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朝七時。
オレの毎朝の日課は、近松神楽に電話をかけること。
一度目のコール。留守電になった。
二度目、三度目。四度目のコール。
「神楽おはよう!」
「……お…はよ……あき」
かすれた声に耳の奥の鼓膜がくすぐられた。
官能が刺激され、体が熱くなる。
「起きたか?」
それを声に出さないように、神楽に聞いた。
「ん……」
そのあと、沈黙。
これは、寝たな。
「かーぐーらー。起きろって。昨日だって来なかっただろ」
「……、あっ。ねてた……。おきる……」
「早く来いよ」
「りょ」
そこで、電話が切れた。
「はー……マジでいい」
少し自分でも変態だと思う。
寝起きの声に、体が反応するなんて。しかも朝から。
でも、寝起きの声に反応するのは、神楽だけ。
試しに他の奴らにも電話してみたけど、なんにも感じなかった。
それだけ神楽が特別ってことだ。
神楽にモーニングコールをかけるようになってから半年ほど経つ。
それでも、一限目に来るのは六十パーセントほど。こうやって起こす前は、一限目の授業は遅刻か欠席だったらしい。
神楽はとにかく、朝に弱い。
そんな彼は、入学当初から半端なく美しい顔立ちと、すらりとしたモデル体型で、注目されていた。
遠くから彼を見る人、友達のように話しかける人。
神楽は話しかけられたり、飲み会や歓迎会に誘ってくる人に対して、にっこりと笑ってかわしているようだった。
だから、オレは神楽が人に興味がないんだと思っている。
こんな神楽にどうして朝のモーニングコールをすることになったのかというと……。
大学に入学して一か月経った頃。
高校入学のときに買ってもらったパソコンの調子が悪くなった。
電源をつけても突然、画面が落ちることが多く、レポートを書くときに使っていても、落ちてしまった。
幸い書いていた文章は復元できたけど。もし、電源がつかなくなってしまったら、と考えるとぞっとした。
新しく買い替えたくて、休日に家電量販店へパソコンを探しに行った。
あと、腕時計も欲しいと思っていたので、先に時計用品コーナーを見ていたときだった。
通りすがりの女性客たちがちらちらと誰かを振り返っていく。
なんだろう。誰か有名人だろうかとその女性客の視線をたどると、それが神楽だとすぐにわかった。
すらりとした長身に、やや癖のある黒髪。
オレからすれば憎らしいほど整った顔立ち。その二重の双瞳がじっと一点を見つめていた。
側には、女性の店員が声をかけていた。
神楽は、大学と同じような笑みを浮かべて話をスルーしているようだった。
店員は、説明は不要だと感じ取ったのか、神楽から離れていった。
声も出さず、笑みだけでやり過ごすなんてオレにはできない芸当だ。
それに、このときのオレは、まだ神楽の声を聞いたことがなかった。
もしかしたら、声が出せないのかもしれないなんて、思ったこともあった。
どうして話しかけたのか。たぶん、いつも人に囲まれている神楽が一人、腕を組んで悩んでいる。その姿が、無防備に感じたのだ。
「なに、目覚まし探してんの?」
オレが声をかけると、ぱっと目が合った。
とたんに、驚いた顔になった。
ぼそっとなにかをつぶやいたかと思うと、手を差し出してきた。
握手?
そう思って手を握り返そうとしたときだった。
「お手」
「?……ワン?」
握り返そうとした手を思わず犬がするように、神楽の手の平に乗せた。
お手? お手ってなんだ……?
お手をしてしまったまま、固まったオレを見て、
「ぷっ」とふき出し、しゃがみ込んで笑っている。
なっ、なんなんだ。お手っていったのはそっちなのに。
失礼な奴。
こんな奴だったのかと、腹が立った。オレがどうしてお手をさせられたのかもわからない。もういいやと、きびすを返そうと背を向けた。
「待って」
神楽がオレを呼びとめた。
「気分を害したなら謝ります。すみません」
見れば、神楽が頭をさげている。
それを無視して立ち去る理由もないので、「いいですよ」と返した。
初めて聞いた神楽の声が「お手」とは笑える。が、
この時から、声に艶があった。
もっと聞いてみたい。その欲求に腹立ちはどこへやら。オレは声に吸い寄せられるように神楽の前に立った。
「ほんと、すみませんでした」
やっぱ、いい声をしている。
どうしたらもっと聞けるだろうか。と、頭をフル回転させた。
「いいって。君、近松神楽だろ?」
「あれ、俺の名前知って……。同じ大学?」
「そう。オレ、谷川彰也。同じ講義取ってるのに、知らないのな」
「朝が弱くて。実は授業もあまり頭に入ってないんだ」
「それで、目覚まし買おうとしてんの?」
そう問うと、苦笑いを浮かべ、うなずいた。
「スマホの目覚ましじゃ、いつの間にか止まっていて、起きたことがないから。あと三個あったら起きられるかもって思って」
少し恥ずかしそうに、そして、困ったように言う。
そんな神楽を見て、起きられないのも辛いのだなと思った。
何かいい方法ってないか……。
考えを巡らせていると、ある妙案が浮かんだ。
「あのさ、オレがモーニングコールするってのはどう?」
「え、いや。それは、悪い。俺、起きないから何度も連絡してもらうことになるし。そんな時間、取らせられないよ」
「ほら、悪いって思うならなおさら、起きられるかもしれないだろ」
「……。うーん」
もう一押し。
「そんなに、悩むんならコール時間を決めておけばいい。例えば、五分とか。五分コールして起きなかったらコールするのをやめるとか」
「まあ、それだったら。でも、五分は長いよ。三分で」
「ほんとに三分で起きられんの?」
「うっ」
「ほら。遠慮すんなって。五分でも十分だっていいさ」
そう言うと、訝し気な顔をした。
「谷川にとって得にならないことなのに。どうしてそんなに親切にしてくれるわけ?」
何かたくらみでもあるのかと勘繰るように見られてぎくりとする。
声を聞きたいから。なんて言えるわけがなく……。
「いや、その。変わりたいと思って目覚まし時計見に来たんだろ? 朝起きられないのうわさで聞いてた。本人がどうとも思っていなかったらいいけど。どうにかしたいって思ってるんなら、なにか手伝えたらいいなって思っただけ」
これはウソじゃない。起きられないと話す神楽は辛そうだったから。
「谷川って、いい奴!」
がばっと抱きつかれて、両手が宙に浮く。
焦っているところへ、耳元で声がした。
「……みたい。安心する。あいつがいないと俺、ダメなんだ……」
神楽の声が鼓膜に届く。しかもダイレクトに。
身震いしそうになり、これ以上はやばいと、さっと神楽と距離を取った。
顔が赤くなっていないだろうか。
それに、さっきから人の視線が気になって仕方がなかった。
ま、そりゃそうだ。なんたって神楽だ。注目を浴びないわけがない。
さっさとここから退散しよう。
オレはポケットからスマホを出して、自分のQRコード画面を出す。
「LINE交換」
神楽が背負っていたカバンからスマホを出し、無事交換終了。
「じゃ、明日。えっと、何時がいい?」
「んー。八時……、やっぱ、八時半で」
「八時半? それで間に合うの?」
聞けば、借りているアパートは、大学のすぐ近くだった。
コール時間は十分と決め、それ以上は待たないことを約束して別れた。
オレの毎朝の日課は、近松神楽に電話をかけること。
一度目のコール。留守電になった。
二度目、三度目。四度目のコール。
「神楽おはよう!」
「……お…はよ……あき」
かすれた声に耳の奥の鼓膜がくすぐられた。
官能が刺激され、体が熱くなる。
「起きたか?」
それを声に出さないように、神楽に聞いた。
「ん……」
そのあと、沈黙。
これは、寝たな。
「かーぐーらー。起きろって。昨日だって来なかっただろ」
「……、あっ。ねてた……。おきる……」
「早く来いよ」
「りょ」
そこで、電話が切れた。
「はー……マジでいい」
少し自分でも変態だと思う。
寝起きの声に、体が反応するなんて。しかも朝から。
でも、寝起きの声に反応するのは、神楽だけ。
試しに他の奴らにも電話してみたけど、なんにも感じなかった。
それだけ神楽が特別ってことだ。
神楽にモーニングコールをかけるようになってから半年ほど経つ。
それでも、一限目に来るのは六十パーセントほど。こうやって起こす前は、一限目の授業は遅刻か欠席だったらしい。
神楽はとにかく、朝に弱い。
そんな彼は、入学当初から半端なく美しい顔立ちと、すらりとしたモデル体型で、注目されていた。
遠くから彼を見る人、友達のように話しかける人。
神楽は話しかけられたり、飲み会や歓迎会に誘ってくる人に対して、にっこりと笑ってかわしているようだった。
だから、オレは神楽が人に興味がないんだと思っている。
こんな神楽にどうして朝のモーニングコールをすることになったのかというと……。
大学に入学して一か月経った頃。
高校入学のときに買ってもらったパソコンの調子が悪くなった。
電源をつけても突然、画面が落ちることが多く、レポートを書くときに使っていても、落ちてしまった。
幸い書いていた文章は復元できたけど。もし、電源がつかなくなってしまったら、と考えるとぞっとした。
新しく買い替えたくて、休日に家電量販店へパソコンを探しに行った。
あと、腕時計も欲しいと思っていたので、先に時計用品コーナーを見ていたときだった。
通りすがりの女性客たちがちらちらと誰かを振り返っていく。
なんだろう。誰か有名人だろうかとその女性客の視線をたどると、それが神楽だとすぐにわかった。
すらりとした長身に、やや癖のある黒髪。
オレからすれば憎らしいほど整った顔立ち。その二重の双瞳がじっと一点を見つめていた。
側には、女性の店員が声をかけていた。
神楽は、大学と同じような笑みを浮かべて話をスルーしているようだった。
店員は、説明は不要だと感じ取ったのか、神楽から離れていった。
声も出さず、笑みだけでやり過ごすなんてオレにはできない芸当だ。
それに、このときのオレは、まだ神楽の声を聞いたことがなかった。
もしかしたら、声が出せないのかもしれないなんて、思ったこともあった。
どうして話しかけたのか。たぶん、いつも人に囲まれている神楽が一人、腕を組んで悩んでいる。その姿が、無防備に感じたのだ。
「なに、目覚まし探してんの?」
オレが声をかけると、ぱっと目が合った。
とたんに、驚いた顔になった。
ぼそっとなにかをつぶやいたかと思うと、手を差し出してきた。
握手?
そう思って手を握り返そうとしたときだった。
「お手」
「?……ワン?」
握り返そうとした手を思わず犬がするように、神楽の手の平に乗せた。
お手? お手ってなんだ……?
お手をしてしまったまま、固まったオレを見て、
「ぷっ」とふき出し、しゃがみ込んで笑っている。
なっ、なんなんだ。お手っていったのはそっちなのに。
失礼な奴。
こんな奴だったのかと、腹が立った。オレがどうしてお手をさせられたのかもわからない。もういいやと、きびすを返そうと背を向けた。
「待って」
神楽がオレを呼びとめた。
「気分を害したなら謝ります。すみません」
見れば、神楽が頭をさげている。
それを無視して立ち去る理由もないので、「いいですよ」と返した。
初めて聞いた神楽の声が「お手」とは笑える。が、
この時から、声に艶があった。
もっと聞いてみたい。その欲求に腹立ちはどこへやら。オレは声に吸い寄せられるように神楽の前に立った。
「ほんと、すみませんでした」
やっぱ、いい声をしている。
どうしたらもっと聞けるだろうか。と、頭をフル回転させた。
「いいって。君、近松神楽だろ?」
「あれ、俺の名前知って……。同じ大学?」
「そう。オレ、谷川彰也。同じ講義取ってるのに、知らないのな」
「朝が弱くて。実は授業もあまり頭に入ってないんだ」
「それで、目覚まし買おうとしてんの?」
そう問うと、苦笑いを浮かべ、うなずいた。
「スマホの目覚ましじゃ、いつの間にか止まっていて、起きたことがないから。あと三個あったら起きられるかもって思って」
少し恥ずかしそうに、そして、困ったように言う。
そんな神楽を見て、起きられないのも辛いのだなと思った。
何かいい方法ってないか……。
考えを巡らせていると、ある妙案が浮かんだ。
「あのさ、オレがモーニングコールするってのはどう?」
「え、いや。それは、悪い。俺、起きないから何度も連絡してもらうことになるし。そんな時間、取らせられないよ」
「ほら、悪いって思うならなおさら、起きられるかもしれないだろ」
「……。うーん」
もう一押し。
「そんなに、悩むんならコール時間を決めておけばいい。例えば、五分とか。五分コールして起きなかったらコールするのをやめるとか」
「まあ、それだったら。でも、五分は長いよ。三分で」
「ほんとに三分で起きられんの?」
「うっ」
「ほら。遠慮すんなって。五分でも十分だっていいさ」
そう言うと、訝し気な顔をした。
「谷川にとって得にならないことなのに。どうしてそんなに親切にしてくれるわけ?」
何かたくらみでもあるのかと勘繰るように見られてぎくりとする。
声を聞きたいから。なんて言えるわけがなく……。
「いや、その。変わりたいと思って目覚まし時計見に来たんだろ? 朝起きられないのうわさで聞いてた。本人がどうとも思っていなかったらいいけど。どうにかしたいって思ってるんなら、なにか手伝えたらいいなって思っただけ」
これはウソじゃない。起きられないと話す神楽は辛そうだったから。
「谷川って、いい奴!」
がばっと抱きつかれて、両手が宙に浮く。
焦っているところへ、耳元で声がした。
「……みたい。安心する。あいつがいないと俺、ダメなんだ……」
神楽の声が鼓膜に届く。しかもダイレクトに。
身震いしそうになり、これ以上はやばいと、さっと神楽と距離を取った。
顔が赤くなっていないだろうか。
それに、さっきから人の視線が気になって仕方がなかった。
ま、そりゃそうだ。なんたって神楽だ。注目を浴びないわけがない。
さっさとここから退散しよう。
オレはポケットからスマホを出して、自分のQRコード画面を出す。
「LINE交換」
神楽が背負っていたカバンからスマホを出し、無事交換終了。
「じゃ、明日。えっと、何時がいい?」
「んー。八時……、やっぱ、八時半で」
「八時半? それで間に合うの?」
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