71 / 83
はじまりの場所
はじまりの場所(4)
しおりを挟むふいにラインハルトが立ち上がり、ユリウスの前に片膝をついた。
跪いた王弟殿下に見上げられる形になってしまう。
「で……殿下?」
「以前のようにライニと呼んでくれ」
「ライニ様、腰を上げてください!」
わけがわからずユリウスは慌てて柵から腰を上げたものの、真剣な眼差しに射抜かれたように体が固まり、身動きが取れなくなった。
「あのとき……、エイギルの結婚式で、お前が人の輪から外れて、庭の片隅に行ったとき……、気になって、こっそり追いかけたんだ。泣いているお前を見て、ほうっておけなかった。たぶんあのときから……、俺に気づきもしないお前に、俺のことを見てほしいという気持ちがあったんだと思う」
夕焼けが濃い陰影を落とした顔は、必死さの中に焦りや不安も滲ませている。
ふいに、既視感のような懐かしさが、胸に広がった。その不器用さを、ずっと前から知っていた気がする。従僕として仕えるよりも、ずっと前だ。
「その後も、弟に剣の稽古をつける約束をしていたからと言い訳して、長期休暇のたびにイェーガー家に足を運んでいたが、お前に避けられていることは明らかだった。だから、俺でなくても、お前が誰か好きな相手と結婚して、幸せになってくれるのなら、それでよかったんだ……。だが、都でお前と暮らし始めてからは……、嫌われてはいないことがなんとなくわかって、欲が出てきた」
……なにを……言っているのだろう……。
理解が追い付かないのに、心臓だけが急に加速していく。
言葉が途切れ、再び覗き込んできた眼差しに、吸い込まれるような錯覚を覚える。
距離の近さがおかしい。今すぐ離れないと、と思うのに、足元がふわふわしておぼつかない。
「ユーリが好きだ。今までも、今も、これから先も、ずっと。俺にはユーリだけだ。ユーリを愛している」
夢を、見ているのだと思った。
随分と自分に都合のいい夢だ。
けれど、かろうじて動かせた手をそろそろと上げ、頬を思いっきり抓ってみたら、めちゃくちゃ痛かった。
「ばか! 何やってるんだ!」
ラインハルトが慌てて腰を上げ、ひりひりと痛む頬を優しく撫でてくれる。
痛いけど。夢じゃなさそうだけど。
でもやっぱり、いま目の前で何が起こっているのかはわからない。
わからないのに。張りつめていたものがゆるみ、最初の一粒が零れ落ちたら、次に次に新たな涙が溢れてきた。
溢れて、溢れて。
自分でも説明できない感情が濁流みたいに押し寄せてきて、胸がいっぱいになった。
こんなに自分に都合のいいことが起きていいのだろうか……。
いや、起きるはずがない。
ライニ様のような人が、優秀な王弟殿下が。こんな見た目もいまいちで、何のとりえもない、平民のオメガを好きだなんて……。
「ユーリ……。抱きしめてもいいか?」
涙でぼやけた視界で、ラインハルトが不安げに視線を揺らした。
いいのだろうか……。わからない。でも――……。
抱きしめて、ほしかった。
頷くと同時に、体があたたかな腕に包まれる。
汗の匂いの混じった大好きな香りを、胸いっぱいに吸い込んだ。
好きだ……。
ライニ様のことが、好き。大好き。
僕も――……。
「……好きです…………ライニ様のことが…………」
ずっと言えずにいたはずの言葉が、気づいたときには舌から零れ落ちていた。どうして今まで言えずにいたのか不思議に思うほど、気負いなく、するりと。
好きです。大好きです。今までも、今も、これから先も、ずっと。
僕にも、ライニ様だけなんです。
そう何度も繰り返し言いたかったけど。
喉に何かが詰まったみたいに上手く呼吸ができなくて、たくましい胸に顔をうずめて嗚咽を堪えることしかできなかった。
後ろ髪を擽られ、あやすように背中を上下に撫でられて。
耳に、吐息の熱が触れる。
「ユーリ……、キスをしてもいいか?」
「そういうことは……、いちいち訊かないでください」
顔が赤くなるのがわかる。
「すまない。従僕だったときのくせで……」
笑った吐息をつむじに感じた。
少し体を離し、顔を上向かせられる。
初めてのキスは、頭を撫でるときの彼の手と同じで、どこかぎこちなく、でも、触れ合う場所からじんわりとあたたかさが広がっていった。
946
あなたにおすすめの小説
溺愛アルファの完璧なる巣作り
夕凪
BL
【本編完結済】(番外編SSを追加中です)
ユリウスはその日、騎士団の任務のために赴いた異国の山中で、死にかけの子どもを拾った。
抱き上げて、すぐに気づいた。
これは僕のオメガだ、と。
ユリウスはその子どもを大事に大事に世話した。
やがてようやく死の淵から脱した子どもは、ユリウスの下で成長していくが、その子にはある特殊な事情があって……。
こんなに愛してるのにすれ違うことなんてある?というほどに溺愛するアルファと、愛されていることに気づかない薄幸オメガのお話。(になる予定)
※この作品は完全なるフィクションです。登場する人物名や国名、団体名、宗教等はすべて架空のものであり、実在のものと一切の関係はありません。
話の内容上、宗教的な描写も登場するかと思いますが、繰り返しますがフィクションです。特定の宗教に対して批判や肯定をしているわけではありません。
クラウス×エミールのスピンオフあります。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/504363362/542779091
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
釣った魚、逃した魚
円玉
BL
瘴気や魔獣の発生に対応するため定期的に行われる召喚の儀で、浄化と治癒の力を持つ神子として召喚された三倉貴史。
王の寵愛を受け後宮に迎え入れられたかに見えたが、後宮入りした後は「釣った魚」状態。
王には放置され、妃達には嫌がらせを受け、使用人達にも蔑ろにされる中、何とか穏便に後宮を去ろうとするが放置していながら縛り付けようとする王。
護衛騎士マクミランと共に逃亡計画を練る。
騎士×神子 攻目線
一見、神子が腹黒そうにみえるかもだけど、実際には全く悪くないです。
どうしても文字数が多くなってしまう癖が有るので『一話2500文字以下!』を目標にした練習作として書いてきたもの。
ムーンライト様でもアップしています。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます
まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。
するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。
初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。
しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。
でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。
執着系α×天然Ω
年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。
Rシーンは※付けます
※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる