糸と蜘蛛

犬若丸

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4章 闇底で交わす小指

胚羊水 2

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 手足をばたつかせ、水中でもがいていると白い腕があたしの胴を捉え、引き上げる。
 白い腕に縋り、脚を上下に動かす。すると足に段差がつく。
 力強く踏み込んでも水中は滑りやすくて、踏み外してしまう。
 身体は段差の角にぶつかりながら、それでのも白い腕は強引に引き上げる。
 水面上から頭が出るとケイがあたしの襟首を掴み、引き摺るようにして水面から離す。光弥はその後ろであたしたちを見守っていた。
 肌が空気に触れると呼吸をしていないと気付き、口を大きく開く。口腔に溜まっていた黒い液体が吐き出された。
 ハクが心配し、鼻先であたしの背中を摩る。
 呼吸は次第に落ち着きを取り戻し、やっと周囲を確認する余裕ができた。
 あたしが引き上げられたのは階段の踊り場だった。見下ろしてみれば黒い水面が踊り場からその下を沈めている。
 「地下はほぼ浸水だ」
 あたしの前に立ったのは弥だった。
 「面倒なことをしてくれたな。胚羊水の封印を解きやがって」
 苦虫を噛んだような台詞は目の前の面倒事と天鳥に向けられていた。
 「はいようすい」
 天鳥もそれを口にしていた。胚羊水はこの黒い液体を指しているとこれまでの会話で知った。この黒い液体の正体がまだわからない。
 「戻ってきた」
 ケイが浸った階段に足を入れ、水面へと腕を伸ばす。そうして、引き上げられてきたのはカンダタだった。
 カンダタもあたしと同じように黒い液体を吐き出して、激しく咳き込む。
 「キヨネは?」
 ケイの質問に首を横に振るしかない。
 黒い濁流に呑まれたのはあたしとハク、カンダタ、清音、天鳥。あたしたちは水面から上がれたのに清音と天鳥はまだ水の中らしい。
 「女性は諦めろ。胚羊水は女を捕らえる」
 「正確には子を産める身体を持った人。それができれば男女は関係ない」
 冷徹な弥の台詞に光弥が補足する。
 「なんだ?これは?」
 咳き込んでいたカンダタは無理にでも喋り、また咽せる。
 「胚羊水は集合体だ。現世では生体が充分に成長できなかったから脳が未熟で魂のプログラムも施せない。産まれる前で罪も背負っていないから地獄にも送れない。どこにも置き場がないから1つの場所に収納していたんだ」
 「産まれる前って?」
 光弥の説明に疑問が浮かぶ。
 濁流から逃げている時、子供の泣き声が聞こえた。呑まれた後も赤子に似た物体を抱いていた。
 どろり、と嫌な感触をした予感が胸に垂れる。
 「胎児だ。生まれていないが、怨念と未練は人並み以上だ」
 つまり、手に負えない問題児たちを一カ所に集め永久的に幽閉していたわけね。それが胎児だと弥が詫びれもなく言うから胸くそ悪くなる。
 「あれらは現世で誕生できなかった。だから、自分たちを産んでくれる身体を求めてる」
 「キヨネを連れ戻す」
 語気が強くなったケイに光弥は「無理だ」と告げる。
 「胚羊水は自分たちが求めていないものは受け入れない。入れたとしても何が起こるかもわからない。戻ってきた前例がないから」 
 「なら、あたしはなんで吐き出されたの?」
 一応、あたしも女性だ。子を産めるはず。
 「子供に酷いことでも言ったんだろう。求めていると言っても性格の悪い母親は実子で縁を切るんだから」
 黒い濁流に呑まれた時、あたしは赤子を叩きつけた。衝動的に起した暴力が胎児たちの拒絶に繋がったらしい。
 あたしが起き上がろうとすると、鈍色の刃があたしに向けられた。
 弥の部下があたしを脅すようにして刀を向けている。
 「十如十廻之白御霊を持っているらしいな。渡してもらおうか」
 あたしは弥を睨む。
 天鳥はハザマに紛れた蝶男の内通者だった。あたしたちを牢に閉じ込めたのも清音だけを連れ出したのも天鳥の独断。弥には一切知らされてなかった。
 天鳥が蝶男の傀儡なら、あたしが十手を持っていたのに薄い反応だったのも理由がつく。天鳥は知っていたんだわ。
 そして、弥に十手のことを教えたのは光弥。
 光弥を睨むと気まずくなった彼は目を逸らす。あいつが口を滑らしたのね。
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