糸と蜘蛛

犬若丸

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4章 闇底で交わす小指

胚羊水 5

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 温もりのある羊水から落とされるとそこは寒く感じた。
 背後から呻き声が聞こえ、振り返るとうつ伏せになった瑠璃が声を上げていた。着地に失敗したらしい。
 「起きれるか?」
 見下ろすカンダタを睨めつけ、瑠璃は立ち上がる。
 「心配されるほどのものじゃないわよ。化け物じみた身体能力があると色々と得よね」
 身体の痛みを堪えながら嫌味を言われる。見下ろし心配したのが彼女の矜持を害したらしい。
 瑠璃の矜恃に気を遣う義理はないが、いちいち嫌味を言われ寛容でいられるほど深い懐は持っていない。
 言い返さなかった分、深々とした溜め息を吐いてから瑠璃に背を向け、周囲へと視線を移した。
 脈打つ音が静寂を支配していた。
 1本の回廊が続き、一定の感覚で戸が並ぶ。天井はなく、代わりに黒い液体が頭上を埋めている。血管に似たものが壁中に張り巡らされており、薄気味悪く脈を鳴らす。
 「廃病院みたいね」
 放置されたタンカーや医療器具を見て瑠璃が言う。そして、あることに気付いたにか何かを探すように見渡しはじめた。
 「どうした?」
 「ハクがいない。一緒に入ってきたのに」
 「見えない友人か」
 白い隣人は瑠璃の側にいた。鬱陶しくも頼もしい友人がいなくなり、困惑し不安になっているのが伝わる。
 「胚羊水に拒絶されたんじゃないか」
 「そんなはずは」
 瑠璃は納得できないと反論しようとしてやめた。頭を振って切り替える。
 「整理すると、ケイと光弥が人質になって、十手を拾ってこないと2人の首が飛ぶ」
 回廊を歩き出す。瑠璃は一歩先を歩き、カンダタは歩調を合わせる。
 「清音を忘れてるぞ」
 意図的に忘れられた清音を口にするとうんざりとした溜め息を吐かれた。
 「盾になるとか息巻いておいて状況をこじらせただけじゃない」
 「苦情は本人の前でしてくれ」
 カンダタに言われても困る。しかし、瑠璃は立ち止まり、こちらに振り返る。吊り上がった目は自分に非はないと主張するカンダタの態度を非難していた。
 「少なくてもカンダタにも責任があるわよ」
 「なんでそうなる?」
 「清音がついて行くって言ったの、カンダタに近づきたいからよ」
 「勘弁してくれ。それは関係ないだろ」
 「その言い方だと気付いているみたいね」
 睨むのをやめ、再び歩き出す。カンダタは頭を抱えながら瑠璃の後ろをついて行く。
 カンダタに向けられる清音の目線が恋慕であると薄々察してはいた。だが、カンダタは清音の想いには応えられない。
 生者と死者を隔てる境界線があるからではなく、単純に清音をそうした目で見れないのだ。
 恋が多い年頃だ。勝手に諦めてくれる。亡霊だから叶わぬ恋だと悟ってくれる。そう考え、見て見ぬ振りをしてきた。
 「恋愛は好き勝手にやればいいわ。けれど、面倒事にあたしを巻き込まないで」
 今がその面倒事だと言わんばかりに瑠璃の口調は荒々しく刺々しかった。
 「この件が落ち着いたら考える」
 苦々しく重々しくなるのは清音を傷つけないやんわりとした断りの文句が浮かばないからだ。
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