売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹

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舞踏会の夜に

舞踏会の夜に(6)

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「くくくくっ」

 ユリウスに剣を突きつけた騎士団長が不穏な笑い声を上げる。

「ずっとあなたの弱みを探していたが、まさかこんなものだったとはね。貴族の庶子がなぜ軍営で使用人として働きたがるのか、おかしいとは思っていたんだ」

 「弱み」と聞き、先ほどの騎士団長の行動を思いだした。「オメガか?」と訊かれて匂いを嗅がれ、うなじを見られたことを。もしかして、ユリウスがオメガだと気づき、ラインハルトと特別な関係にあると誤解しているのだろうか。

「ち……。ちがいます……」

 喋ったせいで少し皮膚が切れたらしく、喉元に鋭い痛みを感じた。

「僕と王弟殿下は、姉の夫の従弟という関係以外、何の縁もありません!」

「ユーリ! 危ないから喋るな!」

 ユリウスの言葉を真っ向から否定するような悲痛な声を、ラインハルトが放つ。

 ――どうして。
 こんなときまで、その優しさを捨てようとしないのか。たかが、従兄の義弟おとうと相手に。

「ウェルナー辺境伯」

 騎士団長が、ラインハルトの後ろにいる辺境伯に声をかけた。
 
「あなたも剣くらい使えるでしょう? 早くそこらへんの剣を拾って、この者を人質にケースダルムの使者を地下通路から逃がしてください。あの手土産があれば、すぐに兵をこちらに派遣してくれるでしょう。城を取り囲む辺境伯軍の兵たちも、自分たちだけで真っ向から隣国と戦はしたくないはずだ。ケースダルム軍と対峙すれば、一旦、兵を引くでしょう」

 辺境伯が跪いている兵士の顔色を窺いながら、その者が手にしていた剣を拾う。
 このような大それた陰謀に加担するわりに、彼自身は豪胆な人間ではないのだろう。
 辺境伯は剣を構え、背中で壁を這うようにして殿下の傍を通り過ぎ、ユリウスの背後に回ると、襟を掴み首に剣をあてた。騎士団長は剣の向きをラインハルトへと変える。

「お前はそこに跪け」

 彼は言われるがままに床に跪いた。肩を思い切り蹴られて体が横へと傾ぎ、床に倒れ込む。

「ライニ様!」

「殿下!」

 ユリウスと同時に声を上げたのは、辺境軍の兵たちだ。今や彼らの敵は、王弟殿下ではない。
 腰を浮かし、今にも騎士団長に向けて剣を向けようとする兵たちを、ラインハルトが一喝する

「お前たちは動くな!」

「くくくっ。アルファというのも優秀なようでいて厄介だな。意中のオメガを人質に取られただけで、このように無様な姿をさらすとは」

 ラインハルトがユリウスを命懸けで守ろうとする理由が、ユリウスがオメガだからなのか従兄弟の義弟おとうとだからなのか、あるいは他の理由があるのか、今はどうでもよかった。
 ライニ様が生きてさえいてくれれば。
 もう一生会えなくても、顔も見たくないほど疎まれてしまってもいい。
 
「早くそいつを連れて行ってください。私もこの男を殺してからすぐに追いかけます。まだつがっていないオメガですから。あちらの国では高く売れるでしょう」

 辺境伯がユリウスの首に剣を当てたまま、「来い」と強引に引っ張っていこうとする。

「その者は、公の正式な跡取りです。ゆめゆめ手荒なことはなさいませんよう」

 背後に響いたラインハルトの声に、辺境伯が動きを止めた。
 ゆっくりと、体ごと振り返る。

「どういうことだ?」
「言葉の通りです。公自身がよくご存知でしょう?」

 ユリウスにもラインハルトの言っていることの意味はよくわからなかった。
 ただ、辺境伯に隙ができたことはわかる。

 首筋に剣を当てていた腕を振り払う。
 刃が腕をかすめ鋭い痛みが走ったが、痛みそれを無視し、剣を構えた騎士団長の右腕に飛びかかった。

 剣を奪おうとしたが、ユリウスの力ではしがみつくだけで精一杯だった。その腕を大きく振られ、石壁に叩きつけられて後頭部を激しく打ち付ける。

「ユーリ!」

 床に倒れた衝撃を感じなかったから、誰かが咄嗟に抱き留めてくれたのかもしれない。
 ラインハルトが腰を浮かせ、立ち上がりかけた低い姿勢で騎士団長に突進していくのが見える。その背中に、今にも剣が振り下ろされようとしていた。

 頭を打った影響か、その光景が急速に暗くなり、意識が遠のいていく。

 ……あぁ……僕はやっぱり……、今回も役に立てなかったのか…………。

 絶望に近い無念さの中で、ユリウスは意識を手離していた。






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