神楽

立樹

文字の大きさ
1 / 3

しおりを挟む
 朝七時。
 オレの毎朝の日課は、近松神楽ちかまつかぐらに電話をかけること。

 一度目のコール。留守電になった。
 二度目、三度目。四度目のコール。

「神楽おはよう!」

「……お…はよ……あき」

 かすれた声に耳の奥の鼓膜がくすぐられた。
 官能が刺激され、体が熱くなる。

「起きたか?」

 それを声に出さないように、神楽に聞いた。

「ん……」

 そのあと、沈黙。
 これは、寝たな。
「かーぐーらー。起きろって。昨日だって来なかっただろ」

「……、あっ。ねてた……。おきる……」

「早く来いよ」

「りょ」

 そこで、電話が切れた。

「はー……マジでいい」

 少し自分でも変態だと思う。
 寝起きの声に、体が反応するなんて。しかも朝から。
 でも、寝起きの声に反応するのは、神楽だけ。
 試しに他の奴らにも電話してみたけど、なんにも感じなかった。
 それだけ神楽が特別ってことだ。


 神楽にモーニングコールをかけるようになってから半年ほど経つ。
 それでも、一限目に来るのは六十パーセントほど。こうやって起こす前は、一限目の授業は遅刻か欠席だったらしい。
 神楽はとにかく、朝に弱い。

 そんな彼は、入学当初から半端なく美しい顔立ちと、すらりとしたモデル体型で、注目されていた。
 遠くから彼を見る人、友達のように話しかける人。
 神楽は話しかけられたり、飲み会や歓迎会に誘ってくる人に対して、にっこりと笑ってかわしているようだった。
 だから、オレは神楽が人に興味がないんだと思っている。
 こんな神楽にどうして朝のモーニングコールをすることになったのかというと……。


 大学に入学して一か月経った頃。
 高校入学のときに買ってもらったパソコンの調子が悪くなった。
 電源をつけても突然、画面が落ちることが多く、レポートを書くときに使っていても、落ちてしまった。
 幸い書いていた文章は復元できたけど。もし、電源がつかなくなってしまったら、と考えるとぞっとした。
 新しく買い替えたくて、休日に家電量販店へパソコンを探しに行った。

 あと、腕時計も欲しいと思っていたので、先に時計用品コーナーを見ていたときだった。
 通りすがりの女性客たちがちらちらと誰かを振り返っていく。

 なんだろう。誰か有名人だろうかとその女性客の視線をたどると、それが神楽だとすぐにわかった。

 すらりとした長身に、やや癖のある黒髪。
 オレからすれば憎らしいほど整った顔立ち。その二重の双瞳がじっと一点を見つめていた。
 側には、女性の店員が声をかけていた。
 神楽は、大学と同じような笑みを浮かべて話をスルーしているようだった。
 店員は、説明は不要だと感じ取ったのか、神楽から離れていった。

 声も出さず、笑みだけでやり過ごすなんてオレにはできない芸当だ。
 それに、このときのオレは、まだ神楽の声を聞いたことがなかった。
 もしかしたら、声が出せないのかもしれないなんて、思ったこともあった。
 どうして話しかけたのか。たぶん、いつも人に囲まれている神楽が一人、腕を組んで悩んでいる。その姿が、無防備に感じたのだ。

「なに、目覚まし探してんの?」

 オレが声をかけると、ぱっと目が合った。
 とたんに、驚いた顔になった。
 ぼそっとなにかをつぶやいたかと思うと、手を差し出してきた。

 握手?

 そう思って手を握り返そうとしたときだった。

「お手」

「?……ワン?」

 握り返そうとした手を思わず犬がするように、神楽の手の平に乗せた。

 お手? お手ってなんだ……?

 お手をしてしまったまま、固まったオレを見て、
「ぷっ」とふき出し、しゃがみ込んで笑っている。

 なっ、なんなんだ。お手っていったのはそっちなのに。
 失礼な奴。

 こんな奴だったのかと、腹が立った。オレがどうしてお手をさせられたのかもわからない。もういいやと、きびすを返そうと背を向けた。

「待って」

 神楽がオレを呼びとめた。

「気分を害したなら謝ります。すみません」

 見れば、神楽が頭をさげている。
 それを無視して立ち去る理由もないので、「いいですよ」と返した。

 初めて聞いた神楽の声が「お手」とは笑える。が、
 この時から、声に艶があった。
 もっと聞いてみたい。その欲求に腹立ちはどこへやら。オレは声に吸い寄せられるように神楽の前に立った。

「ほんと、すみませんでした」

 やっぱ、いい声をしている。
 どうしたらもっと聞けるだろうか。と、頭をフル回転させた。

「いいって。君、近松神楽だろ?」

「あれ、俺の名前知って……。同じ大学?」

「そう。オレ、谷川彰也たにかわあきや。同じ講義取ってるのに、知らないのな」

「朝が弱くて。実は授業もあまり頭に入ってないんだ」

「それで、目覚まし買おうとしてんの?」

 そう問うと、苦笑いを浮かべ、うなずいた。

「スマホの目覚ましじゃ、いつの間にか止まっていて、起きたことがないから。あと三個あったら起きられるかもって思って」

 少し恥ずかしそうに、そして、困ったように言う。
 そんな神楽を見て、起きられないのも辛いのだなと思った。

 何かいい方法ってないか……。

 考えを巡らせていると、ある妙案が浮かんだ。

「あのさ、オレがモーニングコールするってのはどう?」

「え、いや。それは、悪い。俺、起きないから何度も連絡してもらうことになるし。そんな時間、取らせられないよ」

「ほら、悪いって思うならなおさら、起きられるかもしれないだろ」

「……。うーん」

 もう一押し。

「そんなに、悩むんならコール時間を決めておけばいい。例えば、五分とか。五分コールして起きなかったらコールするのをやめるとか」

「まあ、それだったら。でも、五分は長いよ。三分で」

「ほんとに三分で起きられんの?」

「うっ」

「ほら。遠慮すんなって。五分でも十分だっていいさ」

 そう言うと、訝し気な顔をした。

「谷川にとって得にならないことなのに。どうしてそんなに親切にしてくれるわけ?」

 何かたくらみでもあるのかと勘繰るように見られてぎくりとする。

 声を聞きたいから。なんて言えるわけがなく……。

「いや、その。変わりたいと思って目覚まし時計見に来たんだろ? 朝起きられないのうわさで聞いてた。本人がどうとも思っていなかったらいいけど。どうにかしたいって思ってるんなら、なにか手伝えたらいいなって思っただけ」

 これはウソじゃない。起きられないと話す神楽は辛そうだったから。

「谷川って、いい奴!」

 がばっと抱きつかれて、両手が宙に浮く。
 焦っているところへ、耳元で声がした。

「……みたい。安心する。あいつがいないと俺、ダメなんだ……」

 神楽の声が鼓膜に届く。しかもダイレクトに。
 身震いしそうになり、これ以上はやばいと、さっと神楽と距離を取った。
 顔が赤くなっていないだろうか。
 それに、さっきから人の視線が気になって仕方がなかった。

 ま、そりゃそうだ。なんたって神楽だ。注目を浴びないわけがない。
 さっさとここから退散しよう。

 オレはポケットからスマホを出して、自分のQRコード画面を出す。

「LINE交換」

 神楽が背負っていたカバンからスマホを出し、無事交換終了。

「じゃ、明日。えっと、何時がいい?」

「んー。八時……、やっぱ、八時半で」

「八時半? それで間に合うの?」

 聞けば、借りているアパートは、大学のすぐ近くだった。
 コール時間は十分と決め、それ以上は待たないことを約束して別れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

あなたが好きでした

オゾン層
BL
 私はあなたが好きでした。  ずっとずっと前から、あなたのことをお慕いしておりました。  これからもずっと、このままだと、その時の私は信じて止まなかったのです。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

出戻り王子が幸せになるまで

あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
初恋の相手と政略結婚した主人公セフィラだが、相手には愛人ながら本命がいたことを知る。追及した結果、離縁されることになり、母国に出戻ることに。けれど、バツイチになったせいか父王に厄介払いされ、後宮から追い出されてしまう。王都の下町で暮らし始めるが、ふと訪れた先の母校で幼馴染であるフレンシスと再会。事情を話すと、突然求婚される。 一途な幼馴染×強がり出戻り王子のお話です。 ※他サイトにも掲載しております。

ラベンダーに想いを乗せて

光海 流星
BL
付き合っていた彼氏から突然の別れを告げられ ショックなうえにいじめられて精神的に追い詰められる 数年後まさかの再会をし、そしていじめられた真相を知った時

契約満了につき

makase
BL
仮初めの恋人として契約を結んだ二人の、最後の夜。

夜が明けなければいいのに(洋風)

万里
BL
大国の第三皇子・ルシアンは、幼い頃から「王位には縁のない皇子」として育てられてきた。輝く金髪と碧眼を持つその美貌は、まるで人形のように完璧だが、どこか冷ややかで近寄りがたい。 しかしその裏には、誰よりも繊細で、愛されたいと願う幼い心が隠されている。 そんなルシアンに、ある日突然、国の命運を背負う役目が降りかかる。 長年対立してきた隣国との和平の証として、敵国の大公令嬢への婿入り――実質的な“人質”としての政略結婚が正式に決まったのだ。 「名誉ある生贄」。 それが自分に与えられた役割だと、ルシアンは理解していた。 部屋に戻ると、いつものように従者のカイルが静かに迎える。 黒髪の護衛騎士――幼い頃からずっと傍にいてくれた唯一の存在。 本当は、別れが怖くてたまらない。 けれど、その弱さを見せることができない。 「やっとこの退屈な城から出られる。せいせいする」 心にもない言葉を吐き捨てる。 カイルが引き止めてくれることを、どこかで期待しながら。 だがカイルは、いつもと変わらぬ落ち着いた声で告げる。 「……おめでとうございます、殿下」 恭しく頭を下げるその姿は、あまりにも遠い。 その淡々とした態度が、ルシアンの胸に鋭く突き刺さる。 ――おめでとうなんて、言わないでほしかった。 ――本当は、行きたくなんてないのに。 和風と洋風はどちらも大筋は同じようにしようかと。ところどころ違うかもしれませんが。 お楽しみいただければ幸いです。

処理中です...