糸と蜘蛛

犬若丸

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4章 闇底で交わす小指

望まなかったもの 12

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 子取りが天井から降りてきて、開いた大口であたしたちに近づく。
 後悔を奥歯で噛み締めて、蝶男を睨む。
 大きく開かれた子取りの口があたしたちを覆った。同時に守っていた黒翼が取り払われる。
 赤紫の泥があたしの身体に纏わりつき、泥の濁流があたしを押し流す。
 見失ってはいけないと清音の腕と十手を強く握った。
 泥の濁流に揉まれていると小さな身体があたしを捕らえた。流れ着いたのは胎児たちの死屍だった。
 死屍と赤紫の泥が詰まったその中に押し込められて身動きが取れない。死屍を殴ろう蹴ろうとしても子取りが動く度にその中身は大きく波打ち、バランスがとれない。
 嫌でも密着してしまい、死屍たちに抱かれる。泥とバラバラの四肢によって圧迫され、時折呼吸が難しい瞬間さえあった。
 胎児の呻く声が耳に流れ、その声があたしの脳内に怨念を流す。
 望まない妊娠に子を呪う暴言、泣きながら中絶を決断した嘆き、腹を蹴られた衝撃、鉗子で四肢を摘まれる感触。母に会いたかった憂いと裏切られた怒り。
 胎児たちの怨念は映像・音・感触としてあたしの脳に流れる。
 怨念の流れは止められず、映像や音を拒否したくても観せられる。
 あたしの感情は胎児たちと同調を始めた。
 唇を震わせて、瞳から止めどなく涙が出る。嗚咽を堪えても湧いた感情は激しく、自分では抑えられない。
 泥と涙で濡れた頬を天鳥の手が包んだ。
 「こうして堕とせば魂のプログラムを施さなくてすむ」
 蝶男はあたしの頬についた泥や涙を拭う。
 その手を拒もうと首を振っても奴は無理矢理あたしの目を合わせる。
 「自我が壊れた君は扱いやすいだろうね。期待しているよ」
 拭っていた親指が止まり、するりと手が離れていく。あたしは更に奥へと沈んでいき、天鳥の姿が見えなくなる。
 蝶男への恨みも言えなかった。怒りよりも胎児たちの怨念に対する深い悲しみが強かった。
 死屍に揉まれ、流れてくる怨念に翻弄されても、冷静な理性は残っていた。その理性が呑まれそうになる自我を留まらせた。
 子取りの身体が傾き、あたしも大きく揺さぶられる。
 死屍に埋もれてしまうと十手と清音を繋ぎとめておくのが精一杯だった。
 それでなくてもあたしの魂は胎児たちによって堕とされようとしている。脱出なんて出来そうにない。
 胎児たちの死屍と怨念があたしの魂を捕らえても希望は捨てはいなかった。
 誰かに縋って助けを求めるのは癪だけれど、カンダタが来てくれるまで耐えるつもりだ。
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