公爵令嬢の辿る道

ヤマナ

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花枯れた箱庭の中で

蠱毒

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「……遅かったじゃないの」

ジメジメと薄暗い牢獄。
その暗闇の奥から、弱り切った力無き声が響いた。

「ええ、最近はワタシも多忙にしておりますもので。 お会いする時間がとれずに申し訳ありませんでした」

扇で口元を隠して闇の奥に居る声の主へと折り目正しく返事をするのは、ローブを目深に被った若い女の声。
けれど言葉とは裏腹にそのローブに隠された顔は、闇の奥より這い寄る萎れきった薔薇のような女に蔑むような視線を向けていた。 まるで、腐った果実を前にして不快感を覚えたかのように。

「本当に鈍臭い女ねぇ……貴女の用事よりもこんなカビ臭い場所に捕らわれた私を助け出す方が重要でしょう!! 馬鹿じゃないかしら、使えない子!」

鉄格子を握ってガシャガシャと揺らして、自らの激情を吐露してローブの女を罵倒する。
その様は傲慢の象徴のようで、自らの優位性を信じて疑わない愚昧さがあった。
野蛮に叫び、暴れ、気品の一つもありはしない。
牢獄の外側に立つローブの女とは対照的な様だった。

「さっさと私をここから出しなさい、ウスノロ! だいたいお父様もお父様よ。 何で私がこんな汚い場所に閉じ込められなきゃならなかったのよ! 迎えを寄越すのも遅いし、帰ったら文句を言わなくちゃ」

「アーシア様」

怒りのままにがなり立て、その衝動のままに鉄格子をガシャガシャ揺らす牢の女を見るに見かねて、ローブの女はその名を呼ぶ。
アーシアと。
牢の女はアーシア・オルトリン侯爵令嬢であった。
彼女はあのパーティーの日にその罪から捕らわれて、本来勾留されるべき貴族牢ではなく平民の罪人を収監する地下牢へと入れられていたのだ。
貴族間の秩序を乱し、学園で上位の貴族令嬢であるエリーナへと危害を加えていたグループの首謀者だったアーシアはそれを咎められて捕縛された。 
もっとも、それだけの罪であれば罰則はあれどもそこまで重いものではない。 せいぜいが罰金刑程度のもので、オルトリン侯爵家の令嬢であるアーシアならば何の事もない。
しかし、時が経つにつれて余罪が明らかになっていった。
アーシアは、ルーディック・ヤザルと結託してエリーナを誘拐する計画に加担していたのだ。
ルーディック・ヤザルは辺境伯であった故、辺境の領地と王都を行き来する生活をしており、パーティー襲撃の際にエリーナを誘拐する役の人員を配する事が難しかった。 痕跡を残さず、悪行を事前に気取られないようにとするならば尚の事である。
そこでルーディック・ヤザルは、王都現地より既に結託している反王太子派の一味とは別に協力者を求めた。 そうして見つけたのがアーシアであったのだ。
エリーナが欲しいルーディック・ヤザルとジークの婚約者に選ばれたいアーシアの利害は一致し、アーシアはオルトリン侯爵家の人員を誘拐役として貸し出した。
オルトリン侯爵家であれば王城に使用人1人を忍び込ませるくらいの事は容易く、結果としてルーディック・ヤザルの計画を大きく後押ししていた。
売国奴であるルーディック・ヤザルに加担していたとなれば、その立場は秩序を乱した阿呆なんてものでは済まない。 下手をすれば売国奴に連座する事になる。
アーシアの罪は、彼女自身が思うよりも遥かに重いものとなっていた。

「本日は、お迎えに上がったのではありません。 お義父様からアーシア様への言葉をお伝えに参りましたの」

「はぁ?」

ローブの女は平静を装いながらも、その内情は昂っていた。 
今にも笑い出したいのを堪えて、ローブの内からオルトリン侯爵家の印蝋が押された手紙を取り出す。 それをアーシアに手渡す。

「何よこれ」

「読めば分かりますわよ」

ローブの女は少しずつ自制が利かなくなっていた。 クスクスと笑いを漏らしながら、アーシアの疑問に答える。

「え……なによ、何よコレ!?」

印蝋を解き、中身を読んだアーシアは途端に発狂した。
その無様な姿を目の当たりにすれば、ローブの女は我慢も限界とばかりに忍耐の仮面が決壊し、先までの気品などかなぐり捨てて大口を開けて嘲笑う。

「あははははは!! そのままの意味よ、アーシア様ぁ。 お義父様は貴女を捨てるって仰ってるのよ!」

アーシアが読んだ手紙の内容は、オルトリン侯爵家よりの除名を知らせるもの。 つまりは、勘当通告書であった。

「無様ねぇ。 ふふ、本当に無様だわ!」

手紙の内容を予め知っていたローブの女は、期待した通りに醜態を晒すアーシアの姿に心底満足しながら愉悦と共に昂っている。
心底溜飲が下がったと、過去を思い返しながら嘲笑う。

「うふふ……愚かだわ。 ずっと殿下を見ていたならば、その御心が誰に傾いているかなんてすぐに分かりそうなものだけれど。 いえ、だからこそ、奪おうとしたのかしら」

嫉妬って恐ろしいと、ローブの女はころころ笑う。
恋は盲目。 欲をかいて妬心や劣等感から、相手を貶めようとして自滅だなんて、自分には到底真似出来ないと、アーシアを蔑みながら、何度でも、いつまでも、その無様を嘲笑う。

「貴女はそのうち、囚人の世話をする修道女として北の監獄城に送られるわ。 どんなお世話をさせられるのか知らないけれど、年に何人も修道女が首を吊っている過酷な場所らしいの。 ……だからね、お義父様から元娘に対して最後の慈悲ですって」

鉄格子の隙間から、小さな小瓶を牢内へと放った。

「どうするかは好きに決めなさい。 それでは失礼。 ワタシは新しいオルトリン侯爵令嬢として、予定が詰まっているのよ」

ああ忙しい。
白々しく独りごちて、転がる小瓶をボケっとした間抜け顔で見ているアーシアを尻目に、ローブの女は去っていく。
地下を出る前に聞こえてきた悲鳴は、ローブの女にとってとても愉快な音色であった。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


オルトリン侯爵家は昔から、より優秀な者を選定して跡取りとする方針を取っていた。
それだけであれば、長子を跡取りとする古臭い習慣より合理的な、近代貴族の間では流行りの事である。
けれど、オルトリン侯爵家の場合はそれよりもだいぶ異質なものだった。
分家より、オルトリン侯爵家の実子と歳の近い子を従者のようにして付かせ、一つのグループを作る。 

その中で、互いを蹴落とさせ合うのだ。

実子であろうと容赦無く、敗者に用は無いと簡単に切り捨てる。
より優秀で、そしてより貴族として賢い者を選ぶ。 情を差し挟む事も無く、残酷な合理性をもって選定する。
そんなルールを反芻し、地下牢を出たラミアは野暮ったいローブを外すと傍に控える従者に投げ渡す。

「あの女がどうするか、見張らせなさい。 もし自害するようなら後始末もするように」

「御意に」

従者は支持を受けると、ひっそりと消える。
ラミアもまた、従者には既に関心も無い。 そんな事よりも、眼前に広がる新しい世界に胸をときめかせていた。
今までは、アーシアの控えだった。 日陰者としてあったラミアは、ようやく目障りなアーシアを消せた事に歓喜していた。
今度は自分が侯爵令嬢であると、自分が勝者であると、オルトリン侯爵家の跡取りとして相応しい者だと胸の内で何度も繰り返す。

これからはワタシの時代だ。
ようやく日の目を見る時が来たのよ。

王城内を行く足取りは軽く、世界は全て自らを祝福するように輝いている。
少なくともラミアには、そう見えていた。
……けれど、歓喜によってラミアは失念している。
共に澱へと入れられたのは、アーシアとラミアと、そしてもう1人いたという事を。 
歓喜のあまり、いやそれ以前に格下として侮ってしまっているという事に。

「ああ、これからはオルトリン侯爵令嬢として忙しくなるわね!」

恋が人を盲目にするならば、歓びもまたその輝きによってものを見えなくさせる。
すぐ側で、自らと同じ毒虫が、虎視眈々と自らを狩る機を伺っているなどと、気付かせないほどに。

貴族の世界がそのように悍ましいものであるという常識を、忘れさせるほどに。
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