公爵令嬢の辿る道

ヤマナ

文字の大きさ
70 / 139
花枯れた箱庭の中で

罪人の先行き

しおりを挟む
結局、再会して早々、強引にサリーに外へと連れ出された。
まあ、それはいいものの。 
貴賓室で祈るだけの日々を繰り返し、食事はパンを少しと水のみという生活を続けていた私の身体は、それはもう痩せ細っていた。
頬は痩け、腕は血管が浮き、体力も酷く衰えていて、死に体もかくやとばかりにこの身体は上手く機能してくれない。 おそらく散歩など、到底出来ないだろう。
という事で仕方なく、サリーは車椅子を借りてきた。 
そのまま私を乗せると、一般の貴族には解放されていない筈の、王族のみが立ち入りを許された庭園へと連れ出した。

「ジーク様から、この場所の使用許可はもらっています。 今日は……いえ、今日からは毎朝ここで朝食をいただきましょう」

普通であれば、一介の令嬢である私には見る事さえ出来ない王族専用の庭園の、専属の庭師によって優美に整えられた花園を一望出来る一画。 
そこにはテーブルセットが配置されていて、机上にはスープや軽食の盛られた皿が2人分用意されている。 
私を乗せた車椅子を押すサリーはそのまま私をテーブルに着かせると、その向かいの席に座って食前の祈りをして、何事も無く食事を始めた。

「さあさあ、お姉様、たんとお召し上がりくださいませ。 このサリー、お姉様の快気を祈って丹精込めて作りました!」

「そうなのね。 ……ところで、あの、キリエル嬢? なぜ貴女が王城に居るの? 貴女はまだ学園に在籍している筈でしょう? 今日は平日よ?」

そこで、ようやくずっと疑問に思っていた事を聞いてみる。

「スープは具材が溶けるまで煮込みました。 栄養満点で、あまり重たいものを食べられない今のお姉様にピッタリです! ウチでは、あまり噛まなくていいから楽だって、婆ちゃんに好評なんですよ」

けれど、返ってきたのは明後日の方向に逸れた話題だった。 けれど、諦めずにまた聞いてみる。

「えっと、ありがとう、気を遣ってくれて。 それで、どうして貴女が」

「食べられたらでいいので、こっちのお皿のサンドイッチもどうぞ。 ガリガリに痩せ細ってしまったお姉様のために、沢山作りましたよ!」

「え、ええ。 それで、キリエル嬢」

「沢山食べて、以前くらいにはお肉を付けませんと……それと、お話は、最低限スープを食べ終わってからですよ?」

サリーは満面の笑みで話を切ると、サンドイッチを頬張った。
対する私はといえば、その笑顔とは裏腹に有無を言わさぬ圧を伴う言葉に気圧されて、次の句を飲み込んだ。 
兎に角、話は食事をしてからと言う事で、私も食前の祈りをする事にした。 両手を組んで目を瞑り、小さくぼそぼそと祈りの言葉を述べる。 
そんな、貴族には無いけれど私にとっては大事な習慣と化した祈りを済ませて、私もサリーに続いて食事を始める。
口にしたスープは温かく、具材がドロドロになるまで煮込んだというそれは嚥下すればゆっくりと喉を流れて少しずつお腹に溜まっていく。 ずっとパンと水だけを詰め込んでいたから、その温かさは少し、胸にしみ入るようだった。
食をまともに受け入れられなかった胃袋は、久し振りな温かい食事をすんなりと受け入れて、気付けば、スープを完食していた。

「ごちそうさま。 ……その、美味しかったわ」

「もうよろしいのですか? 今のお姉様でも食べられるように、サンドイッチの具材はしっとりしたものを選びましたのに。 ほら、このタマゴサンドとか」

「申し訳ないのだけれど、これ以上はちょっと重たくて。 また今度、いただくわ」

言ってから、そういえばと思い出す。
スープを口に運ぶので夢中だったから忘れていたけれど、結局、サリーはなぜ王城でメイド服を着て働いているのだろうか。
それをそのまま聞いてみれば、視線を外したほんの少しの間にまるでリスのように頬袋をパンパンに膨らませたサリーがフガフガと返事をする。 

「ふぉいふのもへふえ」

「口いっぱいに頬張ったまま喋らないの。 学園でも何度かそう教えたでしょうに……」

スープを一杯食しただけでもだいぶお腹に溜まって早々に食事を終えた私に対して、皿に盛られたサンドイッチを両手に取って次から次へと頬張っていくサリーに、いつかの学園の時のように注意の言葉が出た。
こう言うと、サリーはいつも無理矢理に口の中の物を飲み込もうとして喉を詰まらせる。 
なので水を先に用意しておく。 
案の定、喉を詰まらせてドンドンと胸元を叩くサリーに、私は水を差し出した。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


水を飲んで落ち着いたサリーが教えてくれた話によると、彼女が王城で働いているのはジークに頼まれたからという事だった。
私があのパーティーでの事件以降塞ぎ込んでいるから、側に仕えてあげてほしい。 そして支えてあげてほしい、と頼み込んだとの事だ。

「もちろん、私はジーク様に頼まれて即決しました。 快諾です! 普段からお世話になっているお姉様が大変な時なんですもの、この機会に御恩はしっかりお返ししなければなりませんから。 ……それに、合法的にお姉様のお世話だなんて、さいこー」

ジークに命令されてではなく、サリーは自発的に来てくれたらしい。 相変わらず、こういう質問をした時には言葉尻になるにつれて声が聞き取りにくくなっていくのが気になるけれど、自発的な事ならば嬉しい話だし、初対面である王城勤めの侍女に囲まれているよりとても安心出来る。 
そして、時間が合えばジーク本人も食事を一緒にとの事らしく、いずれまたジークと顔を合わせる機会もあるという。
……ならば、その時にこそ、問いたい。
私は裁かれるべき罪人なのに、なぜ、まるで赦されたかのような自由が与えられているのかと。
それどころか、まるで、もてなされているような気がするのだ。 
拘留している罪人の扱いにしては、自由に外を出歩かせてもらえる辺り、好待遇が過ぎると思う。
そもそも、貴賓牢から貴賓室へと移された事だって意味が分からない。 
罪人を置いておく部屋をわざわざ変える必要など有りはしないだろうし、罰を与えるというならば牢の中に閉じ込めて罪を悔い改めさせるべきだろう。 懺悔はどこでだって出来る事であると言っても、私の状況はあまりに恵まれ過ぎている。
寝床も、食事も、自由さえも与えられ、あまつさえそれを甘受しているくせに、ただ懺悔を繰り返すだけで赦されようだなどと虫が良い話ではないだろうか。
罪とは贖うべきもの。 
贖いには過酷な罰を。
罪を犯した責を負い、そして自らを戒めるためにも、罰とは過酷であるべきだと思う。
人を殺した罪は計り知れない程に重いのだろう。 
けれど私は、その罪を贖うに相応しい罰を知らない。 だから法に乗っ取り、正当な裁きを誰かから下されるのを待っていた。
それが、もうどうしたら良いのか分からなくなってしまった私の標となるのだから。
赦されるために、いずれ真っ当な死へと至るために、これからどうすれば良いのかと示してほしかった。
なのに。

「大丈夫なのですよ、お姉様。 これからはサリーが一緒にいますから、怖い事なんてもう無いんです」

本当に、今は、なぜこんなにも罪を重ねた私が恵まれているのだろうか。 
過去にあんなにも、この孤独を癒してくれる誰かを、望めども望めども得られなかったというのに。 
こんなにも、容易く寄り添ってくれる人と出会えるだなんて……。
本当に、人生は何度繰り返しても分からないものだとつくづく思う。 
人を殺すだなんて、どうしたって大罪であるのだから、こんなにも易々と平穏を甘受出来る筈が無いというのに。 

先行きに暗雲が立ち込めているというのに、それでも、今感じているこの温もりは紛れもなく本物だ。
そしてそれは、理性さえも蕩けてしまいそうになる程に甘い、優しい現実なのだ。
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

<完結> 知らないことはお伝え出来ません

五十嵐
恋愛
主人公エミーリアの婚約破棄にまつわるあれこれ。

愛し子は自由のために、愛され妹の嘘を放置する

紅子
恋愛
あなたは私の連理の枝。今世こそは比翼の鳥となりましょう。 私は、女神様のお願いで、愛し子として転生した。でも、そのことを誰にも告げる気はない。可愛らしくも美しい双子の妹の影で、いない子と扱われても特別な何かにはならない。私を愛してくれる人とこの世界でささやかな幸せを築ければそれで満足だ。 その希望を打ち砕くことが起こるとき、私は全力でそれに抗うだろう。 完結済み。毎日00:00に更新予定です。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました

ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。 このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。 そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。 ーーーー 若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。 作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。 完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。 第一章 無計画な婚約破棄 第二章 無計画な白い結婚 第三章 無計画な告白 第四章 無計画なプロポーズ 第五章 無計画な真実の愛 エピローグ

【完結】婚約破棄に祝砲を。あら、殿下ったらもうご結婚なさるのね? では、祝辞代わりに花嫁ごと吹き飛ばしに伺いますわ。

猫屋敷むぎ
恋愛
王都最古の大聖堂。 ついに幸せいっぱいの結婚式を迎えた、公女リシェル・クレイモア。 しかし、一年前。同じ場所での結婚式では―― 見知らぬ女を連れて現れたセドリック王子が、高らかに宣言した。 「俺は――愛を選ぶ! お前との婚約は……破棄だ!」 確かに愛のない政略結婚だったけれど。 ――やがて、仮面の執事クラウスと共に踏み込む、想像もできなかった真実。 「お嬢様、祝砲は芝居の終幕でと、相場は決まっております――」 仮面が落ちるとき、空を裂いて祝砲が鳴り響く。 シリアスもラブも笑いもまとめて撃ち抜く、“婚約破棄から始まる、公女と執事の逆転ロマンス劇場”、ここに開幕! ――ミステリ仕立ての愛と逆転の物語です。スッキリ逆転、ハピエン保証。 ※「小説家になろう」にも掲載。(異世界恋愛33位) ※ アルファポリス完結恋愛13位。応援ありがとうございます。

邪魔者はどちらでしょう?

風見ゆうみ
恋愛
レモンズ侯爵家の長女である私は、幼い頃に母が私を捨てて駆け落ちしたということで、父や継母、連れ子の弟と腹違いの妹に使用人扱いされていた。 私の境遇に同情してくれる使用人が多く、メゲずに私なりに楽しい日々を過ごしていた。 ある日、そんな私に婚約者ができる。 相手は遊び人で有名な侯爵家の次男だった。 初顔合わせの日、婚約者になったボルバー・ズラン侯爵令息は、彼の恋人だという隣国の公爵夫人を連れてきた。 そこで、私は第二王子のセナ殿下と出会う。 その日から、私の生活は一変して―― ※過去作の改稿版になります。 ※ラブコメパートとシリアスパートが混在します。 ※独特の異世界の世界観で、ご都合主義です。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。

死を望まれた王女は敵国で白い結婚を望む。「ご安心ください、私もあなたを愛するつもりはありません」

千紫万紅
恋愛
次期女王として王位継承が内定していたフランツェスカ。 だが戦況の悪化を理由に父王に争いの最前線に送られた。 それから一年、命からがら王都へ戻った彼女を待っていたのは労いの言葉ではなく、敵国・シュヴァルツヴァルトの王太子への輿入れ命令。 しかも父王は病弱な異母妹アリーシアを王妃に据え、フランツェスカの婚約者レナードを王にするという。 怒りと絶望の中フランツェスカはかつて敵将であったシュヴァルツヴァルト王太子・フリードのもとへお飾りの妻として嫁ぐことを決意する。 戦地での過去を封じ、王族としての最後の務めを果たすために。

妹に一度殺された。明日結婚するはずの死に戻り公爵令嬢は、もう二度と死にたくない。

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
恋愛
婚約者アルフレッドとの結婚を明日に控えた、公爵令嬢のバレッタ。 しかしその夜、無惨にも殺害されてしまう。 それを指示したのは、妹であるエライザであった。 姉が幸せになることを憎んだのだ。 容姿が整っていることから皆や父に気に入られてきた妹と、 顔が醜いことから蔑まされてきた自分。 やっとそのしがらみから逃れられる、そう思った矢先の突然の死だった。 しかし、バレッタは甦る。死に戻りにより、殺される数時間前へと時間を遡ったのだ。 幸せな結婚式を迎えるため、己のこれまでを精算するため、バレッタは妹、協力者である父を捕まえ処罰するべく動き出す。 もう二度と死なない。 そう、心に決めて。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

処理中です...