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花枯れた箱庭の中で
手放され、手招かれ
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不変を留めるこの花園に来てどれくらいの時間が経っただろうか。
ここは、小さな光達の舞う、曇天広がる真昼時の世界。
そんな場所で私は、咲き誇る花々の世話に勤しんでいる。
時の概念や景観の移ろいさえも無いこの空間の中で、私の現は意識の内より薄れていて、どこか懐かしい夢を見ているような気分だ。
頬を撫でる優しげな風に、眼下に広がる色取り取りの花々とその香り。
それらは全て、いつか見た夢の具現のようであった。
「お嬢さん、そろそろ休憩にしよう。 儂とてそう長くはあるまいが、世間話の一つくらいはよかろうよ」
花に水をやったり、時に花がらを摘んだりと花園の庭師としての仕事に勤しんでいると、この花園の庭師としての先人たるお爺さまが休憩を提案してきた。
「はい、分かりました」
この花園に夜が訪れる事は無く、そして私達も同じように疲れる事はおろか睡眠の必要さえ無い故に、休息は特に必要としない。
けれど、お別れの近いお爺さまと語らう時間を無碍にするほど、私は野暮ではない。
この方は花園に囚われてからの長い時の中で孤独に奉公を成し遂げた、尊敬すべき御方なのだから。 労われて然るべきだろう。
それに、お爺さまは私が花園の庭師としての仕事を引き継ぐ間の指南役で、教えを請う私を実の孫子の如く可愛がってくれた。
幼少の砌より母と2人きりで過ごし、その母が亡くなって以降はずっとアリーに依存していた頃を思い出して、もしもあの頃に現実のそれとは違う、お爺さまのような祖父がいればと考える程には情も深まっていた。
……いや、本当はそんな綺麗事だけではない。 今更、私の依存気質を見て見ぬ振りをしようだなんて思わない。
私の心の本質は、その喪失感をお爺さまで埋めようとしているだけなのだ。
この花園に招かれる直前に失った、私自身さえも情を持てていなかった最後の関係性。
そんなものでさえも、失くしてしまえば胸の内には虚無感が巣食ったのだから。
何もかも無くなってしまったから、せめて、もうすぐ消えてしまうお爺さまを看取り、弔いたい。
胸の内に、思い出として留めておきたい。
ただ、それだけの事なのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
私がなぜ、よく分からない場所で庭師の真似事などしているのか。
その顛末は、ジークと朝食を共にして何か伝えたい事があるから待っていてくれと言われてよく分からないまま別れた、その少し後の事だった。
私はいつもの通り図書館へと入り浸っていた。
日に日に深緑の宮と石碑への興味は深まるばかりで、けれど調査の結果はそう易々と深まらぬまま。
本を漁り、読み返し、新たな知見と共に宮へと赴く日々を繰り返している。
なぜ深緑の宮と石碑がこうまでも気になるのかは分からないけれど、まるで手を引かれるように探究の手を止める事は出来なかった。
その日も、昼に庭園の手入れをしてから宮の探索に行こうと計画していて、昼食の準備で側を離れているサリーの帰りを待っていた。
王城の図書館には様々な本が納められており、私ほどに入り浸る者はそう居ないけれど、本を探して訪れる王城の勤め人は多くいる。
実際、本を一冊棚から取り出してはペラペラと流し読みをしている間だけでも、数人が出入りする気配があった。
それでもその時の私は、通り過ぎるだけの余人を気にする事なく本を読み進めていた。
そんな時であった。
「いい加減にしろ。 決定は覆らない」
普段であればその程度の、図書館を訪れた他人の会話や独り言など気にも留めない。
けれど、その時聞こえた不愉快そうな声の主に思い当たり、不躾ではあると分かりつつ棚の隙間からそちらを見やる。
するとそこには案の定、父が……ユースクリフ公爵がいた。
近くに誰かいるのか、苛立ちを隠そうともしない形相で舌打ちを一つして、その後に公爵は言葉を続ける。
「あの娘の……エリーナの勘当は決定事項だ。 いい加減、我が家から追放したあの娘の話をするのはやめろ!」
苛立ち、言葉を荒げ、そして最後には怒鳴るように言い放つ公爵。
誰に対しての言葉かは知らないけれど、私はその場にいる事が耐え難くなって、公爵に存在を気取られないよう、ひっそりと図書館を抜け出した。
そうして当ても無く彷徨って、道中で胸がムカムカとしてきてトイレで吐いて、胃の中身を全て吐き切るとまた歩きはじめる。
吐いて体力と水分を失って、軽い脱水症状を起こして朦朧としはじめた意識の中で思うのは、知らぬ間に公爵から捨てられていた事に対する衝撃と納得であった。
勘当、決定事項、公爵家からの追放。
つまりはまあ、捨てられたと。 そういう事である。
まあそもそも、私自身、ユースクリフ公爵家の面々に対して家族の情を持てていたかなんて疑わしいし、特に公爵には間違いなく失望感を持っていた。
いずれは何処ぞの家に嫁がされて、あの家から追い出されるのだろうとすら考えていた。
ましてや、今の私はいくら法的に裁かれておらずとも人殺しである事に変わりはない。
それは公爵にとって、私を追い出す都合のいい理由となった事だろう。 体裁よく、邪魔者を家から追い出す好機なのだから。
思えば、罪を裁かれる事もなく、そして法的には無罪とされている私がいつまでもユースクリフ公爵家に帰されず、いつまでも王城に置かれているのもそういう事だったのだ。
既に私には帰る事の出来る場所は無く、故にどう扱うべきかと処置に困っていた事だろう。
全くもって、ジークも人が悪い。 王族である彼とて、私が公爵家を勘当されていると知らされていたのだろうに。
ならば状況を教えてさえくれれば、修道院なり次の住まいくらい自分で探したというのに。
自然と湧いた乾いた笑いと共に、そう独りごちる。
そうして気付けば、ふらりふらりとあの深緑の宮を目指して歩いていた。
サリーに言葉も告げずに出たから怒られるだろうなとその時になって思い至ったけれど、まあいいかと深く考える事をやめた。
思考は鈍り、胸中には虚無感が広がっている。
大罪を犯し、大切なものを失い、贖いの機会を与えられず、そして、最後に残った帰る事の出来る場所も失くした。
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフはその立場を失い、名を剥奪されて、ただのエリーナとなったのだ。
……実の父である公爵が嫌いだったし、息の詰まるあの家が嫌いだった。
けれど、そんなものでさえも失くしてしまえば喪失感はあるものらしい。 それは心の内の、ほんの僅かな隙間が空白になったような、そんな些細な喪失感だった。
別に悲しくも何ともない。
ただ虚しいだけなのだ。
私が嫌いだと思っているように、公爵もまたその嫌悪感から私の事などすぐに切り捨てられると知っていた筈なのに。
今居る王城とて所詮は一時の仮住まいでしかなく、帰る場所を失くした私に寄る辺は無い。
貴族令嬢から堕した今の私では、いくら良くしてくれるジークやサリーとてやがては離れざるをえないだろう。 貴族と、そうでない者とでは、生きる世界が違うのだから。
公爵家を勘当された時点で、それまでに培ってきた全ては失せたのだ。
だから、あの宮だけが今の私に残された、最後のよすがだった。
何故かは分からないけれど、その時の私はそう思っていた。
足は自然と宮へ向かい、庭園を抜け、鬱蒼と生い茂る緑の中を石畳を頼りに進む。
たとえ朦朧とした意識であっても、何度も通ったその道は間違えよう筈もなく、やがて宮へと辿り着いた。
そこで、違和感があった。
いつもであれば、生い茂る緑に阻まれて昼間でさえも薄暗いこの場所に、微かな光が灯っている。 その光は空間の中で小さく、けれど無数に漂って、不気味な宮の周辺を幻想的に照らしていた。
その光景に魅入っていると、光は一つ、二つと私の周りに集まって、まるで戯れるかのように漂いはじめた。
戯れる光に連られて自然と、一歩、二歩と歩んで、気付けば石碑の前まで来ていた。
漂っていた光は石碑に収束していき、自然と私も意識とは関係無くそこへと手を伸ばす。
触れた石碑は冷たくて、けれどもなぜか、胸の内に広がる虚無感を埋め得る温かさと嘆くような悲愴感があった。
そして、それを感じると同時に、石碑の正体も悟った。
けれど、合点がいくよりも先に、収束する光の群れはその光量を強めていき、やがて私の視界を奪っていくほどの光となった。
あまりの光に目が眩み、私は瞼を下ろした。
やがて、瞳を焼かんとせんばかりの光が瞼の裏から観測できない程に収まった事を認識し、恐る恐る眼を開く。
瞳を焼くような強烈な光は既に消え、けれども代わりに、視界いっぱいに広がる景色は先程までいた筈の、緑生い茂る深緑の宮のそれではなくなっていた。
荒廃していたはずの宮はかつてそうあったであろう綺麗な景観を保ち、鬱蒼と広がる木々の緑は姿を消して代わりに空には曇天が広がり、足元には雑草の代わりに色取り取りの花々が咲き乱れていた。
深緑の宮で一際大きな古木だったそれは、大樹としての生命を有しているように見える。 そして、その根本にはあの石碑も存在していた。
所々、深緑の宮と類似している点はあるけれど明らかに景観が違いすぎる……いったい、ここは何処なのか。
「……ああ、次の庭師が来たのかね」
状況を判断する間も無く背後から聞こえた声にそちらを振り向けば、そこには車椅子に乗った真黒なボロのローブを身に纏う老人がいた。
「来てしまったのなら、仕方あるまい。 その血の罪を贖いたまえよ」
無機質な声音で業務連絡を告げるようにそれだけ言うと、老人はキコキコと車椅子を動かし、やがて、瞬きの間に姿形さえ残さず消えていった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
状況を飲み込めず、あの車椅子の老人が誰なのかさえ分からないままこの花園を彷徨って、そこではじめてお爺さまに出会った。
そして、ここがどういった場所であるか。
私達がなぜ囚われたのかという事を、宮に残されていた、過去に同じように囚われていたらしい先人達の日記の記述と共に教えられて、ようやく理解した。
初代国王の血を引く血族と、その罪。
血族が贖いのために至る、罪人の終の場所。
元いた場所に帰れもせず、役目を終えれば消えるのみ。 お爺さまも私に全てを伝えれば、やがてこの場所から消え去る運命にある。
そうして贖いの役目は私に移り、また次に引き継ぐ者が現れるその時まで、私がこの花園を維持し続ける。
それが、血族の贖いにして罰。
かつてこの場所で亡くなった、血族の罪の被害者にして石碑の……いや、墓石の主への弔い。
それこそが、捨てられて帰る場所を失くした、『ただの』エリーナが至った道行きの先であった。
ここは、小さな光達の舞う、曇天広がる真昼時の世界。
そんな場所で私は、咲き誇る花々の世話に勤しんでいる。
時の概念や景観の移ろいさえも無いこの空間の中で、私の現は意識の内より薄れていて、どこか懐かしい夢を見ているような気分だ。
頬を撫でる優しげな風に、眼下に広がる色取り取りの花々とその香り。
それらは全て、いつか見た夢の具現のようであった。
「お嬢さん、そろそろ休憩にしよう。 儂とてそう長くはあるまいが、世間話の一つくらいはよかろうよ」
花に水をやったり、時に花がらを摘んだりと花園の庭師としての仕事に勤しんでいると、この花園の庭師としての先人たるお爺さまが休憩を提案してきた。
「はい、分かりました」
この花園に夜が訪れる事は無く、そして私達も同じように疲れる事はおろか睡眠の必要さえ無い故に、休息は特に必要としない。
けれど、お別れの近いお爺さまと語らう時間を無碍にするほど、私は野暮ではない。
この方は花園に囚われてからの長い時の中で孤独に奉公を成し遂げた、尊敬すべき御方なのだから。 労われて然るべきだろう。
それに、お爺さまは私が花園の庭師としての仕事を引き継ぐ間の指南役で、教えを請う私を実の孫子の如く可愛がってくれた。
幼少の砌より母と2人きりで過ごし、その母が亡くなって以降はずっとアリーに依存していた頃を思い出して、もしもあの頃に現実のそれとは違う、お爺さまのような祖父がいればと考える程には情も深まっていた。
……いや、本当はそんな綺麗事だけではない。 今更、私の依存気質を見て見ぬ振りをしようだなんて思わない。
私の心の本質は、その喪失感をお爺さまで埋めようとしているだけなのだ。
この花園に招かれる直前に失った、私自身さえも情を持てていなかった最後の関係性。
そんなものでさえも、失くしてしまえば胸の内には虚無感が巣食ったのだから。
何もかも無くなってしまったから、せめて、もうすぐ消えてしまうお爺さまを看取り、弔いたい。
胸の内に、思い出として留めておきたい。
ただ、それだけの事なのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
私がなぜ、よく分からない場所で庭師の真似事などしているのか。
その顛末は、ジークと朝食を共にして何か伝えたい事があるから待っていてくれと言われてよく分からないまま別れた、その少し後の事だった。
私はいつもの通り図書館へと入り浸っていた。
日に日に深緑の宮と石碑への興味は深まるばかりで、けれど調査の結果はそう易々と深まらぬまま。
本を漁り、読み返し、新たな知見と共に宮へと赴く日々を繰り返している。
なぜ深緑の宮と石碑がこうまでも気になるのかは分からないけれど、まるで手を引かれるように探究の手を止める事は出来なかった。
その日も、昼に庭園の手入れをしてから宮の探索に行こうと計画していて、昼食の準備で側を離れているサリーの帰りを待っていた。
王城の図書館には様々な本が納められており、私ほどに入り浸る者はそう居ないけれど、本を探して訪れる王城の勤め人は多くいる。
実際、本を一冊棚から取り出してはペラペラと流し読みをしている間だけでも、数人が出入りする気配があった。
それでもその時の私は、通り過ぎるだけの余人を気にする事なく本を読み進めていた。
そんな時であった。
「いい加減にしろ。 決定は覆らない」
普段であればその程度の、図書館を訪れた他人の会話や独り言など気にも留めない。
けれど、その時聞こえた不愉快そうな声の主に思い当たり、不躾ではあると分かりつつ棚の隙間からそちらを見やる。
するとそこには案の定、父が……ユースクリフ公爵がいた。
近くに誰かいるのか、苛立ちを隠そうともしない形相で舌打ちを一つして、その後に公爵は言葉を続ける。
「あの娘の……エリーナの勘当は決定事項だ。 いい加減、我が家から追放したあの娘の話をするのはやめろ!」
苛立ち、言葉を荒げ、そして最後には怒鳴るように言い放つ公爵。
誰に対しての言葉かは知らないけれど、私はその場にいる事が耐え難くなって、公爵に存在を気取られないよう、ひっそりと図書館を抜け出した。
そうして当ても無く彷徨って、道中で胸がムカムカとしてきてトイレで吐いて、胃の中身を全て吐き切るとまた歩きはじめる。
吐いて体力と水分を失って、軽い脱水症状を起こして朦朧としはじめた意識の中で思うのは、知らぬ間に公爵から捨てられていた事に対する衝撃と納得であった。
勘当、決定事項、公爵家からの追放。
つまりはまあ、捨てられたと。 そういう事である。
まあそもそも、私自身、ユースクリフ公爵家の面々に対して家族の情を持てていたかなんて疑わしいし、特に公爵には間違いなく失望感を持っていた。
いずれは何処ぞの家に嫁がされて、あの家から追い出されるのだろうとすら考えていた。
ましてや、今の私はいくら法的に裁かれておらずとも人殺しである事に変わりはない。
それは公爵にとって、私を追い出す都合のいい理由となった事だろう。 体裁よく、邪魔者を家から追い出す好機なのだから。
思えば、罪を裁かれる事もなく、そして法的には無罪とされている私がいつまでもユースクリフ公爵家に帰されず、いつまでも王城に置かれているのもそういう事だったのだ。
既に私には帰る事の出来る場所は無く、故にどう扱うべきかと処置に困っていた事だろう。
全くもって、ジークも人が悪い。 王族である彼とて、私が公爵家を勘当されていると知らされていたのだろうに。
ならば状況を教えてさえくれれば、修道院なり次の住まいくらい自分で探したというのに。
自然と湧いた乾いた笑いと共に、そう独りごちる。
そうして気付けば、ふらりふらりとあの深緑の宮を目指して歩いていた。
サリーに言葉も告げずに出たから怒られるだろうなとその時になって思い至ったけれど、まあいいかと深く考える事をやめた。
思考は鈍り、胸中には虚無感が広がっている。
大罪を犯し、大切なものを失い、贖いの機会を与えられず、そして、最後に残った帰る事の出来る場所も失くした。
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフはその立場を失い、名を剥奪されて、ただのエリーナとなったのだ。
……実の父である公爵が嫌いだったし、息の詰まるあの家が嫌いだった。
けれど、そんなものでさえも失くしてしまえば喪失感はあるものらしい。 それは心の内の、ほんの僅かな隙間が空白になったような、そんな些細な喪失感だった。
別に悲しくも何ともない。
ただ虚しいだけなのだ。
私が嫌いだと思っているように、公爵もまたその嫌悪感から私の事などすぐに切り捨てられると知っていた筈なのに。
今居る王城とて所詮は一時の仮住まいでしかなく、帰る場所を失くした私に寄る辺は無い。
貴族令嬢から堕した今の私では、いくら良くしてくれるジークやサリーとてやがては離れざるをえないだろう。 貴族と、そうでない者とでは、生きる世界が違うのだから。
公爵家を勘当された時点で、それまでに培ってきた全ては失せたのだ。
だから、あの宮だけが今の私に残された、最後のよすがだった。
何故かは分からないけれど、その時の私はそう思っていた。
足は自然と宮へ向かい、庭園を抜け、鬱蒼と生い茂る緑の中を石畳を頼りに進む。
たとえ朦朧とした意識であっても、何度も通ったその道は間違えよう筈もなく、やがて宮へと辿り着いた。
そこで、違和感があった。
いつもであれば、生い茂る緑に阻まれて昼間でさえも薄暗いこの場所に、微かな光が灯っている。 その光は空間の中で小さく、けれど無数に漂って、不気味な宮の周辺を幻想的に照らしていた。
その光景に魅入っていると、光は一つ、二つと私の周りに集まって、まるで戯れるかのように漂いはじめた。
戯れる光に連られて自然と、一歩、二歩と歩んで、気付けば石碑の前まで来ていた。
漂っていた光は石碑に収束していき、自然と私も意識とは関係無くそこへと手を伸ばす。
触れた石碑は冷たくて、けれどもなぜか、胸の内に広がる虚無感を埋め得る温かさと嘆くような悲愴感があった。
そして、それを感じると同時に、石碑の正体も悟った。
けれど、合点がいくよりも先に、収束する光の群れはその光量を強めていき、やがて私の視界を奪っていくほどの光となった。
あまりの光に目が眩み、私は瞼を下ろした。
やがて、瞳を焼かんとせんばかりの光が瞼の裏から観測できない程に収まった事を認識し、恐る恐る眼を開く。
瞳を焼くような強烈な光は既に消え、けれども代わりに、視界いっぱいに広がる景色は先程までいた筈の、緑生い茂る深緑の宮のそれではなくなっていた。
荒廃していたはずの宮はかつてそうあったであろう綺麗な景観を保ち、鬱蒼と広がる木々の緑は姿を消して代わりに空には曇天が広がり、足元には雑草の代わりに色取り取りの花々が咲き乱れていた。
深緑の宮で一際大きな古木だったそれは、大樹としての生命を有しているように見える。 そして、その根本にはあの石碑も存在していた。
所々、深緑の宮と類似している点はあるけれど明らかに景観が違いすぎる……いったい、ここは何処なのか。
「……ああ、次の庭師が来たのかね」
状況を判断する間も無く背後から聞こえた声にそちらを振り向けば、そこには車椅子に乗った真黒なボロのローブを身に纏う老人がいた。
「来てしまったのなら、仕方あるまい。 その血の罪を贖いたまえよ」
無機質な声音で業務連絡を告げるようにそれだけ言うと、老人はキコキコと車椅子を動かし、やがて、瞬きの間に姿形さえ残さず消えていった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
状況を飲み込めず、あの車椅子の老人が誰なのかさえ分からないままこの花園を彷徨って、そこではじめてお爺さまに出会った。
そして、ここがどういった場所であるか。
私達がなぜ囚われたのかという事を、宮に残されていた、過去に同じように囚われていたらしい先人達の日記の記述と共に教えられて、ようやく理解した。
初代国王の血を引く血族と、その罪。
血族が贖いのために至る、罪人の終の場所。
元いた場所に帰れもせず、役目を終えれば消えるのみ。 お爺さまも私に全てを伝えれば、やがてこの場所から消え去る運命にある。
そうして贖いの役目は私に移り、また次に引き継ぐ者が現れるその時まで、私がこの花園を維持し続ける。
それが、血族の贖いにして罰。
かつてこの場所で亡くなった、血族の罪の被害者にして石碑の……いや、墓石の主への弔い。
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