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辿り至ったこの世界で
義弟
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マルコよりユースクリフ邸へと招待を受けた当日。
私の記憶の上では、つい最近まで私の住まいであり、実家であり、そして同時に澱の滞留する息苦しい場所であった家。 そんな、もう縁の切れた場所に、此度は客としてではあるけれど再び足を踏み入れる事になるとは露とも思わなかった。
それもまさか、私を嫌っているのであろう義弟のマルコの招きによってだなんて、余計に。
そして今、私はユースクリフ邸の応接室で2人掛けのソファを勧められ、共に訪れたジークと並んでマルコと対面している。
「その……お久し振りです、義姉上。 お元気でしたでしょうか」
「ええ。 王家に仕える使用人の方々とジーク殿下のご厚意のおかげで、この通り。 有難い事に、恙無く過ごせているわ」
「そうですか」
「ええ」
「………」
「………」
しかし、どうにも会話が続かない。
もっとも、それも仕方がない事だろう。
元より私達義姉弟は、不仲であり日常会話さえも交わすような間柄ですらなかった。
互いに避け合い、もしも遭遇すればマルコに睨め付けられて私がその場より逃げ去るくらいの関わりしかなかったのだ。
故に、再会しようとも続く言葉などありはしない。
私が記憶を失っていようとそうでなかろうと、それだけは変わるまい。 だって、私の持つマルコへの苦手意識は変わらないのだから。
そして、それだけは私達義姉弟の共通意識なのかマルコも同じように言葉を出せずにいる。
それでもマルコは口元をモゴつかせて何かを言おうとしているようだけれど、そこに言葉が乗らないが故に結局は沈黙を生んでいるのだ。
「招待状にはエリーナ嬢の名しかなかったというのに、俺まで押しかけてしまってすまなかったなマルコ」
あまりにも長く沈黙が続いたからか、それとも埒が開かないとでも思ったのかジークが言葉を投げかけた。
そうなれば、マルコもようやく口を開いて応待する。
「いえ、こちらこそ十分なおもてなしも出来ず申し訳ありません。 義姉上を招けば殿下もご同行なされる事は想像出来た筈だというのに」
「そう長居する訳ではないから気にするな。 それに、用向きがあるのは俺にではなくエリーナ嬢に対してだろう。 早く話してやれ」
「は、はい……」
ジークに言われ、マルコは改めて視線を私の方へと戻す。 もっとも、未だ視線は彷徨い、しどろもどろとした様子はあるが。
けれど、それでも比較的落ち着いた方なのか、ようやく私に向けて言葉を発した。
「今日、義姉上をお呼びしたのは他でもありません。 義姉上をユースクリフ公爵家へと帰参させる手立てが整いました。 まだ少し時間は要りますが、義姉上はまたユースクリフ家の一員に戻れるのです」
そして、その言葉もまた随分と大それたもの。
事前に予想してはいたけれど、まさかマルコが本当にそのような事をするとは思ってもみなかった。
事前の予想は、今こうして現実のものに。
そうなれば、次に浮かぶのは予想の際に連立した疑問である。
それは即ち、マルコの動機。
「……なんで、そんな事を?」
「なぜって、僕は義姉上に帰ってきてもらいたくて」
だから、それが分からない。
マルコにとって、私は邪魔な存在である筈だろう。 普段より嫌悪し、そして不仲であったのだから。
それに、そうした感情面での不利益に目を瞑っても実利などあろう筈もなく、むしろマルコにとって私の存在は不利益に繋がる可能性の方が高いだろう。
ユースクリフ家は公爵家。
貴族の中で最高位に位置し、また富を多く持つもの。
なれば当然、富に寄ってくるものは多く、そしてそうした輩は常に隙を見計らって喰らい付くために虎視眈々と目を光らせている。
そこに私が戻れば、それはもう格好の餌食であろう。 なにせ、今の私は醜聞に塗れて好奇の視線に晒されているユースクリフ家の正当な血縁なのだから。
父は、私がそのような者達に利用されないとも限らないからこそ私を切って捨てた、という面もあるのだろう。
お荷物は捨て置くのが、この社会で生き残るための賢い選択なのだ。
それに、マルコにとっての敵はそうしたハイエナばかりでもない。
敵となり得るのは、私とて同じであろうに。
「もしも、私が当主の座を狙っていたらどうするの?」
「そのような心算があるのですか?」
「いえ、そういう訳ではないけれど……ただ、不思議なだけよ。 だって、貴方は私を嫌っていたでしょう。 なのに、なんで帰ってきてもらいたいなんて言うの?」
そして、どうしてそうまで態度が反転しているのか。
私が聞きたいのは、そういう事だ。
そもそもマルコが、嫌っていた私を話があるとわざわざ手紙まで寄越してユースクリフ邸に招き入れるだけでもおかしな話だろう。
私を他家との関係構築のための駒として手元に置いておきたいのだとしても、メリットとデメリットを考えれば明らかにマイナス要素の方が大きく、そもそもそういう事情ならば分家から養子を取るなりすればいいだけの話。
一考の余地も無く、私を呼び戻す選択など取る筈がなく、そして明らかに理知的な選択とは言えない。
確かに元より感情的な人間であったマルコだけれど、だからと言って嫌っている私にかける情があるとも思えない。
故に、分からない。
「貴方こそ、どういうつもりなの? 私の事をあれだけ嫌っておいてなぜ今になって態度を変えて連れ戻そうとするのかしら、私なんてもうなんの利用価値も無いでしょうに」
本当に、ただ純粋な疑問であった。
これから先の人生、貴族社会のアレコレや煩わしいだけの家族関係を全て捨てて忘れ去り、平民としての第2の人生を歩もうと、もう既に決めている。
ユースクリフ邸はとうに古巣であり、再び住まおうとも思わない。 それは偏に、一部を除いてこの家の全てが嫌になってしまったからである。
その一因にマルコの存在もあった。
私の事を嫌いな、出来る限り関わりたくもない義弟。
ユースクリフ公爵家の団欒の一員。
そんなマルコがどうして、この家の邪魔者であった私をユースクリフ家に留めようとする。
……いったい、何故?
どうして?
「ねえマルコ、答えて。 貴方は何が目的で私を」
「そこまでだ、エリーナ嬢。 彼にも事情があるのだろうし、とりあえずまずは落ち着いてくれ」
その声、その言葉。 そして私の肩に触れるジークの手の感触に、現実に引き戻されたような気がした。
そして虚より現に帰還して、自らの言動を思い返す。
それは血の通わない冷酷な問い掛けであった。
記憶の中の私を嫌うマルコの姿と、今目の前で私の帰参を望んでいるマルコの姿。 その齟齬が、あまりにも堪らなかったのだ。
私には失われた記憶があるというのに、その期間にマルコとの関係性も多少の変動があったのだろうに、そうした過程がすっぽりと抜け落ちているせいでマルコの態度全てが薄気味悪いものに感じる。
あれだけ嫌悪感を募らせ、そしてその悪意を隠す事なく晒していたマルコが今になってあっさりと手のひらを返したように見えて……それが堪らなく、腹立たしい。
故にこその問いである。
……つまり、今の私は冷静ではなかった。
「その、ごめんなさい……。 貴方の言う事に驚いてしまって」
「いえ、僕も今までの義姉上への態度は行き過ぎたものであったと自覚しています。 ……今まで、申し訳ありませんでした」
そうして、再び沈黙。
今度のそれは互いの距離感を測りかねてのものではなく、気不味くて上手く二の句を継げないが故のもの。
私もマルコも、出会って間も無く不仲となった義姉弟。
だから、次にどうすべきか分からないのだ。
私達は普通の姉弟とは縁遠い関係なのだから。
「互いに落ち込んでいても話は何一つ進まないだろう。 まずは会話をしろ、会話を」
呆れたジークがそう漏らす。
まったくその通りだと、私は小さく首肯した。
私の記憶の上では、つい最近まで私の住まいであり、実家であり、そして同時に澱の滞留する息苦しい場所であった家。 そんな、もう縁の切れた場所に、此度は客としてではあるけれど再び足を踏み入れる事になるとは露とも思わなかった。
それもまさか、私を嫌っているのであろう義弟のマルコの招きによってだなんて、余計に。
そして今、私はユースクリフ邸の応接室で2人掛けのソファを勧められ、共に訪れたジークと並んでマルコと対面している。
「その……お久し振りです、義姉上。 お元気でしたでしょうか」
「ええ。 王家に仕える使用人の方々とジーク殿下のご厚意のおかげで、この通り。 有難い事に、恙無く過ごせているわ」
「そうですか」
「ええ」
「………」
「………」
しかし、どうにも会話が続かない。
もっとも、それも仕方がない事だろう。
元より私達義姉弟は、不仲であり日常会話さえも交わすような間柄ですらなかった。
互いに避け合い、もしも遭遇すればマルコに睨め付けられて私がその場より逃げ去るくらいの関わりしかなかったのだ。
故に、再会しようとも続く言葉などありはしない。
私が記憶を失っていようとそうでなかろうと、それだけは変わるまい。 だって、私の持つマルコへの苦手意識は変わらないのだから。
そして、それだけは私達義姉弟の共通意識なのかマルコも同じように言葉を出せずにいる。
それでもマルコは口元をモゴつかせて何かを言おうとしているようだけれど、そこに言葉が乗らないが故に結局は沈黙を生んでいるのだ。
「招待状にはエリーナ嬢の名しかなかったというのに、俺まで押しかけてしまってすまなかったなマルコ」
あまりにも長く沈黙が続いたからか、それとも埒が開かないとでも思ったのかジークが言葉を投げかけた。
そうなれば、マルコもようやく口を開いて応待する。
「いえ、こちらこそ十分なおもてなしも出来ず申し訳ありません。 義姉上を招けば殿下もご同行なされる事は想像出来た筈だというのに」
「そう長居する訳ではないから気にするな。 それに、用向きがあるのは俺にではなくエリーナ嬢に対してだろう。 早く話してやれ」
「は、はい……」
ジークに言われ、マルコは改めて視線を私の方へと戻す。 もっとも、未だ視線は彷徨い、しどろもどろとした様子はあるが。
けれど、それでも比較的落ち着いた方なのか、ようやく私に向けて言葉を発した。
「今日、義姉上をお呼びしたのは他でもありません。 義姉上をユースクリフ公爵家へと帰参させる手立てが整いました。 まだ少し時間は要りますが、義姉上はまたユースクリフ家の一員に戻れるのです」
そして、その言葉もまた随分と大それたもの。
事前に予想してはいたけれど、まさかマルコが本当にそのような事をするとは思ってもみなかった。
事前の予想は、今こうして現実のものに。
そうなれば、次に浮かぶのは予想の際に連立した疑問である。
それは即ち、マルコの動機。
「……なんで、そんな事を?」
「なぜって、僕は義姉上に帰ってきてもらいたくて」
だから、それが分からない。
マルコにとって、私は邪魔な存在である筈だろう。 普段より嫌悪し、そして不仲であったのだから。
それに、そうした感情面での不利益に目を瞑っても実利などあろう筈もなく、むしろマルコにとって私の存在は不利益に繋がる可能性の方が高いだろう。
ユースクリフ家は公爵家。
貴族の中で最高位に位置し、また富を多く持つもの。
なれば当然、富に寄ってくるものは多く、そしてそうした輩は常に隙を見計らって喰らい付くために虎視眈々と目を光らせている。
そこに私が戻れば、それはもう格好の餌食であろう。 なにせ、今の私は醜聞に塗れて好奇の視線に晒されているユースクリフ家の正当な血縁なのだから。
父は、私がそのような者達に利用されないとも限らないからこそ私を切って捨てた、という面もあるのだろう。
お荷物は捨て置くのが、この社会で生き残るための賢い選択なのだ。
それに、マルコにとっての敵はそうしたハイエナばかりでもない。
敵となり得るのは、私とて同じであろうに。
「もしも、私が当主の座を狙っていたらどうするの?」
「そのような心算があるのですか?」
「いえ、そういう訳ではないけれど……ただ、不思議なだけよ。 だって、貴方は私を嫌っていたでしょう。 なのに、なんで帰ってきてもらいたいなんて言うの?」
そして、どうしてそうまで態度が反転しているのか。
私が聞きたいのは、そういう事だ。
そもそもマルコが、嫌っていた私を話があるとわざわざ手紙まで寄越してユースクリフ邸に招き入れるだけでもおかしな話だろう。
私を他家との関係構築のための駒として手元に置いておきたいのだとしても、メリットとデメリットを考えれば明らかにマイナス要素の方が大きく、そもそもそういう事情ならば分家から養子を取るなりすればいいだけの話。
一考の余地も無く、私を呼び戻す選択など取る筈がなく、そして明らかに理知的な選択とは言えない。
確かに元より感情的な人間であったマルコだけれど、だからと言って嫌っている私にかける情があるとも思えない。
故に、分からない。
「貴方こそ、どういうつもりなの? 私の事をあれだけ嫌っておいてなぜ今になって態度を変えて連れ戻そうとするのかしら、私なんてもうなんの利用価値も無いでしょうに」
本当に、ただ純粋な疑問であった。
これから先の人生、貴族社会のアレコレや煩わしいだけの家族関係を全て捨てて忘れ去り、平民としての第2の人生を歩もうと、もう既に決めている。
ユースクリフ邸はとうに古巣であり、再び住まおうとも思わない。 それは偏に、一部を除いてこの家の全てが嫌になってしまったからである。
その一因にマルコの存在もあった。
私の事を嫌いな、出来る限り関わりたくもない義弟。
ユースクリフ公爵家の団欒の一員。
そんなマルコがどうして、この家の邪魔者であった私をユースクリフ家に留めようとする。
……いったい、何故?
どうして?
「ねえマルコ、答えて。 貴方は何が目的で私を」
「そこまでだ、エリーナ嬢。 彼にも事情があるのだろうし、とりあえずまずは落ち着いてくれ」
その声、その言葉。 そして私の肩に触れるジークの手の感触に、現実に引き戻されたような気がした。
そして虚より現に帰還して、自らの言動を思い返す。
それは血の通わない冷酷な問い掛けであった。
記憶の中の私を嫌うマルコの姿と、今目の前で私の帰参を望んでいるマルコの姿。 その齟齬が、あまりにも堪らなかったのだ。
私には失われた記憶があるというのに、その期間にマルコとの関係性も多少の変動があったのだろうに、そうした過程がすっぽりと抜け落ちているせいでマルコの態度全てが薄気味悪いものに感じる。
あれだけ嫌悪感を募らせ、そしてその悪意を隠す事なく晒していたマルコが今になってあっさりと手のひらを返したように見えて……それが堪らなく、腹立たしい。
故にこその問いである。
……つまり、今の私は冷静ではなかった。
「その、ごめんなさい……。 貴方の言う事に驚いてしまって」
「いえ、僕も今までの義姉上への態度は行き過ぎたものであったと自覚しています。 ……今まで、申し訳ありませんでした」
そうして、再び沈黙。
今度のそれは互いの距離感を測りかねてのものではなく、気不味くて上手く二の句を継げないが故のもの。
私もマルコも、出会って間も無く不仲となった義姉弟。
だから、次にどうすべきか分からないのだ。
私達は普通の姉弟とは縁遠い関係なのだから。
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