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過保護な主
過保護な主(2)
しおりを挟む宙に放り出された紙袋から、買ったばかりの薬草の葉や花が舞い散る。
ユリウスが飛び出したのを見て初めて御者は手綱を引いたようで、近くで「ヒヒーン」という馬の嘶きが響く。子供を抱きかかえて道の端に飛び込むと同時に、二頭の馬は前脚を踏ん張り、蹄が石畳を強く打つ音と共に急停止した。
目の前で両目を充血させた馬が鼻息を荒らし、泡立つ唾を飛び散らせている。
今になって、心臓が口から出そうなほどに、ばくばくと忙しなく鳴り響いていた。
一瞬でも躊躇していたら、間に合わなかった。その予感に背筋がぞっとする思いだった。
ユリウスの腕の中で凍り付いていた少女も、弾かれたように泣き声を上げ始めた。
御者台から飛び降りた男は、ユリウスたちには目もくれず、真っ先に荷台の扉に手をかけた。
「殿下、お怪我はありませんか?」
扉が開くや否や、銀の飾りを付けたブーツの靴裏が突き出され、御者の顔面を容赦なく足蹴にした。
鈍い音がして、男はよろめき、石畳に尻もちをつく。顔を赤くした男の鼻から、たらりと血が滴り落ちた。
ユリウスの位置から、扉の開いた馬車の中の様子が見えた。
足を引っ込めた貴人の銀色の長い髪が目に入り、ユリウスは「あっ」と小さく息を呑んだ。
あれは、第一王弟殿下……。
選定の儀で、国王陛下の隣に座っていたその人だった。
それに、その隣に座っている美しい人にも見覚えがあった。確か選定の儀が始まる前、雑談していたオメガたちの中で、『僕は、できるだけオメガの妃妾が少ない殿下のところがいいな』と話していた男性オメガではなかったか。
ただ、あのときと違って、まるで人形のように、美しいその琥珀色の瞳はぼんやりと宙を眺めているだけだった。
なんだかすごく嫌な予感がする。
取り囲む群衆の中に、両手で口を覆い、蒼ざめた顔でこちらを見つめる女性がいた。
「もう大丈夫だよね。早くお母さんのところに行きなさい。もう二度と、林檎が転がっても、道に飛び出しちゃ駄目だよ」
嗚咽がおさまっている少女の耳元で囁き、ユリウスは背をさすっていた少女を、母親らしき女性のほうへと押し出した。
「何の騒ぎだ?」
馬車の荷台から冷ややかな声が聞こえてくる。
尻もちをつき、鼻血を出していた御者は、立ち上がると鼻を押さえて頭を下げた。
「申し訳ありません。子供を追いかけて男が飛び出して来たんです。子供だけなら止まる必要はなかったんですが」
ユリウスは、ギリッと奥歯を食いしばった。
はらわたが煮えくり返るという感覚を、生まれて初めて知った。
「奴隷を廃止したりするから、平民までもが調子に乗る。王族の馬を止めたのだ。相応の罰を与えろ」
「はっ」と返事をした御者が御者台から鞭を取り、ユリウスを見た。
「お前。そこに跪け」
これまでの人生で鞭で打たれたことなどない。
けれど、自分でも不思議なほどに、恐怖心はなかった。
怒りが、それを塗りつぶしている。
ユリウスは何も言わず、その場にひれ伏した。
無様に悲鳴を上げてなるものか。
ただそれだけが、今の自分にできる唯一の抵抗だった。
ヒュン、と鞭が空気を裂き、直後、ビシッと打ち付ける音が自身の背中で響く。
焼けるような激痛が背中に走った。
歯を食いしばって呻きを耐える。泣くつもりなんてないのに、あまりの痛みに視界が涙で滲んだ。
打ち付けられた場所がズキズキと痛み、熱が引かぬ中、二度目の鞭が振り下ろされる。
耳まで熱が広がったかのように、耳の奥がドクドクと拍動する。地面についた両手はふるふると震えていた。
三度目が振り下ろされたら、きっと身体を支えていられなくなるだろう。
だからと言って、許しを乞うつもりは毛頭なかった。
いっそのこと痛みで気絶させてくれと思う。
男が鞭の柄でトントンと掌を叩き、三度目を覚悟したとき――何やら遠くからざわめきが聞こえてきた。
「何事だ? 第二騎士団だ。道を開けろ!」
そんな声は聞こえてくるが、朦朧とした頭を持ち上げても、周囲を取り囲む人だかりしか見えなかった。
「マズい。騎士団が来ました。出発します」
御者の男は慌てて扉を閉め、御者台に飛び乗る。馬車の前にいた人々が蜘蛛の子を散らすように道を開け、馬車が発進する。
まもなくして、人垣を割って近づいてくる騎乗した騎士が視界に入り、ユリウスはようやくホッと息をつき、その場に体を崩れさせた。
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