糸と蜘蛛

犬若丸

文字の大きさ
429 / 644
4章 闇底で交わす小指

望まなかったもの 4

しおりを挟む
 あたしを引きあげたのはこいつに違いない 
 助けられた?
 あたしを母親だと勘違いして、そうしたのかもしれない。廃病院や子取りもあたしをママと呼んで呑み込もうとした。
 この化け物もあたしを呑み込むつもりで助けた?
 手と足は強張り、目線は必死に逃げ道を探す。
 緊張を見せるあたしの態度にも化け物は「うー?」と鳴く。
 間抜けな顔でこちらを見ている。緊張しているのも馬鹿らしく思えてきた。
 「あなた、何なの?」
 子取りや廃病院子と同じようにあたしを襲うのかと思ったけれど、その気配がない。
 「キィキ、ケッケイ、ケイジウ、キ、キ、ケイ」
 キケイって言いたいのかしら?
 滑舌が悪いせいか自身の名前すらもうまく言えていない。
 別に化け物の名前を知りたかったわけじゃない。
 襲ってこないで名乗ってきたのなら、子取りみたいにあたしを呑み込むことはなさそうね。河原の子に近いのかも。
 「マア、ア、マァマ?」 
 「違う」
 いきなり母親扱いされたから反射的に否定した。語気が強い口調は怒ったと判断されたみたいでキケイは項垂れる。
 「マァ、マア、マァマ」
 それでもあたしを母親にしたいらしい。
 「だから違う。あたしは瑠璃。あなたの親じゃない」
 「ルゥル?マ、マ?」
 なんでそうなるのよ。
 キケイの母を求める意思は強いみたいであたしが教えた名前は「ママ」と上書きされた。
 「ママじゃない。あたしは瑠璃よ。る、り」
 「ル、ル、ルゥ?」
 「るっりっ。たった2文字も覚えられないの?」
 棘が含まれた言葉はキケイを傷つけた。
 「うああっ!ああっ!あああっ!」
 酷く顔を歪めると次の瞬間、大口から耳を劈く叫び声が上がった。
 咆哮?いや違う。泣き声だわ。両手で耳を抑えても痛い。
 「わかった!謝るから!悪かった!」
 泣き声が大音量で響く。叫ぶように言い聞かせてもキケイには聞こえてない。
 「ああああっ!マアマッあああっ!ままああっ!」 
 このままだと頭がおかしくなる。
 謝罪の声も聞こえてないし、あたしはママじゃないし。
 子供の癇癪ってどうやって止めるの? あやせばいいの?でも、あやすってどうすればいいの?
 命に関わる危機感はなくなっているのに別の危機に混乱させられる。
 自分の母親にどうやってあやされたのか、幼い記憶を辿ってみても思い出すのは独りで留守番をしていたことばかり。まともな家庭で育ってないと改めて思い知らされる。
 いやいや、他にもあるはず。少なくともフランスにいた頃はそれなりに幸せだった。

 あたしは両耳から手を離すとキケイの腕を撫でる。
 母があたしを寝かしつける時、よく胸や背中を撫でてもらった。それだけなのに安心して眠れたような気がする。
 キケイの背中を撫でれたら良いのだけれど、あまりにも大きすぎて手が届かない。
 仕方なく腕を撫でていると大音量だった泣き声が徐々に低くなっていった。
 「ヒック、ウッ」
 嗚咽は残すも咆哮に似たあの泣き声でないことに安堵する。
 「落ち着いた、みたいね」
 「マ、ママア」 
 「ママじゃない」
 しまった。また泣かれると、危惧する。
 「ル、ルル」
 心配とは裏腹にキケイはあたしの名前を言おうとしている。
 母と呼ばれるよりはマシね。
 「ルルでもいいわよ。けれど、ママだけはやめて」
 キケイは理解してくれたみたいで何度も頷き、「ルル、ルル」と声を弾ませる。
 さっきまであんなに泣いていたのに、今度は楽しそうにあたしを呼んでいる。全くわからない子供の心理に疲労の溜め息を落とす。
 疲弊しても休むつもりはなかった。というより、キケイの前では休まれない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

合成師

盾乃あに
ファンタジー
里見瑠夏32歳は仕事をクビになって、やけ酒を飲んでいた。ビールが切れるとコンビニに買いに行く、帰り道でゴブリンを倒して覚醒に気付くとギルドで登録し、夢の探索者になる。自分の合成師というレアジョブは生産職だろうと初心者ダンジョンに向かう。 そのうち合成師の本領発揮し、うまいこと立ち回ったり、パーティーメンバーなどとともに成長していく物語だ。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写はすべて架空です。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...