売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹

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働かせてください!

働かせてください!(2)

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 執事と侍女らしき二人に案内され、小窓と壁掛けの燭台が等間隔で並ぶ廊下を奥へと進む。エイギルの屋敷と違い、絵画や彫刻といった装飾の類は一切ない。
 埃っぽさやカビ臭さはなく、家の中はよく掃除が行き届いているようだ。しかし、ところどころ壁の漆喰が剥げ落ちて煉瓦が剥き出しになっているところもあり、古さや劣化は外から見た印象と変わらない。

 他に人がいる気配もなく、もしかして使用人は二人だけなのかと不安になる。これだけ広い屋敷に年老いた使用人二人は少なすぎる。手が回らないのも当然と思えた。というか、それほどお金に困っているのに僕を雇って大丈夫だったのだろうかと、余計な心配までしてしまう。

 いくつか扉を通り過ぎ、廊下の奥に階段が見えてくる。その手前にある扉の開け放たれた部屋に通された。
 庭に面して大きな窓のある、日当たりの良い応接間だった。
 落ち着いた雰囲気で、床には手織りの絨毯が敷かれている。
 中央には無垢材のテーブルとその周りに椅子がいくつか並べられていて、壁際の暖炉の近くに長椅子ソファが置かれていた。

 調度品はどれも一級品のようなので、お金が全く無いわけでもなさそうだ。
 暖炉の反対側の壁には、女性の絵が飾られていた。
 他に装飾品や絵画の類はなく、それが唯一と言える。
 大きな襟ぐりのドレスに、エスコフィオンという、都で流行っているらしい動物の角みたいに両側が出っ張った帽子をかぶっている。帽子にもドレスにも宝石が縫い込んであり、家柄の良い貴族の女性のようだった。この国では珍しい黒に近い濃い髪色と涼しげな目元が、ラインハルトに似ている気がする。もしかしたら、彼の母君かもしれない。
 ラインハルトの母君はオメガで元々身体が丈夫でなく、兄である宰相の処刑からまもなくして病で亡くなられたと、エイギルから聞いている。

 主が不在の家で勝手に寛いでよいものか戸惑ったが、椅子に座るよう促されて、ひとまず腰を落ち着ける。侍女が一度いなくなり、すぐにお茶とお菓子を運んできた。
 ユリウスは客人ではない。従僕として雇われた身だ。
 主の不在中に使用人だけで応接間でお茶会をするなんて、ユリウスの実家では考えれられないことだった。しかし、二人が祖父母の年齢に近いせいか、すぐに使用人同士であることを忘れ、祖父母とお茶を飲んでいるような気分になった。

 改めて二人が自己紹介し、執事の男性はギルベルト・ワーグナー、侍女はエレナ・ワーグナーと名乗った。二人は夫婦らしい。エレナがラインハルトの母君の侍女をしていた縁で、今は夫婦そろって住み込みで雇われているのだそうだ。
 この屋敷で働いている使用人は二人だけだと聞かされて、もしかしたらそうかもしれないとは薄々思っていたが、思わず不安が顔に出てしまっていた。

「お二人……だけですか?」

 そこそこにお年を召した二人で、王弟殿下のお世話だけでなく家や庭の管理に馬の世話までして、王族の体面を保って家を切り盛りしていくことは、土台無理のある話に思える。そもそもの話、この庭木すらない古びた家で王族の体面が保たれているかというと、ユリウスにもわからないところではあるが。
 それに、いくら王都の治安がいいとして、王族の屋敷に警護の兵が一人もいないなんて、ありえるのだろうか……。

「坊っちゃま……って言ったら本人に叱られるんですけど……」

 エレナが口元に手をあて、ふふふ、と悪戯が見つかった少女のように笑う。

「坊っちゃま……ライニ様は宮廷にいた頃に命を狙われたことがあって、信用できる人しか傍におきたがらないんです。それでなかなか、他の使用人を雇えなくて……。わたくし共の息子が平民街で商売をしているので、食材や馬が食べる干し草なんかの必要な物は、息子や息子の店の者が定期的に届けてくれます。ライニ様も若いころ苦労なさったから、料理と洗濯以外のことはご自分でなさいますし、わたくし達の仕事はそれほど多くはありませんのよ」
 はぁ、とユリウスは曖昧に頷いた。

 しかしそれにしても、今が王弟ということは、先王の時代は王子だった人なのに。命を狙われたり、騎士となった今も、使用人もほとんどいないこんな廃れた家に住んでいるなんて。あの華やかな宮殿の裏に隠された闇を垣間見た気分だった。

「あの……、恥ずかしながら、僕は家ではほとんど仕事や家事をしたことがなくて……、薬草が好きなので土いじりはよくしていましたけど……。でも、洗濯でも料理でも、何でも頑張りますので、色々教えてください!」

 あら、まぁ。とエレナは驚いたように片手を頬にあて、夫であるギルベルトと顔を見合わせた。

「ユリウス様にそんなことさせられませんわ。ユリウス様は、この家にいてくださるだけでいいんです」

 昨日のラインハルトも、ユリウスをひとまず預かるという感じだった。使用人として働かせるつもりはないのかもしれない。
 しかし、いくら従兄の義弟でも、言われたとおりに何もせず、タダ飯を食らい続けていれば、そのうち故郷に返されてしまうだろう。それに陛下から下された密命もある。きっと従僕として働くほうが、ラインハルトの行動を観察しやすい。

 ユリウスはソファから立ち上がり、二人に向かって深々と頭を下げた。

「僕は従僕として、ライニ様の役に立ちたいんです! どうか、僕に仕事を教えてください!」
「ま……、まぁ! ユリウス様、頭をお上げください!」

 そろそろと頭を上げると、夫婦が困ったように顔を見合わせている。
 夫のギルベルトが、観念したように口を開いた。

「では……、そうですね。徐々に仕事をお教えしましょう。まずはライニ様のお着替えや、水浴びのお手伝いからお願いします」
「家事は身につけておいて損することはありませんからね」

 二人から柔和な笑みを向けられ、ユリウスはホッと胸を撫で下ろす心持ちで肩の力を抜いた。

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