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140.電話の相手
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竜と駅前で別れてからの帰り道。時計を見ると、二十時半を過ぎたところだった。
嫌ではあったけど、先延ばししても仕方ないので、今日一日かけて作ったメールを、父に送信した。
……見てすぐ電話が来たとしても、もう出られるし。
Ωだったこととか、瑛士さんのこととか、聞かれそうなことは大体入れておいた。電話で、新しい話を出すとまた面倒くさそうだから、ぜんぶ入れたんだけど……箇条書きみたいな感じで分かりやすくはしたけど……はー。
……あー。嫌だな。電話で、話したくない。
――母さんのことは、大好きだったけど、どうしてあの人を選んだのかってたまに考えてしまう。でも、習いに行くように言われた料理教室に行って、あんなにおいしく作れるようになってたってことは、母さんは、あの人を好きだったんだよね……。オレには分からないけど、αとΩだから、フェロモンとかも関係あるんだろうか、なんて、毎回そこに結論を逃がしてしまう。
息をつきながら、車道を走っていく車の赤いテールランプをなんとなく目に映す。ふと、瑛士さんもそろそろ帰ってくるのかなぁ、なんて思って――思わず口元がほころぶ。
前は、一人の家に帰る時間が、特に好きではなかった。
寝に帰るだけの生活だったし。もっと大学にも遅くまで居たし。
でも今は、帰ると瑛士さんに会えるから。なんとなく早く帰りたいなって、思ってる。
あの、でっかいクッションに二人で埋もれながら、オレも瑛士さんも、それぞれ適当に勉強したり本を読んだり、仕事してたり。
……なんか。
あれが一日の最後にあるだけで、なんとなく、その日一日が、幸せに終えられる気がしている。
今日は食事は大学で取ったし、瑛士さんにもそう伝えたから、帰ったらお風呂入って、勉強して、SNSの返信して、寝るだけ。
はー……電話、来ちゃうかなあ。
うんざりした気持ちになったその時。
ポケットのスマホが鳴り始めた。自分がびくっと震えたのが分かる。相当嫌なんだな、オレ。てか、早すぎるよ……。
めちゃくちゃうんざりしながら、通話ボタンに触れて、耳にスマホを近づけた。
なんて言われるだろう、第一声。
「……もしもし?」
怒鳴られるか、冷たく一蹴されるか、バカにされるか……。一瞬でいろんな可能性を考えたその時。
『凛太、おかえり』
「え」
聞こえた明るい声に驚いて、スマホのディスプレイを見ると、瑛士さんの名前が出ていた。
『凛太の少し先にいるよ、見える? 車停めてる』
「あ、はい、見えました」
歩く先に、瑛士さんが見えた。路肩に寄せて止まってる車の横で、瑛士さんが手を振ってくれている。
つい数秒前まで、めちゃくちゃどんよりした気持ちで電話に出たのが嘘みたいに、気持ちが弾む。現金だなぁ、オレ。
電話を切って、瑛士さんに駆け寄ると、もう一度「おかえり」と微笑んでくれる。オレも「おかえりなさい」と自然と笑顔になった。
「乗って」
「あ、はい」
言われるまま後部座席に乗り込むと、運転席の楠さんが「凛太くん、こんばんは」と振り返ってくれる。
「あ、楠さん、こんばんは」
「ふふ。ちょうど学校帰り?」
「はい」
頷いて視線を合わせると、楠さんはちょっとふき出して「今、面白くてね」と言って、ますます楽しそうに笑う。
「凛太、シートベルトしてね」
瑛士さんにそう言われて、シートベルトをしながら、笑っている楠さんを見る。
「今さ、普通に仕事の話してたんだけど……突然瑛士さんが、凛太くんを見つけたら、もう……早くとめてって騒ぎ出してね。そんな急に車は止まれないって話で……」
「だって真横通った時に見えちゃったから。早く停めなきゃって」
「そうなんでしょうけど……」
楠さんはおかしそうにまたクスクス笑いながら「車出しますね」と言った。滑らかに動き出した車内で、ちょっときまり悪そうに、肩を竦めている瑛士さんを見て、ふ、と笑ってしまう。
「ほら。凛太に笑われたし。そういうのは内緒にしててよ」
「あー、でも、これは伝えたほうが面白いかなって。ね、凛太くん?」
「面白いって何……」
「あ、別にオレ、おかしいから笑ったんじゃなくて」
「――? 何で笑ったの?」
「あ、いや……オレを見つけて、そんな風だったのが……ちょっと、嬉しかったので」
最後のほう、ちょっと照れながら言うと、瑛士さんがきょとんとした顔でオレを見て、それから、その手で俺の頭を撫でた。
「――だって嬉しかったしね、凛太見つけて」
よけいに照れて、言葉に困ってるオレと、何も言わない楠さん。一瞬沈黙したけど、すぐに瑛士さんが、ぱっとオレを見つめた。
「そうだ凛太、今日、少し時間ある?」
「時間……明日締め切りの課題とかはないですけど……?」
「こないだ言ってた、エステさ、今日行けるかな?」
「えっ」
「ちょうど今日予約の電話してて、今日夜ならって言われたんだけど、今日は無理かなって断ってて――今から行ってもいいか聞いてみてもいい?」
「あ、えと……はい」
「ん。ごめん、京也さん、行先、麻里さんのところに変えてもいい? 帰りはタクシーで帰るから」
「いいですよ」
「ありがと。ちょっと聞いてみる」
エステ。……エステか、オレほんとに行くの??
戸惑いまくりのオレの前で、瑛士さんが電話を掛けはじめる。
嫌ではあったけど、先延ばししても仕方ないので、今日一日かけて作ったメールを、父に送信した。
……見てすぐ電話が来たとしても、もう出られるし。
Ωだったこととか、瑛士さんのこととか、聞かれそうなことは大体入れておいた。電話で、新しい話を出すとまた面倒くさそうだから、ぜんぶ入れたんだけど……箇条書きみたいな感じで分かりやすくはしたけど……はー。
……あー。嫌だな。電話で、話したくない。
――母さんのことは、大好きだったけど、どうしてあの人を選んだのかってたまに考えてしまう。でも、習いに行くように言われた料理教室に行って、あんなにおいしく作れるようになってたってことは、母さんは、あの人を好きだったんだよね……。オレには分からないけど、αとΩだから、フェロモンとかも関係あるんだろうか、なんて、毎回そこに結論を逃がしてしまう。
息をつきながら、車道を走っていく車の赤いテールランプをなんとなく目に映す。ふと、瑛士さんもそろそろ帰ってくるのかなぁ、なんて思って――思わず口元がほころぶ。
前は、一人の家に帰る時間が、特に好きではなかった。
寝に帰るだけの生活だったし。もっと大学にも遅くまで居たし。
でも今は、帰ると瑛士さんに会えるから。なんとなく早く帰りたいなって、思ってる。
あの、でっかいクッションに二人で埋もれながら、オレも瑛士さんも、それぞれ適当に勉強したり本を読んだり、仕事してたり。
……なんか。
あれが一日の最後にあるだけで、なんとなく、その日一日が、幸せに終えられる気がしている。
今日は食事は大学で取ったし、瑛士さんにもそう伝えたから、帰ったらお風呂入って、勉強して、SNSの返信して、寝るだけ。
はー……電話、来ちゃうかなあ。
うんざりした気持ちになったその時。
ポケットのスマホが鳴り始めた。自分がびくっと震えたのが分かる。相当嫌なんだな、オレ。てか、早すぎるよ……。
めちゃくちゃうんざりしながら、通話ボタンに触れて、耳にスマホを近づけた。
なんて言われるだろう、第一声。
「……もしもし?」
怒鳴られるか、冷たく一蹴されるか、バカにされるか……。一瞬でいろんな可能性を考えたその時。
『凛太、おかえり』
「え」
聞こえた明るい声に驚いて、スマホのディスプレイを見ると、瑛士さんの名前が出ていた。
『凛太の少し先にいるよ、見える? 車停めてる』
「あ、はい、見えました」
歩く先に、瑛士さんが見えた。路肩に寄せて止まってる車の横で、瑛士さんが手を振ってくれている。
つい数秒前まで、めちゃくちゃどんよりした気持ちで電話に出たのが嘘みたいに、気持ちが弾む。現金だなぁ、オレ。
電話を切って、瑛士さんに駆け寄ると、もう一度「おかえり」と微笑んでくれる。オレも「おかえりなさい」と自然と笑顔になった。
「乗って」
「あ、はい」
言われるまま後部座席に乗り込むと、運転席の楠さんが「凛太くん、こんばんは」と振り返ってくれる。
「あ、楠さん、こんばんは」
「ふふ。ちょうど学校帰り?」
「はい」
頷いて視線を合わせると、楠さんはちょっとふき出して「今、面白くてね」と言って、ますます楽しそうに笑う。
「凛太、シートベルトしてね」
瑛士さんにそう言われて、シートベルトをしながら、笑っている楠さんを見る。
「今さ、普通に仕事の話してたんだけど……突然瑛士さんが、凛太くんを見つけたら、もう……早くとめてって騒ぎ出してね。そんな急に車は止まれないって話で……」
「だって真横通った時に見えちゃったから。早く停めなきゃって」
「そうなんでしょうけど……」
楠さんはおかしそうにまたクスクス笑いながら「車出しますね」と言った。滑らかに動き出した車内で、ちょっときまり悪そうに、肩を竦めている瑛士さんを見て、ふ、と笑ってしまう。
「ほら。凛太に笑われたし。そういうのは内緒にしててよ」
「あー、でも、これは伝えたほうが面白いかなって。ね、凛太くん?」
「面白いって何……」
「あ、別にオレ、おかしいから笑ったんじゃなくて」
「――? 何で笑ったの?」
「あ、いや……オレを見つけて、そんな風だったのが……ちょっと、嬉しかったので」
最後のほう、ちょっと照れながら言うと、瑛士さんがきょとんとした顔でオレを見て、それから、その手で俺の頭を撫でた。
「――だって嬉しかったしね、凛太見つけて」
よけいに照れて、言葉に困ってるオレと、何も言わない楠さん。一瞬沈黙したけど、すぐに瑛士さんが、ぱっとオレを見つめた。
「そうだ凛太、今日、少し時間ある?」
「時間……明日締め切りの課題とかはないですけど……?」
「こないだ言ってた、エステさ、今日行けるかな?」
「えっ」
「ちょうど今日予約の電話してて、今日夜ならって言われたんだけど、今日は無理かなって断ってて――今から行ってもいいか聞いてみてもいい?」
「あ、えと……はい」
「ん。ごめん、京也さん、行先、麻里さんのところに変えてもいい? 帰りはタクシーで帰るから」
「いいですよ」
「ありがと。ちょっと聞いてみる」
エステ。……エステか、オレほんとに行くの??
戸惑いまくりのオレの前で、瑛士さんが電話を掛けはじめる。
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