糸と蜘蛛

犬若丸

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4章 闇底で交わす小指

カンダタ、生前 崩れる 7

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 酔い潰れた紅柘榴をとこまで運び、布団を被せた。
 日の出までは起きないだろう。
 眠っている紅柘榴の頬を撫でる。そして、立ち上がると足音を鳴らさずに灯りの燭台を持った。向かうのは離れの小屋だ。
 前に離れの小屋について訊ねたことがある。紅柘榴は「何もない」と目を逸して答えた。
 それが嘘であるのがすぐにわかった。わかってはいたが、それ以上は問い詰めなかった。
 逸した目が恐怖で震えていたのだ。これも彼女が明かしたくない隠し事の一つなのだと、知りたい欲求を無理に抑え、離れの小屋に意識を向けないようにしていた。
 小屋の戸には南京錠がかけられており、俺のような盗人が侵入できないようにしてある。
 これで泥棒対策が万全だと思っているのなら、やはり紅柘榴は抜けている。
 燭台を地面に置き、持ってきた針金を取り出すと鍵穴に差し込む。幾度か角度を変えただけで南京錠の鍵が開く。燭台を拾い、戸に手をかける。
 あとは戸を開けるだけだ。たったそれだけの行為に躊躇する。
 紅柘榴は嘘が下手だ。隠し事をするには向いていない性格をしている。
 そのお陰で触れて欲しくないもの、秘密にしておきたいものがわかりやすく、それらを避けて会話するのは容易だった。
 容易だったが、苦しかった。紅柘榴の隠し事が見えない鎖だと知りながらそれを暴きたいという欲求を抑えてきた。
 今まで抑えていた分、恐くなる。隠し事を知れば紅柘榴が消えてしまう気がした。
 理性が警告する。今なら引き返せる、と。
 引き返すものか。俺は必ず紅柘榴を塀の外へ連れ出すんだ。
 躊躇いを振り払って、戸を開く。汗と血の生臭い風が吹いた。
 その不快さに顔を顰めたが、生臭い風は一瞬にして消えた。残ったのは古びた埃の臭いだった。
 改めて小屋の中を見渡してみる。宵が深くなった時刻であった。月光が照らすのは戸の周辺だけであり、あとは影が覆っていた。
 戸から入り、目に入ったのは台座だった。
 凹凸のない平らな石の台座だ。腰くらいの高さまであり、細長い。一人分が寝れる大きさだ。壁には物騒な拘束具、拷問具がかけられ、片隅には四角い檻がある。
 台座の足元にいくつかの血痕が染み付いていた。古くなって黒くなったものからまだ新しく赤いものまで。台座の上も汚れており、獣のようなひっかき傷や血痕、そして髪の毛。
 俺は髪の毛を摘み、燭台の火に照らす。濡烏色の長い髪だ。間違いなく、紅柘榴のものだ。
 小屋で起きたことを想像する。
 拘束具で身動きできない紅柘榴に拷問具が迫まる。彼女の流血と悲鳴を想像し、目眩がした。
 これは単なる想像だ。矛盾点もある。まず紅柘榴の身体に拷問された傷痕はない。そもそも、傷つける理由が思い浮かばない。彼女は世間知らずな、ただの女だ。
 確実に言えるのは一つだけ。
 俺の手が震えている。恐怖ではなく怒りからきていた。
 もう一人、いる。俺以外に人喰い塀を出入りする者がいる。そいつが紅柘榴を縛り、痛めつけている。
 男だろうか。女だとしても殺してやりたい。
 震えた手で拳を握り、台座を殴った。石を割るつもりでいたが、罅もできずに俺の骨が痛む。
 その痛みが俺を冷静にさせた。深呼吸を三回ほどして熱した頭を冷やす。
 今すぐ紅柘榴を塀の外へ連れ出したいが、相手の正体が掴めない。何も知らないまま動くのには迷いがある。
 やはり、紅柘榴を問い詰めるか。
 これからのことを考えていると奥から物音が聞こえた。
 月光が届かない小屋の奥だ。燭台を掲げ、奥へと進む。
 小屋の奥は座敷牢になっていた。その中を探ろうと目を凝らすも燭台の小さな火では灯りが届かない。
 「誰かいるのか?」
 確かに物音がした。畳を擦る音、低い声。そういったものが聞こえた。
 話しかけた暗闇に光る玉が二つ浮かんだ。夜行性の獣が持つ特徴的なあの目だ。
 猫や犬にしては背が高い。だとすれば大型の獣か。
 俺は座敷牢から後退する。
 畳を擦る音が近くなった。柵の中を歩き、燭台の明かりが届く範囲まで近づいてきたのは10歳にも満たない少年だった。
 意表を突かれた。まさか、こんなところに子供がいるとは。
 「大丈夫か?なんで座敷牢なんかに」
 座敷牢に近寄り、膝をつく。柵で隔てられているが、少年とは手が届く範囲だ。
 「痩せているな。飯を食ってるのか?」
 少年は何も答えない。無感情な目で俺をじっと見ている。
 辛い目にも遭ったのだろうか。怪我をしている様子はない。
 「今、出してやる」
 そう言いながら座敷牢の戸を探す。
 目を離した途端、少年が俺の襟を掴み凄まじい腕力で身体を引き寄せた。
 鼻が柵と衝突し、鼻奥からどろりとした血の感触が伝わった。手から落ちた燭台が地面の上で燃える。
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