405 / 644
4章 闇底で交わす小指
胚羊水 1
しおりを挟む
黒蝶は更に奥へと誘い、あたしとカンダタを導く。ハクの警戒は解かれず、低い唸り声を出しながらあたしの隣を歩く。
ずっとついてきたのに黒蝶は道半ばで塵となって姿を消した。
どうしたものかとあたしとカンダタは戸惑う。
「ギャウ!ギャウ!」
「ハク?」
ハクだけは違っていて、甲高く吠えると走りだした。何かしらの確信を持った迷いのない姿勢。
あたしは急いで追いかけて、その後にカンダタが続く。
ハクが辿り着いたのは、電灯がない薄暗い部屋。畳張りの床には幾つもの花瓶が置かれ、彼岸花が一輪ずつ差してあった。花瓶の他にも札らしきものが散乱している。
部屋の奥には札が剥がされた跡が残る襖があり、その前には2人の女性が立っている。
「なんで、あなたたちがここに?」
あたしが声をかけると清音が振り返った。その目は恐怖の色に染まって、震える唇は言葉さえも紡げない。
「遅かったですね。胚羊水を封じる札は一枚だけになりましたよ」
もう1人の女性、天鳥が襖の札を手にかける。
「はい、ようすい?」
カンダタが聞き慣れない単語を口にすると天鳥が細く笑う。
「闇底に詰め込まれた不純物の集まりです。輪廻の回転率に影響が出るほどの恨みをもったものたち」
あたしは混乱しそうになる頭を整理する。いくら考えても天鳥たちがここにいる説明がつかない。
「疑問に答えていませんでしたね」
あたしの混乱を見透かす。
天鳥の口調は穏やかで優しい。対して清音は息が荒くなっていく。
「これならわかりやすいですかね」
そう言いながら天鳥は振り返る。首から頬までの肌に浮かんでいたのは黒い蝶の模様。
あたしもカンダタも息を呑んだ。
「逃げて!」
震え怯えていた清音が叫ぶ。
それが合図だったかのようにあたしとカンダタは踵を返して走り出していた。
反射ともいえる反応だった。「逃げて」と言われたから走る。それに応えなかったのはハクで、固まったまま動こうとしない。
天鳥が最後の札を剥がし、襖は勢い良く開かれた。襖から濁流となって現れたのは真っ黒な液体。
塞ぎ留めるものがなくなったそれは津波となって天鳥と清音を呑む。
「ハク!」
静止したままのハクは目の前に津波が迫っても逃げようとしない。
急いで連れ戻そうとするとカンダタがあたしの腕を引っ張る。
力強い手が腕に食い込む。その痛さがあたしを冷静にさせた。
走ることに専念する。
背後から迫るのは津波の轟音。それに混じっていたのは悲痛に叫ぶ女の声と赤子の鳴き声。
それらの正体を知りたい衝動を抑え、振り返らずに走る。
人並みの脚の速さでは津波に勝てるわけがなく、あっという間にあたしの足は黒い濁流に絡め取られる。視界が回転し、何が起きたのかも理解できない。
濁流に飲まれたのに、その中は穏やかに揺れる浴槽にいるようだった。
黒い液体は人肌に優しい温度で、ゆっくりと揺れる暗闇は安らぎを与える。
「ま、あっまぁ」
暗闇で聞こえたそれはあたしを呼んでいる気がする。
「まぁ、あま」
声の主を見渡して探す。いつの間にかあたしの両腕は何かを抱えていた。
声はそこから出ていた。暗闇に包まれてもその何かの輪郭をはっきりと捉える。
目もなく、鼻もなく、唇もなく、皮膚もない。穴が開いた赤黒い物体。
これが赤子だと直感したのは口から漏れる音が「ママ」と呼んでいたから。
「やめて!」
ママと呼ばないで。
全身で表したのは拒絶と言うもので抱えていた赤子を足元に叩きつけた。
途端、黒い濁流は勢いを取り戻し、流れるままにあたしの身体は浮上する。
ずっとついてきたのに黒蝶は道半ばで塵となって姿を消した。
どうしたものかとあたしとカンダタは戸惑う。
「ギャウ!ギャウ!」
「ハク?」
ハクだけは違っていて、甲高く吠えると走りだした。何かしらの確信を持った迷いのない姿勢。
あたしは急いで追いかけて、その後にカンダタが続く。
ハクが辿り着いたのは、電灯がない薄暗い部屋。畳張りの床には幾つもの花瓶が置かれ、彼岸花が一輪ずつ差してあった。花瓶の他にも札らしきものが散乱している。
部屋の奥には札が剥がされた跡が残る襖があり、その前には2人の女性が立っている。
「なんで、あなたたちがここに?」
あたしが声をかけると清音が振り返った。その目は恐怖の色に染まって、震える唇は言葉さえも紡げない。
「遅かったですね。胚羊水を封じる札は一枚だけになりましたよ」
もう1人の女性、天鳥が襖の札を手にかける。
「はい、ようすい?」
カンダタが聞き慣れない単語を口にすると天鳥が細く笑う。
「闇底に詰め込まれた不純物の集まりです。輪廻の回転率に影響が出るほどの恨みをもったものたち」
あたしは混乱しそうになる頭を整理する。いくら考えても天鳥たちがここにいる説明がつかない。
「疑問に答えていませんでしたね」
あたしの混乱を見透かす。
天鳥の口調は穏やかで優しい。対して清音は息が荒くなっていく。
「これならわかりやすいですかね」
そう言いながら天鳥は振り返る。首から頬までの肌に浮かんでいたのは黒い蝶の模様。
あたしもカンダタも息を呑んだ。
「逃げて!」
震え怯えていた清音が叫ぶ。
それが合図だったかのようにあたしとカンダタは踵を返して走り出していた。
反射ともいえる反応だった。「逃げて」と言われたから走る。それに応えなかったのはハクで、固まったまま動こうとしない。
天鳥が最後の札を剥がし、襖は勢い良く開かれた。襖から濁流となって現れたのは真っ黒な液体。
塞ぎ留めるものがなくなったそれは津波となって天鳥と清音を呑む。
「ハク!」
静止したままのハクは目の前に津波が迫っても逃げようとしない。
急いで連れ戻そうとするとカンダタがあたしの腕を引っ張る。
力強い手が腕に食い込む。その痛さがあたしを冷静にさせた。
走ることに専念する。
背後から迫るのは津波の轟音。それに混じっていたのは悲痛に叫ぶ女の声と赤子の鳴き声。
それらの正体を知りたい衝動を抑え、振り返らずに走る。
人並みの脚の速さでは津波に勝てるわけがなく、あっという間にあたしの足は黒い濁流に絡め取られる。視界が回転し、何が起きたのかも理解できない。
濁流に飲まれたのに、その中は穏やかに揺れる浴槽にいるようだった。
黒い液体は人肌に優しい温度で、ゆっくりと揺れる暗闇は安らぎを与える。
「ま、あっまぁ」
暗闇で聞こえたそれはあたしを呼んでいる気がする。
「まぁ、あま」
声の主を見渡して探す。いつの間にかあたしの両腕は何かを抱えていた。
声はそこから出ていた。暗闇に包まれてもその何かの輪郭をはっきりと捉える。
目もなく、鼻もなく、唇もなく、皮膚もない。穴が開いた赤黒い物体。
これが赤子だと直感したのは口から漏れる音が「ママ」と呼んでいたから。
「やめて!」
ママと呼ばないで。
全身で表したのは拒絶と言うもので抱えていた赤子を足元に叩きつけた。
途端、黒い濁流は勢いを取り戻し、流れるままにあたしの身体は浮上する。
0
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
捨てられた者同士でくっ付いたら最高のパートナーになりました。捨てた奴らは今更よりを戻そうなんて言ってきますが絶対にごめんです。
亜綺羅もも
恋愛
アニエル・コールドマン様にはニコライド・ドルトムルという婚約者がいた。
だがある日のこと、ニコライドはレイチェル・ヴァーマイズという女性を連れて、アニエルに婚約破棄を言いわたす。
婚約破棄をされたアニエル。
だが婚約破棄をされたのはアニエルだけではなかった。
ニコライドが連れて来たレイチェルもまた、婚約破棄をしていたのだ。
その相手とはレオニードヴァイオルード。
好青年で素敵な男性だ。
婚約破棄された同士のアニエルとレオニードは仲を深めていき、そしてお互いが最高のパートナーだということに気づいていく。
一方、ニコライドとレイチェルはお互いに気が強く、衝突ばかりする毎日。
元の婚約者の方が自分たちに合っていると思い、よりを戻そうと考えるが……
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる