70 / 328
第七十話 ジャンヌ
しおりを挟む
加速する車にジャンヌの目が一瞬見開かれた。
けっ度肝を抜いてやったぜ。頼まれるのは嫌じゃ無いが、命令されるのは嫌いなんでな。これで溜飲が下がったぜ。
後はあんたが俺の見込み通りの女がどうかだな。
ジャンヌが悪かどうかはこの際置いておく。助けられた借りは返すのが主義、ここで返してしまえば、後味残さないスッキリさで逃げられる。
唸りを上げる車に、大熊が慌ててセクデスを抱えて森に逃げるのが見えた。これで森へと逃げる左右の道は塞がれたが道を真っ直ぐ抜ける退路は確保された。
立ち止まりこちらを睨むジャンヌ。
ハンドルを真っ直ぐに固定する俺。
睨み合い。
互いに瞳の奥を探り合い。
轢いてしまうと体が強張ったが、何の衝撃も無くジャンヌの姿は目前からスッと幽霊か幻か消えた。セクデス達を置き去りにして車は突き進んでいく。
「よしっ」
俺は振り返ること無く車を走らせ逃走していく。もう覆水は戻らない、この場から逃げることだけを考えろ、例えジャンヌを轢いていたとしても仕方ないと割り切れ。
祈るような数秒が流れ、チリチリしていた背中も和らいできた。
「ふうっ」
振り切った安心でアクセルを放し、スピードを少し緩めたタイミングで、割れたフロントガラスからジャンヌが猫のように滑り込んできた。
「貴方、前埜の部下?」
銃を突きつけようか悩む俺の横で、割れたガラスの破片を払いながら助手席に座り込むジャンヌ。まるで主人そっちのけで快適な寝床を作るのに勤しむ猫のようだな。
こうも無防備だと深読みする俺が馬鹿らしくなる。
「部下では無い。多少世話になっているだけだ」
「そう。どっちでもいいわ。早く前埜に連絡して包囲するように伝えて」
おいおい、当然のように言うが何処の孔明だよ? まるでこうなるのを予想して伏兵を置いてあるみたいじゃ無いか。
何も知らない俺を囮にして、包囲網の中に誘い込む。そうなら、俺は前埜に利用されたことになる。その非情さを見直すと共に、このことを優しい時雨さんに言えば前埜から心は離れるな。
くっく告げ口なんて俺が大嫌いな嫌な奴そのものだが、そうで無くては俺は前埜と同じ土俵に上がれないのだからしょうが無い。
「包囲ね。前埜とそんな手筈を整えていたのか?」
大成果もあったがそれでも囮にされたのは面白くない。多少嫌みを振りかけて言う。
「いいえ。それどころか前埜は私がここにいることも知らないと思うわ」
何言ってんだこの女?
「おいおい、それで包囲をしろなんて命令しているのか?」
「アランから前埜は金等級の旋律者且つ政治力のある実力者でもあり、協力を取り付けたとも聞いているわ」
前埜、アラン、ジャンヌとラインがあるのは確定か。要はアランが裏切った、いやセクデスに洗脳されたということか。俺も同様に洗脳される寸前だったらしい。
今までの話を総合すると。
前埜さんすいませんでした。
俺は一人で勝手に敵を作り上げていただけだったようだ。だが、この性分で生き残ってきたんだ今更変えるつもりは無い。
「そうかも知れないが、段取りも無く包囲網を敷くなんて」
仕事は段取りで九割決まるんだぜ。とまでは言わないでおいた。そこまで言ったら可哀想かなと、少し思ったのだが。
「黙りなさいっ。それでも男ですかっ。事前相談、段取り。誰でも出来るように出来ても意味は無いのです。無理を通すからこそ意味があり男であると知りなさいっ」
「はいっ」
正論を言っている俺の方が叱られた。それでいて俺の方が悪いような気がしてくる。
「S級犯罪者セクゼスを捕まえられるチャンスは今しか無いと知れっ」
この女、トップにしたらいけないタイプだ。特に日本でこの女を社長にでもしたらスーパーブラック企業の誕生だ。
理性で分かっていても従いたくなる。この女の命令なら喜んで特攻してしまいそうだが、俺は何とか踏み止まれた。
「命令するなら、まずは貴方のことを教えて貰えませんかね」
「そうか紹介がまだだったわね。名乗りを許します」
え~聞いた俺から言うの? でもまあ尋ねる時はまずは自分からと言うから、この場合の無礼なのは俺の方なのか?
「帝都大学工学部二年、果無 迫」
「それだけ?」
「俺は学生以外の何者でも無いよ。旋律者でも警察でも無い。よって何の権利も義務も無い」
俺の命令を聞く奴なんて皆無ということであり、代わりに俺がここから逃げても誰からも非難される立場でも無いということ。セクデスには一矢報いたし、正直もう関わり合いになりたくない。
「そうなのか」
ジャンヌが意外そうに驚いている。
「てっきり先程の行動力から退魔士か警察かと思ったのだが、まさか一般人だったとは」
「そうだぜ。俺が戦わなくてはならない義務はないんだぜ」
「何を言っているの?」
ジャンヌは俺の当て擦りに心底不思議そうな顔をする。
「貴方が退魔士であるとか警察であるとか、そんなこと些細なことでしょ。貴方には戦う力がある。なら戦いなさい」
時雨さんも前埜さんも俺には戦う力は無いと言い、戦いからは遠ざけようとする。それが普通であり、彼女らの優しさなのだろう。
なのにこの女、俺に戦う力があり、戦えと命令する。
そりゃあ、戦えないより戦う力があると言われた方が男である以上心が擽られる。それも下手な煽てじゃ無いんだぜ、本心から思っていることがその真っ直ぐこちらを見る湖畔のように澄んだ瞳から伝わる。
もし戦い俺が倒れたら、時雨さんは悲しみ、この女は良くやったと称える。
怖い女だ。男を死線に追い込む。
カリスマに飲まれないようにしないとな。
「俗世じゃ、そういうことこそ重要だと思うがな。それで貴方は?」
「フランスから来た、エクソシストのジャンヌだ。そう言えば伝わるはずだ。そうアランが段取りを付けていてくれるはず」
アランの名を出すその顔に少しだけ蔭が見え、この女にこんな顔されるなら悪くないと思えてしまった。
前埜さんとの繋ぎくらいはしてもいいかとスマフォを出そうとした時だった。
「左っ!」
ジャンヌの叫びに左を見れば、木々を薙ぎ倒し鬼が飛び出してきた。
けっ度肝を抜いてやったぜ。頼まれるのは嫌じゃ無いが、命令されるのは嫌いなんでな。これで溜飲が下がったぜ。
後はあんたが俺の見込み通りの女がどうかだな。
ジャンヌが悪かどうかはこの際置いておく。助けられた借りは返すのが主義、ここで返してしまえば、後味残さないスッキリさで逃げられる。
唸りを上げる車に、大熊が慌ててセクデスを抱えて森に逃げるのが見えた。これで森へと逃げる左右の道は塞がれたが道を真っ直ぐ抜ける退路は確保された。
立ち止まりこちらを睨むジャンヌ。
ハンドルを真っ直ぐに固定する俺。
睨み合い。
互いに瞳の奥を探り合い。
轢いてしまうと体が強張ったが、何の衝撃も無くジャンヌの姿は目前からスッと幽霊か幻か消えた。セクデス達を置き去りにして車は突き進んでいく。
「よしっ」
俺は振り返ること無く車を走らせ逃走していく。もう覆水は戻らない、この場から逃げることだけを考えろ、例えジャンヌを轢いていたとしても仕方ないと割り切れ。
祈るような数秒が流れ、チリチリしていた背中も和らいできた。
「ふうっ」
振り切った安心でアクセルを放し、スピードを少し緩めたタイミングで、割れたフロントガラスからジャンヌが猫のように滑り込んできた。
「貴方、前埜の部下?」
銃を突きつけようか悩む俺の横で、割れたガラスの破片を払いながら助手席に座り込むジャンヌ。まるで主人そっちのけで快適な寝床を作るのに勤しむ猫のようだな。
こうも無防備だと深読みする俺が馬鹿らしくなる。
「部下では無い。多少世話になっているだけだ」
「そう。どっちでもいいわ。早く前埜に連絡して包囲するように伝えて」
おいおい、当然のように言うが何処の孔明だよ? まるでこうなるのを予想して伏兵を置いてあるみたいじゃ無いか。
何も知らない俺を囮にして、包囲網の中に誘い込む。そうなら、俺は前埜に利用されたことになる。その非情さを見直すと共に、このことを優しい時雨さんに言えば前埜から心は離れるな。
くっく告げ口なんて俺が大嫌いな嫌な奴そのものだが、そうで無くては俺は前埜と同じ土俵に上がれないのだからしょうが無い。
「包囲ね。前埜とそんな手筈を整えていたのか?」
大成果もあったがそれでも囮にされたのは面白くない。多少嫌みを振りかけて言う。
「いいえ。それどころか前埜は私がここにいることも知らないと思うわ」
何言ってんだこの女?
「おいおい、それで包囲をしろなんて命令しているのか?」
「アランから前埜は金等級の旋律者且つ政治力のある実力者でもあり、協力を取り付けたとも聞いているわ」
前埜、アラン、ジャンヌとラインがあるのは確定か。要はアランが裏切った、いやセクデスに洗脳されたということか。俺も同様に洗脳される寸前だったらしい。
今までの話を総合すると。
前埜さんすいませんでした。
俺は一人で勝手に敵を作り上げていただけだったようだ。だが、この性分で生き残ってきたんだ今更変えるつもりは無い。
「そうかも知れないが、段取りも無く包囲網を敷くなんて」
仕事は段取りで九割決まるんだぜ。とまでは言わないでおいた。そこまで言ったら可哀想かなと、少し思ったのだが。
「黙りなさいっ。それでも男ですかっ。事前相談、段取り。誰でも出来るように出来ても意味は無いのです。無理を通すからこそ意味があり男であると知りなさいっ」
「はいっ」
正論を言っている俺の方が叱られた。それでいて俺の方が悪いような気がしてくる。
「S級犯罪者セクゼスを捕まえられるチャンスは今しか無いと知れっ」
この女、トップにしたらいけないタイプだ。特に日本でこの女を社長にでもしたらスーパーブラック企業の誕生だ。
理性で分かっていても従いたくなる。この女の命令なら喜んで特攻してしまいそうだが、俺は何とか踏み止まれた。
「命令するなら、まずは貴方のことを教えて貰えませんかね」
「そうか紹介がまだだったわね。名乗りを許します」
え~聞いた俺から言うの? でもまあ尋ねる時はまずは自分からと言うから、この場合の無礼なのは俺の方なのか?
「帝都大学工学部二年、果無 迫」
「それだけ?」
「俺は学生以外の何者でも無いよ。旋律者でも警察でも無い。よって何の権利も義務も無い」
俺の命令を聞く奴なんて皆無ということであり、代わりに俺がここから逃げても誰からも非難される立場でも無いということ。セクデスには一矢報いたし、正直もう関わり合いになりたくない。
「そうなのか」
ジャンヌが意外そうに驚いている。
「てっきり先程の行動力から退魔士か警察かと思ったのだが、まさか一般人だったとは」
「そうだぜ。俺が戦わなくてはならない義務はないんだぜ」
「何を言っているの?」
ジャンヌは俺の当て擦りに心底不思議そうな顔をする。
「貴方が退魔士であるとか警察であるとか、そんなこと些細なことでしょ。貴方には戦う力がある。なら戦いなさい」
時雨さんも前埜さんも俺には戦う力は無いと言い、戦いからは遠ざけようとする。それが普通であり、彼女らの優しさなのだろう。
なのにこの女、俺に戦う力があり、戦えと命令する。
そりゃあ、戦えないより戦う力があると言われた方が男である以上心が擽られる。それも下手な煽てじゃ無いんだぜ、本心から思っていることがその真っ直ぐこちらを見る湖畔のように澄んだ瞳から伝わる。
もし戦い俺が倒れたら、時雨さんは悲しみ、この女は良くやったと称える。
怖い女だ。男を死線に追い込む。
カリスマに飲まれないようにしないとな。
「俗世じゃ、そういうことこそ重要だと思うがな。それで貴方は?」
「フランスから来た、エクソシストのジャンヌだ。そう言えば伝わるはずだ。そうアランが段取りを付けていてくれるはず」
アランの名を出すその顔に少しだけ蔭が見え、この女にこんな顔されるなら悪くないと思えてしまった。
前埜さんとの繋ぎくらいはしてもいいかとスマフォを出そうとした時だった。
「左っ!」
ジャンヌの叫びに左を見れば、木々を薙ぎ倒し鬼が飛び出してきた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
GATEKEEPERS 四神奇譚
碧
ホラー
時に牙を向く天災の存在でもあり、時には生物を助け生かし守る恵みの天候のような、そんな理を超えたモノが世界の中に、直ぐ触れられる程近くに確かに存在している。もしも、天候に意志があるとしたら、天災も恵みも意思の元に与えられるのだとしたら、この世界はどうなるのだろう。ある限られた人にはそれは運命として与えられ、時に残酷なまでに冷淡な仕打ちであり時に恩恵となり語り継がれる事となる。
ゲートキーパーって知ってる?
少女が問いかける言葉に耳を傾けると、その先には非日常への扉が音もなく口を開けて待っている。
【電子書籍化】ホラー短編集・ある怖い話の記録~旧 2ch 洒落にならない怖い話風 現代ホラー~
榊シロ
ホラー
【1~4話で完結する、語り口調の短編ホラー集】
ジャパニーズホラー、じわ怖、身近にありそうな怖い話など。
八尺様 や リアルなど、2chの 傑作ホラー の雰囲気を目指しています。現在 150話 越え。
===
エブリスタ・小説家になろう・カクヨムに同時掲載中
【総文字数 800,000字 超え 文庫本 約8冊分 のボリュームです】
【怖さレベル】
★☆☆ 微ホラー・ほんのり程度
★★☆ ふつうに怖い話
★★★ 旧2ch 洒落怖くらいの話
※8/2 Kindleにて電子書籍化しました
『9/27 名称変更→旧:ある雑誌記者の記録』
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
都市街下奇譚
碧
ホラー
とある都市。
人の溢れる街の下で起こる不可思議で、時に忌まわしい時に幸いな出来事の数々。
多くの人間が無意識に避けて通る筈の出来事に、間違って足を踏み入れてしまった時、その人間はどうするのだろうか?
多くの人間が気がつかずに過ぎる出来事に、気がついた時人間はどうするのだろうか?それが、どうしても避けられない時何が起こったのか。
忌憚は忌み嫌い避けて通る事。
奇譚は奇妙な出来事を綴ると言う事。
そんな話がとある喫茶店のマスターの元に集まるという。客足がフッと途絶えた時に居合わせると、彼は思い出したように口を開く。それは忌憚を語る奇譚の始まりだった。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
感染
宇宙人
ホラー
福岡県北九州市の観光スポットである皿倉山に航空機が墜落した事件から全てが始まった。
生者を狙い動き回る死者、隔離され狭まった脱出ルート、絡みあう人間関係
そして、事件の裏にある悲しき真実とは……
ゾンビものです。
かなざくらの古屋敷
中岡いち
ホラー
『 99.9%幽霊なんか信じていない。だからこそ見える真実がある。 』
幼い頃から霊感体質だった萌江は、その力に人生を翻弄されて生きてきた。その結果として辿り着いた考えは、同じ霊感体質でパートナーの咲恵を驚かせる。
総てを心霊現象で片付けるのを嫌う萌江は、山の中の古い家に一人で暮らしながら、咲恵と共に裏の仕事として「心霊相談」を解決していく。
やがて心霊現象や呪いと思われていた現象の裏に潜む歴史の流れが、萌江の持つ水晶〝火の玉〟に導かれるように二人の過去に絡みつき、真実を紐解いていく。それは二人にしか出来ない解決の仕方だった。
しかしその歴史に触れることが正しい事なのか間違っている事なのかも分からないまま、しだいに二人も苦しんでいく。
やがて辿り着くのは、萌江の血筋に関係する歴史だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる