糸と蜘蛛

犬若丸

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3章 死神が誘う遊園地

支配される魂、抗う 6

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   注射器を取り出した翡翠はカンダタの向かいに座る。注射器には緑の霧と同じ色の液体があった。塊人の治療は全くわからないが、その液体が命綱らしい。
   翡翠は注射器を持ったまま、それを打とうしなかった。手が震えている。
   翠玉は翡翠の気配を感じたのか、虚ろな目が翡翠を見据える。
   「ひ、すい」
   半開きになっていた口が動く。
   「頭、撃たれた。もう、手遅れよ」
   「そんなことない」
   葛藤を乗り越え、ここまで来た。だが、翡翠の涙は報われなかった。
   「お父様がね、庇って、くれたのよ」
   「うん」
   「翡翠も、来てくれた」
   「うん」
   翠玉の身体が縮んでいくのがわかった。これが消滅なのかとカンダタは奥歯を噛みしめる。
   「好き、だったよ、本物、じゃなくても」
   運命を悟った翡翠は翠玉の身体を抱きしめた。嗚咽する声が静寂に響く。
   翠玉が緑の霧に包まれ、少女は隠されてた。消滅の瞬間も翡翠は言葉が紡げなかった。
   霧散すると1人の少女が消え、1人の少女が号泣していた。
   カンダタは翡翠の背中を優しく撫でた。
   「やるべき事はまだある」
   声を穏やかにさせ、優しく撫でても発した言葉は残酷だ。感情を切り捨てろと言っているのと同義だ。
   翡翠が蹲っていたのは数秒の間だった。翡翠は立ち上がった。
   「早く行きましょう」
   嗚咽を飲んだ声。
   カンダタは腕に翡翠を乗せると後ろ髪を引かれる思いでその場を去る。エレベーターに案内され四角い箱に乗る。
   エレベーターの起動音が嫌に煩くカンダタの表情は険しくなった。
   翡翠はまた堪えきれなくなったのだろう。カンダタの首に腕を回し、肩に顔を沈めた。
   「私たちはお父様を敬愛していました。でも、本物の娘になれなかった」
   翡翠の独白を黙って聞く。
   「それでも翠玉は本物になれなかった私を好いてくれて、私も本物になれなかった翠玉を好いてました」
   カンダタの肩に生暖かい湿気が篭る。文句は言わなかった。
   寧ろ、背中を撫でては涙を促す。エレベーターが目的の階に着くまではいくらでも泣かせてやろう。



   唐突な地震は紅茶のカップから客室全体までを揺らした。
   これで3回目。
   清音はテーブルの上に立つ黒猫を見つめる。
   ケイの毛並みは機嫌悪く逆立ち、開く瞳孔は客室を見渡したり、窓を眺めたりしていた。
   いくら待っても双子の片割れはやってこない。ケイは不気味に漂う静寂に警戒して、苛つく空気が清音の肌を刺す。
   「遅いね」 
   そうした空気を緩和したくて話しかける。
   「あの説明に嘘はなかった」
   翠玉が話した内容を思い出す。
   あの説明には説得力があり、何よりも良心に従い、不器用に笑う表情が偽りとは思えなかった。
   「様子見てこようか?」
   気遣いで聞いてみたが、腹の内は密閉された不機嫌な空気を入れ替えたかった。
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