売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹

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王弟騎士の思い人

王弟騎士の思い人(7)

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 嫌な予感がし、忍び足で従僕長の執務室へと戻ると、扉に耳を押しあてた。

「この草が本当に毒になるのか? どうやって飲ませるのだ?」
「茎汁を葡萄酒に混ぜます。ただ、どの程度の効き目があるかは私にもわかりません。一時的に痺れて動けなくさせるだけかもしれません」

 それは明らかに、アコニツムを毒として使用するための算段だった。
 血の気が引き、背中に冷たい汗が伝うのがわかる。

「よい。どうせ舞踏会の合間なら向こうは丸腰だ。殿下と二人で別室で酒でも飲んでもらい、毒入りの酒を飲んだことを確認したところで踏み込んでとどめを刺せばよい。あの男さえいなくなれば、この国もウェルナー辺境伯領も、殿下と私の思うままだ」

 ひっ、と洩れそうになる声を、必死に堪えた。
 
「酒を出す女のほうは、大丈夫ですか? 直前で恐れをなして裏切ったりしませんよね?」
「心配ない。あの女は私に心底惚れている。真珠のネックレス一つで、協力すれば妾にしてやるという話を信じるような、馬鹿な女だ」
「私との約束も、忘れないでくださいよ」

 従僕長の言葉に、騎士団長がふはっと笑い声を上げた。

「あぁ。お前は一番の功労者として、金も女も、好きなだけくれてやる」

 今度は二人分の高笑いが聞こえてくる。
 話が終わる気配を察し、ユリウスは足を引きずるようにして通用口へと向かった。

 耳にした言葉が頭の中でぐるぐると回るばかりで、最初は彼らの話の内容を理解できなかった。

 歩いているだけで膝が震えて、何度も転びそうになる。
 そんなはずないと思ってほとんど気にも留めていなかった、「第三王弟に謀反の疑いあり」という陛下の話が、突如として自分の中で真実味を増し始めた。

 騎士団長と従僕長がアコニツムの毒を誰かに使おうとしていることは明らかだ。
「舞踏会の合間なら丸腰」「あの男さえいなくなれば、この国とこのウェルナー辺境伯領は、殿下と私のもの」という言葉を考え合わせると、「あの男」というのはウェルナー辺境伯の可能性が高い。なぜ、辺境伯を殺せばこの国とウェルナー辺境伯領が手に入るのかはわからないけれども。
 そして考えたくないが、話の流れからすると「殿下」というのはラインハルト以外考えられなかった。舞踏会に他の王族が参加する話は聞いていない。そんな予定があれば、準備や警備のために城の中はもっと戦々恐々としているだろう。

 だとすると、以前、庭園で遭遇したとき、ラインハルトがカレンにひと目で心を奪われたと言っていたのも、ウェルナー辺境伯とその娘を油断させるためだったのろうか……。カレンのことを心から愛しているのなら、その父親を殺そうなんて考えは浮かばないはずだ。
 あのときはカレンを愛おしげに見つめるラインハルトの眼差しに胸が苦しくなったが、それが演技だったとしても、微塵も嬉しくは思えなかった。

 ライニ様は絶対に謀反を起こすような人ではないと信じたいが、一つだけ、その気持ちが揺らぐ理由があった。
 以前聞いたラインハルトの母君の話だ。兄であるガイトナー公爵に謀反の疑いをかけられ、ラインハルトの母――リゼル側妃は食事も取らずに石畳に跪いて、兄の無実を訴えられていたという。それが原因でお体を壊され、若くして亡くなられたとか。
 ガイトナー公爵に謀反の罪を着せ処刑に追いやったのは、現国王陛下の母君である王太后だ。そのことでラインハルトが陛下に恨みを抱いていてもおかしくはない。

 だが、彼は売れ残りの平民オメガを差別もせず家族として扱ってくれるような心優しい人だ。
 たとえ陛下に個人的な恨みがあったとしても、場合によっては大勢の人が血を流すかもしれないような反逆行為を計画するだろうか……。

 頭では動機を理解できても、気持ちの上ではそんなことはありえないという気持のほうが上回る。ただ、もう一つ、思考の過程で思い出したことがあった。

『今すぐには無理でも、いつか必ず変えてみせる』

 彼が力強い眼差しでそう言ったのは、ユリウスが市民街で子供をかばって鞭で打たれ、動けずに静養していたときのことだった。
 もしかしたらライニ様は、陛下に取って代わって、何かやり遂げたいことがあるのだろうか……。


 その後、仕事に戻ったが、何をやっても上の空で、野菜を剥いていて指を切り、アルミンにも心配された。
 ただの従僕だった自分が問い質したところで、本当のことを教えてくれるとは思えない。ただ、ラインハルトが本気で謀反を考えているのなら、もしそれが失敗に終わったとき、従兄であるエイギルやその家族である姉や姪が無傷でいられるとは思えない。だから僕には、真相を尋ねる権利はあるはずだ。たとえ煙たがられても、一度ライニ様と話をしよう。
 一日が終わる頃には、そう心に決めていた。


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