357 / 644
3章 死神が誘う遊園地
痛みの共鳴 6
しおりを挟む
地下室が大きく揺れる。地上で何かが暴れているようだ。
あたしは涙を拭ってハクの肩にしがみついた。抱擁してもらいたいわけじゃなく、運んでもらう為だ。
「カンダタのとこへ」
行き先はあたしがこんな心境になってしまった原因のもとへ。
ハクは迷っていたが、意を決してあたしを抱き上げると言われた通りにカンダタの所まで運んでくれた。
カンダタは演劇部惨殺事件の時と状況が似ていた。背中を割いて8本現れた蜘蛛の脚と項垂れる頭。違っていたのはカンダタの呼吸が落ち着いていたこと。
ある程度、自力で歩ける距離まで近づくと降ろしてもらった。
頭が揺れるたびに頭蓋骨が悲鳴をあげ、あたしの思考を妨げる。
本当は思考なんてものを捨てたい。前にも進みたくない。
けれど、それすらもできなくなってしまった。あたしの中で生まれたどす黒い感情がそれを許さなかった。
父と母から生まれた感情であり、成長してからもあたしが否定し続けた感情であり、カンダタ言葉によって認めてしまった感情だ。
蜘蛛の脚を避けてカンダタの前まで来ると膝をついて目線を落とす。
「元気、そうだな」
千鳥足で、頭蓋骨には穴が空いていて、血が滴っているあたしにカンダタが嫌味を言ってくる。
「あんたもね」
嫌味を嫌味で返すとカンダタは弱々しく笑った。
背中を裂かれた痛みと黒蝶に心臓を握られた緊張がカンダタを苦しめる。笑っていられたのは彼が諦めていたからだ。
「目が覚めてよかった」
嫌味ではなく、心からくる安堵だった。目的を成し遂げたような、やりきった顔。
「瑠璃は帰れ」
「カンダタは?」
「べにについて首に聞こうとしたんだ。けど、奴は消滅した。何も得られなかった。もう疲れた」
全てを悟ったように諦めてカンダタは目蓋を落とす。
「現世に俺の居場所はない。あそこは生者の世界だ」
自分は死人だからと憂いた言い方に拳を握る。
“捨てたフリして、孤独が好きなフリして、自分を偽ってでも生きてきた”
カンダタに言われた言葉。あれがなければあたしの中で育った感情に気付かずに済んだ。
そうするしかなかった。あたしには「生きる」しか残されたていなかったから。
痛みなんて感じたくない。けれど、どす黒い感情の棘があたしを刺すから平然を装うしかなかった。いずれ棘は心臓を破壊する。
だから、自分を偽った。「生きる」しかないから心を殺した。
カンダタはあたしに生の痛みを押しつけた。なのに、自分はこの夢に留まるという。全てを諦めて自我を放棄すると言う。
あたしを生き地獄に落としておいて自分は諦めの微笑を浮かべて極楽にいる。それが許せない。
「ふざけるな」
握った拳がカンダタの襟を掴む。
そんなところに立つな、笑うな。カンダタがあたしを落としたなら同じところまで引きずり落としてやる。
「諦めたフリをするな死んだフリするな」
項垂れていた顔が上がる。怒りで震えたあたしの声に戸惑う。
「あんたを、カンダタをここまで来させたのは何?」
「それは翡翠が」
「そんなの口実じゃない。建前よ。カンダタはカンダタの為に来たのよ」
あたしは指を差す。その方向には父がいた。
「カンダタはあいつを殺しに来たのよ」
「違う」
即座に否定した言葉には熱量があった。
「翡翠を殺されて、怒りでここに来たのよ」
「違う、やめろ」
「自分が死人と言っておいて、紅柘榴になれば躍起になる!カンダタだって捨てきれていないじゃない!」
「違う!」
吐き出す感情に呼応してカンダタも叫ぶ。その拍子に項が痛む。
あたしは涙を拭ってハクの肩にしがみついた。抱擁してもらいたいわけじゃなく、運んでもらう為だ。
「カンダタのとこへ」
行き先はあたしがこんな心境になってしまった原因のもとへ。
ハクは迷っていたが、意を決してあたしを抱き上げると言われた通りにカンダタの所まで運んでくれた。
カンダタは演劇部惨殺事件の時と状況が似ていた。背中を割いて8本現れた蜘蛛の脚と項垂れる頭。違っていたのはカンダタの呼吸が落ち着いていたこと。
ある程度、自力で歩ける距離まで近づくと降ろしてもらった。
頭が揺れるたびに頭蓋骨が悲鳴をあげ、あたしの思考を妨げる。
本当は思考なんてものを捨てたい。前にも進みたくない。
けれど、それすらもできなくなってしまった。あたしの中で生まれたどす黒い感情がそれを許さなかった。
父と母から生まれた感情であり、成長してからもあたしが否定し続けた感情であり、カンダタ言葉によって認めてしまった感情だ。
蜘蛛の脚を避けてカンダタの前まで来ると膝をついて目線を落とす。
「元気、そうだな」
千鳥足で、頭蓋骨には穴が空いていて、血が滴っているあたしにカンダタが嫌味を言ってくる。
「あんたもね」
嫌味を嫌味で返すとカンダタは弱々しく笑った。
背中を裂かれた痛みと黒蝶に心臓を握られた緊張がカンダタを苦しめる。笑っていられたのは彼が諦めていたからだ。
「目が覚めてよかった」
嫌味ではなく、心からくる安堵だった。目的を成し遂げたような、やりきった顔。
「瑠璃は帰れ」
「カンダタは?」
「べにについて首に聞こうとしたんだ。けど、奴は消滅した。何も得られなかった。もう疲れた」
全てを悟ったように諦めてカンダタは目蓋を落とす。
「現世に俺の居場所はない。あそこは生者の世界だ」
自分は死人だからと憂いた言い方に拳を握る。
“捨てたフリして、孤独が好きなフリして、自分を偽ってでも生きてきた”
カンダタに言われた言葉。あれがなければあたしの中で育った感情に気付かずに済んだ。
そうするしかなかった。あたしには「生きる」しか残されたていなかったから。
痛みなんて感じたくない。けれど、どす黒い感情の棘があたしを刺すから平然を装うしかなかった。いずれ棘は心臓を破壊する。
だから、自分を偽った。「生きる」しかないから心を殺した。
カンダタはあたしに生の痛みを押しつけた。なのに、自分はこの夢に留まるという。全てを諦めて自我を放棄すると言う。
あたしを生き地獄に落としておいて自分は諦めの微笑を浮かべて極楽にいる。それが許せない。
「ふざけるな」
握った拳がカンダタの襟を掴む。
そんなところに立つな、笑うな。カンダタがあたしを落としたなら同じところまで引きずり落としてやる。
「諦めたフリをするな死んだフリするな」
項垂れていた顔が上がる。怒りで震えたあたしの声に戸惑う。
「あんたを、カンダタをここまで来させたのは何?」
「それは翡翠が」
「そんなの口実じゃない。建前よ。カンダタはカンダタの為に来たのよ」
あたしは指を差す。その方向には父がいた。
「カンダタはあいつを殺しに来たのよ」
「違う」
即座に否定した言葉には熱量があった。
「翡翠を殺されて、怒りでここに来たのよ」
「違う、やめろ」
「自分が死人と言っておいて、紅柘榴になれば躍起になる!カンダタだって捨てきれていないじゃない!」
「違う!」
吐き出す感情に呼応してカンダタも叫ぶ。その拍子に項が痛む。
0
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる