25 / 83
過保護な主
過保護な主(6)
しおりを挟む厩舎には、ラインハルトの姿があった。
コートは着ておらず、黒い細身のトラウザーズに白いチュニックと、袖のない青いウエストコートのみ。チュニックの袖を捲り上げ、黒毛の馬の毛をブラシで梳いていた。
ワーグナー夫妻によると、馬の名前は、黒毛がニゲル、白毛がアルバという。
ブーツを履いた長い足も、丁寧にブラシを動かす逞しい腕も、ニゲルに注がれる優しい眼差しも、そのまま絵画になりそうなほどに美しく、厩舎の外で立ち竦み、ただぼーっと見惚れてしまっていた。
なんだか恋人同士の逢瀬をこっそり覗き見しているようで、声をかけるのが無粋にも思えてくる。
手伝いはいらなさそうだったので、戻ってきました、と言い訳して厨に戻ろうか……そんなことを考え、こっそり後ずさりしようとしていたら、急に厩舎から声が聞こえてきた。
「どうした? 馬の世話を手伝いに来たんじゃないのか?」
ラインハルトの視線は馬の背に向いたままだが、人の言葉を喋れるのは彼しかいない。
気付いていると思っていなかったユリウスは一瞬面食らったが、慌てて挨拶する。
「お、おはよう……ございます……。あの、今日から普通に体を動かしていいと言われたので……馬の世話を手伝おうと思いまして……」
「ならばさっさとこっちへ来い」
馬との逢瀬の邪魔になるのではと心配したが、杞憂だったようだ。
厩舎に入ったユリウスは、「やるか?」と櫛を渡されて、白毛の馬――アルバの毛を梳き始めた。櫛を毛に通すたびに、白いたてがみが滑らかな流れを作り、淡い光を受けて白銀色に輝く。アルバは静かに首を垂れ、気持ちよさそうに時折り目を細めていた。
故郷にも馬がいたから扱いには慣れているし、もともと動物は好きだ。特に子供の頃は、何か気持ちの晴れないことがあるときは、馬小屋が避難先だった。
馬がいるおかげで、普段より胸の鼓動や気恥ずかしさも落ち着いていた。ラインハルトの纏う空気もどこかやわらかい。
おかげで、気負わずに、自分から会話を振ることができた。
「ライニ様は馬がお好きなのですね」
「人といるより馬といるほうが気楽でいい」
その言葉に、ふと既視感を覚えた。
同じ言葉を、どこかで聞いた気がする。いつ、誰が言ったのかは思い出せなかった。思い出せないくらい、遠い過去の記憶だということは、なんとなくわかる。
「今からニゲルの散歩をする。アルバの毛を梳き終わったら、ここはもういい」
「ライニ様。もしよろしければ、僕も一緒に散歩をしてもよろしいですか?」
ラインハルトが、切れ長の眼を軽く見開く。
彼は出仕の際に二頭の馬を日替わりで使い分けている。
昨日はニゲルと出仕したから、今日はアルバの番だ。家でお留守番のニゲルは、運動のために朝夕、庭を散歩させる。
アルバは騎士団の屯所まで歩くので、庭を散歩させる必要はないのだが。僕もアルバに乗ってライニ様と一緒に散歩をしたいと、ふと思い立ったのだ。
「背は、もう触れても大丈夫なのか?」
「はい。傷はもう瘡蓋になっているので。突っ張るくらいで触れても痛みはありません」
「なら先に乗ってくれ。俺が後ろに乗るから」
「え……、ええ? い、いや、ちがいます!」
ユリウスは慌てて、顔の前でぶんぶんと手を振った。
それぞれが一頭の馬に乗り、一緒に庭を歩くつもりだった。それが、一頭の馬に一緒に乗りたがっていると勘違いされたらしい。
「ライニ様がニゲルの散歩をされるから、僕はアルバに乗って一緒に歩きたいという意味で、申し出ただけです!」
ラインハルトは特に気にしている様子もなく、ニゲルに鞍と手綱をつけ始める。
「傷が癒えたばかりの人間が一人で馬に乗るのは危険だ」
ならば、馬に乗るのはもう少し先でもよかったが、今さら「また今度」とは言い出し辛い。
それに、彼の言うことを聞かずに一人で馬に乗り、万が一落馬でもしたら、今度は一週間の休養では済まされない。
ラインハルトがニゲルを厩舎から出し、ユリウスは覚悟を決めた。
馬の背に跨るために、厩舎の柵に足をかけようとしたところ、腰を両側から掴まれ、ふわりと体が宙に浮く。
「わ、わわわっ!」
ラインハルトはユリウスを軽々と抱え上げて馬の背に乗せた。
馬体がわずかに揺れ、背後に彼が跨ってくる。肩越しに彼の息遣いを感じ、背中やお尻、太股が触れ合う。顔が熱を持ち、心の臓は落ち着かなくなった。
ニゲルもアルバも、帝都で行われる武芸競技会にも出場できるような大型の馬で、男二人で乗っても嫌がるそぶりは見せなかった。
ラインハルトが手綱を握り、ユリウスは馬のたてがみに手を添えた。
触れあった太股がわずかに身じろぎし、ニゲルが歩き始める。
そもそも、ラインハルトの仕事を減らすために厩舎に来たはずだったが。これでは仕事を増やしてしまっていることに、動き出してから気が付いた。
頭がくらくらし、口から飛び出しそうなほどに心の臓が早鐘を打っている。きっとライニ様のアルファの能力が高いせいだろうと、ユリウスは思考のままならない頭で解釈した。
773
あなたにおすすめの小説
溺愛アルファの完璧なる巣作り
夕凪
BL
【本編完結済】(番外編SSを追加中です)
ユリウスはその日、騎士団の任務のために赴いた異国の山中で、死にかけの子どもを拾った。
抱き上げて、すぐに気づいた。
これは僕のオメガだ、と。
ユリウスはその子どもを大事に大事に世話した。
やがてようやく死の淵から脱した子どもは、ユリウスの下で成長していくが、その子にはある特殊な事情があって……。
こんなに愛してるのにすれ違うことなんてある?というほどに溺愛するアルファと、愛されていることに気づかない薄幸オメガのお話。(になる予定)
※この作品は完全なるフィクションです。登場する人物名や国名、団体名、宗教等はすべて架空のものであり、実在のものと一切の関係はありません。
話の内容上、宗教的な描写も登場するかと思いますが、繰り返しますがフィクションです。特定の宗教に対して批判や肯定をしているわけではありません。
クラウス×エミールのスピンオフあります。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/504363362/542779091
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
釣った魚、逃した魚
円玉
BL
瘴気や魔獣の発生に対応するため定期的に行われる召喚の儀で、浄化と治癒の力を持つ神子として召喚された三倉貴史。
王の寵愛を受け後宮に迎え入れられたかに見えたが、後宮入りした後は「釣った魚」状態。
王には放置され、妃達には嫌がらせを受け、使用人達にも蔑ろにされる中、何とか穏便に後宮を去ろうとするが放置していながら縛り付けようとする王。
護衛騎士マクミランと共に逃亡計画を練る。
騎士×神子 攻目線
一見、神子が腹黒そうにみえるかもだけど、実際には全く悪くないです。
どうしても文字数が多くなってしまう癖が有るので『一話2500文字以下!』を目標にした練習作として書いてきたもの。
ムーンライト様でもアップしています。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます
まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。
するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。
初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。
しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。
でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。
執着系α×天然Ω
年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。
Rシーンは※付けます
※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる