俺嫌な奴になります。

コトナガレ ガク

文字の大きさ
313 / 328

第311話 幕は上がった

しおりを挟む
 五津府の了承は取れた。
 意外なほど簡単に許可は下りた。
『君を信じています』からの一言だった。
 これも俺が積み上げた信頼と実績なのだろうか。明日にも近隣の所轄署から数名づつ引き抜いてこちらに応援として送る段取りは五津府がしてくれるらしい。
 そういった俺には出来ない政治的仕事のサポートを抜かりなくしてくれるのはありがたいが、『ここまで大事にした事件の幕引きに期待してます』と上として釘を刺すことも忘れない、やはり人がいい好々爺じゃ無い政治の世界で生きる化け貍。
 失敗すれば悪の組織の幹部の如く粛正はされない、ただ単に失態分を補う責任を背負わされていく。退魔官はなり手がいない人材、失敗すればするほど足抜けが許されなくなっていく。まあ労働刑みたいなもので量刑が積み重ねれば路傍の屍になるまで使い潰される。そんな未来はご免だね。この業界ほどほどの所で引退するのが合理的。
 まあ失敗しなければいいだけのことと俺は俺が描く未来を胸に約束の時間なので所轄署に戻った。会議室には捜査に出ていた刑事達が半分ほど戻っている。
 元辻はいないようだな。
「果無警部、途中で店を出た男の足取りが分かりました。
 果無警部の似顔絵出来がいいですね。商店街の監視カメラの映像を調べたら特徴が似た男が直ぐ見つかりましたよ」
 杉本が近寄ってきて報告してくる。
 さり気なく俺をよいしょする当たりやはり中央へのコネが欲しいだろうか? 何なら退魔官の後任として五津府に推薦してもいい。
「それは良かった。それで身元は分かったのか?」
 今はカメラの目がそこらにある。映像が残されたくなければ知恵と工夫が必要になる時代だ、時間さえあればそこまでは誰にでも到達できる。大事なのはそこから先、この杉本の真価はここからといってもいい。もし俺の指示通りに映像を調べて終わっていたら、杉本はそこまでの男、扱い安い道具と評価が下る。
「勿論」
 杉本は俺の目を見てニヤリと自信ありげに笑って言う。
「足取りから立ち寄ったと思われる店に聞き込みしましたら分かりました。
 名前は田浜 浩一、乾物を取り扱う食品会社の営業で売り込みに来ていたようですね。名刺まで残っていましたので楽勝でした」
「そうか。それで田浜に事情聴取はしたのか?」
「それが田浜は行方不明です」
 自信ありげだった杉本の顔が少し曇った。
「警察が迫っているのを察知して逃げたのか?」
「いえ、そういうわけでは無いようです。会社に尋ねたところ昨日から連絡が取れなくなっているようです」
 俺にそんなつもりは無かったのだが、杉本は慌てて自分の失態でないとばかりに報告してくる。俺はただ単に田浜が警察から逃げ出す悪党だったらスケープゴートに丁度いいと思っただけなんだが、まあ誤解されるのはいつものことか。
「自宅は?」
「はい。尋ねたのですが留守でした。どうも昨日から帰ってきてないようです」
「そうか」
 つまり田浜はあの店で出東の傘を失敬したまま失踪してしまった訳か。
 傘を盗んだ罪の意識で失踪。
 ・・・、そんな奴が傘を盗むわけが無いか。
「果無警部一体これは何の事件なのですか?
 教えて貰えないでしょうか?」
 何かを感じ取った杉本は俺に嘆願するように言うが、そんなこと俺が教えて欲しいくらいだ。
 だがここにいる刑事達は俺が何か隠していると疑っている。杉本の背中越しに聞き耳を立てているのが伝わる。
 疑っているのは期待の裏返しでもある。
 ここは此奴等の勘違いをそのままにした方がハッタリも効果的になる。
 良し俺はここでは秘密を匂わす謎の捜査官でいこう。
「慌てるな。明日、事情を話そう」
 もったい付けた感じ言うことで俺の神秘性が増す。
「それで出東の方の足取りはどうなってます?」
「そちらは元辻さんの班が追っていますが、今のところ有力な手掛かりは無いようです」
 俺に啖呵切った手前、手ぶらじゃ戻りづらいか。
「そうか、まあ日も経っているし簡単じゃ無いだろう。だが田浜の方は昨日の事で新鮮だ。引き続き田浜の足取りを追ってください」
「分かりました」
 刑事達は会議室を飛び出していく。
 さて俺もどこかのカフェで今の会話で得た着想から劇の構想を練っておくか。

 次の日、所轄署の大会議室には50名ほどの刑事が集まっていた。近くの署から五津府が掻き集めて送ってくれた人員だ。その気になれば100名近く揃える捜査本部も立ち上げることも出来たようだが、今回は俺の方から目立たないようにと頼んだのでこの人数になった。
 あの人はこういう政治的なことは現場の期待通りにしてくれる、それだけに上の期待に応えられなかったときが怖い。
「皆さん良く集まってくれました。
 私はこの事件の総指揮をする果無警部です」
 俺は集まった捜査員の前に立って堂々と挨拶をすれば、俺の挨拶に一斉に鎮まるどころか会議室はざわめき出す。
『あんな若造が!?』
『下手すれば俺の息子ぐらいだぞ』
『あの歳で警部、キャリアのエリートか? だがキャリアのエリートが何で現場に?』
 元辻の如く集められたベテラン刑事達には反発と反感が伝染、比較的若い刑事達はまだ年が近いだけ合って様子見。
 政治的お膳立ては五津府の仕事で見事果たしてくれた。
 現場の人員の掌握は俺の仕事。
 理系の研究肌の俺には辛い仕事だ。こういうのは人を屈服させることに快感を覚える体育会系の方が合っているというのにな。
 ふう。一呼吸後、俺は練りに練ったストーリーを語り出した。
「これから皆さんに話す事件はその重大性から隠密捜査になりマスコミ等には一切発表はしません。
 この先を聞いた以上皆さんには守秘義務が生じます。口が軽いと自覚があるのならこの会議室から今のうちに退室することをお勧めします」
 やる気が無いなら出て行けと先生に言われて出ていく生徒がいないように、警察において上司にこう言われて出ていく者がいたら、それは警察での日陰街道を進むことを覚悟した者。
 あ~やだやだ村社会の同調圧力。
「誰もいないようですね」
「いるわけねえだろっ、もったい付けずにさっさと言えよ。その程度の脅しにびびる俺達じゃねえぞ」
 一同を見渡す俺に元辻からヤジが飛ぶ。
 これで現場の刑事対エリート官僚の構図が醸し出されていく。
 まっ反発心でも成果を出してくれればいいんだけどね。別にむさいおっさん達に好かれたいわけじゃ無い。
「皆さんに捜査して貰うのは人身売買組織です」
 俺の普段聞き慣れない不穏なワードに会議室は先程と比較にならないほどにざわめく。
「これが人身売買組織によりここ一ヶ月の間に誘拐されたと思われる人達です」
 そのざわめきを断ち切る如くパチンっと演出で指を鳴らせば、仕掛けが反応して会議室のスクリーンに数名の写真がばっと写しだされた。
 これはここ綿柴や出東と同じく曇りのち雨の日に行方不明になった人達を俺がピックアップしたものだ。
 この条件で本当に合っているのかは完全に賭だが中途半端なハッタリは身を滅ぼす、やるからには真実も嘘も覆い隠す大風呂敷を広げる。
「おいおい、本当かよ」
「そんな組織聞いたことも無いぞ」
 呑んだ。
 先程までのエリート官僚に対する刑事達の反抗心が消えた。
「くれぐれもマスコミにリークしないように、察知されれば組織は直ぐに地下に戻ってしまい、また一からの追跡になります。
 折角掴んだ組織の尻尾ここで離すわけにはいかないのです」
「しかしその組織は何だって一般市民を誘拐するんだ? 別に身代金を請求している訳じゃ無いんだろ」
 元辻が尤もな質問をしてくるが、それは当然想定内。
「そんな危険なこと頭のいい奴ならしませんよ。
 人そのものが宝の山なのです。角膜心臓内臓肺肝臓。何なら皮だってその道の愛好者になら高く売れます。それにわざわざ解体しなくても女なら別の使い道も色々ありますし。男でも肉体奴隷として。未だ人で無ければ出来ない危険な仕事は多くありますからね。例えば放射能が飛び交うところとか」
 ごくっと俺に呑まれ刑事達が生唾を飲む音が聞こえた。
「そういったニーズがあるところに人そのものを売るのがこの組織のビジネスです。
 いいですかこの組織は特に人を選びません。ニーズがあれば誘拐する機会があれば誘拐します。
 明日はあなた達の愛する人が行方不明になるかも知れないんですよ」
 最後の一文だけは本当で、この魔を放っておけば次々と人が消えていくことになる。
 俺が最後の一文を言った後会議室を見渡せば、刑事達の目には力が漲っていた。
 ふっ何だかんだでこの人達も正義に憧れた刑事なんだな。
「現状出東が組織とどんな関係があるのか不明ですが、彼が出歩いたことから組織が失態を犯したことは確実です。
 今こそ攻勢の時、ですので今まで一人で追っていた組織ですが情報漏洩のリスクを冒しても人を集めました。
 この行方不明になった人達の足取りを追えば必ず組織に行き着きます。
 私のためとは言いません。皆さん愛する人を守るため尽力を尽くして下さい」
 こうして脚本演出俺の舞台の幕は上がった。
 後は舞台の上で踊りきるだけだ。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

GATEKEEPERS  四神奇譚

ホラー
時に牙を向く天災の存在でもあり、時には生物を助け生かし守る恵みの天候のような、そんな理を超えたモノが世界の中に、直ぐ触れられる程近くに確かに存在している。もしも、天候に意志があるとしたら、天災も恵みも意思の元に与えられるのだとしたら、この世界はどうなるのだろう。ある限られた人にはそれは運命として与えられ、時に残酷なまでに冷淡な仕打ちであり時に恩恵となり語り継がれる事となる。 ゲートキーパーって知ってる? 少女が問いかける言葉に耳を傾けると、その先には非日常への扉が音もなく口を開けて待っている。

【電子書籍化】ホラー短編集・ある怖い話の記録~旧 2ch 洒落にならない怖い話風 現代ホラー~

榊シロ
ホラー
【1~4話で完結する、語り口調の短編ホラー集】 ジャパニーズホラー、じわ怖、身近にありそうな怖い話など。 八尺様 や リアルなど、2chの 傑作ホラー の雰囲気を目指しています。現在 150話 越え。 === エブリスタ・小説家になろう・カクヨムに同時掲載中 【総文字数 800,000字 超え 文庫本 約8冊分 のボリュームです】 【怖さレベル】 ★☆☆ 微ホラー・ほんのり程度 ★★☆ ふつうに怖い話 ★★★ 旧2ch 洒落怖くらいの話 ※8/2 Kindleにて電子書籍化しました 『9/27 名称変更→旧:ある雑誌記者の記録』

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

都市街下奇譚

ホラー
とある都市。 人の溢れる街の下で起こる不可思議で、時に忌まわしい時に幸いな出来事の数々。 多くの人間が無意識に避けて通る筈の出来事に、間違って足を踏み入れてしまった時、その人間はどうするのだろうか? 多くの人間が気がつかずに過ぎる出来事に、気がついた時人間はどうするのだろうか?それが、どうしても避けられない時何が起こったのか。 忌憚は忌み嫌い避けて通る事。 奇譚は奇妙な出来事を綴ると言う事。 そんな話がとある喫茶店のマスターの元に集まるという。客足がフッと途絶えた時に居合わせると、彼は思い出したように口を開く。それは忌憚を語る奇譚の始まりだった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

感染

宇宙人
ホラー
福岡県北九州市の観光スポットである皿倉山に航空機が墜落した事件から全てが始まった。 生者を狙い動き回る死者、隔離され狭まった脱出ルート、絡みあう人間関係 そして、事件の裏にある悲しき真実とは…… ゾンビものです。

かなざくらの古屋敷

中岡いち
ホラー
『 99.9%幽霊なんか信じていない。だからこそ見える真実がある。 』 幼い頃から霊感体質だった萌江は、その力に人生を翻弄されて生きてきた。その結果として辿り着いた考えは、同じ霊感体質でパートナーの咲恵を驚かせる。 総てを心霊現象で片付けるのを嫌う萌江は、山の中の古い家に一人で暮らしながら、咲恵と共に裏の仕事として「心霊相談」を解決していく。 やがて心霊現象や呪いと思われていた現象の裏に潜む歴史の流れが、萌江の持つ水晶〝火の玉〟に導かれるように二人の過去に絡みつき、真実を紐解いていく。それは二人にしか出来ない解決の仕方だった。 しかしその歴史に触れることが正しい事なのか間違っている事なのかも分からないまま、しだいに二人も苦しんでいく。 やがて辿り着くのは、萌江の血筋に関係する歴史だった。

処理中です...