409 / 644
4章 闇底で交わす小指
胚羊水 5
しおりを挟む
温もりのある羊水から落とされるとそこは寒く感じた。
背後から呻き声が聞こえ、振り返るとうつ伏せになった瑠璃が声を上げていた。着地に失敗したらしい。
「起きれるか?」
見下ろすカンダタを睨めつけ、瑠璃は立ち上がる。
「心配されるほどのものじゃないわよ。化け物じみた身体能力があると色々と得よね」
身体の痛みを堪えながら嫌味を言われる。見下ろし心配したのが彼女の矜持を害したらしい。
瑠璃の矜恃に気を遣う義理はないが、いちいち嫌味を言われ寛容でいられるほど深い懐は持っていない。
言い返さなかった分、深々とした溜め息を吐いてから瑠璃に背を向け、周囲へと視線を移した。
脈打つ音が静寂を支配していた。
1本の回廊が続き、一定の感覚で戸が並ぶ。天井はなく、代わりに黒い液体が頭上を埋めている。血管に似たものが壁中に張り巡らされており、薄気味悪く脈を鳴らす。
「廃病院みたいね」
放置されたタンカーや医療器具を見て瑠璃が言う。そして、あることに気付いたにか何かを探すように見渡しはじめた。
「どうした?」
「ハクがいない。一緒に入ってきたのに」
「見えない友人か」
白い隣人は瑠璃の側にいた。鬱陶しくも頼もしい友人がいなくなり、困惑し不安になっているのが伝わる。
「胚羊水に拒絶されたんじゃないか」
「そんなはずは」
瑠璃は納得できないと反論しようとしてやめた。頭を振って切り替える。
「整理すると、ケイと光弥が人質になって、十手を拾ってこないと2人の首が飛ぶ」
回廊を歩き出す。瑠璃は一歩先を歩き、カンダタは歩調を合わせる。
「清音を忘れてるぞ」
意図的に忘れられた清音を口にするとうんざりとした溜め息を吐かれた。
「盾になるとか息巻いておいて状況をこじらせただけじゃない」
「苦情は本人の前でしてくれ」
カンダタに言われても困る。しかし、瑠璃は立ち止まり、こちらに振り返る。吊り上がった目は自分に非はないと主張するカンダタの態度を非難していた。
「少なくてもカンダタにも責任があるわよ」
「なんでそうなる?」
「清音がついて行くって言ったの、カンダタに近づきたいからよ」
「勘弁してくれ。それは関係ないだろ」
「その言い方だと気付いているみたいね」
睨むのをやめ、再び歩き出す。カンダタは頭を抱えながら瑠璃の後ろをついて行く。
カンダタに向けられる清音の目線が恋慕であると薄々察してはいた。だが、カンダタは清音の想いには応えられない。
生者と死者を隔てる境界線があるからではなく、単純に清音をそうした目で見れないのだ。
恋が多い年頃だ。勝手に諦めてくれる。亡霊だから叶わぬ恋だと悟ってくれる。そう考え、見て見ぬ振りをしてきた。
「恋愛は好き勝手にやればいいわ。けれど、面倒事にあたしを巻き込まないで」
今がその面倒事だと言わんばかりに瑠璃の口調は荒々しく刺々しかった。
「この件が落ち着いたら考える」
苦々しく重々しくなるのは清音を傷つけないやんわりとした断りの文句が浮かばないからだ。
背後から呻き声が聞こえ、振り返るとうつ伏せになった瑠璃が声を上げていた。着地に失敗したらしい。
「起きれるか?」
見下ろすカンダタを睨めつけ、瑠璃は立ち上がる。
「心配されるほどのものじゃないわよ。化け物じみた身体能力があると色々と得よね」
身体の痛みを堪えながら嫌味を言われる。見下ろし心配したのが彼女の矜持を害したらしい。
瑠璃の矜恃に気を遣う義理はないが、いちいち嫌味を言われ寛容でいられるほど深い懐は持っていない。
言い返さなかった分、深々とした溜め息を吐いてから瑠璃に背を向け、周囲へと視線を移した。
脈打つ音が静寂を支配していた。
1本の回廊が続き、一定の感覚で戸が並ぶ。天井はなく、代わりに黒い液体が頭上を埋めている。血管に似たものが壁中に張り巡らされており、薄気味悪く脈を鳴らす。
「廃病院みたいね」
放置されたタンカーや医療器具を見て瑠璃が言う。そして、あることに気付いたにか何かを探すように見渡しはじめた。
「どうした?」
「ハクがいない。一緒に入ってきたのに」
「見えない友人か」
白い隣人は瑠璃の側にいた。鬱陶しくも頼もしい友人がいなくなり、困惑し不安になっているのが伝わる。
「胚羊水に拒絶されたんじゃないか」
「そんなはずは」
瑠璃は納得できないと反論しようとしてやめた。頭を振って切り替える。
「整理すると、ケイと光弥が人質になって、十手を拾ってこないと2人の首が飛ぶ」
回廊を歩き出す。瑠璃は一歩先を歩き、カンダタは歩調を合わせる。
「清音を忘れてるぞ」
意図的に忘れられた清音を口にするとうんざりとした溜め息を吐かれた。
「盾になるとか息巻いておいて状況をこじらせただけじゃない」
「苦情は本人の前でしてくれ」
カンダタに言われても困る。しかし、瑠璃は立ち止まり、こちらに振り返る。吊り上がった目は自分に非はないと主張するカンダタの態度を非難していた。
「少なくてもカンダタにも責任があるわよ」
「なんでそうなる?」
「清音がついて行くって言ったの、カンダタに近づきたいからよ」
「勘弁してくれ。それは関係ないだろ」
「その言い方だと気付いているみたいね」
睨むのをやめ、再び歩き出す。カンダタは頭を抱えながら瑠璃の後ろをついて行く。
カンダタに向けられる清音の目線が恋慕であると薄々察してはいた。だが、カンダタは清音の想いには応えられない。
生者と死者を隔てる境界線があるからではなく、単純に清音をそうした目で見れないのだ。
恋が多い年頃だ。勝手に諦めてくれる。亡霊だから叶わぬ恋だと悟ってくれる。そう考え、見て見ぬ振りをしてきた。
「恋愛は好き勝手にやればいいわ。けれど、面倒事にあたしを巻き込まないで」
今がその面倒事だと言わんばかりに瑠璃の口調は荒々しく刺々しかった。
「この件が落ち着いたら考える」
苦々しく重々しくなるのは清音を傷つけないやんわりとした断りの文句が浮かばないからだ。
0
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写はすべて架空です。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる