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いつか見た夢の世界で
夢の終わり
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眠る度に、悪夢を見る。
見るのは、『罪の夢』と『恐怖の夢』と『堕ちる夢』。
かつて犯した罪を夢に見ては懺悔して、与えられた恐怖を夢に見ては助けを乞う。
けれど、心を抉るような『堕ちる夢』だけはどうすればいいのか分からない。
ただただ奈落の底へと落ちていくだけのそれは、完全な闇ではなく影が覗く程度に視界が許された暗闇の中で、ただひたすらに、喪失感に打ちのめされる絶望の夢。
奈落の中で、何もかもがこの手からすり抜けていって、何もかもが無くなっていくのに何も出来ないまま、無力のままに全てを失っていく。 元よりこの手に無いものを、たとえ夢想の中でさえ失い、喪うのだ。
だから、暗闇に残された私は、耳を塞いで目を閉じて、悪夢が過ぎ去るのを待って………知らぬ間に目が覚めて、それが悪夢の終わり。
そして、現実の始まり。
現実が始まれば、朝日は憎らしい程に煌々と全てを照らしている。
まるで、この身の罪状の全てを白日の元へと晒して弾劾せんとするように輝く日輪は、けれども、いつも天より全てを照らし出していくのみ。
その度に、胸の内を焼かれるような気持ちになって、告解をせずにはいられなくなる。
罪を犯しました、と。
心が苦しいのです、と。
それは救いを乞うも同義で、罪を犯しておいて、何と浅ましい事かと重々承知している。
……でも、ルーディック・ヤザルを刺した時の感覚が、いつまでも忘れられないのだ。
噴き出す鮮血の生温さも、少しずつ強くなっていく鉄のような匂いも、まるでこの身に焼き付けられたかの如く離れてくれない。
何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も布で擦って、肌や髪にこびり付いた返り血を洗い落とした。 洗い落とそうとした。
けれど、無駄だった。
いくら洗っても、いくら擦り落としても無駄で、ずっとずっと、手先に感じる生温かさと鼻先に残る血の匂いは消えない。
まるで呪いのように、いつまでも私を苛む。
罪を赦し給え、救いを与え給え。
たとえその祈りが虚ろで、中身が伴っていなくても、赦される資格が無いのだとしても、祈らずにはいられなかった。
けれど、私の祈りはいつだって逃避の為のもの。 苦痛を忘れて、誤魔化し閉じこもる為の手段。
敬虔な振りをして、その癖、自己愛にのみ走った女の、無様な末路。
祈る事しか出来ない。 だから今日もまた、気力が尽きるまで祈り続ける。
我が身の罪を赦し給えと、救いの神など居ないと知っていながら、それでも無意味に、無益に、苦しみから解き放たれたいがために。
その姿のなんと愚かしい事かと、自己嫌悪に溺れながら。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
人を殺した。
例え、殺した相手がどんなにも不快で、どんなにも悪辣な存在であったとしても、それは等しく罪である。
神から与えられた命を粗末に扱って、結果的に罪を重ねてしまった4度目の世界と何ら変わり無く、命を奪う事もまた、冒涜的な行いであろう。
また一つ罪を犯した私は、死ねばこれまでと同じように生を繰り返すのだろうか?
赦されるために、死するために、贖い続けた今生の全ては無に帰したのだろうか?
私は一体、あとどれだけの生を繰り返せば死せるのだろうか?
そうした疑問は尽きず、けれど限りある心はどんどん擦り減っていく。 ……いっそ、このまま擦り切れてしまえばいいのに。
既にこの身によすがは無く、進むべき道の導も見失った。
かつて、唯一と言っても過言ではない程に共感を持ったあの過激な小説ですら、最後の最後によすがとは成り得なかった。 所詮は小説で、作り話に過ぎなかった。
零落した元令嬢は、全てを捨てて独りで生きようとした。 けれど、直前で幼馴染だった騎士に救われて、艱難辛苦を超えた先でハッピーエンドを迎えた。
ああ、そうだろう。 そうでないといけないだろう。
物語には救いがあってこそ。 読み手が欲するのは、非日常でありながら自らが得られないハッピーエンド。
なればこそ、フィクションに私が求める展開を期待するだけ無駄だったのだ。
創作は創作。
現実は現実。
ハッピーエンドを迎えた彼女は創作で、浅ましく妬む私は現実。
私の理解者なんて、はじめから何処にも居なかったのだ。
私が生きているのは現実で、救ってくれる人は誰も居ない………だからこそ私は、悍ましくて罪深い殺人鬼になってしまったのです。
「赦してください……赦してください……」
人殺しを贖う術を、私は知らない。
贖える罪であるのかどうかも、知らない。
ならばせめて、贖いの術を見つけるまでは祈る他に無い。
祈って、祈って、祈って祈って祈って祈って祈って祈って祈って祈って祈って祈って祈って祈って祈って祈って……知らぬ間に、奈落の夢へと落ちていく。 助けも無く、救いも無い暗闇を、全てを失った罪人が堕ちて、落ちていく。
………ふと、暗闇の中で誰かがこちらを手招いているのが見えた、気がした。
ただ無心で落ちていた奈落に、何かがある。 それは何かと、手招く存在に寄ろうと意識を向け………目が覚めた。
目覚める直前に、奈落の中で手招く何者かに触れようと伸ばした手を見やる。
窓から差し込む朝日に濡れ、しかし枯れ枝のように細くなった指先に、病的なまでに白くなった肌。
それを見ても、特に感慨は無いけれど、あの奈落の夢は何だったのかと考える。 けれども、考えたところで出ない答えに見切りを付けて、所詮は夢と切り捨てた。
やがて、意識がはっきりとしてくれば今日もまた、赦しを乞うて祈り始める。
そしてまた、力尽きるまで祈り続ける。
それ以外に、無力な私が出来る事など、ありはしないのだから。
今日も私は赦しを乞うて、神へと縋る。
せめて、これまでの贖いが無駄にならぬように、積み重ねた時間の全てを無に帰さぬようにと。
地に這い蹲って、どれだけ見苦しくとも、ただひたすらに祈り続けるのだった。
見るのは、『罪の夢』と『恐怖の夢』と『堕ちる夢』。
かつて犯した罪を夢に見ては懺悔して、与えられた恐怖を夢に見ては助けを乞う。
けれど、心を抉るような『堕ちる夢』だけはどうすればいいのか分からない。
ただただ奈落の底へと落ちていくだけのそれは、完全な闇ではなく影が覗く程度に視界が許された暗闇の中で、ただひたすらに、喪失感に打ちのめされる絶望の夢。
奈落の中で、何もかもがこの手からすり抜けていって、何もかもが無くなっていくのに何も出来ないまま、無力のままに全てを失っていく。 元よりこの手に無いものを、たとえ夢想の中でさえ失い、喪うのだ。
だから、暗闇に残された私は、耳を塞いで目を閉じて、悪夢が過ぎ去るのを待って………知らぬ間に目が覚めて、それが悪夢の終わり。
そして、現実の始まり。
現実が始まれば、朝日は憎らしい程に煌々と全てを照らしている。
まるで、この身の罪状の全てを白日の元へと晒して弾劾せんとするように輝く日輪は、けれども、いつも天より全てを照らし出していくのみ。
その度に、胸の内を焼かれるような気持ちになって、告解をせずにはいられなくなる。
罪を犯しました、と。
心が苦しいのです、と。
それは救いを乞うも同義で、罪を犯しておいて、何と浅ましい事かと重々承知している。
……でも、ルーディック・ヤザルを刺した時の感覚が、いつまでも忘れられないのだ。
噴き出す鮮血の生温さも、少しずつ強くなっていく鉄のような匂いも、まるでこの身に焼き付けられたかの如く離れてくれない。
何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も布で擦って、肌や髪にこびり付いた返り血を洗い落とした。 洗い落とそうとした。
けれど、無駄だった。
いくら洗っても、いくら擦り落としても無駄で、ずっとずっと、手先に感じる生温かさと鼻先に残る血の匂いは消えない。
まるで呪いのように、いつまでも私を苛む。
罪を赦し給え、救いを与え給え。
たとえその祈りが虚ろで、中身が伴っていなくても、赦される資格が無いのだとしても、祈らずにはいられなかった。
けれど、私の祈りはいつだって逃避の為のもの。 苦痛を忘れて、誤魔化し閉じこもる為の手段。
敬虔な振りをして、その癖、自己愛にのみ走った女の、無様な末路。
祈る事しか出来ない。 だから今日もまた、気力が尽きるまで祈り続ける。
我が身の罪を赦し給えと、救いの神など居ないと知っていながら、それでも無意味に、無益に、苦しみから解き放たれたいがために。
その姿のなんと愚かしい事かと、自己嫌悪に溺れながら。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
人を殺した。
例え、殺した相手がどんなにも不快で、どんなにも悪辣な存在であったとしても、それは等しく罪である。
神から与えられた命を粗末に扱って、結果的に罪を重ねてしまった4度目の世界と何ら変わり無く、命を奪う事もまた、冒涜的な行いであろう。
また一つ罪を犯した私は、死ねばこれまでと同じように生を繰り返すのだろうか?
赦されるために、死するために、贖い続けた今生の全ては無に帰したのだろうか?
私は一体、あとどれだけの生を繰り返せば死せるのだろうか?
そうした疑問は尽きず、けれど限りある心はどんどん擦り減っていく。 ……いっそ、このまま擦り切れてしまえばいいのに。
既にこの身によすがは無く、進むべき道の導も見失った。
かつて、唯一と言っても過言ではない程に共感を持ったあの過激な小説ですら、最後の最後によすがとは成り得なかった。 所詮は小説で、作り話に過ぎなかった。
零落した元令嬢は、全てを捨てて独りで生きようとした。 けれど、直前で幼馴染だった騎士に救われて、艱難辛苦を超えた先でハッピーエンドを迎えた。
ああ、そうだろう。 そうでないといけないだろう。
物語には救いがあってこそ。 読み手が欲するのは、非日常でありながら自らが得られないハッピーエンド。
なればこそ、フィクションに私が求める展開を期待するだけ無駄だったのだ。
創作は創作。
現実は現実。
ハッピーエンドを迎えた彼女は創作で、浅ましく妬む私は現実。
私の理解者なんて、はじめから何処にも居なかったのだ。
私が生きているのは現実で、救ってくれる人は誰も居ない………だからこそ私は、悍ましくて罪深い殺人鬼になってしまったのです。
「赦してください……赦してください……」
人殺しを贖う術を、私は知らない。
贖える罪であるのかどうかも、知らない。
ならばせめて、贖いの術を見つけるまでは祈る他に無い。
祈って、祈って、祈って祈って祈って祈って祈って祈って祈って祈って祈って祈って祈って祈って祈って祈って……知らぬ間に、奈落の夢へと落ちていく。 助けも無く、救いも無い暗闇を、全てを失った罪人が堕ちて、落ちていく。
………ふと、暗闇の中で誰かがこちらを手招いているのが見えた、気がした。
ただ無心で落ちていた奈落に、何かがある。 それは何かと、手招く存在に寄ろうと意識を向け………目が覚めた。
目覚める直前に、奈落の中で手招く何者かに触れようと伸ばした手を見やる。
窓から差し込む朝日に濡れ、しかし枯れ枝のように細くなった指先に、病的なまでに白くなった肌。
それを見ても、特に感慨は無いけれど、あの奈落の夢は何だったのかと考える。 けれども、考えたところで出ない答えに見切りを付けて、所詮は夢と切り捨てた。
やがて、意識がはっきりとしてくれば今日もまた、赦しを乞うて祈り始める。
そしてまた、力尽きるまで祈り続ける。
それ以外に、無力な私が出来る事など、ありはしないのだから。
今日も私は赦しを乞うて、神へと縋る。
せめて、これまでの贖いが無駄にならぬように、積み重ねた時間の全てを無に帰さぬようにと。
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