糸と蜘蛛

犬若丸

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4章 闇底で交わす小指

望まなかったもの 5

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 カンダタに繋がっている白糸を意識してにると手首から白い糸が浮かぶ。それは暗い靄へと一直線に伸びた。
 カンダタはそこまで離れいないみたい。早く合流したほうがいいわね。
 その場から去ろうとするとキケイはあたしの袖を掴んで阻止する。
 キケイにとっては軽く引いたつもりでもあたしにとっては違う。
 馬鹿力に引かれて後方に引かれる。その力強さに脚は踏ん張れず、あたしはバランスを崩した。
 あたしが尻餅をついてもキケイは袖を放さなかった。
 「何よ?」
 苛立ち、キケイを睨む。
 キケイは申し訳なさそうに俯いて「ウー」とだけ鳴く。
 「言ってくれないとわからないわ。どうしたいの?」
 立ち上がり、スカートについた埃を払いながら訊ねる。
 苛立ちを隠せない態度にキケイはまた泣きそうな顔をする。
 まずい。また泣くとあたしは身構えた
 「イ、イィイ」
 けれど、キケイは泣くの堪えて、足らない舌で必死に言葉を伝えようとする。
 「イィ、ク」
 「行く?一緒にってこと?」
 確認してみるとキケイは肯定して何度も頷く。
 キケイの面倒を見ろと?見たくもないのに?
 口から出そうになった毒舌をなんとか飲み込む。
 あたしは泣かれずに断る文句を考える。子供の相手はしたくない。それにキケイの脚は欠損している。移動に苦労するのは目に見えていた。
 何とかしてこの子を置いていかないと。
 「イィヤ、ヒ、リヒト、リィイヤ」
 嗚咽を堪えて「独りは嫌」と伝える。その表情は留守番をさせられていた幼いあたしとそっくりだった。
 「わかった」
 溜め息と共に吐いた言葉は無意識に出たものだった。
 キケイは半ベソになりつつも背中の触手に似た手をあたしに伸ばす。
 繋ぎたいのだと解釈して、あたしは手を差し出す。キケイはその手の小指を握った。
 触手のような腕は人のものはかけ離れているのに小指を握る手は赤子のものとそっくりで、小さいのにふっくらとしている。
 キケイはあたしを簡単に潰せそうなほど大きく、膂力も比ではない。なのに、小指を握る手は弱々しく、すぐに解けてしまいそうだった。
 その手が解けてしまわないよう気を配りながら、ゆっくりとした歩調で暗い靄の中を進む。胎動の音が遠くから反響している。
 キケイの脚は歪で、右足は膝下から、左足は太腿あたりから欠損している。
 ハイハイで進む度に欠損した脚と地面がズズッ、と擦れる。聞いているだけでも痛々しい。
 不自由な脚で、2本の腕はあたしに置いていかれないように必死に進む。
 歪な匍匐に合わせたあたしの歩調は遅くなり、人探しが捗らない。
 その間、キケイの機嫌は良くならなかった。時折、鼻をすすっては繋いだ小指を握り直す。
 独りになるのが不安らしい。その気持ちはよくわかる。
 だからといってあたしから言えることはない。気持ちがわかるからといって慰める言葉をあたしは知らない。
 家に独りでいた子供のあたしは何を望んでいた?なんて言って欲しかった?
 遠い昔のことだから思い出せない。
 その思考がキケイからの同情から来るものだと思い至り、湧いて出る憐みを振り払う。
 同情するな。そうでないと胚羊水に呑まれてしまう。
 無情になるのよ。
 自分に言い聞かせる。
 暗い靄の中をカンダタの白糸を頼りに歩く。
 そういえば、カンダタは清音に何か言われているようだった。それからスイッチが切れたようにカンダタは動かなくなった。
 震えていた肩は怒りからくるものか、悲しみからくるものか。あたしの位置からでは表情は見えなかった。
 あの時の清音は様子がおかしかった。
 あたしは遅れて来たから詳しい状況はわからない。
 推測としては清音が抱えていた赤子。あれが彼女に影響を与えていたのかもしれない。
 清音は通路で出会した時から様子がおかしかった。あの時にはすでに清音の精神は胚羊水に呑まれて、自我を失っていたのかも。
 気掛かりなのはもう一つある。天鳥がいなかった。
 彼女は別行動をしてる?
 蝶男が天鳥を使い、清音を巻き込んでまで何かを遂げようとしている?
 あたしには検討もつかないわね。
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