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花枯れた箱庭の中で
のろうもの
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眠り続けるエリーナの側を離れようとしないサリーにその看護を任せ、そしてジークがエリーナの快復への術を模索し始めて既にもう一ヶ月以上が経過した。
けれど、王太子としての勤めが忙しい時にはライアスなどの他の者の手を借りて、自らも時間を作って率先して調査しているというのに、特別にこれといった手掛かりさえ掴めていないのが現状であった。
医学者を読み漁ろうとも、そもそも王城勤務の医師でさえ、ただ眠っているだけで異常は無しと診断を下すのだ。 医学方面において素人であるジークが付け焼き刃の知識を漁ろうとも、意味などあるまい。
そして、ディーレリアの話によれば、エリーナの置かれた状況は王家の血筋に罹る呪いの結果であるという。
なればと、歴史書や王族の幽閉棟にある本の全てに目を通した。
けれども、そうした本は表現が抽象的に過ぎて具体性が無い。
そもそもが、解決に繋がる糸口さえ掴めない程に、そうした古い資料の絶対数が少な過ぎるのだ。
さすがに、数百年も昔。
それも、懺悔しつつも王家が秘匿してきた内容故に、古い時代のものしか存在していない。
ならばとエリーナ嬢が倒れていたという緑に囲まれた宮というものを調査しようとサリーに詳しく話を聞き、王城の庭園からあまり手入れのされていない石畳の道の先にあるというその場所を目指してみれば、そもそもそんな宮自体を発見する事さえ出来なかった。
何度サリーから話を聞き直そうとも見つけられず、最終的にはエリーナの側を離れたくないと渋る彼女に案内を頼んでも辿り着けなかった。
本当にそのような場所が実在するのかと王城の見取図を確認すれば、庭園の先には確かにまだ領域があった。 けれど、その場所が何なのかだけは明記されていない。
何らかの秘匿が為されているかの如く、その未開域に何かがある、もしくはあったのかと分からないのだ。
結果的に、エリーナが通っていた宮とやらは発見出来ず、また手詰まりとなった。
エリーナの足跡を追う手掛かりとして、彼女が直前まで読み込んでいたという本は幾つか確認出来たが、さりとてその内容は、古い建築様式だったり歴史書だったりといったジャンルばかり。
加えて、今の事態に関係していそうな内容の本も存在はするが、それまでに閲覧してきたものとそう変わらないものばかり。
そもそも、そうした昔のアリステルについて纏められた本を集めようとも、アリステルが建国して僅か二代目から連綿と続くこの呪いを打破する術など書かれていれば過去の王族が実践した筈である。 そして事実として、何も成果は得られていない。
つまり、エリーナの足跡を追おうとも無駄だったのだ。
そして、そこまで調査を進めて、遂には足掛かりまで途絶えてしまった。
そもそもの目的がエリーナを呪いから救う事という時点で、それは既に人智の域ではなく、かつて失われたという神秘も同義の話。
なれば、人の記録に明確であり具体的な情報が残っている筈が無いのだ。
手詰まりになり、時間を見つけてはエリーナを救う手立てを模索していたが全ては無意味に終わり、ジークには今や他に手などありはしなかった。
時にエリーナの見舞いに向かい、そこで眠り続ける姿を見ては必ず救うと決意を固めてきたというのに、今となっては「どうすればいいか」と弱音を漏らすばかりとなってしまった。
模索を始めてたかだか一ヶ月程度しか経過していないけれど、その一ヶ月で調べられるだけを調べ尽くしたと言っても過言でない程に手掛かりとなる資料が少ない。
そして、そのどれもが王族の呪いに関する直接的な情報ではなく、ただ、古い時代の記録というだけなのだ。
手立てが無くとも、ジークは模索する事をやめてはいないけれど、それにしたってどうしようもないというのが現状である。
今のジークに出来る事と言えば、情勢的にあまり城から出られないジークの代わりに調査に当たっているライアスら臣下の結果を待ちつつ、既に調べた資料を再び閲覧する程度の事だけであった。
本は、何度も読み返すうちに新たな発見があると言う。
それは読み手の視座であったり、考え方の変化や思考の深さ、精神状態による影響から理解度や受け止め方が変わってくるからである。
なので、そうした発見を期待して、ジークはそれらの資料を再び読もうと、積まれた本の山に寄る。
公務の忙しさにかまけて図書館に返されぬまま部屋の隅に積まれた本達は、言わば、探究の残骸。
古い時代の人が遺した知識、見聞録、知見。
古くから本という記録媒体で、人間という種の経験値として積み重ねられてきたそれらの内容に触れて、けれどこれまで活路と出来なかったが故に、そこには見果てぬ何かがあるのではないかと、信じていた。
どれから調べようかと積まれた本の山に手を掛けようとして、けれど、此度のジークは本を開くよりも先に一つの文字列に意識が向いた。
それも、ジークが見出したのは新たな知見ではなく、たった一人の名前であった。
『アルマ・ベネディック』
アルマなる名前には聞き覚えは無いけれど、その家名であればよく知っていた。
ベネディックとは、アリステルにおいて非常に古い一族の姓。
けれども、立場自体は国政に関わる大貴族というわけではない。 むしろ、そもそも貴族ですらない。
位は裕福な平民と同等のものではあるけれど、ベネディック一族とは『優秀な貴族の育成』という理念の下に教育機関として存在する、今となっては王家でさえ易々と手を出せない規模となった自治組織の長。
聖エイリーン学園の運営を代々務める、学術者一族の事である。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
後日、ジークは外出の許可を取ると、聖エイリーン学園を訪れた。
古い事象を纏めた本の著者として複数の本で名が上がっているアルマ・ベネディックなる人物は、調べればベネディック一族の開祖たる人物であり、高名な学術者でもあったという。
故に、その末裔である現ベネディック一族が当主の管理下にある学園施設、ないしは一族の裔の者であれば、王城では得られなかった情報が得られるのではないかと期待しての来訪だ。
「ああ、アリステル君。 君が学園に来るのは久し振りかね」
「はい。 ご無沙汰しております、ベネディック学長殿」
ジークが訪ねた学長室。
そこの主であるベイリン・ベネディック学長は初老の域に差し掛かった白髪混じりの頭髪に中肉中背、そして穏やかな顔付きと性格の、ベネディック一族の現当主である。
現学園在籍生であり、そして王家とベネディック一族の関係性からジークはベイリンに恭しい態度をとり、ベイリンもまたジークに対して生徒に接するかの如き態度を崩さない。
両一族の関係性とは、そういうものであるのだから。
「最近は学園に通えない程に忙しくしているみたいだが、そんな中で王族である君がわざわざ訪ねてくるとはね。 いったい、どうしたのかね?」
学長は手ずから、常設されている簡易的なティーセットで茶の準備をしながら、教職の人間として生徒に用向けを尋ねるように問うた。
ジークとしても、話が早いと、包み隠さず自らの用件を口にする。
「ベネディック一族の開祖であられた、アルマ様についてお聞きしたく参りました」
この時、あくまでジークにとって『アルマ』とは、決して多くはない情報の一つだった。
全てはエリーナを救うための探究であり、アルマという名は、その足掛かりの一つとして調べに来た一つの要因でしかなかったのだ。
だから学園にまで訪れて、学長に尋ねた。
……それが、一つの秘匿に近付く行いであると気付かぬままに。
「……ほう、それは何故かね?」
「それは……王家の秘匿事項ですから、全てをお答えする事は出来ません。 ですが私は、ただ大切な人を、我ら王家の身代わりのように深い眠りに落ちてしまった女性を助けたいだけなのです。 ですからどうか、御助力を」
パリン、と乾いた音が響く。
そして瞬間、ギシリと空間そのものが軋んでいるかのような圧力をジークは感じた。
見れば、茶を淹れていた筈の穏やかだったベイリンの後ろ姿にはどこか怒りが滲んでいるようで、その足元には砕け散ったティーカップの残骸が、その怒りの証明であるように転がっていた。
「なるほど、そういう事かね。 ……ハッ、何とも愚かな」
既にベイリンの纏う空気は、先程までの優しい学長先生のそれではなくなっていた。
ジークもその異常に気付いた。
けれども、彼が身構えるよりも早く、ベイリンはジークへと向き直る。
「秘匿事項などと、笑わせる。 それに、自らの罪さえ満足に語れぬ癖に被害者面をするでないぞ、アリステルめが。 心底、呆れ果てた愚物共だ」
「学長殿……?」
つい先程までとは違う、ひどく攻撃的な口調。
礼を失してジークを罵倒するその姿は、いかに王家が手を出せぬ一族の長とて到底許されぬ不敬なもの。
けれど同時に、王家の秘匿を弾劾するかの如きその発言は、その秘匿事項を理解している証左でもあった。
「去りたまえ、アリステルに話す事など何も無い。 貴様ら血族の祖が我らにした事は到底許される事ではない。 私も、絶対に許さぬ。 罪深い血族など、血の絶えるその時まで永遠に呪われているのが似合いよ」
ベイリンはジークを一睨みすると、もう話す事などありはしないとばかりに扉を指差す。
対するジークは、一瞬のうちに態度を豹変させて、捲し立てて暴言を吐くベイリンに驚嘆して言葉を失っていた。
けれど、そのベイリンの不自然な態度は、ジークの知り得ぬ情報を持っているという事を、雄弁と語っていた。
それこそ、手掛かりどころか王家の呪いに関わるような、直接的な要因を。
「お待ちください、学長殿」
なれば、ジークに退くという選択肢などありはしなかった。
王家の呪いは、血族の祖である愚王が犯した罪の罰。
言わば自業自得だ。
けれど、今やその血は周囲に広がって、血を引いているからという理由で王家ですらない者達が呪いの犠牲となっている。
幽閉棟裏の墓地に並んだ無数の墓。
今もまだ眠り続けているエリーナの姿。
既に死した犠牲者達には、もう悼む事以外に出来る事などありはしない。
呪いが解かれようとも、罪を赦されようとも、とうに死した彼らが生き返る事などありはしないのだから。
けれど、エリーナはまだ生きている。
見舞いの度、呼気の音と薄く血色の見られる頬を見ては安堵していた。 まだ彼女は生きているのだと。
まだ、生きている。
つまり、このままエリーナが目覚めないのであれば、いつかは死する。
そうなれば、ディーレリアが言ったように、エリーナもまたあの墓地に眠る犠牲者の一人として、墓石として並ぶ事になるのだろう。
ジークにとって、そんな未来は受け入れられない事であった。
「確かに、我らアリステル王家の開祖は許されぬ罪を犯しました。 亡き初代王妃が、我ら王家を恨んで、呪う事だって仕方がない。 詫びの言葉とて、きっと慰めにすらならないのでしょう」
「だからなんだと言うのかね? 貴様らのそういう表面ばかりの薄っぺらい謝罪の言葉など、とうに聞き飽きた」
「いいえ、そうではありません。 いつまでも赦せない程に深い恨みならば、気の済むまで呪えばいい。 それだけの罪が王家にあると言うのなら、清算すべきですから。 ……でも、エリーナ嬢はそうではない! 彼女は王族でもなければ、悪事一つ犯していない。 呪われる道理なんて無い、ただの令嬢なのです。 私は、彼女を救いたい。 たとえ自らが代わりに呪われてでも、必ず………!」
拳を握り、高まる熱意のままに訴える。
脳裏に浮かぶ、眠ったままのエリーナと、立ち並ぶ墓石の数々。
そこから連想される不穏な予感を断ち切り、目の前にあるエリーナを救うための好機を逃すまいと、胸の内を打ち明けた。
それはもう、取り繕う事を忘れて全力で頭を下げる程に。
「彼女は、俺の大切な人なんです。 お願いします。 どうか、学長殿が知っている事の全てを教えてください!」
外聞も無く頼み込み、そして、ある種のタブーともされる『王族が頭を下げる』という行いさえ為された。
それだけの覚悟を、ジークは示したのだ。
「ははははは」
学長室内に、ベイリンの笑い声が響く。
それは、攻撃的なそれまでの雰囲気とは違う、とても穏やかなものであった。
「いやはや、アリステル君は仕事をそつなくこなす優等生かと思っていたのだが、こんなにも熱い一面があったとはね。 まったく、若いとは羨ましい」
「学長殿……」
「済まなかったね、口汚く罵ってしまって。 だが、おかげで良いものが見られたかな」
「おやめください!」
(本人的には)醜態を晒して赤らむジークを、若い若いと囃し立て一頻り満足したらしいベイリンは、始めと変わらぬ穏やかな口調に戻っていた。
対してジークは未だに赤みの引かぬ頰のままで平静を装い、仕切り直しとばかりにベイリンに問い掛ける。
「王家の呪いについて、何かをご存知なのですね?」
「ああ、知っているとも。 何せ、ベネディックの方もアリステル王家と同じような感じで呪われているからね」
そう言うと、ベイリンは執務机より一冊の本を持ってきて、それをジークの前に提示した。
「これが、私達ベネディック一族が代々継承してきた、開祖アルマの遺物。 ベネディックを縛る呪具、『アルマの日記』さ」
けれど、王太子としての勤めが忙しい時にはライアスなどの他の者の手を借りて、自らも時間を作って率先して調査しているというのに、特別にこれといった手掛かりさえ掴めていないのが現状であった。
医学者を読み漁ろうとも、そもそも王城勤務の医師でさえ、ただ眠っているだけで異常は無しと診断を下すのだ。 医学方面において素人であるジークが付け焼き刃の知識を漁ろうとも、意味などあるまい。
そして、ディーレリアの話によれば、エリーナの置かれた状況は王家の血筋に罹る呪いの結果であるという。
なればと、歴史書や王族の幽閉棟にある本の全てに目を通した。
けれども、そうした本は表現が抽象的に過ぎて具体性が無い。
そもそもが、解決に繋がる糸口さえ掴めない程に、そうした古い資料の絶対数が少な過ぎるのだ。
さすがに、数百年も昔。
それも、懺悔しつつも王家が秘匿してきた内容故に、古い時代のものしか存在していない。
ならばとエリーナ嬢が倒れていたという緑に囲まれた宮というものを調査しようとサリーに詳しく話を聞き、王城の庭園からあまり手入れのされていない石畳の道の先にあるというその場所を目指してみれば、そもそもそんな宮自体を発見する事さえ出来なかった。
何度サリーから話を聞き直そうとも見つけられず、最終的にはエリーナの側を離れたくないと渋る彼女に案内を頼んでも辿り着けなかった。
本当にそのような場所が実在するのかと王城の見取図を確認すれば、庭園の先には確かにまだ領域があった。 けれど、その場所が何なのかだけは明記されていない。
何らかの秘匿が為されているかの如く、その未開域に何かがある、もしくはあったのかと分からないのだ。
結果的に、エリーナが通っていた宮とやらは発見出来ず、また手詰まりとなった。
エリーナの足跡を追う手掛かりとして、彼女が直前まで読み込んでいたという本は幾つか確認出来たが、さりとてその内容は、古い建築様式だったり歴史書だったりといったジャンルばかり。
加えて、今の事態に関係していそうな内容の本も存在はするが、それまでに閲覧してきたものとそう変わらないものばかり。
そもそも、そうした昔のアリステルについて纏められた本を集めようとも、アリステルが建国して僅か二代目から連綿と続くこの呪いを打破する術など書かれていれば過去の王族が実践した筈である。 そして事実として、何も成果は得られていない。
つまり、エリーナの足跡を追おうとも無駄だったのだ。
そして、そこまで調査を進めて、遂には足掛かりまで途絶えてしまった。
そもそもの目的がエリーナを呪いから救う事という時点で、それは既に人智の域ではなく、かつて失われたという神秘も同義の話。
なれば、人の記録に明確であり具体的な情報が残っている筈が無いのだ。
手詰まりになり、時間を見つけてはエリーナを救う手立てを模索していたが全ては無意味に終わり、ジークには今や他に手などありはしなかった。
時にエリーナの見舞いに向かい、そこで眠り続ける姿を見ては必ず救うと決意を固めてきたというのに、今となっては「どうすればいいか」と弱音を漏らすばかりとなってしまった。
模索を始めてたかだか一ヶ月程度しか経過していないけれど、その一ヶ月で調べられるだけを調べ尽くしたと言っても過言でない程に手掛かりとなる資料が少ない。
そして、そのどれもが王族の呪いに関する直接的な情報ではなく、ただ、古い時代の記録というだけなのだ。
手立てが無くとも、ジークは模索する事をやめてはいないけれど、それにしたってどうしようもないというのが現状である。
今のジークに出来る事と言えば、情勢的にあまり城から出られないジークの代わりに調査に当たっているライアスら臣下の結果を待ちつつ、既に調べた資料を再び閲覧する程度の事だけであった。
本は、何度も読み返すうちに新たな発見があると言う。
それは読み手の視座であったり、考え方の変化や思考の深さ、精神状態による影響から理解度や受け止め方が変わってくるからである。
なので、そうした発見を期待して、ジークはそれらの資料を再び読もうと、積まれた本の山に寄る。
公務の忙しさにかまけて図書館に返されぬまま部屋の隅に積まれた本達は、言わば、探究の残骸。
古い時代の人が遺した知識、見聞録、知見。
古くから本という記録媒体で、人間という種の経験値として積み重ねられてきたそれらの内容に触れて、けれどこれまで活路と出来なかったが故に、そこには見果てぬ何かがあるのではないかと、信じていた。
どれから調べようかと積まれた本の山に手を掛けようとして、けれど、此度のジークは本を開くよりも先に一つの文字列に意識が向いた。
それも、ジークが見出したのは新たな知見ではなく、たった一人の名前であった。
『アルマ・ベネディック』
アルマなる名前には聞き覚えは無いけれど、その家名であればよく知っていた。
ベネディックとは、アリステルにおいて非常に古い一族の姓。
けれども、立場自体は国政に関わる大貴族というわけではない。 むしろ、そもそも貴族ですらない。
位は裕福な平民と同等のものではあるけれど、ベネディック一族とは『優秀な貴族の育成』という理念の下に教育機関として存在する、今となっては王家でさえ易々と手を出せない規模となった自治組織の長。
聖エイリーン学園の運営を代々務める、学術者一族の事である。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
後日、ジークは外出の許可を取ると、聖エイリーン学園を訪れた。
古い事象を纏めた本の著者として複数の本で名が上がっているアルマ・ベネディックなる人物は、調べればベネディック一族の開祖たる人物であり、高名な学術者でもあったという。
故に、その末裔である現ベネディック一族が当主の管理下にある学園施設、ないしは一族の裔の者であれば、王城では得られなかった情報が得られるのではないかと期待しての来訪だ。
「ああ、アリステル君。 君が学園に来るのは久し振りかね」
「はい。 ご無沙汰しております、ベネディック学長殿」
ジークが訪ねた学長室。
そこの主であるベイリン・ベネディック学長は初老の域に差し掛かった白髪混じりの頭髪に中肉中背、そして穏やかな顔付きと性格の、ベネディック一族の現当主である。
現学園在籍生であり、そして王家とベネディック一族の関係性からジークはベイリンに恭しい態度をとり、ベイリンもまたジークに対して生徒に接するかの如き態度を崩さない。
両一族の関係性とは、そういうものであるのだから。
「最近は学園に通えない程に忙しくしているみたいだが、そんな中で王族である君がわざわざ訪ねてくるとはね。 いったい、どうしたのかね?」
学長は手ずから、常設されている簡易的なティーセットで茶の準備をしながら、教職の人間として生徒に用向けを尋ねるように問うた。
ジークとしても、話が早いと、包み隠さず自らの用件を口にする。
「ベネディック一族の開祖であられた、アルマ様についてお聞きしたく参りました」
この時、あくまでジークにとって『アルマ』とは、決して多くはない情報の一つだった。
全てはエリーナを救うための探究であり、アルマという名は、その足掛かりの一つとして調べに来た一つの要因でしかなかったのだ。
だから学園にまで訪れて、学長に尋ねた。
……それが、一つの秘匿に近付く行いであると気付かぬままに。
「……ほう、それは何故かね?」
「それは……王家の秘匿事項ですから、全てをお答えする事は出来ません。 ですが私は、ただ大切な人を、我ら王家の身代わりのように深い眠りに落ちてしまった女性を助けたいだけなのです。 ですからどうか、御助力を」
パリン、と乾いた音が響く。
そして瞬間、ギシリと空間そのものが軋んでいるかのような圧力をジークは感じた。
見れば、茶を淹れていた筈の穏やかだったベイリンの後ろ姿にはどこか怒りが滲んでいるようで、その足元には砕け散ったティーカップの残骸が、その怒りの証明であるように転がっていた。
「なるほど、そういう事かね。 ……ハッ、何とも愚かな」
既にベイリンの纏う空気は、先程までの優しい学長先生のそれではなくなっていた。
ジークもその異常に気付いた。
けれども、彼が身構えるよりも早く、ベイリンはジークへと向き直る。
「秘匿事項などと、笑わせる。 それに、自らの罪さえ満足に語れぬ癖に被害者面をするでないぞ、アリステルめが。 心底、呆れ果てた愚物共だ」
「学長殿……?」
つい先程までとは違う、ひどく攻撃的な口調。
礼を失してジークを罵倒するその姿は、いかに王家が手を出せぬ一族の長とて到底許されぬ不敬なもの。
けれど同時に、王家の秘匿を弾劾するかの如きその発言は、その秘匿事項を理解している証左でもあった。
「去りたまえ、アリステルに話す事など何も無い。 貴様ら血族の祖が我らにした事は到底許される事ではない。 私も、絶対に許さぬ。 罪深い血族など、血の絶えるその時まで永遠に呪われているのが似合いよ」
ベイリンはジークを一睨みすると、もう話す事などありはしないとばかりに扉を指差す。
対するジークは、一瞬のうちに態度を豹変させて、捲し立てて暴言を吐くベイリンに驚嘆して言葉を失っていた。
けれど、そのベイリンの不自然な態度は、ジークの知り得ぬ情報を持っているという事を、雄弁と語っていた。
それこそ、手掛かりどころか王家の呪いに関わるような、直接的な要因を。
「お待ちください、学長殿」
なれば、ジークに退くという選択肢などありはしなかった。
王家の呪いは、血族の祖である愚王が犯した罪の罰。
言わば自業自得だ。
けれど、今やその血は周囲に広がって、血を引いているからという理由で王家ですらない者達が呪いの犠牲となっている。
幽閉棟裏の墓地に並んだ無数の墓。
今もまだ眠り続けているエリーナの姿。
既に死した犠牲者達には、もう悼む事以外に出来る事などありはしない。
呪いが解かれようとも、罪を赦されようとも、とうに死した彼らが生き返る事などありはしないのだから。
けれど、エリーナはまだ生きている。
見舞いの度、呼気の音と薄く血色の見られる頬を見ては安堵していた。 まだ彼女は生きているのだと。
まだ、生きている。
つまり、このままエリーナが目覚めないのであれば、いつかは死する。
そうなれば、ディーレリアが言ったように、エリーナもまたあの墓地に眠る犠牲者の一人として、墓石として並ぶ事になるのだろう。
ジークにとって、そんな未来は受け入れられない事であった。
「確かに、我らアリステル王家の開祖は許されぬ罪を犯しました。 亡き初代王妃が、我ら王家を恨んで、呪う事だって仕方がない。 詫びの言葉とて、きっと慰めにすらならないのでしょう」
「だからなんだと言うのかね? 貴様らのそういう表面ばかりの薄っぺらい謝罪の言葉など、とうに聞き飽きた」
「いいえ、そうではありません。 いつまでも赦せない程に深い恨みならば、気の済むまで呪えばいい。 それだけの罪が王家にあると言うのなら、清算すべきですから。 ……でも、エリーナ嬢はそうではない! 彼女は王族でもなければ、悪事一つ犯していない。 呪われる道理なんて無い、ただの令嬢なのです。 私は、彼女を救いたい。 たとえ自らが代わりに呪われてでも、必ず………!」
拳を握り、高まる熱意のままに訴える。
脳裏に浮かぶ、眠ったままのエリーナと、立ち並ぶ墓石の数々。
そこから連想される不穏な予感を断ち切り、目の前にあるエリーナを救うための好機を逃すまいと、胸の内を打ち明けた。
それはもう、取り繕う事を忘れて全力で頭を下げる程に。
「彼女は、俺の大切な人なんです。 お願いします。 どうか、学長殿が知っている事の全てを教えてください!」
外聞も無く頼み込み、そして、ある種のタブーともされる『王族が頭を下げる』という行いさえ為された。
それだけの覚悟を、ジークは示したのだ。
「ははははは」
学長室内に、ベイリンの笑い声が響く。
それは、攻撃的なそれまでの雰囲気とは違う、とても穏やかなものであった。
「いやはや、アリステル君は仕事をそつなくこなす優等生かと思っていたのだが、こんなにも熱い一面があったとはね。 まったく、若いとは羨ましい」
「学長殿……」
「済まなかったね、口汚く罵ってしまって。 だが、おかげで良いものが見られたかな」
「おやめください!」
(本人的には)醜態を晒して赤らむジークを、若い若いと囃し立て一頻り満足したらしいベイリンは、始めと変わらぬ穏やかな口調に戻っていた。
対してジークは未だに赤みの引かぬ頰のままで平静を装い、仕切り直しとばかりにベイリンに問い掛ける。
「王家の呪いについて、何かをご存知なのですね?」
「ああ、知っているとも。 何せ、ベネディックの方もアリステル王家と同じような感じで呪われているからね」
そう言うと、ベイリンは執務机より一冊の本を持ってきて、それをジークの前に提示した。
「これが、私達ベネディック一族が代々継承してきた、開祖アルマの遺物。 ベネディックを縛る呪具、『アルマの日記』さ」
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