糸と蜘蛛

犬若丸

文字の大きさ
378 / 644
4章 闇底で交わす小指

カンダタ、生前 崩れる 3

しおりを挟む
 手足の冷たさが辛い冬を乗り越えてもまだ寒さが残っている。
 昨日に続いて今日も彼に会えない。しかも、今日は蝶男が訪れる。
 だからか、溜息の数が多くなっていた。
 庭には北風に揺れる色鮮やかな花々がある。
 冬は草木が眠る季節、秋は枯葉の季節。それらを知ったのはついこの間の事。彼が教えてくれた。
 燃える色に彩られた枯葉の風景が目に焼きついている。
 もう一度、観たい。
 「会いたいな」
 小さな声は北風が攫っていった。
 憂鬱に息を落とすと塀の外から幼い子供たちの喧騒が聞こえてきた。
 子供とは珍しい。人食い塀は人里離れた森の奥地にある。子供だけで来る事はなかった。
 「怖いわけないだろう!」
 小児の主張が塀の中にいる私まで届いた。楽しく遊んでいるものだと思っていたが、違うみたい。
 「だったらやってみろよ」
 これはまた別の小児のもの。
 会話は断片的でしか聞こえない。人食い塀の前で何をしているのかと訝しんで耳を澄ましてみても会話の内容は読み取れない。
 すると、今度は瓦屋根から子供の顔がひょっこりと出てきた。
 小児と目が合い、私は驚きの余り声を失う。唖然として思考すら忘れていた。
 そうしているうちに男児は屋根に跨り、塀の中へと降り立つ。
 「鬼かと思ったら別嬪さんか」
 前に立つ男児は私を見上げて言う。
 「な、何しにきたの?」
 すっかり動揺してしてしまった私は舌を噛む。
 いつもなら、ここに入った時点で殺している。それをしないのは相手が十にも満たない子供で純朴な目でこちらを見ていたから。そして、私は子供の接し方がよくわかっていない。
 子供に見られると心臓の音が速くなって、緊張の糸が身体中を縛る。
 怖がらなくてもいいと言われても、何を考えているのかわからず、すぐに泣く生き物と会話をする自分が想像できない。
 小児は私の緊張を余所に喋る。
 「人食い塀に鬼が住んでるってあいつらが言うんだ。俺はいないって言ったけど、そしたら証明してみろって」
 なるほどね。ただの肝試しに人食い塀は使われたわけね。
 「でも、こんな別嬪さんがいるなら毎日来てもいいかもな」
 褒められて、少しくすぐったい。まさか、彼以外の人がそんなことを言われるとは。しかも子供に。
 複雑な心境を片隅においやって、緊張した心臓を悟られないよう子供に話しかける。
 「あのね、私は外の人と関わったらいけないの」
 子供にわかりやすい口調を意識して話す。今一、内容が伝わっていない男児は首を傾げる。
 「あなたもここにきてはいけないのよ。だから、ね?」
 「何が駄目なんだよ。家に閉じこもってばかりだと働き者に失礼だっておっかあが言ってたぞ。人とも関わっていかないと怖いものが増える一方なんだぞ」
 子供に諭されたみたいで何も言えなくなる。
 いや、今はそんなことどうでもいいの。
 蝶男が来る。子供は貴重だ。この子の命がおびやかされる前に塀の外に追い出さないと。できれば穏便に。
 「別嬪さんは一人なのか? 一人なら俺たちと遊ぶか?」
 「えっと」
 どう返せばいいのかな。
 塀に入ってくるのが下衆野郎だったら瞬殺で済んだのに。それが純朴な男児なのでいつものやり方が通らない。
 「ここにはね、怖い鬼がいるのよ」
 小児が言ってていた「鬼」を活用する案が思い浮かんだ。
 「子供が大好物の鬼よ。一口で食べちゃうんだから。鬼が来る前に帰ったほうが良いと思うな」
 これで怖がってくれればいい。
 「ここには別嬪さんしかいないだろ」
 全く怖がっていない。信じてもらえていない。
 「これから来るのよ」
 「でも、別嬪さんは無事だろ」
 「いいから早く出て行ったよ!」
 思い通りにならない苛立ちが大声となって表れた。焦りもあった。
 私に害を与える奴なら躊躇いもせずに喉を裂いていた。私の前に立つこの子は気を遣ってくれている。そんな子を犠牲にはしたくない。
 小児が驚いて目を丸くする。
 怒鳴ってしまった。泣かれるかな。
 目を丸くしていた小児は私ではなく、私の背後を向いていた。
 振り返れば、こちらを見下ろす蝶男がいた。
 「ずいぶんと優しくなったね
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写はすべて架空です。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

処理中です...