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3章 死神が誘う遊園地
カンダタ、生前 13
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早朝に目を覚ますと布団の中にいた蝶男はどこにもいなかった。蝶男が私を寝床まで運んだ後であちら側に帰ったようだ。
暖かい布団の隙間から冷たい外気が忍び込む。私はまだ素裸のままだった。
だらだらと布団に包まっていたいが、いつまでも裸のままでは風邪をひく。
私は布団を剥ぎ、冷徹な寒さに身を震わす。身体を起こしただけで至る所の骨が軋み、痛んだ。昨晩のあれが後味となって身体に残っている。
赤い花丸文の着物を着付けて朝餉の準備をする。といっても吐いて疲れた胃袋は芋粥ぐらいしか入らなかった。
離れの小屋を掃除するように命じられている。しかし、軋む身体に気怠い心。削られた精神を回復させるにはもう少し時間が必要だ。
私は白塗りの塀に凭れてはまたあの赤い瞳を思い出していた。
彼がまたこの塀を登ってこないかと期待している。
自分が強欲な人だとは思わなかった。来るべきではないと関わってはいけないとわかっているはずなのに彼を求めている。
命を尊ぶ純粋さ、切なそうに笑う表情、珠玉のような瞳。儚くも強かな人。
思い馳せると仕草や声が鮮明に蘇る。彼と別れてから一晩しか経っていない。彼が遠く昔の人のように思えて寂しい。
天を仰ぎ、塀の瓦を眺める。思想だけで時間が経つ。その日は珍しく風が暖かい。居心地のいい温度がその場に留まらせていた。
そうしていると瓦の屋根を飛び越える白い石があった。塀の外側にいる誰かが投げたそれは塀を越え、漠然とした私の額へと落ちていく。
「いたっ」
避けようともしなかったが小さな衝突に声を上げてしまった。
「すまない」
私の小さな悲鳴は塀の外側の誰かに聞こえてしまったらしい。即座に返ってきた声は赤い瞳の彼のものだった。
「待って」
行かないで、続けて言いそうになって口を塞ぐ。会いたいという本能と会ってはいけないと言う使命感が葛藤していた。
しかし、彼は私の一文さえも聞く余裕がなかったのか忙しない足音を立てながら塀を去っていく。
なんだったのだろうか。私は足元に転がる球体が視界に入った。それは彼が投げたもので、彼もまた投げた先に私がいるなんてことを思ってもみなかったのだろう。
それを拾う。彼が投げたのは黄ばんだ手拭に包まれた柘榴石だった。それは昨日、私が乱雑に手渡した赤い珠玉だ。
やはり、あの言動は彼を酷く傷つけたのだ。わざわざ返したのは私に対する当て付けだろう。
思惑通りだが、憂鬱だ。
手拭に字が書かれている。どんな罵り言葉が書いてあるのかと広げて読んでみる。
「月夜に赤い珠玉を盗みに来るので大事に隠しておくように。又、手にするまで幾度か訪ねるのでご了承ください」というのが大体の内容であった。ご丁寧に「赤目の盗人より」と文を終わらせている。
赤い珠玉とは柘榴石のことだろう。私ではないとわかっていても同じ名を持つ石を盗みに来ると言われると自分のことのようだ。
一人勝手に舞い上がり、弾む身体を抑える。それでいて恥じらう心は手拭で頭を埋もらせて赤面する顔を隠す。
月夜に来ると書いてあった。今晩の事だろうか。そうに決まっている。そうあって欲しい。
そうだ、身体を清めないと。昨晩はたくさん汗を流して、反吐も酷かった。髪も梳いていないから乱れている。夕食はどうしようか、食べてくれるだろうか。
まだ太陽が頂点に着いたばかりで、下ってもいないのに、私は彼の言う月夜に備えようと屋敷へと戻る。
ふと、足を止めた。
これでいいのだろうか。彼が会いに来てくれるのは嬉しい。だが、目敏い蝶男が私の隠し事にいつ気付くだろうか。悟られる前に別れなければならない。
それに私は彼とは不釣り合いだ。私の手はひどく穢れている。
私は強欲で身勝手な人なのだろう。迎える未来は決まっているのに彼に会う覚悟を既にしてしまっている。
暖かい布団の隙間から冷たい外気が忍び込む。私はまだ素裸のままだった。
だらだらと布団に包まっていたいが、いつまでも裸のままでは風邪をひく。
私は布団を剥ぎ、冷徹な寒さに身を震わす。身体を起こしただけで至る所の骨が軋み、痛んだ。昨晩のあれが後味となって身体に残っている。
赤い花丸文の着物を着付けて朝餉の準備をする。といっても吐いて疲れた胃袋は芋粥ぐらいしか入らなかった。
離れの小屋を掃除するように命じられている。しかし、軋む身体に気怠い心。削られた精神を回復させるにはもう少し時間が必要だ。
私は白塗りの塀に凭れてはまたあの赤い瞳を思い出していた。
彼がまたこの塀を登ってこないかと期待している。
自分が強欲な人だとは思わなかった。来るべきではないと関わってはいけないとわかっているはずなのに彼を求めている。
命を尊ぶ純粋さ、切なそうに笑う表情、珠玉のような瞳。儚くも強かな人。
思い馳せると仕草や声が鮮明に蘇る。彼と別れてから一晩しか経っていない。彼が遠く昔の人のように思えて寂しい。
天を仰ぎ、塀の瓦を眺める。思想だけで時間が経つ。その日は珍しく風が暖かい。居心地のいい温度がその場に留まらせていた。
そうしていると瓦の屋根を飛び越える白い石があった。塀の外側にいる誰かが投げたそれは塀を越え、漠然とした私の額へと落ちていく。
「いたっ」
避けようともしなかったが小さな衝突に声を上げてしまった。
「すまない」
私の小さな悲鳴は塀の外側の誰かに聞こえてしまったらしい。即座に返ってきた声は赤い瞳の彼のものだった。
「待って」
行かないで、続けて言いそうになって口を塞ぐ。会いたいという本能と会ってはいけないと言う使命感が葛藤していた。
しかし、彼は私の一文さえも聞く余裕がなかったのか忙しない足音を立てながら塀を去っていく。
なんだったのだろうか。私は足元に転がる球体が視界に入った。それは彼が投げたもので、彼もまた投げた先に私がいるなんてことを思ってもみなかったのだろう。
それを拾う。彼が投げたのは黄ばんだ手拭に包まれた柘榴石だった。それは昨日、私が乱雑に手渡した赤い珠玉だ。
やはり、あの言動は彼を酷く傷つけたのだ。わざわざ返したのは私に対する当て付けだろう。
思惑通りだが、憂鬱だ。
手拭に字が書かれている。どんな罵り言葉が書いてあるのかと広げて読んでみる。
「月夜に赤い珠玉を盗みに来るので大事に隠しておくように。又、手にするまで幾度か訪ねるのでご了承ください」というのが大体の内容であった。ご丁寧に「赤目の盗人より」と文を終わらせている。
赤い珠玉とは柘榴石のことだろう。私ではないとわかっていても同じ名を持つ石を盗みに来ると言われると自分のことのようだ。
一人勝手に舞い上がり、弾む身体を抑える。それでいて恥じらう心は手拭で頭を埋もらせて赤面する顔を隠す。
月夜に来ると書いてあった。今晩の事だろうか。そうに決まっている。そうあって欲しい。
そうだ、身体を清めないと。昨晩はたくさん汗を流して、反吐も酷かった。髪も梳いていないから乱れている。夕食はどうしようか、食べてくれるだろうか。
まだ太陽が頂点に着いたばかりで、下ってもいないのに、私は彼の言う月夜に備えようと屋敷へと戻る。
ふと、足を止めた。
これでいいのだろうか。彼が会いに来てくれるのは嬉しい。だが、目敏い蝶男が私の隠し事にいつ気付くだろうか。悟られる前に別れなければならない。
それに私は彼とは不釣り合いだ。私の手はひどく穢れている。
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