蒼と向日葵

立樹

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 蒼が着替えている間に、麦茶を取りに台所へ向かった。
 お盆にグラスとペットボトルの冷えた麦茶をのせて居間にもどる。襖を開ける前に中にいる蒼に声をかけた。

「着替え終わった? 開けていい?」

「どうぞ」

 僕が襖を開けるのと同時に、蒼も襖を開けてくれたらしい。
 扉が思ったよりも軽く、力の加減を間違えて、バランスをくずしてしまった。

 持っていたお盆がぐらついた拍子に二リットルのペットボトルが傾く。

「あっ」

 まずい。

 ペットボトルはつかんだものの、今度はグラスが傾いてしまった。
 落ちると思ったとき、別の手がグラスを支えてくれていた。

「ありがと……!」

 顔をあげると、思ったよりも近くに蒼の顔があった。
 目の光彩までわかる距離に、ドキッとした。
 
「グラス、円卓に置いとく」

 蒼は、さっとお盆からグラスを持ち上げて移動させた。

「どうも」

 僕は、顔の火照りを感じ、落ち着けと自分に言い聞かせながら、蒼のグラスに麦茶を注いだ。

「おつかれー」

 蒼が持ち上げたグラスに、僕が持つグラスを打ち合わせる。
 カチンと音がした。
 麦茶は熱くなった体を冷やしてくれる。鼓動も落ち着いてきた。

「千昌、六年前の返事、今していいかな」

「んん!」 

 飲んでいた麦茶が、気管に入りそうになった。
 幸いにも、未然に防ぐことができたが、動揺して言葉がでてこない。

 そんな僕を見て、蒼は苦笑気味だ。

「今さらだよな。俺もそう思う。でも、千昌だって気になってるだろ?」

「うん」

「メッセ見たとき、何かの冗談かって思ったんだ。でも、千昌がそんなことするはずないしって思い直して。好き嫌いでいったら、好きだけど、俺は恋愛対象として千昌のこと見たことがなかった。じゃあ、恋愛対象としてどうなんだろうって考えても、やっぱり答えは友だちだった」

「そっか」

「で、『ごめん』って、断ろうと思ったんだ。なのにできなかった」

「どうして?」

「どうしてだろな。自分でもわかってなくて、六年も経っちまった」

「今もわからない?」

 蒼は首を横に振った。つまりは、今は答えがでているってこと。

 前は答えがでていなかったからメッセもなかった。答えがでたから僕に会いに来た……?考えをまとめていると、

「もし、断ったら千昌はどうしてた?」

 蒼が聞いてきた。

「どうしてたって、普通にショック受けて、今みたいに過ごしてたと思うけど」

「俺のことは忘れて、だろ?」

「忘れてはないよ。考えないようにはしてた」

「ごめんな。俺が千昌の立場だったら、辛いと思うし。メッセを返さないとって焦れば焦るほど、わかんなくなって。考えてやっと出たから会いにきた」

「そ、そうなの?」

 じっと見られることにたえきれず、残った麦茶を飲んだ。飲んでも鼓動は速くなるばかりだ。

 落ち着け。
 どうせ断られる。
 
 下を向いてぐっと目をつぶった。

「実はさ、この間酔って、ここに来たじゃん」

「そうだね」

「俺、上司と相性最悪でさ。俺のすることにケチつけてくんの。移動願いもだしてたけど、受理されなくてさ。やってられなくて飲んでいたんだ。いつもだったらそこまで飲まないんだけど、自分のミスを俺のせいにされて。頭にきて。退職願を書いて一人飲んでた。で、気がついたら懐かしい千昌の家だってわかったとき、気を張っていた糸が切れた」

 疲れて見えたのは、気のせいじゃなかったんだ。

「昨日、退職願だしてきた」

「そっか……、って、退職届? 辞めてきたの!」

 はっと顔をあげて見た蒼は、おだやかに微笑んでいた。
 前来たときよりも、さっぱりとした顔に、なぜだか胸がしめつけられる。

 きっと、これまでの苦労が少し垣間見えたからかもしれない。

「上司は最悪だったけど、給料はよかったんだ。貯金はあるからゆっくり次のこと考えようかなって」

「蒼なら、どこででもなんとかなるよ」

「そう言ってくれると、嬉しい。あ、ズレたな。話を元に戻すと、まだ俺のこと好きなら、俺とつき合ってよ」

「そっかー、付き合うね……ん? 待ってくれ。誰と誰がつき合うって?」

「だから、オレと千昌」

「……蒼って、僕のこと好きなの?」

 唐突に言われた告白に僕は信じられず、聞き返した。
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