公爵令嬢の辿る道

ヤマナ

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辿り至ったこの世界で

現に堕ち

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私が尋ねれば、ジーク殿下は多少の逡巡を見せた後、重い口を開いた。
けれど、ジーク殿下が口にされた事実は彼の戸惑いとは裏腹に、私にとっては何一つ驚く要素の無い話であった。

「そうですか。 私がユースクリフ家より勘当されたと」

ならば、心底から嫌っている私の事など見たくもないであろう公爵が外聞も気にせず見舞いに来ないのも納得である。 
勘当の証拠として見せられた公爵からの手紙からは、実に事務的に要らぬものをユースクリフ公爵家より排斥出来てせいせいするという私怨がありありと見て取れた。 金貨まで積んで、その魂胆のなんと明け透けな事か。
まあ、公爵の私を嫌う稚拙な想いはさておき。
実のところ、勘当そのものは特に驚く事でもなく、前々から覚悟していた事であった。  
公爵が私へ向ける異常なまでの嫌悪感と、私を遠ざけるようなその振る舞いから、私が何か大きなやらかしをした時点で『切られる』のだろうなと考えていた。
故に、今のジークほど思い込む事も無ければ、泣き喚いたり途方に暮れる事も無い。 手切金として金貨が与えられたのだから、それを上手く使えば市井での暮らしだろうと修道院での暮らしだろうとどうにでもなる事だろう。
ただ、この場合は一つ疑問が残る。
私が、勘当された理由である。

「勘当の件は了解しました。 これより私は、ただのエリーナ。 かつては公爵令嬢でありながら、しかし、今となっては凡な平民の女でございますね」

「……えらく、すんなりと受け容れるな」

「はい、以前より覚悟はしておりましたので。 それはそうとジーク殿下。 勘当、となれば私はそれ相応の事をしでかしてしまったのでしょう。 その件に関しても、お話願えますか?」

聞けば、また一つ空気が重くなった。
私としては、当たり前の軽い質問のつもりだったのだけれど、対面するジークは勿論、私の傍に控えるサリーでさえ例外無くその表情を強張らせ、事実を言い難そうに唇を結んでいる。
……それほどに、私がしでかした事は大事であり深刻な問題だと言うのか。
暫しの重苦しい沈黙の後、ジークは悲しげにその眉根を寄せると、意を結したように大きく息を吸う。
サリーは、いつの間にやら私の隣に腰掛けて、この手を握っていた。 先までの変態的かつ過激な言動とは打って変わって、まるで寄り添うようなその仕草に、彼女の手を跳ね除けられるような雰囲気は皆無であった。

「少し、長くなる。 それに、君にとってとても辛い話になるだろう」

「ジーク殿下のお時間が許す限りでしたら、いくらでもお付き合いいたします。 それに、どれだけ辛い現実であっても、私はそれを知らなければいけないでしょう」

私が何をやらかしたのか。 
何があって勘当まで至り、今私が王城にてお世話になっているのか。 
『やらかし』だなんて言葉で片付けられない悪事を犯したのか、それとも誰かに悪事の濡れ衣を着せられた末に公爵からこれ幸いと切られただけなのか。
どうあれ結果は変わらないだろうけれど、私の人生を大きく変動させた事件ならば、知っておいた方がいい筈だろう。
それに、なぜ直接的な関係の無い2人が目に見えて緊張しているのか、それも気になる。

「お話し下さい」

一言押せば、ジークはようやく口を開く。
そして語られたのは、信じられない現実の話であった。
記憶を失うより前。
私は、人の命を奪った……らしい。

「それは、なんで………私が」

思わず、サリーと結んでいる手とは反対の手のひらを見やる。 当然、そこには痩せ細って多少荒れてはいるけれど、確かに真っ白な私の手がある。
……あまりにも荒唐無稽な話ではあるけれど、私のこの手は人を殺して朱に染まったという。
覚えも無ければ実感も無い、私が人を殺したという事実。 感触さえもこの手には覚え無く、湧き立つ感情もありはしない。
誰を殺したのかとジークに尋ねても、返ってきた答えのそれは知らぬ者の名。
記録の上より分かる事は、私を拉致し、アリステルを他国に売ろうとした男を私が殺したという事。 そして、当の私自身はその行いそのものを罪と咎められないままに原因不明の病か何かで一ヶ月も眠りこけていたという現実であった。

「……それは、本当に……?」

戸惑いのままに漏れ出た問いに、ジークは無言のままに首肯する。 

「そうですか……」

タチの悪い夢ではなく、目覚めてからの全ては現実の話。 
目覚めたら記憶を失くしてて、公爵家から勘当されて天涯孤独となり、挙句の果てには殺人まで犯していました、だなんて……笑い話にもならない、お先真っ暗の現実だ。
けれどジーク曰く、私の殺人には正当防衛が適応されて無罪放免。
それに伴い、今私が王城に居るのも拘留の為ではなく貴賓として置いてもらっているからとの事。 売国奴より国を守った英雄として国王陛下は私の事を高く評価して下さり、故に、褒賞と共に次の私の住まいが見つかるまで王城に滞在する権利を与えて下さったという。
まだほんの少し、救いのある現実であった。

「俺の方でも、ユースクリフ公爵にエリーナ嬢の公爵家復帰を頼んでいる。 そちらに関しては状況は芳しくないけど、諦めずに説得を続けるつもりだ。 その他にも、俺が力になれる事なら何でも言ってくれて構わない。 微力ながら、君の力になると約束するよ」

「お心遣い、ありがとうございます。 でも、既に十分過ぎるほど気遣っていただいていますのに、ジーク殿下にまで頼るわけには……」

「俺が、エリーナ嬢の力になりたいんだ。 そもそも俺が君の献身に頼り過ぎていたから、君に危害が及ぶのを止められなかった。 だから今こそ、君の献身に報いたい…………それに、あの方との約束もあるから」

「あの方……とは?」

「ああ……いや。 此方の話だから、気にしないでほしい。 さて、名残惜しいけどそろそろ戻らないとライアスが煩いからな、これで失礼させてもらうよ。 ……目覚めてくれて、本当によかった」

安堵の吐息を漏らし、そして去り際に「もう少し体調が良くなったら、街にでも行こう」と社交辞令を残して、ジークは部屋より去っていった。
見送る彼の背はやがて扉に阻まれると見えなくなって、けれど代わりに、少しだけ感じていた緊張感が少しだけ弛緩したように溜め息が漏れ出る。 貴族令嬢として、これまでけっして少なくない交流をしてきた筈なのに、なぜか今はとても緊張していたのだ。
一ヶ月も眠っていたが故のブランクか、それとも私が平民に落ちたからか。 
或いは、ひょっとして……。
何か考えが纏まりそうになったその時、傍から不穏な気配が漂ってきた。 しかもその気配の正体は、悪鬼の如き表情で扉を睨め付けているサリーである。

「何をお姉様をデートに誘って……ジーク様のくせに、生意気っ!」

「生意気なのは貴女でしょう。 あの方は王太子殿下なんだから、そんな風に言うものではありません」

相も変わらず破天荒に不敬を連発するサリーを嗜めつつ、同時に、身分差を無視してジークに噛みつこうとするサリーの態度に、先のジークの社交辞令が頭を過った。
「街に行こう」と彼は言った。
ジークと街に行く、だなんてあり得るのだろうか。
そう考えて思い至るのが、身分差による弊害。
片やアリステル王国の王太子殿下で、片や勘当された元公爵令嬢の平民。 
……どう考えても無理である。
真に公爵令嬢であった頃ならばいざ知らず、今となっては天と地ほどに身分差が開いてしまっているのだ。 共に街を歩くには、私の方が何もかも足りていない。
……まあ、そもそもがただの社交辞令。 
そう深く気にする必要も無い事。 スッと流すべき事なのだ。
だから忘れて、今はこの暴走メイドを止めなくてはならない。
身分差云々の話をするなら、今となっては私の方が彼女よりも身分は下であろう。 
けれど同時に、今はホストとゲストの関係性でもあるのだ。 多少は強くものを言っても差し障りは無い筈である。
だから頼むから暴走して不敬を重ねるのだけはやめなさいと、この後再三、サリーに注意を重ねる事となるのであった。
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