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4章 闇底で交わす小指
決断 1
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迫るキケイに焦りつつもカンダタはなんとかブドウコを登り着いた。
欠損した脚でも登れるコツを覚えたのか
癇癪を起こしていたキケイはゆっくりと近づいてきていた。
そんなキケイから逃れ、頂上に着いた時、目に入ったのは子取りの巨大な口に瑠璃たちが飲まれているところだった。
貝紫色の泥から瑠璃と清音を守るように翼を広げた天鳥。
あれが蝶男の仕業ならば瑠璃を殺そうとはしないはず。子取りを使って捕獲したのだろう。
瑠璃と清音を助けに行きたくとも子取りの周囲には貝紫色の泥が浸り、近寄れない。
どうするかと迷っているうちにキケイもブドウコを登りきり、カンダタに平手打ちを食らわそうと腕を振るう。
身を屈めながら前方へと駆け、キケイの平手打ちを躱す。咄嗟の行動だった為、片足は貝紫色の泥に触れる。
すぐに足を引かせたので草履の裏を溶かすだけで済んだ。そうしてキケイから目を逸らしてしまったのがまずかった。
ほんの僅かな隙のうちにキケイは手の平を広げ、カンダタの胴を掴むと床に叩きつける。ブドウコの床は柔らかく、背中に伝う衝動は弱かった。
しかし、横たわったカンダタの頭に貝紫色の泥が進行しており、その上じわじわと広がっていく。髪が溶かされていくのが臭いと音でわかる。
起き上がらなければならないのにキケイの手の平がカンダタを床に抑えつける。
瑠璃たちを飲んだ子取りは覚束ない足取りで立つと自らが裂いた天井へと戻ろうとする。
「キケイ!落ち着いてくれ!」
考えあぐねていた結果、暴走したキケイに話しかける。こうなる前は温厚だったのだ。宥めればきっと放してくれる。
キケイはカンダタの声すらも苛立つようで、抑えつける手に力が篭る。脳裏に過ぎったのは裸体の女性がキケイによって叩きつけられ、潰される光景。
「瑠璃を助けないと!このままだと約束も果たせないぞ!」
怒りで歪む顔は赤子とは呼べないものだった。そこから溢れる癇癪は咆哮と例えたほうがしっくりくる。
これでは何を言っても伝わらない。
諦めがカンダタの心に染み渡る。
キケイと目が合う。恨み辛みで染まった咆哮と違い、目蓋には悲しい雫が溜まっていた。
不意にカンダタの力が抜けた。焦りや切迫が剥がれ、唇から言葉が漏れる。
「すまなかった」
か細い声はキケイの咆哮や女性の悲鳴などで掻き消されそうだった。
「何もしてやれなくて、すまなかった」
カンダタの口から自然と漏れた謝罪。恨み辛みと同等のの深い悲しみを目の当たりにし、謝罪せずにはいられなかった。
「俺が悪かった。身勝手だった」
キケイと同じようにカンダタの目にも涙が溜まっていた。カンダタが謝罪していたのは目の前のキケイではなく、自身の子に対してだ。
「けど、嬉しかった。どんな形であろうと嬉しかったんだ。それは本当だ」
紅柘榴にあやされる赤子を想像する。母親に身を委ね、次第に夢の中へと眠りにつく。その寝顔はどんな宝玉でも霞んでしまうほどに可愛らしいだろう。
悲しむことなんて何一つないはずだった。これはずっと夢を見て、欲しがっていた幸福なのだ。
この腕で抱けなかった。守ってやれなかった。
蝶男の暗示に負けなければ死なずに済んだのに、悔しくて堪らない。
キケイの握力が抜けていった。赤子にあった憎悪は萎え、怒りが抜け落ちれば悲しみだけが残る。
また、泣き出す。そう思うとカンダタ自身も冷静になれた。
「恨まれても仕方がない。けど、瑠璃たちを助けに行かないと。それだけは許してくれ」
癇癪でカンダタの声が聞こえなくなる前に手を退かしてもらうように乞う。
欠損した脚でも登れるコツを覚えたのか
癇癪を起こしていたキケイはゆっくりと近づいてきていた。
そんなキケイから逃れ、頂上に着いた時、目に入ったのは子取りの巨大な口に瑠璃たちが飲まれているところだった。
貝紫色の泥から瑠璃と清音を守るように翼を広げた天鳥。
あれが蝶男の仕業ならば瑠璃を殺そうとはしないはず。子取りを使って捕獲したのだろう。
瑠璃と清音を助けに行きたくとも子取りの周囲には貝紫色の泥が浸り、近寄れない。
どうするかと迷っているうちにキケイもブドウコを登りきり、カンダタに平手打ちを食らわそうと腕を振るう。
身を屈めながら前方へと駆け、キケイの平手打ちを躱す。咄嗟の行動だった為、片足は貝紫色の泥に触れる。
すぐに足を引かせたので草履の裏を溶かすだけで済んだ。そうしてキケイから目を逸らしてしまったのがまずかった。
ほんの僅かな隙のうちにキケイは手の平を広げ、カンダタの胴を掴むと床に叩きつける。ブドウコの床は柔らかく、背中に伝う衝動は弱かった。
しかし、横たわったカンダタの頭に貝紫色の泥が進行しており、その上じわじわと広がっていく。髪が溶かされていくのが臭いと音でわかる。
起き上がらなければならないのにキケイの手の平がカンダタを床に抑えつける。
瑠璃たちを飲んだ子取りは覚束ない足取りで立つと自らが裂いた天井へと戻ろうとする。
「キケイ!落ち着いてくれ!」
考えあぐねていた結果、暴走したキケイに話しかける。こうなる前は温厚だったのだ。宥めればきっと放してくれる。
キケイはカンダタの声すらも苛立つようで、抑えつける手に力が篭る。脳裏に過ぎったのは裸体の女性がキケイによって叩きつけられ、潰される光景。
「瑠璃を助けないと!このままだと約束も果たせないぞ!」
怒りで歪む顔は赤子とは呼べないものだった。そこから溢れる癇癪は咆哮と例えたほうがしっくりくる。
これでは何を言っても伝わらない。
諦めがカンダタの心に染み渡る。
キケイと目が合う。恨み辛みで染まった咆哮と違い、目蓋には悲しい雫が溜まっていた。
不意にカンダタの力が抜けた。焦りや切迫が剥がれ、唇から言葉が漏れる。
「すまなかった」
か細い声はキケイの咆哮や女性の悲鳴などで掻き消されそうだった。
「何もしてやれなくて、すまなかった」
カンダタの口から自然と漏れた謝罪。恨み辛みと同等のの深い悲しみを目の当たりにし、謝罪せずにはいられなかった。
「俺が悪かった。身勝手だった」
キケイと同じようにカンダタの目にも涙が溜まっていた。カンダタが謝罪していたのは目の前のキケイではなく、自身の子に対してだ。
「けど、嬉しかった。どんな形であろうと嬉しかったんだ。それは本当だ」
紅柘榴にあやされる赤子を想像する。母親に身を委ね、次第に夢の中へと眠りにつく。その寝顔はどんな宝玉でも霞んでしまうほどに可愛らしいだろう。
悲しむことなんて何一つないはずだった。これはずっと夢を見て、欲しがっていた幸福なのだ。
この腕で抱けなかった。守ってやれなかった。
蝶男の暗示に負けなければ死なずに済んだのに、悔しくて堪らない。
キケイの握力が抜けていった。赤子にあった憎悪は萎え、怒りが抜け落ちれば悲しみだけが残る。
また、泣き出す。そう思うとカンダタ自身も冷静になれた。
「恨まれても仕方がない。けど、瑠璃たちを助けに行かないと。それだけは許してくれ」
癇癪でカンダタの声が聞こえなくなる前に手を退かしてもらうように乞う。
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