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3章 死神が誘う遊園地
瑠璃、幼少期 19
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立っていたのは母だった。倒れているのは彰。彼と畳の間には赤い水溜りができていた。彰から流れているそれは古い畳に赤い液体を染み込ませる。
母の手には彰が所持していたはずのサバイバルナイフ。足元には一万円札の束がいくつも散らばっていた。黒鞄のファスナーが壊れてしまったのだろう。中から札束が散乱している。
トタン屋根を叩く粒が激しくなる。雨がより一層強くなった。
肩で息をして、呆然と立つ母は傍にいる娘には気付いていなかった。
「ママ」
覇気のないあたしの声は激しい雨音に潰れそうだった。
びっくりした母はサバイバルナイフを落とす。ゆっくりと振り返る。あたしを見つめると笑った。あたしの好きな笑顔だ。
母が笑えばあたしも笑う。それは自然と同じくらいに行われていたけれど、その時は口角を上げるのも難しかった。
「おいで、瑠璃」
母が手招きをする。身が竦んでいたのに久々に呼ばれたい名が懐かしく、糸に手繰られるようにあたしは母の傍に寄る。
「いい子ね」
あたしの頭を撫でる。右手は赤く汚れていたから左手で触れた。
「私からこんな天使が生まれたなんて信じられない」
褒められたのに嬉しく思えなかったのは母の言葉に感情がなかったからだ。生気のない言葉だった。
「ママね、間違っちゃった。もうすぐ警察が来るの」
「けーさつ?」
「そうよ。お金を持って逃げても無駄になったの。大人しくあの男に飼われてればよかった」
母の手が頭から頬に移る。
あの男とは、もしかしてパパのこと?
「愛してる、か。結婚なんてするんじゃなかった。瑠璃はママのこと好き?」
ずっと独白していた母が急に質問を投げる。あたしは素直に頷く。
「ママはね、子供が嫌いなの」
頬を撫でていた母の左手が細い首を掴んだ。優しさのない手の平は子供の気管を締めようとしていた。
あたしは咄嗟に身を引くも母の手は子供の首を追う。
迫っていたのは命の危機だった。様々な感情を差し置いて生存だけを考えた。あたしは伸びる手に噛みついた。
母は苦痛に顔を歪め、手を引っ込める。そして、あたしは踵を返して危機から逃げようと走り出した。
「待ちなさい!」
母の叱りつけるその声に従わなかった。あたしの耳が意識していたのは母の声じゃなかった。母の声帯ではあるけれど、あれは違う。例えるなら、本や映画に登場するオーガか鬼だ。
鬼となった母は人を殺したサバイバルナイフを持ち上げると背を向けた小さな子供を追う。
「瑠璃!こっちに来なさい!」
これは親が子を叱る怒声じゃない。強者が弱者を追い詰める為に用いるプレッシャーだ。
それだけでも脚が震えて涙が出る。
あたしが逃げ込んだのはトイレだった。子供の足では玄関までは届かない。大人との差はそれほどまでになった。
鍵がついていて玄関よりも近い逃げ場がトイレだった。
しっかりと鍵を閉めて小さな部屋の隅に身を寄せる。
「瑠璃!出てきなさい!瑠璃!」
母はすぐに追いついた。ガチャガチャとドアノブを揺らして、ドアを開けようとする。
「なんて言うことを聞けないの!私の邪魔ばかりしないでよ!」
ドアノブを無理矢理回し、木製のドアは大きく揺れ、古くされた金具が外れてしまうのではないかと不安にさせた。
「わかんない!わかんないよ!ママがして欲しいことなんでもやった!邪魔なんかしていない!」
なんでと問いかったのはあたしのほうだ。家事のことはあたしがやっていた。「愛してる」が貰えなくても母の言うことに従った。
なのに、それなのになんで?
「なんでよ!ママ!」
嘆いて叫んだ問いかけは懇願に近いものがあった。けれど、あたしの懇願は拒絶された。
「あああああ!あああああ!」
母は雄叫びにいた声を上げて胃から口へと吐き出された感情の濁流があたしを襲う。
「完璧だったのに!うまくいくはずだったのに!あんたがいなければ!あんたさえなければ!」
全ての不幸はあたしのせいだと文脈のない怒号は語っていた。
母の手には彰が所持していたはずのサバイバルナイフ。足元には一万円札の束がいくつも散らばっていた。黒鞄のファスナーが壊れてしまったのだろう。中から札束が散乱している。
トタン屋根を叩く粒が激しくなる。雨がより一層強くなった。
肩で息をして、呆然と立つ母は傍にいる娘には気付いていなかった。
「ママ」
覇気のないあたしの声は激しい雨音に潰れそうだった。
びっくりした母はサバイバルナイフを落とす。ゆっくりと振り返る。あたしを見つめると笑った。あたしの好きな笑顔だ。
母が笑えばあたしも笑う。それは自然と同じくらいに行われていたけれど、その時は口角を上げるのも難しかった。
「おいで、瑠璃」
母が手招きをする。身が竦んでいたのに久々に呼ばれたい名が懐かしく、糸に手繰られるようにあたしは母の傍に寄る。
「いい子ね」
あたしの頭を撫でる。右手は赤く汚れていたから左手で触れた。
「私からこんな天使が生まれたなんて信じられない」
褒められたのに嬉しく思えなかったのは母の言葉に感情がなかったからだ。生気のない言葉だった。
「ママね、間違っちゃった。もうすぐ警察が来るの」
「けーさつ?」
「そうよ。お金を持って逃げても無駄になったの。大人しくあの男に飼われてればよかった」
母の手が頭から頬に移る。
あの男とは、もしかしてパパのこと?
「愛してる、か。結婚なんてするんじゃなかった。瑠璃はママのこと好き?」
ずっと独白していた母が急に質問を投げる。あたしは素直に頷く。
「ママはね、子供が嫌いなの」
頬を撫でていた母の左手が細い首を掴んだ。優しさのない手の平は子供の気管を締めようとしていた。
あたしは咄嗟に身を引くも母の手は子供の首を追う。
迫っていたのは命の危機だった。様々な感情を差し置いて生存だけを考えた。あたしは伸びる手に噛みついた。
母は苦痛に顔を歪め、手を引っ込める。そして、あたしは踵を返して危機から逃げようと走り出した。
「待ちなさい!」
母の叱りつけるその声に従わなかった。あたしの耳が意識していたのは母の声じゃなかった。母の声帯ではあるけれど、あれは違う。例えるなら、本や映画に登場するオーガか鬼だ。
鬼となった母は人を殺したサバイバルナイフを持ち上げると背を向けた小さな子供を追う。
「瑠璃!こっちに来なさい!」
これは親が子を叱る怒声じゃない。強者が弱者を追い詰める為に用いるプレッシャーだ。
それだけでも脚が震えて涙が出る。
あたしが逃げ込んだのはトイレだった。子供の足では玄関までは届かない。大人との差はそれほどまでになった。
鍵がついていて玄関よりも近い逃げ場がトイレだった。
しっかりと鍵を閉めて小さな部屋の隅に身を寄せる。
「瑠璃!出てきなさい!瑠璃!」
母はすぐに追いついた。ガチャガチャとドアノブを揺らして、ドアを開けようとする。
「なんて言うことを聞けないの!私の邪魔ばかりしないでよ!」
ドアノブを無理矢理回し、木製のドアは大きく揺れ、古くされた金具が外れてしまうのではないかと不安にさせた。
「わかんない!わかんないよ!ママがして欲しいことなんでもやった!邪魔なんかしていない!」
なんでと問いかったのはあたしのほうだ。家事のことはあたしがやっていた。「愛してる」が貰えなくても母の言うことに従った。
なのに、それなのになんで?
「なんでよ!ママ!」
嘆いて叫んだ問いかけは懇願に近いものがあった。けれど、あたしの懇願は拒絶された。
「あああああ!あああああ!」
母は雄叫びにいた声を上げて胃から口へと吐き出された感情の濁流があたしを襲う。
「完璧だったのに!うまくいくはずだったのに!あんたがいなければ!あんたさえなければ!」
全ての不幸はあたしのせいだと文脈のない怒号は語っていた。
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