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4章 闇底で交わす小指
カンダタ、生前 崩れる 6
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紅柘榴は未だ疑いの目で俺を見ている。
酒の匂いに戸惑っていたが、二杯目も余裕で飲む俺を見ていると興味を唆られたらしい。
俺を見習って猪口の酒を一気に飲み込んだ。
「変な味」
口内に残った味を誤魔化そうと舌を出す。そんな紅柘榴に乾物を差し出すと好んで食べた。
初めての酒に戸惑いはあったものの苦手ではないようだ。つまみを食べながら酒をちまちまと飲んでいく。
「珍しいね。いつもは私が好きそうなものを持ってくるのに」
「まぁ、たまには、な」
歯切れ悪く答える。
酒類の土産は選ばずにいた。塀の中に酒はない。酒には弱いはず。
俺が次々と猪口の酒を飲むので紅柘榴も急ぎ、合わせて飲む。
紅柘榴の頬が赤い。体温が高くなっているせいか手の平を扇いで自身に風を送っている。俺は平然としているのに彼女はほろ酔い状態だ。
目蓋が重そうに垂れる。
「眠そうだな」
こめかみに汗の雫が垂れる。俺の指先がそれを拭うと紅柘榴がこちらに顔を向ける。酔って微睡む瞳をしていた。
「膝枕して」
「は?」
紅柘榴の頼み事はいつものことだが、これは唐突だった。
俺が瞠目していると微睡む瞳が不機嫌に吊り上がる。
「してくれないの?私はしたのに」
確かにしてもらったことはある。気持ちよくて居眠りまでした。だからといって俺ができるかと言えば、羞恥心が邪魔をする。
迷っていると紅柘榴が有無を言わさず、俺の太腿に顔を埋めた。
「おい、べに」
「やだ」
窘めるも太腿から退かずに、頬を擦り合わせる。
俺は諦めて紅柘榴の背中を摩る。すると赤らんだ顔で満面の笑みをする。
だいぶ酔っている。今なら口を滑らすかもしれない。そう願い、紅柘榴に問う。
「聞いていいか?」
「うん?」
「塀の外で暮らさないか?」
聞くべきなのはそれではない。もっと根本的なものだ。紅柘榴を縛っている鎖の正体。吐血させ、足を痛めつけたもの。
それを知るべきなのに俺が口にしたのは別のものだった。
一度、滑った言葉はおさまりが効かない。
今まで堪えていた願望を吐露する。
「人里から少し離れた小屋でさ、飯の為に働いて夜になると疲れて。けど、肩を添えれば支えてあえて」
太腿の上の紅柘榴が身を捩る。彼女の髪が顔を覆い、表情が見えない。
「夜風の音が妖の声に聞こえて驚いたあとに笑ったり、祭囃子に誘われて行ってみたり、たまには喧嘩して。けど、俺は一生、べにには勝てないだろうな」
紅柘榴にひたすら頭を下げる未来を想像すると可笑しくなる。
彼女の黒髪を耳にかけると表情が現れる。
ほろ酔い気分で上機嫌であったはずの紅柘榴は眉間に皺を寄せていた。
切ないようで痛々しい表情に告白してしまったことを悔いる。けど、ここまで言ってしまったのだ。言い切ってしまう。
「そうして暮らしているうちに二人から三人になって、慌ただしくて、金もない生活でも笑てくれればそれでいい」
何も言わずに俺の告白を聞いていた。
「そういう幸せな暮らしをべにとしたいんだ。俺と生きてくれ」
紅柘榴が身体を起こすと俺と見つめ合う。
「ごめんね」
返事の言葉は謝罪であり、悲しく涙で潤った瞳でも美しかった。
「あちら側に行ってほしくないの」
だいぶ、酔っているようだ。脈絡のない答えに訝しむ。
「俺はどこにも行かない」
悲しい笑顔から推測するに、紅柘榴は俺がどこかへ行ってしまうと勘違いしているようだ。
「置いては行かない。傍にいる。俺がべにを守る」
そうではないと首を横に振り、紅柘榴の指先が俺の頬に触れる。酔った彼女の指は熱かった。
「私の知らないところで幸せになってね」
少しだけ呂律が回らなくなった舌が紡いだ言葉が別れを告げるものだと理解するのが遅かった。
その言葉は鈍器そのものであり、頭を打たれた衝撃に思考が止まった。
「べに?」
真意を聞こうと乗り出すと紅柘榴の身体が後方へと傾いた。
勢いよく倒れそうになった背中に手を回し、抱き寄せる。俺の胸の中で寝息をたてている。酔い潰れてしまったようだ。
酔って口が軽くなった紅柘榴から情報を聞き出す。これが狙いだったわけだが、もやもやとした完結できない感情を残されてしまった。
私の知らないところで幸せになってね。
紅柘榴が言い残したそれが火をつけた。
俺では紅柘榴を救えないという。それほど頼りにならない、信用できないと言われた。
それでいて、他所へ行って勝手に幸せになれと言う。俺は紅柘榴以外、考えられないというのに。
背中に回した手に力が入り、噛み締めた奥歯が軋む。
酒の匂いに戸惑っていたが、二杯目も余裕で飲む俺を見ていると興味を唆られたらしい。
俺を見習って猪口の酒を一気に飲み込んだ。
「変な味」
口内に残った味を誤魔化そうと舌を出す。そんな紅柘榴に乾物を差し出すと好んで食べた。
初めての酒に戸惑いはあったものの苦手ではないようだ。つまみを食べながら酒をちまちまと飲んでいく。
「珍しいね。いつもは私が好きそうなものを持ってくるのに」
「まぁ、たまには、な」
歯切れ悪く答える。
酒類の土産は選ばずにいた。塀の中に酒はない。酒には弱いはず。
俺が次々と猪口の酒を飲むので紅柘榴も急ぎ、合わせて飲む。
紅柘榴の頬が赤い。体温が高くなっているせいか手の平を扇いで自身に風を送っている。俺は平然としているのに彼女はほろ酔い状態だ。
目蓋が重そうに垂れる。
「眠そうだな」
こめかみに汗の雫が垂れる。俺の指先がそれを拭うと紅柘榴がこちらに顔を向ける。酔って微睡む瞳をしていた。
「膝枕して」
「は?」
紅柘榴の頼み事はいつものことだが、これは唐突だった。
俺が瞠目していると微睡む瞳が不機嫌に吊り上がる。
「してくれないの?私はしたのに」
確かにしてもらったことはある。気持ちよくて居眠りまでした。だからといって俺ができるかと言えば、羞恥心が邪魔をする。
迷っていると紅柘榴が有無を言わさず、俺の太腿に顔を埋めた。
「おい、べに」
「やだ」
窘めるも太腿から退かずに、頬を擦り合わせる。
俺は諦めて紅柘榴の背中を摩る。すると赤らんだ顔で満面の笑みをする。
だいぶ酔っている。今なら口を滑らすかもしれない。そう願い、紅柘榴に問う。
「聞いていいか?」
「うん?」
「塀の外で暮らさないか?」
聞くべきなのはそれではない。もっと根本的なものだ。紅柘榴を縛っている鎖の正体。吐血させ、足を痛めつけたもの。
それを知るべきなのに俺が口にしたのは別のものだった。
一度、滑った言葉はおさまりが効かない。
今まで堪えていた願望を吐露する。
「人里から少し離れた小屋でさ、飯の為に働いて夜になると疲れて。けど、肩を添えれば支えてあえて」
太腿の上の紅柘榴が身を捩る。彼女の髪が顔を覆い、表情が見えない。
「夜風の音が妖の声に聞こえて驚いたあとに笑ったり、祭囃子に誘われて行ってみたり、たまには喧嘩して。けど、俺は一生、べにには勝てないだろうな」
紅柘榴にひたすら頭を下げる未来を想像すると可笑しくなる。
彼女の黒髪を耳にかけると表情が現れる。
ほろ酔い気分で上機嫌であったはずの紅柘榴は眉間に皺を寄せていた。
切ないようで痛々しい表情に告白してしまったことを悔いる。けど、ここまで言ってしまったのだ。言い切ってしまう。
「そうして暮らしているうちに二人から三人になって、慌ただしくて、金もない生活でも笑てくれればそれでいい」
何も言わずに俺の告白を聞いていた。
「そういう幸せな暮らしをべにとしたいんだ。俺と生きてくれ」
紅柘榴が身体を起こすと俺と見つめ合う。
「ごめんね」
返事の言葉は謝罪であり、悲しく涙で潤った瞳でも美しかった。
「あちら側に行ってほしくないの」
だいぶ、酔っているようだ。脈絡のない答えに訝しむ。
「俺はどこにも行かない」
悲しい笑顔から推測するに、紅柘榴は俺がどこかへ行ってしまうと勘違いしているようだ。
「置いては行かない。傍にいる。俺がべにを守る」
そうではないと首を横に振り、紅柘榴の指先が俺の頬に触れる。酔った彼女の指は熱かった。
「私の知らないところで幸せになってね」
少しだけ呂律が回らなくなった舌が紡いだ言葉が別れを告げるものだと理解するのが遅かった。
その言葉は鈍器そのものであり、頭を打たれた衝撃に思考が止まった。
「べに?」
真意を聞こうと乗り出すと紅柘榴の身体が後方へと傾いた。
勢いよく倒れそうになった背中に手を回し、抱き寄せる。俺の胸の中で寝息をたてている。酔い潰れてしまったようだ。
酔って口が軽くなった紅柘榴から情報を聞き出す。これが狙いだったわけだが、もやもやとした完結できない感情を残されてしまった。
私の知らないところで幸せになってね。
紅柘榴が言い残したそれが火をつけた。
俺では紅柘榴を救えないという。それほど頼りにならない、信用できないと言われた。
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