まない人間だった。 よしエリーナ嬢、来週は丸々休め。 生徒会業務も、体術の指導訓練もだ。 異論は認めないからな」
なぜか、唐突に休暇を発生させられてしまった。 話の脈絡からこの流れはおかしい事この上ない。
挙句、「動けない俺に代わってアルダレートとライアスに監視してもらうから。 隠れて仕事とかしないように」などと良い笑顔で言われてしまう始末。
結果として、ジークの意見に抗う事叶わず、私は一週間もの休暇を与えられる羽目となったのだった。 ………なぜ、考えてる事がバレているのかしら。
51
あなたにおすすめの小説
愛し子は自由のために、愛され妹の嘘を放置する
紅子
恋愛
あなたは私の連理の枝。今世こそは比翼の鳥となりましょう。
私は、女神様のお願いで、愛し子として転生した。でも、そのことを誰にも告げる気はない。可愛らしくも美しい双子の妹の影で、いない子と扱われても特別な何かにはならない。私を愛してくれる人とこの世界でささやかな幸せを築ければそれで満足だ。
その希望を打ち砕くことが起こるとき、私は全力でそれに抗うだろう。
完結済み。毎日00:00に更新予定です。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました
ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。
このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。
そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。
ーーーー
若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。
作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。
完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。
第一章 無計画な婚約破棄
第二章 無計画な白い結婚
第三章 無計画な告白
第四章 無計画なプロポーズ
第五章 無計画な真実の愛
エピローグ
【完結】婚約破棄に祝砲を。あら、殿下ったらもうご結婚なさるのね? では、祝辞代わりに花嫁ごと吹き飛ばしに伺いますわ。
猫屋敷むぎ
恋愛
王都最古の大聖堂。
ついに幸せいっぱいの結婚式を迎えた、公女リシェル・クレイモア。
しかし、一年前。同じ場所での結婚式では――
見知らぬ女を連れて現れたセドリック王子が、高らかに宣言した。
「俺は――愛を選ぶ! お前との婚約は……破棄だ!」
確かに愛のない政略結婚だったけれど。
――やがて、仮面の執事クラウスと共に踏み込む、想像もできなかった真実。
「お嬢様、祝砲は芝居の終幕でと、相場は決まっております――」
仮面が落ちるとき、空を裂いて祝砲が鳴り響く。
シリアスもラブも笑いもまとめて撃ち抜く、“婚約破棄から始まる、公女と執事の逆転ロマンス劇場”、ここに開幕!
――ミステリ仕立ての愛と逆転の物語です。スッキリ逆転、ハピエン保証。
※「小説家になろう」にも掲載。(異世界恋愛33位)
※ アルファポリス完結恋愛13位。応援ありがとうございます。
邪魔者はどちらでしょう?
風見ゆうみ
恋愛
レモンズ侯爵家の長女である私は、幼い頃に母が私を捨てて駆け落ちしたということで、父や継母、連れ子の弟と腹違いの妹に使用人扱いされていた。
私の境遇に同情してくれる使用人が多く、メゲずに私なりに楽しい日々を過ごしていた。
ある日、そんな私に婚約者ができる。
相手は遊び人で有名な侯爵家の次男だった。
初顔合わせの日、婚約者になったボルバー・ズラン侯爵令息は、彼の恋人だという隣国の公爵夫人を連れてきた。
そこで、私は第二王子のセナ殿下と出会う。
その日から、私の生活は一変して――
※過去作の改稿版になります。
※ラブコメパートとシリアスパートが混在します。
※独特の異世界の世界観で、ご都合主義です。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。
死を望まれた王女は敵国で白い結婚を望む。「ご安心ください、私もあなたを愛するつもりはありません」
千紫万紅
恋愛
次期女王として王位継承が内定していたフランツェスカ。
だが戦況の悪化を理由に父王に争いの最前線に送られた。
それから一年、命からがら王都へ戻った彼女を待っていたのは労いの言葉ではなく、敵国・シュヴァルツヴァルトの王太子への輿入れ命令。
しかも父王は病弱な異母妹アリーシアを王妃に据え、フランツェスカの婚約者レナードを王にするという。
怒りと絶望の中フランツェスカはかつて敵将であったシュヴァルツヴァルト王太子・フリードのもとへお飾りの妻として嫁ぐことを決意する。
戦地での過去を封じ、王族としての最後の務めを果たすために。
妹に一度殺された。明日結婚するはずの死に戻り公爵令嬢は、もう二度と死にたくない。
たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
恋愛
婚約者アルフレッドとの結婚を明日に控えた、公爵令嬢のバレッタ。
しかしその夜、無惨にも殺害されてしまう。
それを指示したのは、妹であるエライザであった。
姉が幸せになることを憎んだのだ。
容姿が整っていることから皆や父に気に入られてきた妹と、
顔が醜いことから蔑まされてきた自分。
やっとそのしがらみから逃れられる、そう思った矢先の突然の死だった。
しかし、バレッタは甦る。死に戻りにより、殺される数時間前へと時間を遡ったのだ。
幸せな結婚式を迎えるため、己のこれまでを精算するため、バレッタは妹、協力者である父を捕まえ処罰するべく動き出す。
もう二度と死なない。
そう、心に決めて。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる