俺嫌な奴になります。

コトナガレ ガク

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雨は女の涙

第百八十一話 魔の瞬間

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「お前はこの間襲ってきたオッサンか」
「今度は逃がさないぜ兄ちゃん」
 ひっくり返ったワゴンのドアは開け放たれ地面には一人辺秀らしき人物が倒れている。 そして不敵に笑う獅子神と獰猛に笑う合谷が距離を取って対峙していた。
 今回は脅しじゃない、合谷を捕らえてこいと命令している。その際に多少怪我しても構わないとさえ言っている。その命令を聞いたとき獅子神は肉にありつけた獅子のように笑顔になったものだった。女を不幸にする合谷が相当気にくわないみたいで、俺の認識する多少と獅子神の認識する多少が食い違っていないことを願うが、別に食い違っていても構わないとは思っている。
 どうなろうがもう合谷に用はあるまい。
 合谷の方も前回一方的にやられて暴力への自信をへし折られ復讐に燃えていた。獅子神に敵わないことは前回の戦いで身に染みているはずなのに、合谷は逃げない。何か必勝の策でもあるのか。
 あっそういえばあったな。他ならぬ俺が授けていた。あれを上手く使えば確かに勝ち目は見えてくる。どう使うどのタイミングで、プロと素人の差をどう覆す? 場合によっては今後の参考になる。
「ざけんな。今度這い蹲るのはオッサンだぜ」
 合谷は躊躇うこと無く俺から購入した銃を抜こうと懐に手を入れるが、その手が引き抜かれる前に獅子神は踏み込み左手で懐に入った合谷の右手を上から抑えてしまう。
 あっけなく合谷は折角の銃を構えることなく封殺されてしまう。
 馬鹿が武器に頼りすぎ工夫がないと一概には言えない。獅子神と合谷の間にあった間合いは決して狭くない。二歩は掛かる間合いで、普通なら一歩踏み込まれる間に銃を引き抜き、二歩踏み込まれる間に引き金は引ける。
「おいおい、こんなに接近されてから武器を抜こうとするとか馬鹿か」
 あの間合いを一歩で踏み込めるお前が馬鹿げているだけだ。
 ありがとう合谷、今後の参考になった。馬鹿は身に染みなければ分からないが、俺は馬鹿じゃないので人の振り見て次に活かす。
「ちくしょうが」
 やけくそで残った左手で獅子神に殴りかかるが、獅子神はひょいと頭を内側に躱しつつ外側から被せるように右フックをカウンターで放つ。
「あがっ」
 ハンマーが肉にめり込むような音が響く。顎を砕かれ合谷が白目を剥いてドサッと崩れる。首が変な方向に曲がって、口が開きっぱなしになっている。一生むち打ち、堅い物は二度と食えないだろうし、下手したら脳を揺らされた後遺症が出るかも知れない、だが生きている。
 注文通り、見事だ。
 俺では合谷相手に、こうも一方的な横綱展開は出来ない。やれるとしたら嵌め技が決まったときぐらいだろう。
 獅子神は素早くビニールテープで合谷をぐるぐる巻きに拘束すると肩に砂袋のように担ぎ上げた。
「目標確保、ミッション達成。さっさとずらかろうぜ」
 ゴルフバックを抱えた影狩がワゴン車から出てきて獅子神に言う。
 これで目標の確保は終わった。柄作の姿は見えないが、柄作は逃げるようなら逃がしていいと言ってある。見逃してやるし、報酬を寄越せと連絡が来たらくれてもやる。約束を守る主義というのもあるが、それだけいい仕事をしてくれた礼でもある。
「そうだな。しかし俺は一応正義の側の旋律士のはずなのに、いつの間に犯罪の片棒を担ぐようになっちまったんだかな」
「悪いが獅子神さんは旋律士よりそっちの方が似合ってるぜ」
「ぬかせ。今度俺の優雅な旋律を聞かせてやるよ」
 そういえばすっかり忘れていたが獅子神は旋律士だったんだな。獅子神の旋律を聞いたこと無いし、それ以外の能力を見込んで使っていたんで忘れてた。
「いいね。ライブハウスで俺と勝負してみようぜ」
 影狩は趣味でロックバンドしていたっけ、本人曰くそこそこ人気らしいがこれもまた聞いたことが無い。
「ファンを取られて泣くなよ」
「俺の超絶テクを舐めると足下掬われるぜ」
「テクで旋律士に挑む無謀さを教えてやるぜ。その楽しみの為にもこの後の若大将のお手並みに期待だな」
「それもそうだけど警察に捕まる前にずらかろうぜ。捕まったらきっと正論攻めに遭うぜ」
「そうだな」
 二人は急いで合谷と大友をワゴン車に放り込むとその場から逃げ出すのであった。
 よし。獅子神達には八咫の文で合流地点Bに向かえと指示しつつ皇には無線で連絡。
『皇。もういい。合流地点Bに向かえ』
 俺は直ぐさま皇に撤退命令を出す。結局此方でもフォンの影を捕らえることは出来なかった。なら皇に無理をさせる必要は無い。
 本音を言えばここで雨女を捕らえることが出来ればいい手柄になるのだが、欲を搔くと碌な事にならないのは骨身に染みている。
「ですが」
 骨伝導式イヤフォンは好調のようで俺の命令は戦闘中でも間違いなく皇に伝わり、皇の戸惑いも俺に伝わる。
 皇は理知的に見えて武闘派。己が長年磨いた技を存分に振るう場所を常に求めている。そして今目の前には殺す気で向かっても殺せない強敵がいる。勝負を続けたい皇の気持ちは分かる。
『言っておくがこれは決闘でもお前の腕試しでもない、仕事だ』
「くっ」
『お前は長年磨いた技で、何かを為したいのか剣を振るっていたいのか、どっちだ?』
 剣を己の目的を達成する為の技とするか剣そのものを目的とするか、俺が突きつけた命題の答え次第では、ここで縁切りさせて貰う。
「私は長年磨いた技が無意味でなかったと思いたい」
『それで?』
「技を活用し何かを為したいのです、引きましょう。それに命を賭けた戦いも進む道の先に与えられると信じます」
 仕事を果たして貰うのはありがたいが、別に命懸けの戦いを無理に与える気はないぞ。出来るだけそういう事をさせないのが上司の仕事だ。
『剣でなく果たした仕事を誇ることを選んでくれて嬉しいよ』
「ならご褒美期待してます」
 皇は一度大ぶりを放つとくるっと回って背を見せて逃走を始めた。見事な逃げっぷり、皇流は勝負で一番大事なことを教えているようだ。
 このまま予め決めておいた合流地点に行けば獅子神達に拾って貰えるだろう。

 たまらないのは雨女、勝手に横槍を入れられたと思えば、あれだけ二人で盛り上がっていたのに、いきなり置いてけぼりを喰らう。
 あまりの身勝手さに逆に怒りは湧かない、逃げる背を見ても追いかける気すらしない。
「どうしようかしら?」
 ぽつんと佇み、雨女の緊張がふと緩んだ。
 僅かその一瞬。
 だが悪魔が付け込むには、十分すぎる時間。
 気配に気付いた雨女が振り返ったときには天空一面に広がった網が覆い被さってくるのであった。

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