神楽

立樹

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 こうして始まったモーニングコール。
 なのに、神楽との距離はあまり縮まっていない。
 前と今との違いはといえば、モーニングコールだけ。
 朝以外にも連絡をしようと思えばできる。
 それができないのは、学校で会う神楽との間に壁を感じるからだ。

 廊下で出会っても「よう」「おう」の挨拶だけ。
 視線を合わせようとしてもすぐにそらされる。
 だからメッセを送ったり、遊びに誘うのは迷惑なのかもしれない。そんな考えがよぎってメッセを打つ指が止まり、誘うのに尻込みしてしまう。そんなこんなでオレと神楽の距離は依然となんら変わっていない。
 一緒に行動することは皆無といってよかった。

 朝のモーニングコールは大学に着いてからしている。
 A棟とB棟の間をつなぐ一階通路には吹きさらしの広いホールがある。
 通路は生徒がよく行き交っているが、外れれば、ひっそりとしていて人気がない。
 均等に並ぶいくつかの太い柱にもたれかけるように電話をしていた。

 通話を切ったとき、後ろから声をかけられた。

「谷川ってば、誰と電話してんの?」

「大見か」

 ボブカットに大きな目が特徴の同級生、 大見小友梨おおみこゆりだ。
 そして、オレの高校からの友人である 秋元光陽あきもとみつはるの彼女でもある。

「だから、誰と?」

「いいだろ、誰だって。ミッチーは一緒じゃないのか?」

「光陽は、二限目から来るって」

「え、なんで?」

「昨日、遅くまで飲み会に付き合わされたんだってさ」

「あっそ」

 行こうとするオレの腕を「待って」とつかんできた。
 そして、持っていたスマホをオレの手からするりと抜き取った。

「え、ちょっ、ちょっとなにすんだよ」

 取り返そうとしても、さっとかわされる。
 画面がちらっと見えた。
 やばい、スリープ画面になっていない。
 誰と通話していたのか一目瞭然だ。

「ええっ! どういう関係なの? それとも同姓同名……ってことはないよね?」

 スマホの画面とオレ。大見の視線が往復する。そして、驚いた顔をオレに向けた。

「大見には関係ないだろ? 返せって」

「電話してもいい?」

「いいわけないだろ!」

 本気で怒っているのがわかったのか、「ごめん」と言ってスマホを返してきた。

「ったく、なんでオレの通話相手を気にするんだよ。お前の彼氏はミッチーだろ」

 眉を寄せて言うと、ちっちっち、と指を左右に振った。

「その彼氏からだって」

「は?」

「だから、最近、谷川が変なんだって言うの。朝も誰かと電話してることが多いし。スマホを見て考え事をしてるから、きっと誰が好きな人でもできたんじゃないかって」

「ミッチーが?」

「そう! 光陽は谷川が言ってくれるまで待つって言うんだけどさ、気になって。ごめんね。でも、意外だったよー! 電話の相手が、まさかあのちかま……ふぐっ」

「おいっ」

 とっさに大見の口を手で覆った。
 すると、目でうなずく素振りをしたので、手を離した。
 辺りには人が増えてきていた。
 そんな中で、彼の名前を出したくなかった。

「知り合いなら、紹介してよ」

「……いやだね」

 紹介も何も、大学では挨拶ぐらいしか交わさないのに、できるわけがない。それに、仲のいい人物を持たないのにもなにか理由があるかもしれないのに、あえて負担になるようなことをしたくなかった。
 けど、大見はこんなことで諦めるような奴ではない。諦める奴なら、ミッチーと付き合ってないだろうし。
 今だってメッセを送っているのか、指が画面の上を素早く動いている。しかも鼻歌交じりで。


 その後、すぐに合流したミッチーと、大見にあれこれと尋ねられたが、のらりくらりとかわしつつ、教室に入って授業の始まりを待った。
 この分だと、神楽が来たら、すぐにでも詰め寄りそうだ。
 でも、きっと神楽のことだ、いつもの余裕の笑みでかわすはず。
 と思っていたのに、予想は外れた。

 授業が終わった後、神楽を見つけた二人はさっそく声をかけに行った。
 神楽の周りにはいつも人がいる。
 それをもろともせずに声をかけた。
 少し離れているから、なんて言ったかまではわからない。

 すると、神楽と目が合った。

 その目がすっと細められる。
 笑みとも睨むとも違う視線は初めて見る表情だった。
 とたんに、神楽の視線を追って、周りの奴らもオレを見てきた。
 特定の友人を作らない神楽の友人なのかと目で問われている気がした。

 羨望、嫉妬。そんなうっとうしい視線。

 ふと、神楽はこんな視線をずっと受けているんじゃないかと思った。
 これまでずっと距離を取っていたのは、もしかして、この視線をオレに向けないためだったりして……。
 ってなことはないか。
 さすがに思い上がりだろう。
 オレは、その考えを笑い飛ばした。

 視線を無視して「神楽」と呼んだ。

 神楽がオレの前まで移動してきた。

「ごめん」と謝ろうとした。
 たぶん大見は自分ともアドレス交換をしてほしい。と言っただろうから。それに続いて他の生徒だって言ってくるかもしれない。

 そんなきっかけを作ってしまったことへの謝罪。
 けれど、それを口に出して言うことはなかった。
 神楽はオレの隣に立って、肩に手をかけた。
 そして顔をオレの方に少し傾け、こっちに注目している生徒を見渡した。

「この人、俺の想い人なんだ。だから、あきだけにモーニングコールしてもらってるんだ。あ、これ、告白ね」

「っえええー!」

「なんでー!」

 悲鳴が聞こえる。
 ざわめきは廊下まで届くほどに大きく、幾人かが扉から顔をのぞかせている。
 教室の視線をあび、どよめく中、オレも同じように驚いていた。

 そんな告白、ここで言う!ってか、どうなってこうなった?

 開いた口がふさがらない。

 金魚が酸素不足で口をパクパクしているみたいになっている。

「だから、ごめんね。ライン交換できなくて。温かく見守ってて。ほら、あき、行こ」

 神楽はオレの背中を押して、移動をうながした。

「谷川! で、へ、返事は?」

 見れば大見が乗り出すように聞いてきた。
 目が輝いている。
 面白そうだと顔に書いてあった。
 それに受け答えできる余裕なんてない。
 手を振って、ざわめきと好奇の目が矢のように飛んでくる教室を出た。
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