公爵令嬢の辿る道

ヤマナ

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辿り至ったこの世界で

先を憂い

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王城で目覚め、ジークより私がユースクリフ公爵家から勘当された旨を聞いた日から、既に数週間が経過した。
目覚めた当初は痩せこけていて力が上手く入らなかった体も肉付きを取り戻し、今となっては介添無く歩き回れるまでに回復していて不自由も無い。 肉体面だけで言うのであれば、実に快調である。
けれど、私を取り巻いていた問題はそれだけに留まるものでもなく、私が特に気にするべきはこの身の立ち位置だろう。
今の私は貴族籍を失っていて、平民にも等しい存在。
そんな私の元に、ジークはこの数週間毎日のように時間を作っては訪れて、気遣うように接してくれた。 
メイドのサリーも同様に、常に私の傍に居て世話をしてくれている。
けれど、たとえ元公爵令嬢とて、今となってはただの平民同様な小娘に一国の王太子殿下と王城に勤める貴族令嬢がこうまで世話を焼くなど本来あり得ない事だろう。 ましてや私自身はサリーの事をまるで知らないし、ジークの事もそうまで親しい間柄である、などとは記憶していない。
記憶喪失になる前の私の話は聞かされているけれど、その話だってとても実感の湧かない話ばかり。
特に、私が学園の生徒会で過労に陥りかける程に働き詰めになるだとか、ジークの護衛のために体術訓練に励んでいただなんて話は、いっそ場の空気を和ませるための冗談かと勘違いしたくらいのものだった。 
……それに、私が人を殺した、だなんて話は突飛に過ぎて、この話に関してだけは、私の認識の上では未だに現実味を帯びていなかった。 
何せ、殺人を犯したとて裁かれるでもなく責められるような事も無いままに日々を送っているのだから。
ジーク曰く、私の殺人は正当防衛が成立しているとの事だが、それにしたって王城に置かせていただいているこの数週間は平穏に過ぎるように思う。
此処は王城で、貴族社会の象徴の如き場所。
なれば、ゴシップ好きの貴族達からすれば私は好奇の対象であり、加えて私が高位貴族の地位より滑落した今の機を逃す筈がない。 貴族社会とはそういう、狡賢い蛇の巣窟なのだから。
少なくとも今のように、王城の庭園でリハビリも兼ねた散歩を楽しむような余裕など生まれはしないだろう。
もっとも、私とてただの暇潰しや遊楽のための散歩を満喫するためだけに出歩いているわけではない。 失った記憶とやらを思い出すため、その痕跡を探ろうと考えての事でもある。
……ある、のだけれど。

「ねぇ、サリー。 件の宮って」

「ダメです」

即答であった。
この数週間、常に共に居てくれたサリーとは大分打ち解けて、少なくとも時折見せる彼女の変態性以外は受け入れられるようになってきて、結構親睦も深められた筈、なのだけれど。
この話題となると、彼女は途端に閉口し、取り付く島も無くなってしまうのだ。 

「でも」

「ダメです」

「あの、せめて話」

「ダメです」

「ちょ」

「ダメです」

この有様である。
なぜここまでこの話を拒絶するのかといえば、サリー曰く「危ないから」との事。 
話を聞くに、私が一ヶ月も眠り続けていた事の発端は、件の宮で倒れていたところを発見されてから。 当時、倒れている私を発見したのもサリーであるという事から、まあ、こうまで頑なに拒絶するのも理解は出来る。
普段の態度と結構な頻度で見るサリーの変態的言動から察するに、気恥ずかしい話ではあるけれど、彼女は私の事を好いてくれているようだし、仕方のない事なのかもしれない。
けれど私とて、このままジークやサリーの好意を受け続けて甘えられるほど厚かましい神経はしていない。
公爵令嬢だった頃ならば、相手の好意に応じるのも礼儀の一つとして受け入れられたのだけれど、今の私は平民も同然で、本来ならば王城どころか男爵位の令嬢とはいえ貴族であるサリーにすらこうして馴れ馴れしく話す事を許されない立場なのだ。 彼女は、それをまるで気にしていないようだけれど、階級社会で生きてきた私にとっては到底無視出来ない事である。
だから、これ以上迷惑をかけないためにも、一刻も早く記憶を取り戻してこれから平民として生きていくための準備を整えていかなければならない。
もっとも、その最初の段階から、こうして躓いているのが現状なのだけれど……。

結局、件の宮に参る事叶わぬまま散歩を終えると住まわせていただいている客間へと帰り、今日もまた記憶を取り戻す手掛かりの一つも得られなかったと肩を落とし、整えられた寝台に座り込む。 
この一連の流れも、この数週間の内によく起こるルーティンと化していた。 なんとも、実に不毛である。
まだ昼も過ぎていない時間帯ではあるのだけれど、実際のところ、私が出来る事はそう多くはない。
記憶を失う以前、件の宮に通う他には図書館にも頻繁に出向いては何か調べ事をしていたらしく、当然ながら記憶を取り戻す手掛かりを求めて足を伸ばす事にした。
サリーもそちらならばと、渋々といった様子ではあったけれど手伝ってくれて、探索を開始したのだ。 もっともその際、なぜか夜10時には大人しく寝るようにと念押しされたけれど。
そうして2人がかりで図書館を調べて、サリーが憶えている限り私が調べていたという本を読み漁った。 まあ、成果らしい成果は無かったのだけれど。
何せ、記憶を無くす前の私が読んでいたという本は建築様式の歴史書やアリステルの歴史書、果てには御伽噺の本。 
ジャンルに纏まりも無く、当時の私が何を求めてそれらの本を読んでいたのか見当も付かず、これ以上はどう頑張っても分からないとして探索を打ち切った。 本当、当時の私は何を求めていたのやら。
そうして特に成果の無いまま、現在の今。
記憶を取り戻す手立ても他に無く、手詰まりなままに時間は過ぎていく。 
何も出来ないままに無為な時間を過ごしていれば、この脳は焦りも含めてより細かく現実について思案してしまう。 
王城を去って以降、どうするか。
市井に降りて、どうなるか。
いくら金貨があって暫くは生活に困らないとはいえ、ある程度の自活は出来るといえども世話をされる事に慣れきっている元令嬢なのだ。 上手く平民として順応出来るか、怪しいものである。

「……まったく、ままならないわね」

記憶喪失に、将来の展望。
原因不明のまま一ヶ月も眠り続けた事実に、家から勘当されて天涯孤独となったこの身。
問題が山積みで、けれどそのどれも、とても解決には程遠い。 前途多難にも程があるというものだ。
そうして山積みの問題のどれも解決に至らぬまま、今日もまた終わる。
この数週間、その繰り返し。
だから今夜もまた、これからどうしようと、ベッドの中で独り頭を抱えるのだった。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


その日の寝起き。
思い悩んで思考がぐるぐるした挙句そのまま寝落ちして、その上、蒼白な男の顔が浮かんでいるというよく分からない悪夢まで見て、最悪の目覚めであった。
もっとも、最近はずっとそんな調子で、きっと深層心理的な不安の現れなのだろうと当たりをつけていた。
その上で、今日はどうしようか、だなんて堂々巡りの思考に至るのだから始末に負えない。
今抱えている問題の解決策が無くて悩んでいるのに、どうしようもこうしようもある筈が無いのだから。

「おはようございます、お姉様! ……あ、起きてらしたんですね! お水、飲みますか?」

「……ええ、お願い」

基本的には寝起きが悪くて毎朝サリーに起こしてもらっている私だけれど、悪夢を見た日は勝手に目覚める。
この数週間でサリーもその事を分かってくれているようで、そういう時には何も言わずにいてくれる。 正直、下手に心配されるよりも、そっとしておいてもらえる方が楽なので、彼女の気遣いには感謝していた。
でも、その気遣いからか。
今朝は彼女も何か私に用があるのか、ソワソワとしていた。
水を一杯飲んで心を落ち着け、私はサリーに問いかけた。

「サリー、何か私に言いたいことでもあるの? 後ろ手に隠してる物と関係ある?」

「あ……はい。 今のお姉様に渡すのは、大丈夫かなと思って」

「心配ないわ。 もう落ち着いたもの……あ、ジーク殿下からの手紙ね」

サリーが口を尖らせて渋々と出してきたのは、ジークからの手紙であった。
受け取る際に「読みたくなかったら言ってください、燃やすので」と不敬な事を言うサリーを睨め付けて、文章を確認する。
手紙は、挨拶を除けば内容は大きく分けて2つで構成されており、前半部は仕事で今朝の食事を共に出来ない事を伝えるもの。 これをサリーに教えれば、彼女は淑女にもメイドにもらしからぬガッツポーズをキメていた。
そして、肝心なのは後半部。
昼食を共にした後で、以前言っていた通り市井に出ないかという誘いであった。

「あの時の話、社交辞令かと思ったら本気だったのね」

少し意外に思いながら、しかし、王太子であるジークの誘いならば承諾するより他に無いとしてサリーにその旨の言伝を頼む。
そのサリーの顔は、心底嫌そうに歪んでいた。

「嫌そうな顔しないの。 ほら、淑女なら感情を顔に出さないように、ね?」

「……むー。 分かりました、行ってきます」

おのれ、お姉様との時間を……気遣いの出来ないジーク様め。 
そんな恨み言を漏らしながら報告のために部屋を出ていくサリーの背を見送って、その際、ふと何の気無しに目に付いた鏡を見やる。 
すると、そこに映っていた私の貌は、いつもよりほんの少しだけ、明るい色をしているように見えた。










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